僕が風邪をひいた。
「なっさけないなぁ」
見舞いに来たウメコさんがそう言って、僕は恨めしく彼女を見る。
「誰の風邪が感染ったと思ってるんですか」
「でも、一緒に来たジャスミンとバンには感染らなかったじゃない。テツの自己管理が悪いんだよ」
「…………」
抗議の言葉は、感染源に一蹴された。
けれど、感染の原因についてはやましいものがあったので、それ以上は口を噤む。
風邪をひいたウメコさんの見舞いに行った僕は、眠っている彼女にキスをしてしまったのだ。あんな、軽く触れる程度でうつるなんてナンセンスだけど、現に僕は二日前のあの日から体調を崩し、今こうして臥(せっている。
「先輩達は来ないんですか?」
「テツの代わりにパトロール」
「すみません……」
話題を変えたくて訊いたのに……いや、一応狙いどおりかな?
「早く元気にならなきゃダメだよ」
「はい」
人差し指を立てた彼女に、神妙に頷く。
うつした張本人は元気なもので、風邪は人にうつすと治るというのは本当かもしれないと真剣に思う。
全く、こんな時に凶悪なアリエナイザーでも襲って来たら一大事だ。特凶としての心構えがなっていないとチーフにだって叱られてしまうだろう。でもあの人はあれでなかなか優しいところがあるから、口では厳しいことを言いながらも、訓練中に怪我なんかすると妙に甘やかしてくれたっけ。
「ふふ」
「何笑ってんの?」
「ちょっと、本部にいた時のこととか思い出しちゃって。子供の頃からスペシャルポリスにいたから兄や姉がたくさんいるみたいな感じで、熱を出したり怪我したりすると甘やかしてもらったんです」
からかわれたり優しくされたり、構ってもらえるのが嬉しくて。だから体が辛い割には、寝込まなければならない事態も嫌いじゃなかった。
「ふぅん……ね、ね、そういう時ってやっぱり桃缶食べた?」
「いいえ、そういう習慣はありませんでした」
「なあんだ」
ウメコさんは心底つまらなさそうに言った。察するに、自分の習慣を「宇宙共通のもの」として「やっぱりねー」とか何とか喜びたかったに違いない。よしよし。僕も結構彼女がわかってきたぞ。
「じゃあ、テツも食べたことないの?」
「いえ、そういう習慣はないというだけで、お見舞品の中に含まれていることはありました」
「そっか」
彼女は手荷物の中身を一つ取り出して見せた。
「ジャーン! というわけで、ウメコちゃんのお見舞いは桃缶です」
先日からどこかおかしいらしい僕の目には、語尾と彼女の周りにハートマークが見えた。チーフ、ヌマ−O長官、こんなこと初めてです。僕はどうしたらいいですか?
「食べたい?」
「食べたいです」
「よしよし。では特別にウメコちゃん自ら用意してあげましょう」
彼女はにこにこしながら部屋を出て行き、少ししてひょこっと顔だけ覗かせた。
「テツは一口大に切ってあるほうがいいんだよね?」
先日彼女が風邪をひいたときにはそれで少し揉めた。彼女は大きいのにそのままかぶりつきたいそうだけれど、僕は小さいほうが食べ易いと思う。だから「お願いします」と応えた。
「ロジャー。ほーんと、テツはお坊ちゃんなんだからー」
「別に、そういうわけじゃ……」
もごもごした僕の抗議は、多分ウメコさんの耳には届かなかったと思う。彼女の姿はとっくに壁の向こうに消えてしまっていたから。
スペシャルポリスの独身寮は同じ造りのようで、僕は今台所に立っている彼女と先日彼女の部屋の台所に立っていた自分を容易に重ねて想像出来た。思わずその後の自分の行動を思い返してしまって赤面する。
「ナンセンス……」
呟いて布団を引き上げる。こんなことしたら益々熱くなるのに、益々ナンセンスだ。
「お待たせー」
「!」
戻ってきた足音と高い声に、慌てて顔を出す。どうしてこの人はこんなタイミングで戻ってくるんだろう。
「テツ、熱上がってない?」
「そう、ですね」
