白桃はくとう缶詰かんづめ



 ウメコさんが風邪をひいた。
「見舞いに行くべし」
 ジャスミンさんが言ったから、非番だった彼女と先輩と、部屋に行ってみることになった。
「具合はどう?」
「うー、あんまよくな〜い」
「何か食べたいものとかある?」
 ジャスミンさんが訊いて、答えはすぐに返ってきた。
「桃缶」
 デカピンクであるウメコさんは、食べ物でも桃が好きなのかもしれない。
「定番だな」
 先輩が大きく頷いたところを見ると、地球では風邪をひいたら桃缶を食べるのが当たり前なのだろうか。
「そんなわけで。買ってこい、後輩」
「え? 僕が行くんですか?」
 不意にがっしりと肩を押さえられて面食らう。先輩は笑って「年功序列だぜ」と言い切った。この言葉、嫌いになりそうだ。
「働け、少年」
 ジャスミンさんまで僕の背中をポンと叩く。
「ももか〜ん」
 ベッドの中からするウメコさんのか細い声がとどめになって。
「もうっ! わかりましたよ! 行って来ます!」
 僕は独りで彼女の部屋を飛び出した。

 結局デカベース内の売店には置いていなくて、近所のスーパーまで行ってきた。
「ただ今戻りました……って、あれ?」
 ウメコさんの部屋の玄関スペースに先輩とジャスミンさんの靴が無い。
「もしかして、帰っちゃった……?」
 ナンセンス! 僕を買い物に行かせたまま……! いいや、僕も帰ろう。買ってきた桃缶はこの辺にでも置いて……
 けれど。
「帰ってきたの……?」
 奥から小さくウメコさんの声。
「は、あの、はい」
「おかえり〜、ももか〜ん」
 僕より桃の缶詰がメインですか。でもまあ、これでこっそり帰るわけには行かなくなったか。仕方がないからまた部屋に上がる。
「失礼します」
 ノックをして寝室に入ると、彼女はベッドの中で眠っているように見えた。ひょっとして、さっきのは寝言だったんだろうか。
「桃缶……ここに置きますよ」
 小声で言って、ことりとサイドテーブルに買い物袋ごと載せる。
「えー」
「うわっ。起きてたんですか」
「病人の枕元に桃缶そのまま置いていくなんて、ひどいよテツ」
 口元まで布団を引き上げて、ウメコさんは恨めしそうに僕を見る。熱に潤んだ瞳はいつもよりも弱気に見えて、帰るに帰れなくなる。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「キッチンに缶切りあるから、開けて」
「……わかりました」
 買い物袋をカサリと持ち上げて、言われるままにキッチンに移動する。
「えーと、缶切り……」
 見回せばそれはすぐに見つかって、缶詰の縁にカチリと当てる。思ったよりも片付いているのは、ジャスミンさんのおかげかもしれない。
 それにしても僕は何をしているんだろう。
 缶切りを動かしながらちょっと不思議な気分になる。
 やがて、透明なシロップに沈む白い桃が姿を現した。
「えーと、何か器……ウメコさん、お皿借りますよ」
「どーぞー」
 食器棚の中から片手に収まる大きさのガラスの器を選ぶ。少し深みもあったほうがいいかな。
 シンプルなその器に缶詰の中身を移す。全部は無理だからとりあえず一切れ──って、桃半個分?
「桃の缶詰なんて始めて開けたけど……こんななんだ……これはそのまま食べるにはちょっと大きいですよね?」
 誰にともなく呟いて、シンクの戸を開ける。デカベース内の独身部屋は造りが同じらしい。僕の部屋と同じく戸の裏には包丁が並んでいた。取り出した果物ナイフで一口大に切っていく。皿に傷を付けないように、慎重に……
「これでよし、と」
 我ながら上手く切れたぞ。それから、お盆と、フォークと……おしぼりも要るかな。
「ウメコさん、桃……眠っちゃったんですか?」
 部屋に戻った僕は思わず訊いてしまう。いつも賑やかな彼女が今はあんまりにも静かで。
「起きてる。ありがと」
「どういたしまして」
 微苦笑みたいな溜息混じりに応えて枕元に座る。……僕は今、何に安堵したんだろう。
「あーっ!!」
 突然叫ばれて、思わずお盆ごと桃を落としそうになる。
「なっ!? どうしたんですか?」
「桃! どうして切っちゃったの!?」
「は?」
「あのおっきいのにかぶりつきたかったのに〜!」
 いつもの調子でウメコさんは叫ぶ。
「ナンセンス。そんなこと先に言っておいてくださいよ」
「もうっ! テツのばか!」
 折角食べ易いようにと思ったのに、どうしてこんなに怒られなきゃいけないんだ。
 それでも相手は病人だし、と自分を抑える。ちょっとくらいのワガママは、我慢しないと。この人いつもワガママだけど。
「わかりましたよ。缶の中にもう一切れ残ってますから、そっちを持ってきます」
 溜息と一緒に立ち上がろうとして──けれど僕の動きはそこで止まってしまう。
「……あの……?」
 僕の袖口をしっかりと掴んでいるのが布団から伸びる彼女の手だということを、この目で確かめる。
「あーん」
「は?」
 口を開けた彼女を見下ろす僕の顔は、多分かなり間抜けなんじゃないだろうか。
「食べさせてくれたら、許す」
 偉そうに言う彼女は何だかその……可愛くて。ゆっくりと顔が熱くなる。
「ほら、早く」
「あの、もう一切れ、大きいのが」
「いいから。あーん」
 彼女がまた口を開けて、僕は改めて傍らに座り直しぎこちなくガラスの器を手にする。小さく切った桃を一切れフォークに刺して、彼女の口にそっと運ぶ。
  ぱくん
 音がしそうな様子で口が閉じて、小さな白い桃は僕の視界から消える。僕はフォークを引き抜く。
 代わりにピンクの唇がにっこりと笑んだ。
「おいしい」
 どうしたんだろう。ウメコさんがやたらと可愛く見えて困る。
「ほらテツ、次。あーん」
「あ、はい」
 望まれるままに、皿の中身が空になるまで桃を食べさせ続けた。
「ごちそうさま。あー、おいしかった」
 満面の笑みでそう言って。
「……ウメコさん?」
 静かな呼吸音は……寝息?
「眠っちゃったんですか?」
 問い掛けに応えは無くて。
「…………」
 僕は何故か──彼女が愛しくて唇を重ねた。舌先で軽く触れた彼女の唇は、微かにシロップの味がした。

甘い、白桃の缶詰の。

── 了 ──














しるきぃるーなの瀬生曲さまから企画にのっかって頂いてしまいました♪<白桃編>
今回はオフで「今度は6×5やるんだー」とこぼしたらその場でネタを出して下さりましたよ。やったね☆

白桃! はくとう! ももかん! 風邪っぴき!
甘えっ子病人も年下の苦労人も実にほのぼのといたします。先輩方もグッジョブ(親指立てつつ)!!

お忙しいところ可愛らしい小説ありがとうございました!!


瀬生曲様のサイトはこちらしるきぃるーな