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たとえばハンドルを握る手の大きさだとか、名前を呼ぶときにちょっと鼻にかかるところだとか、好きなものを食べてる時の嬉しそうな笑顔だとか。 人が人を気になりだす瞬間だなんて、そんな些細なものだろう。けれどそれでいいのだ。小さな「好き」が生まれてきて、やがてそれが増えていって、大きな「好き」になる。 じゃあ、大きくなりすぎた「好き」はどうしたらいいのだろうか。自分ひとりで抱えるには大きすぎて、もてあましてしまう。だから他者とその思いを共有したり、「好き」なことを「好き」な人に教えたりするのだ。 自分ひとりだった「好き」はやがて自分以外を巻き込んだ「好き」に変わっていく。 そこまで来てしまったらもう、後戻りは出来ない。 礼文茉莉花のパターンを見てみれば、彼女が江成仙一を思うようになったのは自然であり必然であったとも言える。 職業柄二人は同じ時間と空間を共有することも多く、したがって共通の話題も多かった。警察官という正直あまり社交的とは言えない立場にあっては、異性とめぐり合う機会は稀有としか言いようが無い。 まして茉莉花はエスパーという人智を超えた類まれなる能力の持ち主だ。この力を理解してくれる人間など、星座の数より少ないだろう。そしてその中から消去法で男性を選ぶ。未婚の男性を選ぶ。フリーな(と思われる)男性を選ぶ。 とすれば茉莉花が仙一を思うようになったのはある意味既に解りきっていた結末であった。 しかし茉莉花は年齢の割りに恋愛経験に乏しかった。恋、という感情を抱いたのはあとにも先にもドゥギー・クルーガーただひとり(一匹)である。しかもそれも今思えば本当に恋であったかどうかも解らない。ただの思春期特有の一過性の憧れだったのかもしれない。 別にフリーの男性の中から恋愛対象を選ぶことはないのだが、そうしてしまう辺りに彼女の生真面目さと初心さが伺える。(また、恋愛対象を“選んで”しまうあたりにも) 茉莉花が3日間の有給休暇から戻った或る日のことであった。 「ジャスミンおはよー☆」 「おはようございます、ジャスミンさん」 「Good morning,ジャスミン」 いつもの仲間の掛けてくる声だ。しかし、その中に彼のそれは含まれていない。 センちゃんは、と小梅に尋ねると、茉莉花と入れ替わりで有給をとったのだ、と言う。 そう、と何事もなかったかのように返す。しかしその奥底は揺れていた。何故、自分とすれ違いに??いや、たまたまのことであろう。観たかったサッカーの試合が今日だったとか、兄弟の誰かが結婚したとか…。でも、5人のうち2人が続けて有給をとった場合、他の人間にどれ程の負担がかかるかわからない人間ではないはずだが――。 はた、と気付いた。何をそんなに深く考える必要がある。 茉莉花は踵を返すように背中を向ける。 後に小梅が振り返ることには、その背中は何故かそわそわしていて落ち着きがなく、ジャスミンらしくないな、と思ったとか。 仙一は3日後に帰ってきた。 何となく海が見たくて日本海まで行って来たのだという。太平洋じゃ駄目だったんだよ、熱弁をふるう仙一を受け流し、他のメンバーは仙一の買ってきた土産物に夢中になっていた。 大抵が海産物やら「日本海に行ってきました」という正直何処にでもありそうな饅頭だったのだが、その中で少々浮いていたもの。 「きゃーvvこれかわいー!!梅の花??」 小梅が声を上げて喜んだのは、金に梅の花の装飾が象られたピアスである。他の土産物が道端のドライブインで買ったようなものと見受けられるのに対し、これはどう見てもそれ専用の店で購入してきた物であろう。もしや桁も違うかもしれない。 「ああ、凄くキレイな伝統工芸品の店があってね。そこで買ってきたんだ。ウメコにぴったりだな、と思って」 目を輝かせて小梅は喜んでいる。正直羨ましいな、と思った。胸がチクと痛む。 「オイオイ、ウメコばっかで俺達には何もナッシングなのか?」 と宝児。細かい文法には目を瞑っておこう。 「勿論、無い訳がある?――はい、ジャスミン」 「…え?」 