パセリにセージにローズマリーにタイム。
そしてたっぷりの愛情があれば、どんな料理だって美味しくなるはず。



確かに小梅は料理が下手という訳ではない。
上手という訳でもない。
だからといって、彼女に料理に満面の笑顔で「美味しいよ」、と無理なくと答えられる物ではなく、どちらかといえば返答に困るほどの出来ばえ。というか返答が出来ないほどの味の芸術作品。となるとやはり下手ということなのか。
だから、小梅が明日自分の分まで昼の弁当を作ってくる、と言い出した時、鉄幹は正直いって困る、を通り越して思わず神に助けを乞うてしまった。神様仏様赤座様。助けて先輩、事件です。
鉄幹に詳しい事情を教えてくれた茉莉花曰く、小梅は今月洋服を買いすぎたらしい。で、食費の節約に励む決心をしたとの事。手始めに昼の外食を止め、弁当を作ってくるというのだ。
―で、「ひとつもふたつも同じだから、テツの分のお弁当も作ってあげよー☆」となったらしい。(どうやら、自分のと一緒に茉莉花の弁当を作ってくる仙一の姿に乙女のジェラシーを感じたようだ。)
男冥利に尽きるわね。茉莉花は言った。哀れみをこめて。
鉄幹はただ、苦虫を噛みつぶしたような、そんな笑いを浮かべるしかなかった。



運命のその日、鉄幹は胃薬とセーロ丸持参でやってきた。
出勤一番、鉄幹に慌しく声をかけてきたのは珍しくも宝児であった。鉄幹の朝の挨拶にもろくに返事をせず、ただ鉄幹の肩をがしりと掴んでくる。心なしかその端正な顔には青筋が浮かんでいる。さすが青の人、と言ったら怒るだろうか。
「おい、テツ…お前今日何か薬持ってきたか!?」
どうやら宝児も弁当の事は知っているようだ。
「…はい、一応」
「良かった。…実は、昨日スーパーでウメコを見かけてな」
そう言って鉄幹の瞳を強く見つめてくる宝児。その視線の強さに思わず怯むが、次に宝児の口から紡がれるだろう言葉にただならぬ何かを感じ、身構えた。
「マグロの目玉、買ってた」
ただでさえ薄い鉄幹の顔がさらに薄くなった。
「…気をつけろ」
それだけ言い残し、宝児は去っていった。文字通り白の人と化した、鉄幹をひとり残して。
いや気をつけろと言われましても。若干正気を取り戻した鉄幹は頭の中でいわゆるマグロの目玉の形と、それがどう使われるのかを考えてみた。
マグロの目玉、マグロの目玉、マグロの目玉…。
鉄幹の穏やかな午前中は、マグロの目玉で終わってしまった。マグロの目玉のことばかり考えてるうちに、時計の針はいつの間にか12時を回っていたのである。
「…」
時計を見つめ、鉄幹は絶句した。ああ、まるで僕はシンデレラ。
と其処にやってきた、嵐を呼ぶ桃色の天使。
「テーーーーーーーツーーーーーーー!!!!!!!」
間違いない、小梅そのひと。
自分の名を呼ぶその声に、振り返る。当人はさわやかに振舞ったつもりなのだろうが、それはそれは非常にぎこちない代物であった。



そこからしばらくのことを、鉄幹は覚えていない。小梅に腕を掴まれ、ずるずると引きずられ、車に乗せられ、気がつけば海の見える公園のベンチに2人、並んで座っていた。
その間も鉄幹の頭を支配していたのはやはりマグロの目玉だった。
一方の小梅はと言えば、呆然とした鉄幹をよそに、気分はすっかりウキウキモード。カバンの中からいそいそと取り出したるは白とピンクの揃いの弁当箱。
「じゃあーん!!作ってきたよ、お弁当!!食べてくれるよね??」
「食べてくれる?」ではなく、「食べてくれるよね?」。すでに食べることが前提になっている。こういうところはとても、小梅らしいと思う。そして、可愛い…とも思うのだけれど。浮かべた鉄幹の苦笑いに、すっかり乙女気取り全開の小梅は気づく気配も無い。
「はあい、どおぞ」
満面の笑みを浮かべながら、白い弁当箱を鉄幹の膝の上に乗せられた。開けてみて、と鉄幹の大きな肩に頭をもたげる小梅。その期待に満ちあふれた目は、白の弁当箱と鉄幹の目とを交互に見つめてくる。気になっているのだ、鉄幹がどんな反応を示すのか。大きな目を輝かせて、一心に見つめてくる。誘っているわけでは勿論無いのだけれど、なんだか少し良からぬことを考えてしまいそうになる、例えるなら小悪魔のような瞳。
こういう顔をされると、弱い。それが男と言う愚かな生き物。
男、姶良鉄幹は覚悟を決めた。待ってて胃薬&セーロ丸ちゃん。
そうして鉄幹は弁当の蓋を開けた。
其処には。





科学とのコラボ、では無く、白とピンクのコラボ。





まるで海のように見立てられた、弁当箱いっぱいに詰め込まれた白米の上を紅鮭フレークで型をとられた大きなピンク色の魚がゆったりと泳いでいる。そして丁度その魚の目になる部分には噂のマグロの目玉が置かれていて、それが爛々と輝いているように見えた。そして魚の大きなおなかには、焼き海苔で作られた「T」の文字。
「鉄幹の「T」だよ。やっぱ名前は入れないとね」
そう言って、小梅はその顔を朱に染めた。
白米の上をゆうゆうと泳ぐピンクの魚。見事なまでの、白とピンクのコラボレーション。正直言ってセンスが良いとはお世辞にも言えそうにも無かったが。
鉄幹は、笑った。
肝心の問題は味であるはずなのだろうけれど。そしてこの弁当はあまり見目的に良いものではないのだろうけれど。
正直今の鉄幹はそんなことはどうでもいいと思えた。
小梅が自分のために手作りの弁当を作ってくれる。これはとても嬉しいことじゃないか。なんで、そんな基本的なことを忘れていたんだろう。小梅が、決して料理が上手くは無い、あのおっちょこちょいの小梅が。どんな気持ちでマグロの目玉を買い、どんな気持ちで弁当のレイアウトを考え、どんな気持ちで紅鮭フレークを敷き詰め、どんな気持ちで「T」型の海苔を重ねたのか。
そんな小梅の全てが今は嬉しくて、そして愛おしかった。
鉄幹はその顔に似合わぬ大きな手を、そっと小梅の小さな頭に重ねた。
「ありがとう、ウメコさん」
ゆっくりと、その頭を撫でた。その「ありがとう」は決して社交辞令なんかじゃなく、心からの「ありがとう」。
鉄幹の大きな手に撫でられながら、小梅は笑った。
本当に心から嬉しそうな、そんな笑みだった。



口に頬張った小梅特製愛情弁当のお味はやはり摩訶不思議な味の代物であったのだけれど、小梅の頬についたご飯をそっと唇で拭った時に口に広がった、小梅の料理とその頬の味に。
「ああ、美味しいかもしれない」
鉄幹はそう、思うのだった。





恋するふたりに必要なスパイスは。
パセリにセージにローズマリーにタイム。
そして何より、たっぷりの愛情。





この後鉄幹はマグロの目玉が食べられなくて苦労するのだけれど、
それはまた別のお話。