二次創作小説

都合により文章内容を変更・改正する場合がございます。
10      見えにくかった国 ― the Light in ―
草原があった。
 
広大な平原に黄緑色の草が一面に広がっていた。
その中には少し小さめの川もあった。
 
草原の中に一本の道があった。
土で固められただけの道だったが、車が三台は余裕で通れるほど広かった。
その道は広い平原を綺麗に二つに分けていた。
 
草原の中には木々がまばらにあった。
均一に散らばるその木々の中の一本の下に、一人の人間がいた。
 
「おはよう、キノ」
その人間の近くにセンタースタンドで立っていたモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が言った。
「おはよう、エルメス」
キノと呼ばれたその人間が言った。キノはとても眠たそうな顔をしていた。
「もう、早いとこ出発しようよ。もうすぐなんだからさ」
エルメスと呼ばれたモトラドが言った。
キノは、目をこすりながら立ち、そして言った。
「はいはい、分かってるって。今出発するよ」
 
キノはエルメスに跨ると、エンジンをかけ、道がある場所まで走った。
「さぁ、次の国はもうすぐだ。頑張ろう」
完全に目覚めたキノが言った。
「居眠り運転しないでね」
エルメスがあきれたようにそう言った。
「大丈夫。たとえ眠ったとしてもこの道をまっすぐ行くだけだからなんとか――――」
「ちょっと!何が大丈夫なのさ!全然分かって無いじゃない」
「冗談だよ。もうしっかりと目覚めたから」
「まったく。今のも寝言だったりして」
その発言を無視して、キノは走り出した。
 
「見えてきたね」
走りながらエルメスが言った。
「あぁ、あの山だね」
キノ達が見つめる先には大きな山がそびえ立っていた。
結構高いその山は先端が雲に隠れそうになっていたが、雪が残っているのが辛うじて見えた。
「もうすぐだ。少し楽しみ」
「でもキノ、あまり楽しめないかもよ」
「そうだけど、その楽しめないが楽しみなんだ」
「まったくキノは物好きだね」
キノ達はそのまま山へ向かって一本道を走っていった。
 
夕方、キノ達は山のふもとに着いた。
その場所は木々が鬱蒼と生い茂っていて、夕日がほとんど影に変わっていた。
足下にはコケばかりが一面に生えていた。
「この辺りだと思うんだけど」
そう言いながら、キノはエルメスをその場所に止めた。
「あっ、キノ。あれじゃない?あの木の陰当たり」
エルメスが言ったある一本の木の陰のある場所には、城門があった。城門の周りの岩の形から城門の向こうに洞窟があることがわかる。その城門は周りの岩とほとんど同じ色をしていて、まるで擬態でもするかのように、コケの生え方まで似ていた。
城門はとても大きく、洞窟をふさぐようにできていた。
「ここかぁ。じゃぁ早速」
そういうとキノはエルメスを押しながらその城門の前まで行き、近くにあったボタンらしきものを押して言った。
「すみません。旅の者ですが入国させていただけませんか?」
そういうと岩の透き間にあるスピーカーのようなものから声が聞こえてきた。
「えっ、旅人さんですか?いや〜久しぶりだなぁ。最近あまり旅人さんが来られないんですよ。一年ぶりくらいかなぁ。あっ、すみません。入国でしたね。何日間の滞在を希望されますか?」
キノは一瞬エルメスのを見てから答えた。
「今日中には出国します。少し国の中を見るくらいです。」
「分かりました。では、今から城門を開きます。お早めにお入りください。」
そう言い終わると同時に、ゆっくりと城門が開き始めた。
その中を見たキノは予想していたものがそこにあったかのような顔をした。
 
その中は、――――――――――闇だった。ただ暗い空間だけがそこにはあった。
洞窟の中に夕焼けのおかげでかすかに見えるものがあった。
それは、黒い布で全身を覆った人の姿だった。そしてその人はこういった。
「ようこそ、旅人さん。我が国へのご入国、心より歓迎いたします」
そう言われたキノは、その人にこう返した。
「あの、あなたが入国管理局の方ですよね。入国手続はないんですか?」
「ありませんよ。今日中に出国なされるんでしたら、必要ありません。さぁ、こちらへどうぞ」
そう言う入国管理人にキノはエルメスを押しながら着いていった。
国の中は真っ暗で何も見えなかった。聞こえるのは足音や話し声など。
「キノさん、この国について知りたいことはございますか?」
そう言われたキノは少しだけ考え、はっきりと答えた。
「この国の歴史について教えていただけませんか?」
「分かりました。」
その入国管理人の話はこうだった。
 
