ゆめとしりせば、さめざらましも


夢を見る。
迷い子のように彷徨う俺が
優しくて温かな腕に抱き締められる夢だ。
夢から醒めるまで、ずっとその腕に抱き締められていた。
その腕が誰の腕なのか、俺は知らない。
俺を抱き締める腕なんて。





夕暮れ、近藤さんは今日もスナックすまいるに通う。大方あのお妙さんに会いに行くのだろう。懲りねぇなあと思いつつもささやかに彼を応援する。どうせ今夜の勝敗も見えてはいるのだが。お妙さん、と近藤さん。2人の顔が頭ん中に浮かび上がってくる。
そうして今日も近藤さんの背中を見送る。
大きな背中。
その背に、自分の命だけでなく、隊士の命を、愛する者を、江戸の平和を背負っている。
だからこそ大きい―そして超えられない背中。
それはまるで、父を知らぬ俺にも父というものを感じさせるようで。

近藤さんは好きだ。
彼のその人柄も剣の腕も志もでっかい手も。
おさないころあのでっかい手に導かれたから、俺は今ここにいられる。元来ひとでなしの俺が、真選組で己の、彼の志のもとに剣を振るうことが出来る。彼に出会わなければ俺は道端で野垂れ死にするか一生ドブネズミのような生活をするかのどちらかだった。
彼のそのでっかい手が今の俺を作っている。恩返し、なんてとてもできるほどの恩じゃない。
だからせめて、彼には幸せになって欲しいと思う。
彼の事が好きだから。
ただ
彼の幸せがお妙さんを手に入れることだと言うのなら、
俺は近藤さんの幸せを心から願うことが出来ない。




何故だ何故だ。
別段、彼女とは特に親しい訳でも睦まじい訳でも無い。むしろ彼女とは衝突することの方が遥かに多い。彼女は何だかんだと気に障って仕様が無い。これが年でも離れてりゃ少しは良かったのだろうが最悪にも同い年。遠慮などありゃしない。全く何だって近藤さんはあんな可愛げのかけらもない暴力女を。
それに、彼女の正義感やら情だかの深さにも虫酸が走る。性悪な俺とは馬が合うはずもねぇ。本当は彼女の言う正義だとか情がひとの正しい形、まことの形であると知ってるからこそ、俺はますます彼女を忌々しく思う。
なのに何故。
理由なんてわからない。
ただ答えは決まっているはずだろう?
俺の大好きな近藤さんの幸せを願えば良いじゃないか。
彼女が傍にいることが近藤さんの幸せそのもの。それに近藤さんならきっと彼女を幸せに出来るだろう。
彼女の幸せと言うものがどんなものであるかは分からないけれど。

けれど、これ以上の理想的な図式と答えは無い。






なのにどうして涙が止まらないんだろう。
そしてどうしてあなたはそんな俺を抱き締めてくれるのだろう。



「…お妙さん」



彼女の、情の形か?
煩いよ、そんなものは要らない。
所詮はひとでなしの俺にはそんなものは要らないんだ、煩いだけだ。だから俺のことなど構わず去れば良い。そして近藤さんの閨にでも入っちまえば良いんだ。近藤さんのものになっちまえば良い。
ああ、冷たいねぇ。俺があなたに浴びせる言葉とは何処までも果てなく冷徹で。俺の心も、そんな言葉を吐き捨てたところでどうとも感じないほど凍てついて居て。
なのにどうしてこんなにあなたの腕の中とはあたたかいのですか?



彼女の腕の中、俺は生まれてこのかた優しくて温かな腕に抱き締められたことが無いことに気付いた。

ただ一つ、あの夢を除いては。

近藤さんの姿が、大きな背中が、でっかい手が目蓋に浮かんでくる。
あの手に頭を撫でられているうちは、その背をただ追いかけられていられたうちは、
彼に導かれるまま居ればよかった。
けれど何時しか俺は成長した。
もう近藤さんが俺に笑いかけても、頭を撫でてくれることは無い。
彼の背中も、追い続けても決して超えられることは無いことに気付いてしまった。
己の行く末をも持たず、俺は導きを失って彷徨うしかなかった。



彼女の腕の中は、とてもきつくて、優しくて、あたたかかった。
ぎゅうと抱き締められて、俺も彼女を強く強く抱き締めた。
「痛い」と彼女は言ったけれど、それでも俺は抱き締めた。
これは夢じゃない。
時が過ぎても、彼女の腕がすり抜けていくことは無い。
これは醒めること無い現実。






ああそうか。
今までが夢だったんだ。
ただただ近藤さんを思って居ればよかった穏やかなひととき。
彼のためなら己も殺せると思えたまほろばの自分自身。
そしてゆめからさめるまで俺をだきしめてくれていた優しくてあたたかな腕。
あなたの腕だったんだ。
このかぼそい、あなたのうでだったのですね。


あたたかかった。
あたたかかった。
つい、すがりつきたくなってしまった。
だめだとわかっていた。
けれどそこまでおとなになれなかった。







ごめんなさい、こんどうさん。
おれ、このひとがすきです。










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