北海道の地名の中で大半を占めるアイヌ語地名の中で数少ない日本語地名の歴史や地名の語源、地名の由来などをご紹介

北海道の地名の中で大半を占めるアイヌ語地名の中で数少ない日本語地名の歴史や地名の語源、地名の由来などをご紹介


旭川個人 奥山タクシー
旭川の観光タクシー

北海道の地名の中で大半を占めるアイヌ語地名の中で数空かない日本語地名の歴史や地名の語源、地名の由来などをご紹介

和名地名の歴史(北海道の地名)

和名地名の歴史(北海道の地名)は、北海道の地名の中で大半を占めるアイヌ語地名の中で数空かない日本語地名の歴史や地名の語源、地名の由来などをご紹介。



北海道の和名地名

北海道の地名の大半(約95%)は、アイヌ語が語源となっている地名ですがその中でも数少ない日本語が語源の地名があります。その日本語が語源となっている函館市や八雲町、松前町、伊達市、月形町、千歳市、新十津川町、岩見沢市、旭川市永山地区、北見市、北広島市などその日本語地名の歴史や地名の語源、地名の由来などをご紹介。



和名地名

 (1)函館市

函館山からの夜景
(函館の夜景) 

 北海道では、江差・松前と並び古くから北前船で栄えた函館。その地名の由来は、北海道でもかなり古く現在の呼び名の「函館」では無く「箱館」と書いていました。
箱館の地名の由来は、室町時代に東北の青森から秋田を支配していた豪族の安東氏の家臣が蝦夷(現 北海道)の志海苔(現 函館空港附近)から日本海側の現在の上ノ国にかけて十二の館を建てて蝦夷地を支配していたと言われその中の河野氏が函館山山麓に箱型の館を建てていた事が「箱館」の地名の由来だと言われています。ちなみに現在の函館と書く様になったのは、明治に入って地名が変更されました。


(2)松前町 

松前城 (松前城)

日本で最後に建てられた和式築城があった松前。松前の地名の由来は、アイヌ語説と和名説がありますがここでは和名説を紹介します。豊臣秀吉から朱印状を受けて蝦夷地の領主と認められた蠣崎氏が徳川家康から黒印状を受け蝦夷地の領主である事を徳川にも認められますがその時に仲介に入ってくれた前田氏の「前」と徳川の松平の「松」を取って松前と命名したと言われる説です。実際には、アイヌ語説もありますのではっきりはしませんが和名説ありますので紹介しました。
 


(3)伊達市 

有珠善光寺
(有珠善光寺) 

北海道の湘南とも呼ばれ北海道では温暖な気候の伊達市の地名の由来は、明治2年に仙台藩亘理伊達邦成とその家臣の武士達が蝦夷(現 北海道)に移住した事に始まります。事の起こりは、仙台藩の特殊な形態と明治維新の東北戦争により困窮した伊達達が新天地を求めて移住を決意した事に始まり開墾が成功した事により伊達の殿様の名を取り「伊達」となったと言われています。ちなみにこの伊達の武士達の移住の成功が明治7年から始まった士族屯田の良い参考になったと言う説もあります。
 


(4)月形町 

北海道行刑資料館
(北海道行刑資料館) 

明治14年に北海道開発の為に建てられた最初の集治監(現在の刑務所の前身)が樺戸郡シベツ太(現 月形町)に建設されてこの集治監の初代典獄(現在の刑務所長)が月形潔であった事から地名を月形と命名されたと言われています。逸話では、月形典獄が地名命名の話を聞いた時に「月形死しても月形は死せず」と喜んだとも言われています。
 


(5)千歳市 

千歳インディアン水車
(千歳インディアン水車) 

アイヌ語では「シペツ」と言っていましたが和人が聞くと「死別」と聞こえ縁起が悪い事から縁起の良い千歳に変えたと言われています。
 


(6)八雲町 
 
開拓指導者の旧尾張藩主の徳川慶勝が和歌の「八雲立つ 八雲八重垣妻ごみに・・・」に因み付けたと言われています。また、昔は、北海道を代表する熊の彫刻の発祥の地とされ、この八雲に入植した人々の冬の副業として熊の彫刻が作られたと言われています。


