清水山常玄寺は元和二年(一六一六年)法華宗妙満寺派の
により東京赤坂の地に創建され、爾来三百八十年余の星霜を経て今日に至っております。
この間、江戸中期には再三火災に遇ったが明治初期に至り、本堂、庫裏等が再建され、寺院としての規模が整えられました。その後幾たびかの増改築がなされたが、第二次世界大戦の勃発により昭和二十年五月二十五日の大空襲を受けたため、周辺一帯は焼土と化し、当山もまた建物全てを消失しました。戦災後は社会情勢の激変、経済事情の不安等生活困難なとき、篤信檀信徒の熱心な支援・協力を得て、昭和二十五年より四十三年に亘り、本堂、庫裏、客間が再建されました。
それ以来三十数年を経過したため建物も老朽化し、また檀信徒の増加に伴い、手狭となったため、再度の増改築をはじめ境内の整備を行う必要性に迫られてきました。このため総代会はじめ檀信徒の総意のもと、現在地である横浜市戸塚区舞岡町へ移転することにきまり、平成四年四月着工し、平成七年十一月に無事落慶を迎えました。新築移転された伽藍は、本堂、妙覚堂、紫雲閣(客殿)、庫裏などから構成されております。
これらの建物は、現代寺院に求められる設備や機能を取り入れているのみならず、その造形美、荘巌には目を見張るものがあります。特に信仰の中心的な場となる本堂は約六十坪の広さがあり、すべて伝統的な工法を用いた木造建築物であり、その前にたたずむだけで自然に手を合わせたくなるような雰囲気を醸し出しています。





