※攘夷派過去捏造話です。ご注意ください。





「――おい、見たか?今度入ってきた奴―」
「ああ、赤い眼をした、銀色の―」



宇宙という規模から見れば地球とはそのほんの片隅にしか存在しない世界であり、そして地球から見れば日本という国はその中の僅かな存在でしかない。ましてこの片田舎は、日本という世界から見ても米粒ほどの存在でしかない世界であろう。
それでも少年達にとって、その田舎は世界であり、全てだった。彼らにとっては雷がひとつ鳴っただけで大事件である。
だからその日、学び舎に新しい子供(正確には同志と言うべきなのだろうが―)がやって来たということも、彼らにとっては大事件中の大事件、言うなれば嵐がやってきたことに等しい出来事であった。
ましてその少年が、人より少し変わった風貌の持ち主であるのならば。
  


「晋助、アイツのことどう思う?」
小太郎が目線で示したのは先程の話題にも出てきた奴≠セった。よくよく見れば、今この教室中の視線は一身に奴≠ノ注がれている。無理も無い、奴≠ヘこの桂小太郎、高杉晋助やそこいらの少年らとは明らかに異なる風貌をしている。好奇心が何よりも先立つ年頃の少年である。興味をそそられるのは当然のことであろう。が、奴≠ヘそんなことお構い無しとでも言うかのように壁に寄りかかったまま、かあかあと寝息を立てながら眠っている。その胸には真剣を抱えながら。
そよと吹き込む皐月の風に、奴≠フ透き通る銀色の巻き髪が音もなく揺れていた。
「なぁ、何て言ったっけ、アイツの名前」
「…銀時。確か、坂田銀時」
「へぇ」
晋助の返す返事の声色に、小太郎は晋助が銀時を如何思っているかが垣間見えたような気がした。
嵐の予感。
「…気にくわねぇな」



「人を見かけで判断してはならない、と父御母御に教えられなかったか?」
晋助の後ろを歩く小太郎が矢継ぎ早の声を投げかけてくる。「廊下は走ってはならない」この学び舎の唯一の掟だ。歩く速さに対して放たれる小太郎の言葉の速さは存外に速く、まるでとんでもないものが背中から追って来る―晋助の頭を、そんな錯覚がよぎった。
「お前はアイツが俺たちと違う風体だから気にくわないと思っているだけではないのか?まだアイツと喋ったことなど一度も無いじゃないか。なのに気にくわない、などと言ってはアイツに失礼だ。先生も仰っただろう、この世には様々な国や世界が在って、その世界の数だけ人の肌や眼の色があるのだと。先生の教えをお前は忘れてしまったのか?そもそもお前は―」
矢のように注がれてくる小太郎の言葉に嫌気が差したのか、晋助は急に立ち止まって思い切り振り返る。
「うるせェェェ!お前だってさっきアイツのことどう思うって聞いてきたじゃないか!お前だってアイツのこと気にくわないとか思ってるんだろ?」
唾が飛び散りそうなほど顔を近づけられてもなお、小太郎は眉根ひとつ歪める事無く言葉を続けた。
「そんなことは無い。白くてふわふわしてちょっと可愛いと思っただけだ」
「かわっ…!と、ともかく、きっとアイツは先生に拾われて来たんだよ!あの風体、どうせ捨て子か父無し子の類だろうさ。それで見るに見かねた先生に同情されて拾われたんだ。先生は優しい人だから」
「ああ、つまりは逆恨みだな。先生の愛情がアイツに注がれることを恐れているんだ」
「何だと!」
先生。小太郎や晋助、そしてこの学び舎の少年達が誰よりも慕う、母のような優しさと父のような強さを兼ね備えた人物。松陽先生。晋助は殊更この“先生”に強い憧れを抱いていた。上士の子として生を受けそのように育てられた彼にとって、先生とは新たな世界と可能性を与えてくれた師であり、大切という言葉では陳腐すぎるほど大事な存在であった。
晋助はまた、心の奥で自分も先生にとってそう言う存在でありたい、と無意識のうちに思っていた。当人はそのことに気づいていないが、周りにしてみればそれは一目瞭然である。だから小太郎のその言葉はもっともな事であった。
「しかし晋助、先生がそんな偏った愛情を注ぐ方だと思っているなら、それは先生に失礼じゃないだろうか」
「…」
「お前が好きな先生とは、そんな人間なのか?」
晋助の顔を覗き込むように、小太郎は優しく言葉を紡ぐ。泣き喚く子供をなだめるようなその行為に、晋助は一種のむず痒さと羞恥を覚えた。
「年上ヅラしやがって…」
くるりと背を向け、晋助は長く続く廊下を再び歩き出した。背中越しに「ヅラじゃない、桂だ」といつもの言葉が聞こえてくる。
逆恨みとでも何とでも言えばいい。
まるでそうとでも言わんばかりに、晋助はその日から銀時に対する嫌悪感を剥き出しにした。