 (7)新十津川町
 
明治22年に奈良県吉野郡十津川郷を襲った豪雨により被災した人々が移住したところで故郷の十津川郷に因み新を付けて新十津川と言う地名にしたと言われています。


 (8)岩見沢市

鉄道工事の人夫達の憩いの場と言うとやはりお風呂が代表的でこの浴場があった事から何時しか浴澤(ゆあみざわ)と呼ばれる様になり現在の地名になったと言われています。
 


 (9)旭川市永山地区

永山戸長役場
(永山戸長役場) 

旭川市の東部に位置する永山地区は、平民屯田の第一陣が明治24年に入植した地で屯田兵の父とも呼ばれた第2代北海道長官の永山武四郎の名を取って「永山」と付けられた地域で北海道では数少ない明治天皇から賜った地名でもあります。
 


 (10)北見市


(果夢林の館・留辺蘂) 

アイヌ語の野付牛と呼ばれていた北見の地名の由来は、探検家松浦武四郎が明治政府の依頼で北海道を十一国に分けた時の北見国から取ったものです。
 


 (11)北広島市
 
1884年に広島市段原村(現 広島市広島南区段原から広島県人25戸が集団移住したのが始まりでこの事からこの地区を広島と呼ぶ様になり、人口が増え広島町となり市に昇格する時に広島県に広島市がある事から頭に北を付けて「北広島市」となった。


 (12)中川町
 
北海道第2位の長流の天塩川の中流に位置する事が由来とされ、探検家 松浦武四郎が北海道を11国86郡に分けた際にこの地区を中川郡と呼ばれていた事からと言われています。


 (13)上川町
 
大雪山系黒岳の裾の層雲峡を抱える上川町は、大正10年に愛別村から分村、石狩川の上流に位置する事から上川と命名された。ちなみにアイヌ語の「ペニウンクル・コタン」(川上の人の村)の意味の説は、偶然である。


 (14)大空町
 
旧 女満別町と旧 東藻琴村が合併した事から「澄み切った大空、そして大空の下に広がる実り豊かな大地のもとで、住人が夢や希望を持って晴れ晴れした気持ちで暮らしていく事を目指す」ものとして命名された。


 (15)清里町

 小清水村と斜里村から分村した村で当時は、上斜里村と称していたが昭和30年の町制施行により「清らかな里」の意味と分村の歴史を残す意味から小清水の「清」と斜里の「里」の一文字すつを使って「清里」とした。


 (16)池田町
 
旧鳥取藩主の池田侯爵により明治29年から開墾が始まり「池田農場」が設置された事から名付けられたと言われています。


 (17)沼田町

 明治27年に富山県出身の小樽の米穀商・沼田喜三郎が本願寺農場開墾委託株式会社を当時の幌新太刀別川流域(現沼田)に設立し開墾を始めた事が始まりであり、明治43年に鉄道が開通した際に沼田所有の農場内に駅が設置され沼田駅を命名され、大正11年に自治体名となった。


 (18)三笠市

 明治時代に存在した空知集治監(現在の刑務所)の建物の裏山が奈良の三笠山に見える事から名付けられたと言われています。尚、空知集治監は、当時、石炭採掘の為に囚人を使役する事を中心に建てられた集治監。


 (19)日高町
 
日高山脈の麓にある事から名付けられたと言われています。


 (20)新ひだか町

 当初は、新冠町と三石町、静内町の3町合併で市への移行を目指して協議し、新市名を「ひだか市」に決めていたが新冠町が合併期日の延期を申し入れ事で静内町と三石町の両町で合併、「新ひだか町」となった。


 (21)共和町
 
昭和30年に小沢村、前田村、発足村の3村が合併して共和村が誕生。


 (22)仁木町
 
明治12年に仁木竹吉ら360余名が徳島県から集団入植し開墾したのが始まりで仁木の名にちなみ町名となった。


 (23)京極町

 蝦夷富士とも呼ばれる後志羊蹄山の山麓に開拓を目的に率いた旧丸亀藩主の京極高徳がこの地に京極農場を開場した事が町名の由来。


 (24)北斗市
 
平成18年に上磯町と大野町が合併して公募により決まった市名。ちなみに北斗の名の由来とは、「小さな星がかたまりあって一つの核をなす」とも言われる事から。


 (25)上ノ国町

 15世紀初頭の渡島半島の各地に12の館(砦)が築かれ蝦夷地を支配していた。この時に箱館(現 函館)周辺を下之国と呼び現在の上ノ国から江差の周辺を上之国と呼んでいた事が町名の由来。


 (26)今金町

 明治26年に今村藤次郎と金森石郎が入植し開墾を始めたのが始まりで両名の名字を一字ずつ取り地名になった。










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