フルマラソンのサイエンス

 ついに始まった北京オリンピック!様々な競技の中でも、女子マラソンは過去6回開催され、日本は4つのメダルを獲得しています。今回はそんな日本女子マラソンの強さの秘密に迫ります!

 まずは佐藤アナが本物の女子マラソン選手たちに挑戦!でも、走って勝負したら、負けるのは当たり前。そこで、佐藤アナは自転車に乗って勝負!すると、開始200mで既に40m置いていかれ、その後も引き離される一方です。そして佐藤アナは1200mで足がつってあえなくリタイアしてしまいました。なんとマラソン選手の平均時速は約20km!自転車で勝てないのも仕方ありません。
 実は、マラソンは主要な大会のほとんどが冬に行なわれている冬の競技なんです。ではなぜ日本人は、リタイア者も多い、過酷で危険な夏のマラソンに強いのでしょうか?名門陸上部の監督によると、汗を上手にかくことが大事だといいます。そこで、マラソン選手に汗の蒸発を防ぐゴム製のスーツを着て走ってもらうと、わずかトラック一周で辛くなり、通常のスタイルで走った時よりも1.6度も体温が上昇していたのです。やはり夏のマラソンでは汗をかいて体温を下げることが重要でした。ということは、日本人は汗をいっぱいかくから強いのでしょうか?そこで、日本人と、アフリカ系、ヨーロッパ系の身長体重がほぼ同じ計6名の一般女性で、汗かきオリンピックを開催!真夏のオリンピックを再現するため室温を35度に設定し、エアロバイクを30分漕ぎ続けてもらい、左腕につけた袋に溜まった汗の量を比べます。
 漕ぎ始めてしばらくすると、額に大粒の汗を流す他の国に比べ、日本代表はほとんど汗をかいていません。終了後、汗を一滴残らず集め計量すると、なんと見た目には一番汗をかいていなかった日本人の汗の量が一番多かったのです!実は、日本人は目に見えない細かな汗を、蒸発させながら次から次に大量にかいていたのです。一方外国人は目に見えやすい大粒の汗をかいていただけなのです。汗の水滴は、細かいほど早く蒸発して早く体温を下げてくれるのです。この秘密は、季節ごとに気温差のある風土の日本で生活していると、汗をコントロールする体温中枢が訓練されるためで、これを季節順化といいます。つまり蒸発しやすい細かな汗をたくさんかけるので、日本人は夏のマラソンに強かったのです。



四季がある風土で育った日本人は、蒸発しやすい細かい汗をかけるように、自然に訓練されているので、夏のマラソンに強かったのだ!

  ところで、マラソンでトップクラスの選手が30km過ぎに突然失速してしまう光景をよく見かけますよね。実は、その理由はずばりスタミナ不足。人間の体内に一定量貯蔵されるグリコーゲンが、徐々に消費され、ちょうど30km付近で足りなくなってしまうのです。シドニー五輪の金メダリスト・高橋尚子選手は、レース前に消化吸収が良く炭水化物を多く含むお餅を食べ、グリコーゲン不足を防いでいたそうです。さらにはなんと、梅干も食べていたんだとか。そこで、4匹のネズミの2匹ずつに、それぞれ20グラムの普通のお餅と、梅干を混ぜた同じ量のお餅を与え、ミニルームランナーでどれだけ走り続けられるかを比べてみました。すると、スタートから30分後、梅無しチームのネズミたちが脱落、なんと梅有りチームは1時間以上も走り続けました。実は梅干には、グリコーゲンを効率よく使い長持ちさせると言われているクエン酸が含まれているのです。日本の伝統的なお餅と梅干の組み合わせこそが、30km過ぎのグリコーゲン不足を救う究極のスタミナ食だったのです。



日本伝統のお餅と梅干の組み合わせは、30km過ぎでのグリコーゲン不足を防ぐための究極のスタミナ食だった!

 さて、アテネの金メダリスト・野口みずき選手の強さの秘密はどこにあるのでしょうか?まず特徴的なのは歩幅を大きくとり大股で走るストライド走法。なんとその歩幅は身長とほぼ同じ150cmもあるのです。しかし日本人は小股で走るピッチ走法が主流です。そこで両方の走法に佐藤アナが挑戦!まずは歩幅約60cmのピッチ走法で1600mを走ると、そのタイムは8分41秒でした。続いて佐藤アナに合わせた120cm間隔に、足跡マークを貼ったストライド専用コースで走ってみると、最初のうちはピッチ走法を上回る好タイムでしたが、ゴールタイムは9分01秒。なんと20秒も遅くなってしまったのです。一体何が起きたのでしょうか?野口選手の靴を作っているプロに伺うと、ストライド走法は、スピードは出るものの足への負担が大きい走り方だといいます。実は佐藤アナも1km過ぎで痛みに襲われ、ストライド幅を維持できなくなっていたのです。この対策として野口選手はマラソン界では体重が増えるためタブーとされてきた、本格的な筋力トレーニングを行い、さらにクロスカントリーで起伏のある路面の悪いコースを走りこみ強靱な足腰を作り上げていたのです。今回の五輪、野口選手はレースに参加できず、残念な結果に終わってしまいましたが、是非日本女子マラソン選手の4年後のロンドンでの活躍を期待しましょう!