今の会話で何がどうしてこうなるのか。仙一の世界はやはりよくわからないが、その顔に似合わぬ大きな手から手渡されたものは、紛れも無い特別な土産物。 小梅のとは対照的に、銀にジャスミンの花の装飾が象られた、ピアス。 「ジャスミンはシルバーかなぁ、って思って。どうかな、気に入ってくれた??」 どうしてそんな嬉しそうな、幸せそうな顔をして聞いてくるのだろうか、ああ全く。 気に入らないわけが無いじゃないか。 ありがとうと言葉を紡ぐのが精一杯だったかもしれない。自分では顔色なんて見えないけど、頬の熱さから何となく予想できる。ああ、もうどうしてそんな嬉しそうに頭を掻くのか。 「センさん、僕らは…??」 蚊の泣くような鉄幹の声も今は何も聞こえない。 茉莉花はSWATモードならぬMKOJモード(マジで恋する乙女ジャスミン)モードに入ろうとしていた。 仕事の帰りに美容外科に寄った。 実は茉莉花はピアスホールを空けていないのだ。時たま付けているのはイヤリングの類である。曲がりなりにも公務員と言う立場で、なおかつ銃火器を扱う立場であるからには、日常的に金属を身につけることはタブーのように感じていたのだ。 しかし今の茉莉花は一介の警察官ではなくMKOJモードのひとりの女である。煩悩が理性に勝利した。 翌朝の出勤時には当然の如く例のピアスを付けていた。一週間は病院で装着したピアスをつけなければならないのだが、少しでも早くジャスミンのピアスを付けたくてたまらなかったのだ。 ピアスは髪で隠れる。だから一見してはあのピアスを付けていることは気付かれない。それでいい、単なる自己満足に過ぎないのだから。 「ジャスミンおはよー☆」 「おはようございます、ジャスミンさん」 「Good morning,ジャスミン」 いつものみんなの朝の挨拶。そして。 「おはよう、ジャスミン」 彼の言葉。 ああもう、マーベラス。 午後のことである。 茉莉花は小梅を探していた。昼食は二人でとるのが習慣になっており、いつも昼には更衣室前で待ち合わせるのだが、何故か今日は姿が見えない。 でも朝はいたし、とあたりを探してみた。通りすがりの鉄幹にも聞いてみた。が、まともな情報は聞き出せなかった。 もしかしたらデカベースに戻ってるのかもしれない、と思い、その足をデカベースに向ける。 そこに広がっていた光景に、茉莉花は一瞬わが目を疑った。 小梅の小さな体が、仙一に抱きしめられている――。 小梅は泣いていた。小さな声で、赤子がすすり泣くように。 足が止まった。 思考も止まった。 なのに心臓だけが異常なほど激しく動く。 これは、何? 単なる同僚の関係である人間が、昼間からオフィスで抱き合ったりするだろうか。 茉莉花は気付いた。 これと似たような光景を、自分は前にも見たことがある。確かそれはあの小梅の寿退社騒動の時で、そのあと確か小梅は仙一を――。 その時だった。茉莉花の背中越しから、宝児の声が響く。 「おい、あったぞウメコ!!弁当!!」 ………弁当? その声を聞くやいなや、仙一の胸を飛び出して宝児に駆け寄る小梅。 「どこどこっ!?どこにあったの!?」 「ロビーにアローン状態だった。大方キーでも出す時に置き去りにしたんじゃないのか?」 こつん、と宝児が小梅の頭を叩く。 …なるほど。 つまり小梅は弁当がないと騒ぎ、そして宝児に助けられ、仙一には慰め…いやなだめられていた、と。それで更衣室にも来れなかったのか。茉莉花は合点した。 そして大きく胸を撫で下ろした。どうやら自分でも思った以上に落ちてしまっているらしい。 この目の前の、江成仙一と言う男に。 そう、でなかったら別に彼が誰と恋愛しようと、それが小梅であろうとスワンであろうと構わないはずなのに、だ。もう自分の心は仙一が自分以外の女性と馴れ合うことを頑なに拒絶しているのだ。 自分の男、でもないのに。 茉莉花はかぶりを振った。 やばい。 初めてそう感じた。 ――たとえばハンドルを握る手の大きさだとか、名前を呼ぶときにちょっと鼻にかかるところだとか、好きなものを食べてる時の嬉しそうな笑顔だとか。 人が人を気になりだす瞬間だなんて、そんな些細なものだろう。