この国の先祖達は遠くの地方からやってきた。その人達はその国の汚い環境がイヤになって旅に出た。
この地に着いた先祖達はあんな汚いものをずっと見てきた、もう余計なものは何も見たくないと言いだし、洞窟の中に住むようになった。
その後洞窟の中だけで暮らすようになり、目が暗さに慣れてきて、洞窟の中でもものがよく見えるようになった。
それからは洞窟の中で自分たちだけの空間を創り出していき、今に至るらしい。
ただ彼らはとても光に弱く、明るい場所で長く暮らすと、病気になったり、死んでしまったりするらしい。
 
「ご説明、どうもありがとうございました。そろそろ出国したいと思います」
それを聞いた入国管理人は残念そうな声で、
「そうですか。それでは、お気をつけて」
 
キノが再び城門から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
そして、城門が完全に閉まる直前、キノは数秒間だけエルメスのライトをつけた。
その光で暗闇の洞窟の中がはっきりと見えた。
乱雑に立ち並ぶ家のようなもの、あふれかえり山のように積まれているゴミと死体。さらにその死体は腐っていたり、食いちぎられてバラバラのなっていたりするものも多く見られた。
その光が消えた後、暗闇の中からかすかなざわめきが聞こえてきたが、城門が閉まったので、途中でその声は聞こえなくなった。
 
「汚い環境かぁ。今見た光景が汚くないのなら、一体どんなのが汚いって言うんだろうね、キノ」
走りながらエルメスが言った。
「どうなんだろうね。あれは汚いとは言わないのかな。それとも、あれは綺麗というのかな。どっちだろうね」
少し疲れたようにキノが言った。
「ところでさぁ、キノ。今日はここら辺にしない?もう真っ暗だし。あの国からそんなに離れなくても大丈夫だと思うよ」
「そうだね。今日はここで野宿しようか」
 
それからキノはテントを張り、携帯食を食べて、寝袋に入ってこういった。
「エルメス、いつもより見張りを強化してね」
「分かってるよ、キノ。こんなところでキノが死んじゃったら、これから走ってくれる人がいなくなっちゃうしね。それにしてもキノ、恐いね。暗闇の中で動き回って、通りかかる旅人を食いつくしちゃうなんて」
「そうだね。ボクらも旅人だ。十分注意しておかないと」
「とかなんとか言いながら、こんな危険な場所にわざわざ自分から来ちゃって。そんなことするキノの方が危険かも」
「あはは、ボクは食べられるために来たんじゃないよ、エルメス。あの国がどんな国か見てみたかっただけ」
「どうなんだか」
「じゃぁ、エルメス。おやすみ」
「おやすみ、キノ。」
それからキノはすぐに眠った。
 
次の日。
キノはいつも通りパースエイダーの整備と訓練を行い、携帯食料を食べ、出発した。
空はすっきりと晴れ渡っていて、白い雲が少し浮かんでいるだけだった。
「ねぇ、キノ」
走りながらエルメスがいきなりそう言った。
「なんだい、エルメス」
キノは普通にそう答えた。
「昨日はよく眠れた?」
その質問にキノは少し考えてからこう答えた。
「いいや、快適な眠りとまでは言えないよ、エルメス。ちょっと眩しかった」
「でしょうね」
「まぁ、野人が襲ってこれない場所だったということで安心はできたけどね。それが唯一の利点だった」
そう言ってキノはエルメスを止めた。
「ほら、もうすぐ次の国だよ、エルメス」
「今度もあまり楽しくないんじゃない?」
「いいや、少なくとも昨日のあの国よりかは楽しめると思うよ、エルメス」
「そんなもんかねぇ〜」
「そうだよ」
キノはそう、その山の頂上を見つめながら答えた。
 
「やっと着いたね」
エルメスが言った。
そこは山の頂上で、雪が緑を覆い隠していた。雲にもう少しで手が届きそうだった。
「どう、キノ?楽しめそう?」
その質問にキノは少し苦しそうにこう答えた。
「結構楽しめそうだよ、エルメス。さぁ、入国しよう」
キノ達の目の前にはとても大きな城門があった。雪が白いため、その黒い城壁ははっきりと見えた。
城門に張り紙がしてあった。そこには“入国を希望される方はこのマイクに話しかけてください”と書いてあった。
キノはその張り紙の指示に従って、四角く薄っぺらいマイクに話しかけた。
「すいません。入国させてください」
「は〜い、旅人さんですね?そのマイクの近くに扉があります。そこが入国管理所になっておりますので、そちらへどうぞ」
即答だった。
キノは言われたとおり、ボタンのすぐ隣にある扉を開け、中に入った。
そこには、誰もいなかった。あるのは、テーブルとその上に紙とゴーグルがあるだけだった。
その紙には、「そのゴーグルをお付けになって、奥の扉から入国してください。」と書いてあった。
キノはゴーグルをかけ、奥の扉を開けた。
 
