ルビーとサファイアのベリリウム拡散処理
(Beryllium Diffusion of Ruby and Sapphire)
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| ベリリウム拡散処理サファイア (Beryllium diffusion sapphires) ? 0.76 - 2.44ct Africa ? |
これらのサファイアはベリリウム拡散が明らかにされた2002年の直前にタイの宝石業者から入手したもの。全てがベリリウム拡散されているか否かは不明です。がチェリーピンクは内包物の特徴から、ピンクーオレンジはその色合いから、アフリカ原産のサファイアに高温でベリリウム拡散処理をしたものと考えられます。
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| 0.76ct 6.7x5.0mm | 0.79ct 7.0x5.0mm | 1.05ct 6.7x5.7mm | 1.85ct 9.7x6.4mm | 2.44ct 8.2x6.4mm |
恐らく2000年代の早くから登場していたと思われますが、きわめて美しい色合いのサファイアの素性が2001年半ば頃から世界の、とりわけ パパラチャ・サファイアに異常な人気が集中していた日本の宝石業界で疑われ始めました。
それまでは極めて稀であった橙を帯びたピンクのパパラチア・サファイア、チェリーピンク、鮮明な金色等の色合いのサファイアが相当量、しかもカラット当たり100ドル前後と、不自然な安値で市場に溢れ出したからです。
しかしながら、これらの色合いが自然のものか、或いは何らかの処理を施されたのか、蛍光X線分析や赤外線吸収特性等々、従来の研究所の測定器では判別が不可能でした。
事態を重く見たGIA(アメリカ宝石学協会)が世界の宝石学者、研究所、宝石商の協力を得て2002年初頭から総力を挙げて取り組み、1年半に及ぶ研究の末にこれらのサファイアの色合いが超高温の酸化雰囲気中でベリリウムを拡散処理された結果であることを突き止めました。
サファイアと一緒に加熱処理されたクリソベリル(BeAl2O4)が1800℃の加熱時の高温で分解されて気化したベリリウムがサファイアの結晶中に入り込んだことが実験の結果明らかになりました。
オーストラリアの2ヶ所、中国山東省、マダガスカルの Antsiranana と Ilakaka, タンザニアの Umba川と Songea、スリランカ、モンタナ州の4ヶ所と、様々な成因の産地から合計で50kgもの結晶とタイで処理されたサファイアを取り寄せ、更に種々の合成サファイアも含めてベリリウム拡散の実験を重ね、これまで知られていなかったサファイアの発色の詳細な仕組みの解明に至りました。
その結果は Gems & Gemology Summer 2003 に50ページに及ぶ長大なレポートとして発表されました。
ベリリウム拡散処理されたサファイアの特徴
ベリリウム拡散処理されたサファイアは鮮やかな黄色、橙、褐色の発色をする 殆ど無色、或いは淡い色合いの原石を劇的に鮮やかな黄色や橙に発色させる 同様にピンクサファイアを ”パパラチャ”色や鮮明なオレンジ色に発色させる 従来の加熱処理では改善が出来ない青みがかったルビーの青みを取り去り、
鮮やかな赤に変貌させる玄武岩起源の暗青色のサファイアを魅力的な明るい青に変える ベリリウム拡散処理サファイア ベリリウム拡散処理された色は半永久的に安定している
と、良いことずくめの結果をもたらします。
ベリリウムがサファイアの発色に関与する理由
遷移元素ではないベリリウムは従来、宝石の発色には関与しないと考えられていました。が青いダイアモンドの発色の原因となる硼素や、パパラチャ・サファイアの複雑な発色の原因となるマグネシウム等非遷移元素による発色の例があります。
新たに登場した鮮やかな色合いのサファイアの発色も同様に何らかの軽元素が関与していると考えられました。従来の測定機器ではこうした軽元素の検出は不可能でしたが SIMS や LAM-ICP-MS といった最新の分析機器を駆使して、10−30ppmaという極めて微量のベリリウム拡散に因る発色であると判明しました。
その本質は禁止帯域理論で説明されます。
SIMS(二次イオン質量分析:Secondary Ion-microprobe Mass Spectrometer)と
LA-ICP-MS : Laser Abration Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometer
(レーザー気化誘導結合プラズマ質量分析計)は水素を含む全ての元素のppm-ppbレベルの検出が可能な測定器です。
これらの測定機器は数千万円と極めて高価なため2000年代初めには一般の宝石研究所には導入されてなかったためにベリリウムの検出が不可能だったのです。
禁止帯域理論(Band Gap Theory)による発色の解明
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| サファイア結晶中の不純物元素の電荷と準位 | 青いサファイアの普通の 発色の仕組み |
より低い電荷のBe イオンに より青の発色が抑制される |
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物質は電気の流れ易さで金属のような導体、ガラスのような絶縁体、その中間のシリコンのような半導体に分類されます。物質内の電子のエネルギー準位の単位は電子ボルトで示されます。
