スナックお登勢の戸はかなり古く、立て付けが悪い訳でもないのに開ける度にがらららと派手な音が立つ。
今日その独特の音と共に入ってきたのは坂田銀時であった。
その背中にのんべんだらりとした正負どちらにも属さないオーラを纏っているのは相変わらずだが、今日はさらになんとも言えない空気を背負っていた。
なんとも言えない、と言うのは、その背負っているものがどこか陰鬱めいているようで、同時に足が地に着いてない揚々としたものにも感じられるからだ。
一見重いような、けれどそうでもないような微妙な足取りの彼は、なにか考え込むかのように顔を手で覆ったまま店内に入ってくる。
ここのスナックの主であるお登勢は既にその雰囲気を察知していた。
何も言わずカウンターに座る銀時の目の前に、いつもの焼酎水割りを差し出すと、煙管の煙をふうと吐いた。
「何かあったのかい」とは言わない。目の前の男を見れば何かがあったのは一目瞭然である。そして「何があったんだい」と聞くほど野暮ではない。何か言いたい事があるのなら向こうから語り始めるはずだ。
ちびちびと舐めるように焼酎を口にしていた男はやがてゆっくりと口を開いた。
「話せば長くなるんですが」
何故か矢鱈と畏まった口調で銀時は言う。
話は本当に長くなおかつ纏まりのないものであった。



坂田銀時がなかなかの洒落者であることは彼の着流しの着こなしやコスプレの数々、ジャンプ誌上調査で美容師の選ぶセンスの良い髪型ベスト1に選ばれた事からも明らかであり、周りの面々もそれは重々承知であった。
さて折りしも世の中はヴィンテージブーム。
ジーンズ製造工場では、製造過程においてわざと生地に擦り切れ感やほつれを作り出したり、電脳空間上では年代物の着物やらジャケットやらが高値で競られる時代である。
流行に敏感と言うわけではないが、独特の感覚で洋服を着こなすこの男にこの流れはなかなか肌にあったらしく、例の着流しに黒シャツの定番スタイルの他にもチラホラとまた小洒落た着物で外に出るときもあった。
ところがオヤ目の前の銀時はいつものあの格好である。
というのはそこにあるひとりの人間が、しかも女が絡んでいるのだ。
女の名前は志村妙といい言うまでも無く万事屋銀ちゃんの一員志村新八の姉である。ついでに言えば坂田銀時とはちょっとした仲ともとれそうな仲でもある。
さてそのお妙さん、先日万事屋に訪れた際、矢鱈と銀時の色褪せてなんとなく古ぼけたように見えるヴィンテージの着物を気にかけていたそうである。このときに銀時は気付くべきだったのだろうがそのときは差し入れに持ってきた洋菓子に夢中で着物のことなど二の次三の次であった。
そして今日また客から貰った生菓子を持って万事屋に馳せ参じた。しかしその時万事屋の3人は舞いこんできた仕事に行く途中で、銀時は後ろ髪を力一杯引かれながら仕事に向かった。
その日の仕事と言うのはとある料亭の雨樋や瓦の修理という力仕事であったもので、動きやすいいつもの格好で参上した次第である。当然お気に入りの着物は箪笥の中だ。
悲劇は住人不在の空白の時間に発生した。
銀時ほか2名が仕事を終え帰宅し、意気揚々と冷蔵庫の扉を開けて妙の差し入れの生菓子に舌鼓を打ち、幸せな気分のまま土埃に汚れた着物を着替えようとした。
そして箪笥を開けた銀時は叫ぶより先に全身の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
数時間前までそこにあったお気に入りの着物が何枚かの手ぬぐいに姿を変えていたのである。
銀時は言葉を失くし呼吸すら忘れただ呆然とした目で、今何が起こっているのかを必死に理解しようとした。さっきまであったはずの着物が布キレに変わっている?ホワイ、何故?
ふと視界の隅に二つ折りになった便箋のようなものが入ってきた。外見のみならず中まで真っ白になった頭で真っ白の世界を広げると、そこには見覚えのある丁寧な字が広がっていた。



「銀さんへ

    ものを大切にするのはとても大事なことだと思いますけれど、いつまでも汚れて痛んだお着物を着ないようにしてくださいね。お料理の時とか、ほつれたところから火が廻って火傷してしまうかもしれませんよ。
   たまに家に来るとき、私にお土産ってハーゲンダッツを買ってきてくれるのはとても嬉しいです。でも、たまにはそのお金をご自分のお着物を新調する方に回してください。私は今までみたいにたまに来てくれるだけでとても十分ですから。
   お節介かもしれませんが、手ぬぐいになおしておきました。良かったら使ってください。冷蔵庫のお菓子は早めに食べてくださいね。
                                                                            お仕事お疲れ様でした。            
                                                                                              お妙」



「と言うわけで俺はどうしたらいいのか分からない訳です」
酒が廻って若干火照った頬で銀時は言う。
「俺の内に燻るこのモヤっとしたものが一体何で、それが一体何処に向けられているのか、どういった気持ちで向けられているのか分からないのです」
怒りなのか、後悔なのか、愛情なのか、憎しみなのか。自分に対してのものなのか、お妙に対してのものなのか。正の感情なのか、負の感情なのか。
「と言うわけで俺はどうしたらいいのか分からない訳です」
ご丁寧に同じ事を2回言った。お登勢は再びふうと煙管の煙を吐いた。
なるほどそのあたりのいろいろと入り混じった気持ちが今日の銀時の背負うこのオーラに関係してくる訳なのか。しかしこう項垂れる銀時には悪いが、内に燻るものの正体など分からないにせよ、その解決手段など初めからわかっているだろうに。
そしてそれは確実に近づいてきている。自分の殻に入ってしまった銀時には聞こえないのだろうが、今あの古い扉の向こう側から、聞き覚えのある足音が聞こえてくるのだ。
がららら、と、ヴィンテージと言う言葉からは限りなく遠そうな古い扉の開く音と共に、ひとりの女が入ってくる。



果たして彼女は今の銀時にどのように映るのか。いとしい女か、それとも――。
「銀さん」
と大輪のように微笑むその表情が、どちらの方向にせよ途轍もない攻撃力を発揮しそうなのは、間違いなさそうである。







こちかめでなんかこんな話があった気がする…
ちなみに中学時代、学校指定のださジャージの袖のリブ部分を解いて安全ピンで止めるという着こなしが流行った事があります。私も見事流されましたが、洗濯に出したジャージのリブ袖部分は見事母上の手によって綺麗に繕われていました
懐かしい思い出です











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