けれどそれでいいのだ。小さな「好き」が生まれてきて、やがてそれが増えていって、大きな「好き」になる。 じゃあ、大きくなりすぎた「好き」はどうしたらいいのだろうか。自分ひとりで抱えるには大きすぎて、もてあましてしまう。 茉莉花は悩んだ。 如何すべきなのか。自分ひとりで浮かれているだけではもう、どうにもならないし、どうしようもない。 誰かにこの思いを少しでも共有してもらおうか、そうすれば…いや、しかし誰だ? 小梅は確かに気心が知れているし、一番妥当な人物だろう、しかし――結婚騒動の一件以来、小梅に仙一の話をするのはやぶさかではない。宝児にも相談したところで妹さんの新婚話や自分の中途半端な悲恋経験を話されて終わってしまうだろう。鉄幹は論外。 生憎スワンは出張中だし、ドギーはまず無理だ。ファイアースクワットが忙しい伴番にこんなことを話すのもおかしい話であるし。 大きなため息をひとつ。 ――じゃあいっそのこと、仙一に打ち明けてしまおうか。 貴方がすきなんです。貴方の近くにいる女性を疎んでしまうほど、私はあなたに恋焦がれているんです、と。 そう言ったら、仙一は一体どんな顔をするだろう。きっと困ったような顔をして、そして笑うんだ。仙一が自分を恋愛対象として見ていても、いなくても。 午後はずっと上の空だった。心ここに在らず。茉莉花の心は仙一のところへ飛んでいた。 結局定時までに仕事が終わらず、残業をしていくことになったのだが。 どうしてこんな時に限って、仙一も残業するのだろうか。 「珍しいね、ジャスミンが残業だなんて」 まさかあなたのことばかり考えていたからよとは口が裂けても言えないだろう。茉莉花はちょっとね、と言葉を濁して作業を進めた。 しかし。 いつもは賑やかなデカベースがとんと静かだと、何だか調子が狂ってしまう。小梅の大声や鉄幹の泣き言や宝児のツッコミがないデカベースとはこんなに静かな場所だったのか。コンクリートの壁がやけに冷たく感じた。 そうこうしている内に、茉莉花の仕事は片付いた。元来真面目な働き者であるから、余計なことを考えていなければ仕事のペースは非常に速いのだ。 このまま帰ってもいい。でもそれでは、心を満たされない何かが支配してしまう。そんな気がしてならなかった。 満たされない何か。 それが何なのかは解っている。きっとそれは――。 「ねえ、ジャスミン」 思いがけず声を掛けられてしまった。心臓がまるで妊娠したように膨れ上がった気がする。 「朝から気になってたんだけどさ、それ。今付けてるでしょ。俺のあげたピアス」 目を白黒させてしまった。青天の霹靂、とはこういうことを言うのだろうか? 「俺の目は誤魔化せないよ。でも良かった。気に入ってくれたみたいで」 笑顔で返した。気持ちが大きすぎて、唯でさえ上手く自分の感情が伝えられない茉莉花には、その気持ちを表すのに相応しい言葉が見つからなかったのだ。 「でも、さ」 不意に仙一の顔に影が落ちた。 「ジャスミン、本当はピアスの穴、開けてなかっただろ?もしかして昨日、開けたのか?」 思わず言葉に詰まってしまった。その通りなのだが、ここで素直にそうなのよ、などと言ってしまってはまるで何か狙っている女――あからさまに仙一への思慕を剥き出しにした女として映ってしまうだろう。実際仙一に恋焦がれていることは事実なのだが、それを自分の口からではなく、態度から読み取られてしまうことは非常に口惜しいのだ。 どうやってこの場を誤魔化そうか。そんなことで頭がいっぱいの茉莉花の様子は傍から見ても非常に滑稽だったのだが。 戸惑う茉莉花に、仙一は穏やかに笑った。 「…ありがとう。やっぱりジャスミンは、シルバーが良く似合う」 今まで見てきた中で一番優しい笑顔だった。 茉莉花の中で何かが動いた。 今なら。 今なら。 今なら、思いを伝えられるかもしれない。 あまりに大きくなりすぎて、自分ひとりではもうどうしようもなくなってしまったこの思い。今なら彼に、伝えられそうな気がする。 センちゃん、 と名前を呼ぶ。 彼の目がこちらを向く。 茉莉花の口が、言葉を紡ごうとする。 あなたがすき、と。 