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「夕陽が見えませんね」 茶をすすりながら妙は言う。朝の時点でひしめき始めていた厚い雲はほぼ完全に太陽を覆っており、雲の隙間からはわずかばかりのオレンジの光が顔を見せていた。 「さっきの映画の夕陽は綺麗だったな。ほら、はじめの方の、2人で海に行くシーン。オレンジ色が海の青にきらきら反射してて、すっごく綺麗だった。…でもなんか切なかったな。後からの展開を思うと」 そうか、と銀時も倣うかのように茶をすする。妙は空を見上げながら、ほうと息を吐いた。妙のそんな横顔にほんの少しだけ、夕陽の色が映し出されていた。 「おりょうちゃんと観にいったお客さんはね、映画館を出た後にいきなり声張り上げて言ったんですって、俺は何があってもおりょうちゃんを護ってみせるって、おりょうちゃんが今のおりょうちゃんじゃなくなっても、絶対おりょうちゃんの傍に居るから、だから結婚してくれぇとかって、公衆の面前で言ったんですって。おりょうちゃんもう困っちゃって、一発のしてきたわ、って言ってた」 もしや、と銀時の頭の中に、あるひとりの男が思い浮かんだ。人前で大声で泣くことも、また大声でそんな恥ずかしいことを堂々と言うことも、ヤツならばやりかねない。 「…その人のやってることはちょっと無茶苦茶だけど、何だか分かる気がするな。ううん、何か憧れる」 「憧れる?」 アイツにか、と銀時は予想だにしなかった妙の言葉に驚きを隠すことが出来なかった。妙は続けた。 「その人もそうだけど、あとあの映画の男の人。もう…ね、あの人の恋人に対する思いは、完全な片思いだと思うのよ」 妙はことりと茶を置いた。 「だって、こっちは向こうを大事な恋人と思うけれど、向こうはこっちのことをだんだん忘れていっちゃうでしょ。最終的には、自分が好きだった人とは全くの違う人になっちゃうかもしれない。それでもできる限りずっと傍にいて、ずっとその人を護ろうとする、愛そうとする」 「…ああ」 「…そこに見返りなんて無いでしょ。あるのはただ純粋にその人のことがすきだって想い。…相手に何も求めない愛なんて、そうそう抱けやしないわよ」 紡ぐ口許が、夕陽を見る瞳が、光を浴びた華奢な身体が、隠し切れない切なさをかもし出していた。 「変な話だけどね、銀さんが記憶喪失になったときはね、私本当にそんな感じだった。銀さんに記憶の中にあったはずの私の存在を否定されて初めて、ああ私この人のことが本当にすきなんだなって思ったもの」 銀時は茶を置き、改めて妙の顔を見た。銀時の心には小さな小さな波紋が揺らいでいた。そしてそれは、今ここにいる銀時と妙をも確かに揺らし、2人の関係に厚い雲がかかりつつあるということを暗に予感させていた。 銀時の何処か寂しい視線に気付いたのか、妙が薄く笑って言葉を続けた。 「…打算的なのよ、人間って。勿論私も。一度落ち着いちゃうとね、愛した分だけ愛して欲しいなんて、そんな風に利己的に思っちゃうの。 今のままじゃなくて、もっともっと未来に目を向けていきたいって。ただ相手が好きで、今が良いならそれで良いだなんて、そんなの駄目だ、ってそう思っちゃうの」 ――ああ、と。 言葉が返せようはずも無い。喉元まで何か言葉が出掛かった気もするが結局は通り過ぎた風とともに消えていってしまった。今ではそれが、どんな言葉だったのかももう、分からない。 一部抜粋 |