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土方が妙に会うのは久方ぶりのことだった。記憶を辿ればあの花見の日。今から五ヶ月ほど前の弥生の終わり、あの咲き誇る桜の美しかったあの日以来のことだった。 「あら、こんばんわ」 「…おう」 空白の五ヶ月。その時間は彼女を一層「女」にさせたと思った。風采、容貌、風格… 性格は置いておくとしても、どれも五ヶ月前の彼女のそれとはまた違っていた。妙齢の女とは短期間にこうも変わるものか、と思う。 「見物客の見廻りですか」 「…まあ、そんなところだ」 「それはそれは」 今日は江戸っ子の祭典、夏祭り。今年は前に行われた鎖国解禁祭が途中で中止になってしまったため、その挽回もあってか、今日は観客も的屋も大盛況であった。テロ勃発の懸念もあったため、真選組も見廻り、そして護衛に駆り出されていた。一方の妙は店は日曜で休み―折角なので花火見物にやって来た処、この土方に出くわした、といったところだ。 ふとその時、二人の頭上にけたたましい破裂音が鳴り響く。 花火だった。 色とりどりの大輪の華が、暗く深い夏の夜空に一瞬にして咲き誇った。 「綺麗ね」 「ああ」 「本当にそう思っていらっしゃる?」 何を言い出すのかと思った。妙の言葉に、土方は彼女を見やる。 「どういう意味だ」 「お気に障ったのなら御免なさい。ただ何だか不機嫌そうな顔をなさっているものだから、そう思ったの」 「…元々こういう顔なんだ」 「あら、そうでしたの」 そう言って、妙はくすくすと笑う。何が可笑しいのか土方には解らなかったが、今彼女に笑われていることが別段不快な訳でもなかったので、そのまま好きにさせた。 ひとつ、ひとつ、鮮やかな大輪の華が咲いては散り、また咲いては散り行く。 二人はしばし、その光の華の美しさに落ちていた。 ふと、妙がゆっくりと口を開く。 「あの時も、こんな風に散っていましたね」 その言葉は花火の爆ぜる音に紛れてしまったが、すぐ隣に居た土方の耳にはちゃんと届いていた。が、何のことを言っているのか、すぐには解らなかった。 「桜ですよ」 土方の戸惑いに気付いたのか、妙が微笑む。 漸く言葉の意味を理解した土方は「あぁ」と小さく呟いた。 「楽しかったわ、あの日。皆で馬鹿な争いをして、美味しく御食事を戴いて。真選組の皆さんも面白くて良い方ばかりだった」 その真選組の良い方の中に近藤さんは含まれては居ないのかと喉の奥まで出掛かったが、色々と不都合が生じるだろうと思って止めておいた。何より、そう話す妙は本当に楽しそうに見えた。だから、彼女の言葉に対する率直な自分の思いを言うだけに留めておいた。 「俺はまた無駄な一日を過ごしたと思ったがね」 しかしそれは酷くぶっきらぼうな言葉だった。 「あら…そう」 そう言ったきり、妙は黙ってしまった。何も言わず、ただただ花火を見ている。土方は土方で、何も話し掛けることは出来なかった。話そうにも話題が無い。何より彼女は自分が発した言葉に黙ってしまった。何か彼女の気に障ることでも言ったのだろうか。自分なら先程のようにあからさまに態度に出すが、彼女はそのようなことはしない。だから今彼女が怒っているのか、それとも呆れているのか解らない。それすらも聞けずに居た。 ただただ時間だけが、咲いては散る華と、重苦しい沈黙と共に流れ行く。流れる沈黙に耐えかねて土方の喉の奥から発されたひとことは、 「桜も花火も似ていると思わないか」 我ながら何とも間抜けな言葉―土方は思わずその顔を朱に染め上げた。 しかし妙は土方の言葉に目を見開かせはしたものの、嘲笑することもせず、ただふうわりと笑って。 「ええ、思います。そして、ひともね」 自分の間の抜けた一言を真面目に受け取ったことも驚きだったが、 ひとも。 どういう意味かと瞠目する土方に妙は言葉を続けた。