東方での任務を終えたロイとホークアイを迎えたのは、珍しくも愛犬ブラックハヤテ 号の鳴き声だった。
くーん、くーん、だのきゃんきゃんだのと、ホークアイのアパートに響き渡る。

「ブラックハヤテ号。静かになさい」

ささやかながらも帰還の祝いにと、ホークアイが珍しく準備した2人きりの晩餐のひととき…とは言え、その御品書きはレーション―軍部用の保存食であったのだが。そのような貴重な2人の時を、飼い犬に邪魔されている。「飼い犬に手を噛まれる」という言葉は、こういう時にも通用する言葉なのだろうか、とホークアイは思う。
しかし一方のロイは至極冷静で。

「まあまあ、中尉。しばらく留守にしていたから機嫌が悪いんだろう」

…などと言ってのける。

「…でもこんな夜に。近所迷惑になりますから」

その言葉は、建前。本当はロイとのささやかな一時を静かに穏やかに過ごしたいだけだ。ただでさえ今まで自分達がいたと頃は鉄の匂いが鼻を突く、爆音と轟音の鳴り響く赤い戦場であったのだから。
だがなおもブラックハヤテ号は鳴き声をあげる。ホークアイはホルスターから拳銃を取り出した。

「ちっちちち中尉!それこそ近所迷惑になるのではないのかね!?」
「…はあ」

ロイの言い分は尤もだった。とはいえ、微かながらも何処かやるせなさがこびりついて離れないのもまた、事実。そんな感情を、しかも犬に抱くなんて…鷹の目が聞いて呆れる、と思う。

「…かまってほしいのだろう、やはり」
「…かも、しれませんね」

ブラックハヤテ号はまた小さな鳴き声を上げる。ホークアイは小さな息ひとつ吐くと、ブラックハヤテ号を優しく抱き上げた。お願いだから、少しだけ静かにして居てね。飼い主様からの命令よ。
そう心の中で呟くと、ホークアイはブラックハヤテ号の小さな鼻にそっと唇を落とした。

くうん

ちいさな甘い鳴き声一つをあげて、ブラックハヤテ号は大人しくなった。心の声が伝わったのか。その様はホークアイにそっともたれかかっているようにも見える。ホークアイはそっと彼を抱き返した。端から見ればそれはそれは微笑ましい様子。その様を見た誰もがきっとその顔を綻ばす事だろう。
ただし、ここにそれが当てはまらない男が一人。

「…ほら、見たまえ。やはり、かまってほしかったのだよ」

ロイはそう言って、テーブルの上の紅茶を一気飲みする。その様は、あまり普段のロイらしくも無いようで。その姿を見てホークアイは少し意外に思ったが、すぐにくすりと微笑んだ。



ああ、この男も。
自分と同じで、
そしてこの小さな犬と同じで。


「かまって欲しかったのは貴方でしょう」

その言葉に、ロイは思わずホークアイへと向く。

「ねえ、ロイ」

ロイが言葉をつまらす。ホークアイはそっと、ブラックハヤテ号を床に降ろした。


きゃうん?


降ろされたブラックハヤテ号の瞳にいつもとちょっと違う、ご主人様とその上司が映しだされていた。




「だから、ね?お願いよ。今日の夜だけは、ちょっとだけ静かにしてね」




上司に抱き抱えられたご主人様はいたずらっぽいウインクを犬に向けた。しかし犬がその意図を理解出来るはずもなく、ただぱたぱたとシッポを振り続けるだけで。






本当にその夜が「静か」だったかどうかは、実のところ、ご主人様とその上司だけが知ることである。














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