そこに、一人の男が立っていた。
「旅人さん、ようこそ我が国へ。ご案内は私がさせていただきます。この国のことでしたら、何でも答えられますよ」
笑顔で言った。
キノはそんな男に向かって笑顔でこう聞いた。
「この国で一番美味しいものが食べられる場所につれていってください」
 
しばらくして、キノがレストランから出てきた。
「キノ、美味しかった?」
エルメスが聞いた。
「あぁ、美味しかったよ。でも……」
「でも?」
「少し高かった」
「まぁ、安くて美味しい食事なんてなかなかないからね。しょうがないよ」
「そうだね、エルメス」
そばで静かに立っていた案内役の男にキノはまた聞いた。
「この国を見渡せるところはありますか?」
 
そこは、高い展望台だった。
その展望台を見上げながらキノは男に聞いた。
「あの展望台の先に付いている丸いものはなんですか?」
「あれはソーラーボールです。昼間は太陽の光を集めて、夜は発電した電気と一緒にこの国全体を照らすんです。そのおかげでこの国は一日中、そして一年、いやずっと、この国は明るいんですよ」
「なるほど」
 
「ところでどうしてこの国はいつも明るくしているんですか?」
公園のベンチに座りながら、キノは聞いた。
「それはですね、この国の歴史ととても関係があります。この国の創設者達がそれまで住んでいた国は汚く、そして治安がとても悪い国でした。旅に出た創設者達はこの山のふもとに国を築こうとしましたが、先住民がいました。しかもその民達は暗闇を獣のように動き回り、鬼のように人を食いちぎっていったのです。
その後創設者達はこの場所、つまり山の頂上にたどり着き、あの獣たちが襲ってこれないようにするにはどうすればいいかを真剣に悩んだ結果、明るくするという方法を思いつきました。そしてソーラーボールを創り、この国を完成させました。
国中を一日中明るくした結果、獣たちは襲ってこなくなるだけではなく、いつでも周りが見えるので、犯罪も激減しました。そのため現在のこの国では犯罪なんてほとんどありません。お分かりになりましたか?」
「えぇ、ご説明ありがとうございました」
 
「今日はありがとうございました。そろそろ出国したいと思います」
太陽は沈みかけていたが、ソーラーボールのせいで、国の中はまったく暗くなかった。
「そうですか。今回はご入国、誠にありがとうございました。これは、我が国からの入国記念品です。旅の途中で役立つものなどを入れておきました。どうぞ、お受け取りください」
「ありがとうございます」
ちょっと大きめの紙袋を渡されたキノは、もう一度国の中を見た。整然と区画整理されたその町並みがはっきりと見えた。
「それでは、旅人さん。お気をつけて」
「えぇ、さようなら」
「じゃぁねぇ〜」
そう言った男を見て、キノは今までつけていたゴーグルをはずした。その瞬間、辺りは真っ白な世界へと変わった。
そこに街があることも、男が目の前に存在していることも、何もかもが白い光に閉ざされてしまった。
キノは唯一見える、開いた城門の向こうへとエルメスを押して出国していった。
 
その後、キノ達はその国から少し離れたところで野宿をした。
 
次の日。
キノはいつも通り早く起きて、パースエイダーの整備・訓練を終わらせて、食事をとってから出発した。
「なぇ、キノ。昨日の国は楽しかった?」
エルメスが聞いた。
「楽しかったよ、エルメス。ゴーグルをかけただけであんなに素晴らしい街が見えてくるとは思わなかった。なんか不思議だったよ」
「へぇ〜、キノでも不思議に思う事なんてあるんだ。それが何だか不思議」
「エルメス、ボクは神様じゃないんだよ。全てを知っている訳じゃないんだ。驚くことだってあるさ」
「はいはい、分かりました」
 
「キノ、今回は三日じゃなかったね。何で?」
キノはちょっと笑いながらこう言った。
「よく考えてごらん、エルメス。ちゃんと三日だったよ」
「えっ、そうなの?」
 
キノ達はその日のうちにその山を抜けた。
その山を訪れてから三日目のことだった。
更新日時:
2005/11/20
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Last updated: 2006/9/13

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