「強固なアーチ橋 旭橋」・「大火の産物 宗谷丘陵」・「春のサロマ湖」・
「台風により突如現れた見知らぬ山」・「摩周湖の魚」・「驚異の中島・雄阿寒岳」・
   「氷河期の贈り物・美瑛の丘」・「栄華を極めたニシン」について紹介。
 
(1)強固なアーチ橋・旭橋
 
旭川を象徴する橋 旭橋。旭橋は、当時の橋梁建設技術の粋を集めて
造られた橋で完成当時は、路面電車が走り橋を渡る際には車掌が御辞
儀をしたり橋を渡る人々は橋を渡る際には脱帽して御辞儀をしたとも
言われ、この橋が当時の旭川市民には大変貴重な橋であった事を物語
るエピソードが沢山あります。特徴は、この橋の橋脚と鉄骨のアーチ
にあります。仮に橋脚が爆撃により破壊されても鉄骨のアーチにより
橋は支えられて落ちる事がないように設計されています
。只、現在では、当時と爆破力が違う為、破壊されると思いますが昔
を偲ばせる歴史的建造物である事は間違いないと思います。
(2)大火の産物・宗谷丘陵
 
最北の町とか国境の町とか呼ばれる稚内。稚内から日本の最北の地・
宗谷岬附近まで広がる広大な宗谷丘陵。むかしは、鬱蒼と生茂る森が
育っていたと言われていました。その森が消えた原因が宗谷丘陵で起
きた自然発火による火事だと云われています。そこに宗谷海峡からの
風にあおられた炎は森を焼き始め、雨も降らなかった事から多くの森
を失ったと言われています。この火事により宗谷丘陵では、現在でも
谷間を除き宗谷海峡からの強風により大きな木々が根付かず昔の様な
森が出来ません。
(3)春のサロマ湖
 
日本で3番目に大きな湖・サロマ湖。今は、龍宮台でオホーツク海と
つながっていますが昔は、第一河口だけしかオホーツク海につながっ
ていませんでした。その第一河口も冬の間に流氷とオホーツク海の荒
波により河口が砂で埋められて春になると雪解け水がサロマ湖に注ぎ
サロマ湖の水位が約2m位上昇した記録が残されています。アイヌ民
族しかいない頃はサロマ湖は、今より遥かに多い水を湛えた湖だった
のかもしれません。只、当時この地方に入植した人々は、春、流氷が
沖に去る頃になると毎年、河口の工事をしてサロマ湖の水位を下げて
サロマ湖を基点にオホーツク海へ漁に向かったと言われています。
(4)台風により突如現れた見知らぬ山
 
北海道を直撃した数少ない台風・洞爺丸台風。この台風による被害は、
海だけでなく大雪山の山々にも多くの被害を残して通過して行きまし
た。当時の様子を知っている人の話ですが台風が通過した翌朝、大雪
山の山々を見ると見た事も無い山が聳え立っていて町内の人々が驚い
ていたと語ってもいました。当時の大雪山の山々の森がいかに深く大
雪山の山々を覆っていたかが解るエピソードでもあります。ちなみに
この台風で倒された風倒木の量は、当時の北海道の木材使用量の約1
0年〜15年分に相当する量だと言われ一つの台風が一夜でこれほど
の被害をもたらした台風は現在でも観測されていません。 
(5)摩周湖の魚
 
神秘の湖・摩周湖は、世界で有数の透明度を誇る湖ですがこの湖のも
魚がいます。但し、自然に繁殖したものではなく人工的に放されたニ
ジマスです。ことの起こりは戦時中に食料の確保が目的だとも言われ
ていますがハッキリした事は解りません。只、ニジマスを放流したの
はいいのですが摩周湖の水温が低い事が災いして摩周湖のニジマスは、
他の湖に放流したニジマスと比べると同じ年数でも体長が半分しか育
たない事が解って失敗に終わりましたが現在でも摩周湖の中にはニジ
マスが群れをなして泳いでいる事でしょう。
(6)驚異の中島・雄阿寒岳
 
マリモの眠る湖・阿寒湖は、雄阿寒岳の裾野に広がる湖となっていま
すが本来は、阿寒湖は現在よりはるかに広い湖であったと推測されて
います。それは雄阿寒岳が最初は阿寒湖の湖底から噴火を繰り返し隆
起してきて阿寒湖の中島程度となっていましたが火山活動が終息する
ことがなく隆起し続けた結果、現在の雄阿寒岳になりました。雄阿寒
岳を見ると地球の火山活動のエネルギーの凄さを感じ取っていただけ
ると思います。
旭川個人タクシー「旅人の心をわかる会」
「四方山話編」
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第一章
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第二章
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第三章
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第四章
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第五章
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第六章
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第七章
(第一章)
(7)氷河期の贈り物・美瑛の丘
 
北海道において最も北海道らしい雄大な風景が味わえる美瑛の丘は、
氷河期の雪解け水が創り上げた芸術とも呼ばれ、丘をつかさどる稜線
は現在も氷河期に創られたままの形状です。この丘の風景が開発の波
から残されたのもひとえに美瑛の農家の人々の努力と自然との共生を
考え実行した事からだと言われています。実際に戦後、自衛隊の一部
移転と演習地確保の計画が国により出され美瑛町が候補に挙がりまし
た。もともと美瑛町の十勝岳連峰側は北鎮第七師団の兵隊が訓練と称
して開墾した場所でもあった事からだと思いますが当時の町長を始め
美瑛の町民が戦争の悲惨さや哀しみを再び味わう事を拒絶し自然と共
に生きる事を選択した事が現在の丘の風景を維持している事だとも言
われています。
(8)栄華を極めたニシン
 
北海道の日本海側に点在する鰊御殿。有名なのは小樽の旧青山別邸で
すがここでは鰊についてお話し致します。鰊は、別名「春告魚」とも
呼ばれ、春になり北海道の日本海側に最初に海の恵みをもたらす魚で
もあった事からだとも言われています。鰊が全国にその名が知られる
様になったのは正確には解らないのですが北前船が往来していた江戸
時代の頃とも言われています。鰊は、俵物として加工され主に綿花栽
培などの畑の肥料として運ばれていました。記録では、畑に撒く前と
撒いた後では綿花の収穫量が2倍もの差となったとも記載されていま
すから当時の畑の肥料としての価値は高かったものと思われます。
鰊の名の由来は、アイヌ語で意味は解りませんが北前船が蝦夷地から
運んで来た時に「ニシン」と名付けて売ったところ飛ぶように売れた
事から鰊の名が全国に知られたとも言われています。現在では、鰊は
北海道では乱獲からあまり獲れなくなりましたが獲れた時代は、岸辺
が産卵の為に海が白くなったとの記載もあり、漁獲量は凄く、一攫千
金を狙う者まで出て失敗していく者も多かったと言われています。 
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