小首を傾げるウメコさんは可愛くて、顔は元に戻るどころじゃない。
それならこれも、熱のせいってことにしてしまおう。
何だか頭のどこかで何かがふっ切れてしまった気がする。だから僕はにっこり笑う。
「じゃあその桃、ウメコさんの口移しで食べさせてください」
「なっ……!」
あーあ、真っ赤になっちゃって。
「何言ってんの! テツのばか!」
「ウメコさんて可愛いですよね」
「…………っ!」
普段の僕なら言わないような言葉がさらりと零(れ、ウメコさんは真っ赤なままで絶句する。僕は元々顔が赤いんだからどうってことない。
「もうっ。本部の人達ってそんなことしてたの?」
「まさか。されそうになっても全力で辞退しましたよ」
その時のことを思い出してちょっとぞっとしながら否定する。
それから改めて、熱のせいで潤む眼差しでウメコさんを見詰める。
「どうしても、駄目ですか?」
「うううううう〜」
真っ赤なウメコさんは言葉を忘れてしまったかのように唇を引き結んで唸る。何だかちょっとかわいそうかな。
あんまり長いこと次の言葉が出てこないものだから、我が儘言うのもやめにしようかと思った時。
「ウメコちゃんの大サービス」
彼女はそう言うと、フォークの先に小さな白桃を差し、唇を触れさせた。
「間接キッスで我慢しなさい」
確かに触れた証(に、唇が小さく濡れている。それをなめ取る動作は無意識のものだろう。ピンクの唇が一瞬内側に消えて、ぱっと戻った。
「はい、あーん」
その唇に言われるままに口を開け、甘さを感じて口を閉じる。
「どう? 美味しい?」
少し濡れた彼女の唇は妙にナマメカシクて。
「え? きゃ…!」
そこから先の行動は、我ながら感心してしまうくらい素早かった。彼女の手首を捕まえて上体を起こし、甘い唇を塞ぐ。この間、三秒弱。
(ああ、桃)
口の中の小さなかけらをほとんど噛まずに飲み下し、その甘さだけ連れてウメコさんの内に侵入する。
「……ん、んんー!」
僕の口の中の甘さが彼女にも移って薄れた頃、やっと我に返った彼女がもがきだす。
風邪のせいで体力が減退していることもあるので、割とあっさりと解放してあげた。
「バ……バカバカバカバカ、テツのバカッ!」
「いたっイタタッ! ウメコさん落ち着いて……!」
流石スペシャルポリスというか何というか、か弱く見えても両手を振り回すようなウメコさんの攻撃は結構痛い。
「バカーッ!!」
最後に思い切り叫んで、彼女は飛び出していってしまった。
「……やっちゃったなー」
嵐の去った部屋で独り呟く。呟いたら思い出したように胸が早鐘を打つ。
今度のは前のとは違う。ウメコさんも覚えていることになる正真正銘のキスで、しかも深くて。一方的なのは同じだったけど。
「……言い逃れなんかしませんけどね」
開き直った気分で呟いてみたら、何だか楽しくなってきた。
ナンセンス。
けれど楽しいのは事実。
それもこれも熱のせいってことにして、今は幸せな気分で眠りに就こうと思った。
引っ繰り返った桃の器もそっちのけ。
僕の口の中は、甘い甘い白桃缶詰。
── 了 ──
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しるきぃるーなの瀬生曲さまからまたまた6月企画にのっかって頂いてしまいました♪<続・白桃編>
管理人sもすっかり手をつけなくなってしまって………。
いやいや、書きたいものは幾つかあったり無かったり(−−;)折あればそんな話になっているのですが…。
そんな訳で2年前から進化を遂げたてっつん。
“病人だから”で何でも片づいちゃうあたりマーベラスですね☆
お忙しいところ可愛らしい小説ありがとうございました!!
瀬生曲様のサイトはこちら
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