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良いところがあるんですよ、とまるで手を引かれるかのようにやって来たのは古ぼけたライブハウスだった。 一体何処が良いところなのだろうかと此処に入るときに思ったものだが2時間近く経った今もそう思っている。ここに連れて来たこいつの真意は如何なるものか、自分には測りようも無い。 壁には汚いフライヤーがところ狭しと貼られており、背中を預けるには些か心許なかった。とはいえ眠りこけたコイツを膝の上に抱えている以上、何処か自分の体重を預けられる場所は欲しい。仕方なしなしという態で土方は壁に背中を預けた。 今が何時かと言えば深夜3時な訳で。しかも2人はコトの後だったりする。 土方の足を枕に山崎は寝息を立てて眠り込んでいる。良い度胸じゃねーかと土方はその耳をつねりあげようかとも思ったが、つい先程まで山崎が仕事に出ていたことを思い出し、その手を止めた。 公には決して出来ない内容である。部下の苦労をねぎらうかのように、土方はそのまま山崎を寝かしておくことにした。近くに置いておいたライターに手を伸ばし、胸元から取り出した煙草に火をつける。 その光が眩しかったのか、うう、と足元から呻き声が聞こえてくる。寝かしておくつもりが、逆に起こしてしまったようだった。 寝ぼけの山崎は身を起こすと、とりあえず服を身に着け始めた。男の割には何処か華奢で色白な、その癖筋肉の良くしまったその身体は、煙草の篝火に照らし出され、酷く淫靡に映った。 「どうでした?」と山崎は問う。一体何がどうでしたと言うのだろうか。 「屯所じゃ皆を起こしちゃうだろうし、かといっていつもラブホじゃつまらないし。たまには良いでしょう?ココ、防音もきちんとしてるし」と嫌味なくらい屈託なく笑う。 ただそれだけのために此処まで連れてこられたのかと土方は息を吐く。確かに山崎の上げる声を考えれば屯所でコトをするのはまず不可能だろうし、ラブホについても休憩代が浮いただけでもまあ良しとすべきであろうか。 ふと、えい、と服を着込み終わった山崎が声を上げる。同時に煙草の火などとは比べようも無いほどの激しい光が土方の目と身体を突き刺した。 カメラのフラッシュであった。 急な光の所為か、結ぶ像が安定しない。それでも網膜の向こうで、不安定な山崎の像が小さなカメラを構えてこちらを見ている。その瞳は相も変わらず屈託なく笑っていて。 「撮っちゃいました。土方さんの半裸」…などと平然と言ってのける。 無理矢理カメラを奪い取ろうとしたが、その素早い身のこなしに翻弄され、身体はおろか髪の毛にすら触れることが出来なかった。そうこうとしてる間に、山崎は半裸の土方を様々なアングルで撮り続ける。 山崎はついでにと、しなった逸物を撮ろうとしたが、流石にそれは振り乱さんほどに躍起になった土方に阻止され、代わりに山崎の指と舌がそれを捕らえることとなった。 今日の山崎の仕事と言うのは、戌威星と倒幕派のお偉いさんの密合に潜入し、そこから重要機密を聞き出すことであった。 口で言うのは簡単である。が、そのプロセスに至るまでに山崎は幾人もの関係者や会合の場である料亭の人間を洗いざらいに調べ上げ、時には汚い手段をも用いてその密合に潜入した。 そして用済みになった戌威星の人間と倒幕派の人間は会合の直後に暗殺される。所謂出来レースのようなものだ。山崎は潜入と同時にその検分役も担っている。であるから山崎がそこから聞き出すのは機密であり、そしてダイイングメッセージでもあるのだ。 それがどれ程精神に負担をきかす仕事であるかは、想像には難くない。が副長の自分はそれを平然と山崎に命ずる。しなければならない。そして山崎もそうしなければならない。解っている。解っているから、そうするのだ。 鬼の副長、とは良く言ったものだ。結局自分のしていることは所詮、副長の名に甘えて山崎の上で胡坐をかいているに過ぎない。 一体今日は何を撮ったんだ、と紫煙を吐く口が紡ぐ。第2ラウンドを終わらせた直後で、山崎は意識を保つのも辛いようではあった。 「何でもありませんよ」と、笑う。そう相変わらず屈託の無い笑顔で。 こんな風に現像に困る写真を撮ったのは、山崎がこのカメラの画像を自分自身で現像しなければいけない理由を明白に作るためであろう。それは決して公はおろか真選組の人間にも見られてはならぬ画像があることを暗に示している。 「とりあえず今撮ったのは土方さんにプレゼントしますね」などと言う。返事の代わりに拳骨をくれてやった。 そろそろ戻るぞと服を着込みながら土方が言う。既に外は白やみ始めている。早番の隊士ならばあと半刻ほどで目を覚ますところだろう。そのときに揃って副長と山崎が屯所に居ないと言うのは如何にも可笑しい。 倣うかのように服を着始めた山崎が、あ、と声を漏らす。 「土方さん、フィルムがもう一枚あります」土方は後ずさりした。先程のような辱めを受けてはたまらない。が山崎は笑って、土方の隊服の乱れを直しスカーフを結ぶ。 「さっきのは土方さんの分だから、コレは俺の分」そう笑って、土方を壁にもたれかけるように座らせた。その手に刀を握らせて。 「コレが俺の一番好きな土方さんの絵」そう言って山崎はカメラを構える。ファインダー越しに映る土方の姿は、「鬼の副長」の通り名に相応しく、凛々しく覇気のあり、冷徹なまでの威厳を醸し出しながらも侍の志を強くその目に湛えたような、そんな姿だった。 鋭い光が土方を貫いた。 自然体でいれば良いものを、人の上に立つ人間というものは何故かこうきちっとカメラを向けられると意識的に格好を決めてしまうものなのか。かなしい習性と言うものだろうか。 そんな鬼の副長様は文字通り胡坐をかいている。これからもずっと山崎の上で、同時に彼の胸ポケットの中で。 それがどれだけ彼にとっての心の置き場所に成るのか――幸いなのかそうでないのか、どうやら当の鬼の副長様は、現時点では理解に至っていないようであった。 |