二次創作小説

都合により文章内容を変更・改正する場合がございます。
1      時の止まった国 ― a clock tower ―
雪原と崖があった。
 
どこまでも続く雪原と切り立った崖は写真として残しておくのにぴったりの風景だった。
 
ゆっくりと雪が降る雪原の中に一本の道があった。
 
その道を一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す。)が走っていた。
運転手は腰に太いベルトをして、右腿にはハンドパースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この
場合は拳銃。)のホルスターがある。
 
「キノ、あれは何?」
キノと呼ばれた運転手は左側の崖の上にそびえ立つ建物を見た。
「あの建物のことかい、エルメス」
「そう」
「なんだろうね。雪のせいでちょっとわからないよ」
「がっかり」
エルメスとよばれたモトラドはとても残念そうに答えた。
 
「あっキノ、見えてきたよ。あの国?」
「ああ、そうだよエルメス」
運転手の見つめる先には円形の城門が見えた。
「本当なの?あの噂」
「さぁ。でも、嘘を言っているようには見えなかったよ。
まぁ、ボクたちだってそうなんだから凄く変わっているという程ではないんじゃない?」
「そう?でも、ずっと同じ場所で暮らす人達で、しかも国全体そうなんでしょ?」
「まぁ、行ってみれば分かるよ。そして、話を聞こう」
「そだね」
 
「入国管理所にはなかったね、キノ」
「ああ、やっぱり本当なんだね」
入国手続を終え、城門をくぐりながら、地図を持ったキノが言った。
「とりあえずホテルに行こう。はっきりするはずだ」
「本当か嘘か、早く知りたいもんだね」
 
「なかったね」
「ああ、やっぱりなかった」
ホテルの部屋のベットの上に仰向けになりながらキノが言った。
「明日聞いてみよう」
「わかった」
そのあと、キノはシャワーを浴びて、ぐっすりと寝た。
 
次の日。キノがいつもと同じように夜明けと同時に起きると、エルメスは起きていた。
「珍しいね。どうかしたのかい?」
「早く理由が知りたいだけ」
「そうだね。ボクも早く知りたいよ。でも、これが終わってからね」
そう言うとキノは、運動とパースエイダーの訓練・装備をしてからゆっくりとシャワーを浴びた。
「まったく」
 
朝食をとり、街に出て買い物をすませたキノとエルメスは街を歩いていた誰かに聞いた。
「あの、すいません」
「はい。あっ、昨日我が国に入国された旅人さんですね。
どうしました?」
「お聞ききしたいたいことがあるんですが」
「なんでしょうか?この国のだいたいのことなら答えられますけど」
「この国に時計はないんですか?どうしてないのか理由も教えていただけませんか?」
「ああ、その質問ね。旅の人はみんな、同じ質問をするよ。
その質問の答えは“ない”だ。理由は法律で禁止されてしまったから」
「禁止?何で?」
「50年くらい前、この国に一人の祈祷師が訪れた。その祈祷師は当時の国王と国民に向かってこう
言った。
時間は人を締め付ける。自由を奪う。牢獄のようなものだ。
人々は時計を見ては焦り、時計とともに動く。
そんなものは排除するべきだ。って。
国王はその言葉を神の言葉として重く受け止めて、この国から時計を排除した。ただ、あの時計台だけは国民の反対により
排除できなかった」
そう言って誰かは北の方角に立っている時計の止まった時計台を指さした。
「だから、王は時計台の時計を止めることにした。そういうわけだよ」
「あの、時計がなくて、不便ではありませんか?」
「ああ、とても不便だよ。待ち合わせとかをしても、いつそこに行けばいいかわからないし。テレビや
ラジオだって何時から何が放送されるかわからない。日付だっていつ変更すればいいのかわからないから次の太陽が
昇ったら変えてるんだ」
「なるほど」
「でも、今の王が法律を変えようとしているんだ。時計がないと不便だし、祈祷師が現れたのは50年前だからね。
そんな古いことにばかりとらわれてないで新しいことに目を向けようって。
前向きで明るい王でよかったよ。この国で50年前にまだ生まれてないボクみたいな人はあの時計台以外の時計を
見たことがないんだ。だから見れるかもしれないと思うと何だかすごくワクワクするよ」
「あの、もう一つよろしいですか?」
「どうぞ」
「さっきあなたはこの国で50年前に生まれていない人たちはあの時計台以外の時計を見たことが
ないっとおっしゃいましたよね?」
「ああ、そうだよ」
「この国の人で他国と貿易などで国の外に出たことがある人はいないんですか?」
「ああ、なるほどね。旅人さんが知らないのは当たり前だけど、この国の人はどんな目的があろうとも城門より外には
出られないんだ。
さっき言った祈祷師が時計の排除と同時に国王・国民など、この国の全ての人間は絶対に城門より外には出てはいけないと
言ったんだ。危険だからって。当時の国王はこれも認めて、法律が制定された。
だけど、時計の法律が改正されると同時にこの法律も改正される予定だから、自由に旅に出たり、貿易を行ったりできるように
なるよ。まぁ、この国は結構豊かな国だから旅に出る必要はないけどね」
「お話、ありがとうございました。とてもよくこの国のことが分かりました」
「お役に立てて嬉しいよ。旅は危険だろうけど頑張ってね。あっ、そうだ。この国の名産品をあげよう。
家に取りに行くからちょっと待っててね」
 