その瞳は花火を見上げたままで。 「上手く言えませんけど…世の中の大きな流れからしたら、私たちひとりひとりなんて本当にちっぽけな存在。例え私が死んだとしても世の中は何も変わらないくらいの大きな流れからしたら、本当に一瞬だけの。でもその中でも必死にもがこうと、逆らおうと、輝こうとする。ほんの一瞬のひと時の為だけに。 …そういう意味では、似てると思うんです。刹那に咲き誇っては刹那に散り行く華のようで。いえ…可笑しいですよね」 妙の言葉に答えるかのように、空にぱあん、ぱあんと華が咲く。 「…いんや、可笑しくねぇよ。何と言うか、きっと生きてることが夢幻で、死こそが無限の常なんだよな」 そう語る土方の横顔は花火の光に照らされて、酷く美しかった。そこに居る彼こそが、夢幻なのではと思わせるような。 「だからこそ、俺達は刹那に生きるものを愛でる思想があるのかもしれねぇ。桜も、花火も…またしかり、だ。刹那主義たぁよく言ったものだよ」 土方の言葉に、今度は妙が瞠目する。 「以外に、土方さんてロマンチシストな処がおありになるのね」 「あんたもそうだろ」 そうね、とだけ答えると再び妙は言葉を閉ざした。 再び流れ始めた沈黙。しかしそれは先程のものとは似て非なるものであり、心地良さすら感じるものであった。 「だからでしょうか、ねぇ、土方さん」 今度、沈黙を破ったのは妙であった。真っ直ぐに土方を見据え、優しく言葉を紡いでいく。 「無駄なことって無いと思いますよ。もしかしたら明日はお天道様を見ることが出来ないかもしれない。そう思うと、一日、一日がとてもいとおしいんです。後から振り返ったときに、どんなに辛かったとしても自分では輝いていたような。だからあの日もとても思い出深い日。大切な日ですわ」 その言葉は、そして彼女のその瞳はあまりにも優しくて、あまりにも真っ直ぐで。 土方は問う。 「…じゃあ、今俺とこうしている時も、大切だっていうのか」 自分がこんなことを聞くということ、土方には大きな驚きに他ならなかったが。 妙はただただ優しく、 「ええ、何物にも変え難い、とてもいとおしい時ですよ」 そう言って、何処までも優しく、心から微笑むから。 目を、逸らしてしまった。 何と無く、自分にはその微笑みを向けられる資格が無いような、そんな気がしたのだ。 自分は常に生と死の狭間で日々を全うして居る。真選組として己の志と御上の為にこの命を、刀を捧げ散らす存在。それ故、己の命は己のものであって、己のものでは無い。だからこそ、彼女のような考えは考えたことも無かった。仮に考えたことが在っても、出来ないものと切り捨てていた。 生は夢幻、死は無限。 そう、解っているのなら。そして、ひとであるのなら、きっと彼女のように日々を生きることがきっと正しくて、理想的なこと。出来ぬとは解っていても、憧れずには居られない。 ならば、せめて。 「あんた、次いつ会える」 「お店でしたらいつでも、上がりは大体明け方かしら。…お待ちして、よろしいの」 「ああ、待っていてくれ」 彼女に会わなかった五ヶ月間を思い出していた。戦いに明け暮れた日々をやり過ごすことに精一杯で、そんな日々を愛すことも、己を慈しむことも出来なかった。 きっと錯覚であろう、だがこの女と居るときはそんな自分を許せるかのような、そんな錯覚に陥る。だからせめて、この女と居る時だけでも。 その時は桜のように花火のように、散り行くものを伴わず。ただ、流れ行く時を感じ輝かせるが如く。 「待っていますわ」 土方の小さな決意に、小さく穏やかな声で答えた。 そのあまりにか細い声は花火の咲き誇る音に紛れて、土方の耳に届くことは無かっただろうけれど、 きっと。 土方の目は、そして妙の目は夜空に咲き誇る花を映しだし、 ぱあんと、一際大きな華が宙に開いて― やがて、全ての華が散った。 夢幻の蜃気楼は、散り逝った。 美しい美しい、華火だった。 <終> 戻る |