ただそれだけを言えば良いのに、言葉が出てこない。なのに心は急かして、茉莉花の思考を掻き乱す。いっそ今この瞬間に大地震が起きてしまえばいい。そうしてしまえば身体が触れ合った瞬間、どさくさに紛れて言えてしまうはずなのに。 仙一の目は、やさしい。 穏やかで、お風呂の中に入ってるような暖かさすら感じる。 まるでその目線に促されるかのように、茉莉花はゆっくりと口を開いた。 「…すき。すきなのっ…センちゃんのこと…」 やっと、それだけが言えた。それすらも自分の身体の中から搾り出すように言った言葉だった。 仙一の顔は見られなかった。とてもじゃないけれど、羞恥と緊張とであの穏やかな笑顔は見られようもない。それこそ今あの笑みを見てしまったら、自分がどうなってしまうか解らない。 茉莉花はふと気付いた。 あたりから穏やかな空気が逃げていた。冷たい無音の闇がひしめいているかのように。そういえば仙一は何も言わない。何も言ってくれない。 何時の間にか仙一を見ていた。 茉莉花の瞳に飛び込んできたのは、仙一であって仙一ではなかった。 確かに仙一ではあった。しかしこれが先程まで穏やかな笑みを見せてくれていた仙一であっただろうか。その双眸は何処までも深く、そして暗い。口許は笑みのかけらも浮かべておらず、まるで人形を思わせるほどだった。 茉莉花は困惑した。笑ってくれると思っていたのだ。たとえ仙一が自分を恋愛対象として見ていても、いなくても。 なのに。 でも、どうしたらいいのだろうか。今ここで拒絶の言葉を掛けられても自分はきっと泣き叫ぶだけで。無理に笑顔を作って、さっきのは冗談よ、忘れて頂戴とも言えるはずもない。 だからといって、押さえ込むわけにも行かないのだ。最早自分のものだけに留まらなくなったこの思いは、後戻り出来ない。 コンクリートの壁が揺れた。本当に大地震でも起こるのだろうか。 しかし姿を見せたのは大地震ではなく宝児だった。 「お、ここにいたのか、センちゃん、この書類のことなんだけど」 「ああ、どれどれ?」 何事もなかったかのように振舞う仙一。さっきまでのことを無かったことにしたいというのだろうか。それではまるで、自分そのものを否定されてしまっているようで――。 茉莉花の中で何かが弾け、そしてその思いに従うように茉莉花は机を力強く叩いた。 お疲れ様、と宝児に言葉を投げかけて、そうして宝児が入ってきたドアへと滑り込む。仙一の姿は見ることが出来かった。 まるで仙一から逃げるように、茉莉花はデカベースの外へと飛び出す。 最後に聞こえてきたのは、宝児と何事もなく言葉を交わす、愛しい男の声だった。 「…邪魔したか」 宝児の声が静かに響いた。 いつもよりワントーンほど低いだろうか。落ち着いた、冷たさすら感じられる声。色で例えるならばやはり青だろう。 「ううん」 仙一の声は非常に対照的だった。いつもと変わらない、癒されるような声。 しかしその声に対し、言葉が上手く噛みあわない。 「寧ろグッドタイミングだったなぁ。あのまま返事言わなきゃならないような状況になっても困るしね。正直かなり焦ったんだけど、来てくれて良かったよ。ありがとう」 振り返った仙一は笑顔だった。いつもと変わらない、笑顔。 きっと茉莉花があの時見たかったのはこんな笑顔だったのだろう。 「…ジャスミンのことは、好きじゃないのか?」 「うん?スキだよ、この世界の何よりも誰よりも。時々世界に俺とジャスミンしかいなければ良いのに、って思う」 「…じゃあ、何で」 「フェアじゃないからだよ。俺がジャスミンをスキなのと、ジャスミンが俺を好きなのではまだ全然規模が違うんだ」 仙一は宝児を見つめた。真直ぐな瞳で、宝児を捉える。 宝児は言葉に詰まった。目の前の仙一が、仙一ではない男に見えて仕方が無い。仙一とはこんな雰囲気を出す男であったのか。背筋に震えを感じて仕方がない。 しかし、解るのだ。仙一の言っていることが理解できる。そしてどこかでは共感すらしている。 「俺だけが落ちても意味がないんだ。もっともっとジャスミンを引き摺り下ろして、俺以外の誰も見えないくらいにまでしなくちゃ、単なる俺の欲望をぶちまける行為にしかならない。