 今、マラソンに挑戦する市民ランナーが急増中!そして毎年この季節には日本最大の市民マラソン、東京マラソンが開催されます!そこで今回は、マラソンを科学して、誰でも完走できるマラソン術を紹介します。

 42.195kmを走ることだけがルールだという、自由な市民マラソンが楽しそうなので、ぜひ参加したいと、初心者の矢野さんがプロのマラソンチームの練習に参加させてもらうことにしました。念入りなストレッチの後、1周400メートルのトラックを50周走る20キロ走に参加しました。しかし矢野さんはスタート直後に集団から脱落。なんと選手達の最初の100メートルの通過タイムは19秒6でした。しかし、矢野さんは、みんなが疲れきるであろう約10キロ地点で再び合流し、100メートル走で対決を挑みました。しかし結果は惨敗。選手達のタイムは19秒4と、最初の100メートルとほぼ同じタイムだったのです。ならば今度は、ゴール直前の20キロ地点で再び挑戦しましたがまたしても惨敗、しかも選手のタイムは19秒1でペースはむしろ上がっていました。実は、マラソン選手にはある身体的な特徴があるのです。人の筋肉の繊維は、速筋繊維遅筋繊維の2種類に大別でき、普通の人の割合は1対1ですが、マラソン選手は遅筋繊維が大半を占めているのです。この遅筋繊維は、酸素を効率よく使うことで長時間に渡ってエネルギーを作り続けることができる筋肉。だから遅筋繊維の多いマラソン選手は長い距離をペースを落とさずに走り続けられるのです。 矢野さんは、東京マラソンの練習のために、同じコースを走ってみることにしました。しかし、足先の靴に当たる部分が痛くなり、わずか3kmでリタイア。矢野さんのスニーカーに問題があったのでしょうか?そこで、履物対抗レースを開催!「地下足袋」「わらじ」「スニーカー」「裸足」「下駄」を、ほぼ同じ実力を持つ5人の選手に履いてもらい、1200メートルを競争してもらいます。結果、1位は地下足袋、スニーカーは2位でした。続いてわらじ、裸足の順でゴールしました。下駄の選手はあえなくリタイアです。

 しかし、なぜスニーカーは敗れたのでしょうか?研究所でそれぞれの履物で走った時、足にかかる衝撃を計測してもらいました。すると、裸足の時の衝撃の数値は247、わらじは234、スニーカーは202、そして地下足袋は114でした。順位が早いほど足にかかる衝撃が少なかったのです。つまり、長距離を走るマラソンには足にかかる負担が少ない、クッション性の高い履物が適していたのです。ところで、最近のランニングシューズにはシリコーンからつくられる非常にクッション性の高いゲルという素材が親指の付け根やかかと部分に使われています。しかしトップランナーの靴にはゲルは使われておらず、重さは693gと、普通のシューズに比べて断然軽かったのです。実は、トップランナーは足の裏などの筋肉をクッション代わりにしているというのです。確かにマラソン選手の足の裏を触らせてもらうと柔らかかったのですが、本当に足で本当に衝撃を吸収できるのか実際に計測してみました。まず、普通の人がトップランナー用のシューズで走ると、足にかかる負担は192。しかし、ほぼ同じ体重のマラソン選手が同じシューズを履いて測定するとなんと75と、半分以下の負担だったのです。マラソン選手は、足の裏の筋肉もシューズの一部だったのです。



トップランナーの足の裏は柔らかく、筋肉をクッション代わりにしているため負担が少ない!足裏の筋肉もシューズの一部なのだ!

 さて、矢野さんは東京マラソンと同じコースに再挑戦!今回は助っ人として市民ランナーに走り方を指導している斉藤さんに協力してもらいます。しっかり準備運動をした後は、衣服との摩擦による怪我を防止するためにワセリンを体に塗ります。そして午前8時、都庁前からゴールの東京ビックサイトに向かってスタート!まず、筋肉は、一度運動を止めると冷えて硬くなってしまうため、信号待ちでも動きを止めないようにします。レース中は苦しくてもできるだけ運動を止めないことが大切だそうです。そして、水分補給は汗で失った成分に近いスポーツドリンクを少しずつ飲みます。水分を一気にとると、胃が重くなり走っている時の衝撃を大きく受けてしまい腹痛の原因になるのです。さらに楽に走れる方法の一つとしてペースメーカーを利用するのも有効です。ペースメーカーとは、好記録を出しやすくするために中盤までレースを先導するランナーのこと。そこで斉藤さんにペースメーカーになってもらい、矢野さんは何も考えずただ斉藤さんの背中を見て走ってみました。すると、気持ちが楽になり、心理的な負担が減って楽に走ることができたそうです。さらにペースメーカーがいない時は1キロ8分5秒で、いる時は7分20秒とタイムにも違いが出てきたのです。



マラソンでは、先に走っているペースメーカーを見つけ利用すると、心理的な負担が減り楽に走れて、タイムが良くなるのだ!

 順調に走っていた矢野さんですが、段々膝の上が痛くなり、15キロ地点を過ぎると次に腰に痛みが出てきたのです。その原因は足の痛みをかばいながら走っていたため猫背になり、腰に負担がかかってしまったのです。こんな時、応急処置として有効なのがテーピングです。弱った筋肉と同じ方向に貼ることで、テーピングが筋肉の動きを補助してくれるのです。矢野さんは背中にテーピングを貼ったことで、姿勢がよくなり、ペースもアップしました。無謀にも、ほとんど練習なしで挑んだ初めてのフルマラソンでしたが、科学の力でなんとか矢野さんは42.195キロを10時間35分25秒のタイムで見事に完走できました!しかし、残念ながら東京マラソンでは7時間以内にゴールしないと記録が認められず、完走したことにはならないのでした。