名古屋の電鉄発祥の地

旧那古野車庫の赤煉瓦塀

2005年11月23日

名古屋レールアーカイブス・中部産業遺産研究会 白井 昭
中部産業遺産研究会 橋本英樹

 名古屋市は、市バス那古野車庫(名古屋市西区)の跡地を民間に売却しました。この場所には赤煉瓦塀が存在することでも知られています。この赤煉瓦塀は明治26年に設立された愛知馬車鉄道(明治29年に名古屋電気鉄道と改称)が明治30年にこの地に本社を移設したときのものと考えられます。
 名古屋電気鉄道は後に郊外線を名古屋鉄道に、市内線を名古屋市電気局(のちの名古屋市交通局)に営業譲渡しました。
 名古屋電気鉄道の本社のあった那古野車庫は市電廃止までは市電の車庫として使われましたが、市電廃止のあとは市バス那古野車庫として利用され、名古屋駅周辺の路線や、基幹バス新出来町線の車庫(特に三菱ふそう車用)としても使われました。現在、市バス那古野車庫は経営合理化の流れの中、市バス浄心営業所に統合されました。

 この那古野車庫は「名古屋の電車発祥の地」であり、その赤煉瓦塀は明治30年当時の可能性があります。赤煉瓦塀は少なくとも名古屋電気鉄道時代のものと考えられますので、名古屋の電気鉄道発祥の地としての記念碑的な貴重な存在と言えるでしょう。また、鉄道の産業遺産としても貴重な存在と言えるでしょう。


【写真1】
旧那古野車庫の東側から。
全長100mほどに及ぶ立派な赤煉瓦塀が残っている。
【写真2】
旧那古野車庫の西側から。
【写真3】
旧那古野車庫東側からのクローズアップ。
塀の一部は補強が行われている。
【写真4】
旧那古野車庫北側の有料駐車場から。
【写真5】
旧那古野車庫北側の有料駐車場から。
赤煉瓦塀のクローズアップ。
【写真6】
旧那古野車庫の水銀灯とその柱。
先端のキャップの形に注目。

旧那古野車庫の地図はこちら

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写真撮影:橋本英樹  撮影年月日:2005年11月23日


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