本当にフェアな状態で俺たちが恋愛するには、もっとジャスミンが俺を好きでなきゃならない。だから、まだ早いんだ。俺が彼女のものになってあげるには。でも今のアレで、またちょっと近づいたかな。多分今日のジャスミンは俺を思って眠れないはずだ」 そう紡ぐ仙一の表情は何一つ変わらない。 狂っているとは思えない。正常だ、正常なのだ。仙一はただジャスミンがスキなだけだ。 だから、まるでジャスミンを試すように――そしてジャスミンが自分を気になるように仕向けるためにわざとおかしな有給を取ったり、開けてもいないピアスを贈ったり、小梅を思わせぶりに使ったり――。 「ウメコには悪いことしてるよね、いつも。言い方が悪いけど、ダシに使っちゃってる訳だし」 「…そう思うなら、他の方法を考えればいいんじゃないか?逆立ちでもして」 「申し訳ないんだけど、戦略家の立場から言わせてもらえばここでウメコを切る訳にはいかないんだよね。何せ面白いくらいにダメージを与えてくれる貴重なアイテムなもんで」 「…」 「気をつけてね、ホージー。ウメコがこのまま俺をスキになっちゃっても知らないよ?」 「…!」 声を荒げようとした。が、何が出来る?どうしたらいい?ここで感情のままに仙一を殴って、そしてどうする。恐らくは顔の腫れた仙一を小梅は気遣うだろう。そして目を腫らした茉莉花も言葉少なげに仙一を気遣い、そして自分を疑いの目で見つめるのだろう。 何にもならない、どうにもならない。ただ黙って仙一を睨むことしか――。 返事を待つ前に、仙一はドアを開けて部屋を後にした。 そのドアを力強く蹴る。しかし残るのは虚しさだけであった。 だが。 宝児は気付いた。 純粋なのだ、仙一は。ただ純粋であるがゆえに、自分の行為を理解しつつも止めることが出来ないのだ。 心の奥にある言葉が浮かんだ。自分が言うのは適正ではないと思いながらも、言わずにはいられなかった。 「……ナンセンス!」 不条理だ。 気付いた時は電車の中だった。茉莉花はあたりを見回す。 制服のまま、荷物も持たぬまま、電車に駆け込んでいたのだ。無意識のうちに、仙一から離れたかったのかもしれない。 ――ああ。 だめだだめだ。 気付いてしまった。本当に仙一を愛している。否定されるのが悔しいほど、自分は仙一に落ちている。 仙一は気付いた。もう自分ひとりの思いでは済まなくなってしまった。そう感じれば感じるほど、悔しくて、胸が痛くて。なのに一層、彼に焦がれて仕方がない。 そのとき急に耳が痛んだ。ピアスだ。昨日あけたばかりのピアスホールが疼くのだ。アレルギーを起こしてしまったのかもしれない。仙一のピアスと、茉莉花の身体が。 苦しい、と身体が悲鳴を上げている。 これはなんなのだろう。 愛なのか、憎しみなのか、傲慢なのか。 茉莉花はかがみこんだ。瞳からは大粒の涙が溢れていた。 たとえばハンドルを握る手の大きさだとか、 名前を呼ぶときにちょっと鼻にかかるところだとか、 好きなものを食べてる時の嬉しそうな笑顔だとか。 人が人を気になりだす瞬間だなんて、そんな些細なものだろう。 けれどそれでいいのだ。 小さな「好き」が生まれてきて、やがてそれが増えていって、大きな「好き」になる。 じゃあ、大きくなりすぎた「好き」はどうしたらいいのだろうか。 自分ひとりで抱えるには大きすぎて、もてあましてしまう。 だから他者とその思いを共有したり、「好き」なことを「好き」な人に教えたりするのだ。 自分ひとりだった「好き」はやがて自分以外を巻き込んだ「好き」に変わっていく。 そこまで来てしまったらもう、後戻りは出来ない。 礼文茉莉花のパターンを見てみれば、彼女が江成仙一を思うようになったのは自然であり必然であったとも言える。 仙一は茉莉花を狂おしいほどに愛していたのだから。 もう一度言う。 礼文茉莉花のパターンを見てみれば、彼女が江成仙一を思うようになったのは自然であり必然であったとも言える。 彼女が踊っていたのは、江成仙一の手のひらという舞台だったのだから。 みどりの日記念がこれか(笑)えっと、真田は仙一氏のブラックな部分も含めて大好きです!そ、そういうことです… |