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相変わらず、窓の外には冷たい雨が落ち続け、 水滴は視界を曇らせていた。 昨日の事件の処理を済ませるため、マスタングはデスクに向かう。 ペンを握り、視線は窓の外に向けたまま。 彼の手元には手のつけられないままの堅苦しい書類が何枚も重なっていた。 コンコン 「入りたまえ」 「失礼します」 いつものように静かに入室した彼女の手元には、いつもの分厚いファイルはない。 「ホークアイ中尉。書類の催促かね」 「いえ。書類は今日中に仕上げていただければそれで」 「そうか。で?」 「先ほど、アルフォンス君から連絡がありました」 「…何と?」 「明日、南部へ出発するとのことです」 「そうか。しかし居着かないね、彼らも」 「寂しいですか」 「・・・」 「大佐は将来ご自分の子供を甘やかされるタイプですね」 「そうかね」 「ヒューズ准将といい勝負でしょう」 そう言われて、彼のこわばっていた表情がようやく緩んだ。 「…彼らは過保護になる隙を与えてはくれないからね。手をかけたくて仕方ない」 「思春期の子に嫌われる父親ですよ」 「それは少々笑えないな」 そう言って苦笑いを浮かべる彼に、ホークアイもほっと、胸をなでおろす。 昨日から食事もとらずに部屋にこもり、ただ、ぼんやりと過ごしていた彼が笑った。 この男、ロイ・マスタングはことにエルリック兄弟のこととなると、普段の冷静さを欠く。 昨日の事件でも、犯人が兄弟の関わった人物だと知ると、取るものも取らず現場に駆けつけた。 以前から、要注意の指令が降りていた男だった。 現場検証の途中、姿を消したマスタングを探して裏路地へ入り、 ひとり雨に打たれている彼を見つけたが、なぜか声をかける事が出来なかった。 それから、彼は笑っていない。 「お茶をお持ちします」 「あぁ、ありがとう」 入ってきたのと同様に、静かに扉を開ける彼女に、マスタングが声をかけた。 「中尉、何か腹にたまるものもくれないか。そういえば昨日から何も口にしていない」 「忘れてらしたんですか」 「そのようだ」 呆れて目を見開くホークアイに、マスタングは静かに笑った。 つられて微笑む彼女の笑顔もまた、静かな、穏やかなものであった。 結局、あの感情をなんと呼ぶのかなど知らない。 ただ悔しくて分からなくてイライラして、 何かにぶつかって壊れてしまいたかった。 ただ、それだけ。 俺は 壊れる事を望んだ。 それを 体が 頭が 強く拒んだ。 ぶつかって、壊れる事で あいつの手を借りてはいけない。 あいつに頼ってはいけない。 そんな、弱い事では。 「兄さん?」 「あぁ、なんでもない」 「明日、南部に行ける? もう一日残っても…」 「気にすんなよ、大丈夫だから」 「でも…」 「俺達は、自分で前に進まなきゃいけない。立ち止まってる暇も、誰かに頼ってる暇も無いんだ」 頼ってはいけない。 望んではいけない。 力を 声を 腕を 欲してはいけない。 そう、自分に言い聞かせるだけ。 俺たちは、また一歩前に進む。 ちり、と昨日切った口内が痛んだ。 ← |