金属では充満帯 (Valence Band) と伝導帯 (Conduction Band) との間の禁止帯 (Band Gap) の幅がゼロですから電気が自由に流れる良導体となります。
禁止帯域幅が比較的狭いゲルマニウム (0.55V) やシリコン (1.12V) 等の物質では、極く僅かの燐や砒素等の電荷の異なる元素を添加して電圧をかけると禁止帯域を飛び越えて充満帯から伝導体に電子やホールが移動します。この原理が半導体としてダイオードやトランジスターに応用されています。
禁止帯域幅が広いダイアモンド (5.5V)、ガラス (8V),サファイア (9V) 等は絶縁体になります。
光は電磁波ですから、物質内の電子の状況は発色の仕組みの大きな要因となります。
絶縁体であるダイアモンドに微量の窒素や硼素が含まれて黄色や青に発色するのは、帯域理論によって光の特定の周波数が吸収されるためです。
更に広い禁止帯域幅を持つサファイアの場合も上の図のように、微量の不純物元素イオンのエネルギー順位と電荷との相互作用により複雑な発色が起こることが明らかになりました。
発色に直接関与しないベリリウムが劇的な色の改善をもたらすのはクロム、チタン、鉄等のサファイアの発色に関わる遷移金属のイオンの働きがマグネシウムとベリリウムイオンの存在により相互の電荷バランスが変わり、それが光の吸収帯域に影響を与えるためです ;
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| ベリリウム拡散前 | ベリリウム拡散後 | ベリリウム拡散の深さによる色変わりの変化 左から 浅い »» 深い 0.80 - 1.89ct |
Be 拡散で色が改善された ルビー 5.05ct 中央 周囲は従来の加熱処理 |
ピンク »» 黄、金色・橙 :
クロムによりピンクに発色するサファイアにマグネシウム
が含まれると吸収帯域が変わって黄色・金色・橙色を帯びる。
ベリリウムイオンの拡散をはそれを増強する青みを帯びた赤 »» 純粋な赤 : 青の発色原因である鉄とチタンとが含まれるルビーは青紫や
黒ずんだ赤になる。電荷準位が低いベリリウムはチタンより
先に鉄イオンと反応し、青の発色を抑制して純粋な赤となる
不透明な暗青色のサファイアも同様に明るく透明な青になる暗い青 »» 明るい青
サファイアの多彩な発色が起こるのは、酸化雰囲気中で1800℃の高温で長時間の加熱処理が行われるために、天然のサファイアでは起こらないようなマグネシウムやシリコンがサファイアの結晶格子のアルミニウムを置き換える変化が起きるためです。
一方、ピンクサファイアにも橙色を帯びない例もあります。調べるとマダガスカル産のサファイアには20ppm程度のヴァナジウムが含まれているものがあり、そのために発色の仕組みが変わってしまうためです。
ベリリウム拡散処理サファイアの見分け方
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| 沃化メチレン液に浸された拡散サファイア | 結晶中のクラウド |
1970年代頃からコバルトやクロム、チタン等拡散処理による青いサファイアは市場に姿を見せることがありました。ただしこれらの金属は質量と原子半径とが大きいために結晶内に深く浸透せずに表面近くにコーティングされて、青くなるだけでした。こうした処理がされたルースは沃化メチレン液に浸すとファセットの稜線に沿って濃く青い色が浮かび上がるため、比較的容易に識別が可能でした。
ところがベリリウム拡散の場合は全く事情が異なります ;
ベリリウムは質量が9、原子半径が1.12Åと軽く小さな原子なのでサファイア結晶内の奥深くまで浸透して発色に大きな影響を与えます。高温加熱処理で10−30ppmと微量のベリリウムが結晶内部に拡散された後に原石がカットされるため、チタンやコバルトのように肉眼で認められる明確な痕跡を残しません。
G&G誌の大レポートには拡散処理されたサファイアの様々な写真が数十枚も載っています。 ほぼ確実にベリリウム拡散処理と分かるのは写真のように、沃化メチレン液に浸したルースの周囲が黄色ー橙の層を成している例くらいです。
その他、高温で長時間の処理のために、サファイアの表面が溶けた冷えた合成サファイアの層があるもの、包有物の他の鉱物結晶が溶けて出来たクラウドの写真等々多くの例がありますが、率直に言って、宝石の専門家でも判定に苦しむような例が多く、天然のサファイア、或いは普通の加熱処理されたサファイアと識別するのは極めて困難と言えるでしょう。
即ち、ベリリウム拡散は最先端の分析機器で検出しない限り、明確には識別が困難です。
ベリリウム拡散が明らかになったことで、とりわけパパラチア・サファイアが氾濫していた日本市場からはすっかり姿を消しました。本来天然には滅多に無い色合いのサファイアが大量に出回ることが異常だったわけです。
拡散処理が明らかになった現在では、真っ当な宝石商ならこういうものを扱いませんから、法外な価格で処理された宝石をつかまされるというおそれは少なくなったと言えるでしょう。
実はマダガスカル産のサファイアには天然で微量のベリリウムを含むものがあることが、最近明らかになっています。今のところ分かっているのは青いサファイアだけですが、しかし詳細に調べれば他の色があっても不思議ではありません。
すると、ベリリウム拡散は不自然な紛い物ではない、との見方もあり得ます。
人工的ではありますが、サファイアの美しさを極限にまで高めた処理方法であり、処理による色は半永久的に保たれるわけですから、それと明記して宝飾品に使うのであれば、充分に存在価値があると思われます。
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