戻ってきた誰かに名産品が数種類詰まった袋をもらった。
「本当にありがとうございます。法律、早く改正されるといいですね」
「ああ、そうだね」
キノは改めて礼を言い、ホテルへと戻って、おいしい夕食を食べ、熱いシャワーを浴び、そして寝た。
 
次の日。キノが入国してから三日目の朝。
いつものようにパースエイダーの訓練と整備を終えたキノは荷物をまとめた後、シャワーを時間をかけて浴び、
食事もたっぷりと時間をかけてから出国した。
 
「キノ、これからどうするの?」
「このまま西に向かうと深い谷で進めないから、東の崖の上の迂回ルートを通ろう。迂回ルートと言っても、そんなに時間は
かからないし、安全だからね」
「了解。ところで崖の上の迂回ルートを通るんならあの建物が何かも分かるね」
「ああ、そうだね」
 
ふんわりと雪が降る崖の上をしばらく走ると白い建物が見えてきた。
 
「着いたよ。おっきな建物だね」
「うん、神殿みたいだね。入ってみよう」
 
寒くて静かな神殿の中にキノの足音とエルメスのエンジン音だけが響いている。
 
「誰もいないみたいだね。神殿の中まで雪が少し積もっているところを見れば、もう何年も使われて
ない」
「キノ、見てよ!王座みたいなイスに死体が座ってる!」
広間の奥の王座に白骨化した死体が座った姿勢のまま座っていた。
「この様子じゃぁ何年どころじゃなくて何十年も使われてない」
「あっ、見て!王座の後ろに紙が落ちてるよ。」
「遺書だね。おそらくこの人の。読むよ。
 
私は神より仕えしものなり。
 
私はこの神殿より西の国で生まれ育った。
王宮に使える使用人として幼い頃から働かされ、
両親は私が稼いだ金で、自分たちは遊びほうけて暮らしていた。
そのせいで私は毎日時間に縛られて、自由というものを知らずに育てられた。食べ物も満足に食べられなかった。
当時の王は私を使用人と言うより奴隷のように扱った。
そんな毎日がイヤになった私は24歳の誕生日にあの国を逃げ出した。
それから谷の向こうの国まで旅をし、その国で暮し、会社が成功し大富豪になった。
 
30歳の誕生日、私は家族に里帰りをすると言って、あの国へと向かった。祈祷師として。
そして私は復讐を成し遂げた。
封じ込めた。あの国の時間を。私を縛っていた時間という世界を。
あの国の奴らと時間を檻の中にぶち込んだのだ。
 
それから私はあり余る金の一部を使い、この神殿を建てた。
あの国を南から見下ろすには最高のこの場所に。
 
いつかあの国の奴らが時間の封印を解こうとしたときは神からの天罰が下るであろう。
時計台の中の歯車が動き始めたとき、天罰は下るのだ。
 
そう、あの国を真上から眺めると王宮を中心にちょうど北に時計台が、時計盤のように見事に見えるのだ。
 
全ての数字が入る場所に爆弾を仕掛けておいた。
これで、完全にあの国を封じ込めたのだ。
 
我が名は祈祷師。神に祈りし者なり。
 
ふぅ。この人が50年前にあの国に祈祷師と名乗って行った人なんだね」
「キノ。キノはどっちが可哀想だと思う?
奴隷のように育てられ復讐を誓った男の子と、悪い王が治めていた国」
「さぁ、ボクには分からないよ。でも、どちらというと――――」
「どちらかというと?」
「いや、何でもないよ。さぁ、早く谷を越えて次の国へ行こう」
「そうだね」
 
更新日時:
2005/04/01
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Last updated: 2006/9/13

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