―とはいえ、所詮は子供のすることである。
明くる日晋助が小太郎に渡したのは「銀蒔沫さつ計角」と書かれた小さな紙切れだった。
「…四十点」
「何がだよ!?」
「銀時抹殺だか何だかしらんがもう少し漢字の練習をしろ。戦術や思想ばかり学ぶのもいいが、漢字もろくに書けんようではそのどちらも全く昇華することが出来ん」
そう言い放ち、ぺしゃりと晋助の顔に紙を貼り付けた。晋助は慌てて紙切れを剥がし、再び小太郎に向き直る。
「いいから良く見ろ!漢字は二の次でだ!」
しぶしぶと紙切れを見つめる小太郎の視界に、反応に困るような文字と内容の文面が一様に広がった。漢字は二の次と言ったがそう言う訳に行きそうも無い。が、この際それは置いておくにしても、どれもこれも抹殺という恐ろしい言葉とは程遠い、子供の悪戯がちょこまかと書き込まれている。紙と交互に晋助の顔を見てみれば、眼の下に僅かながら黒い隈が出来かけている。ろくに睡眠もとらずにこんな悪戯を考えていたのだろうか。
「…お前は何のためにあんなに戦術を学んできたのか」
小太郎は小さな、しかし深いため息をひとつ零した。
「これでは単なる子供の悪戯じゃないか」
「子供なんだから仕方が無いだろ!」
小太郎は続く言葉を失った。いつもは子ども扱いをすると怒るくせに、こういうときばかり。そう言うところが子供なのだ、と思う。
それにしても、普段の晋助は小太郎は元より松陽先生も目を見張るほどの戦略家である。洞察力と機転に優れ、また自分と周りの状況を踏まえた上で、瞬時且つ適確な判断を生み出すことが出来るその頭脳はこ れまでに幾度となく先生を唸らせる戦術を生み出してきた。
そのはずだが。…これは一体。
「お前、本当は銀時を抹殺する気なんて無いんだろう?」
そうとしか思えない、ふざけ半分でそうしているとしか。晋助がいつものように戦略を立てれば、口は悪いが子供の銀時を本当に抹殺することなんて容易いことだろう。だが。
「違う。俺は本気だ!」
顔を真っ赤に染めながらも、晋助は力強く小太郎を見つめ返してくる。そこには明らかなる強い意志が見て取れた。
「(本気なのか…?)」
小太郎の疑問は深まるばかりである。
そんな小太郎をよそに、その日のうちに晋助による「銀蒔沫さつ計角」の火蓋は切って落とされた。



講義の―といっても藩校のように机に座って堅苦しく教授の話を聞くものではなく、松陽先生が語った話を皆で思い思いに論じ合う―時間に、初めの抹殺計画は実行された。
皆が先生の話に聞き入っている瞬間、都合が悪いことに先生に突然の来客が舞い込んできた。止むを得ず先生は話を中断し、玄関へと向かおうとした。
晋助にとっては又とない好機!ここ二日で銀時の行動パターンは読めている。奴は先生がいる前では居眠りをすることはあっても席を外すことはない。が、ひとたび先生がいなくなれば便所なのか外なのかはわからないがふらりと何処かへ行ってしまう。晋助はそういった銀時の行動を把握した上で、「沫さつ計角」実行初日の幕を開けようとしていた。
先生が立ち上がり、席を外す。若干周りの少年達がざわめき始め、晋助は銀時の一挙手一動作を注意深く見つめていた。
いつ動く、いつ立ち上がる、いつ足を踏み出す…。
晋助の纏う異様なオーラ。だがそれに銀時は勿論、周りの少年達も全く気づくことはなかった。唯一小太郎だけが不穏な空気を察知してはいたのだが―。
あまりに銀時を見つめすぎた所為で晋助の眼は血走り、口の中は乾ききってしまっていた。全てはやがて来る一瞬のため!晋助は唾液で渇いた口を潤した。
その時、銀時はふあと大きな欠伸を一つし、脚を崩すと投げ出した右足を大きく地に踏み出した―。
遂に来た!
高鳴る胸の鼓動を必死で抑える晋助。何も知らない銀時はただ悠然と立ち上がろうとする。その先に何が待ち受けているとも知らずに…そして、
今だ!
銀時の踏み出す足のその場所に、晋助は自分の足を投げ出した。
びったーーーーーーーん!!!!!!
木造の学び舎が傾くのではないかと思われるほどの轟音と衝撃と共に、銀時の身体は畳の上に勢いよく突っ伏して倒れこんだ。
一瞬のうちに広がる静寂、張り詰めた空気、皆から滴り落ちる冷や汗。
晋助の鼓動は相変わらず激しく高鳴るばかりで、落ち着くことがない。それでも晋助は何とか声を出そうとした。渇いた口では言葉が紡ぎづらかったがしょうがない。締めの言葉まで言って初めて「沫さつ計角」の第一歩は達成されるのだ。晋助はごくりと唾を飲み込み、必死で言うべき台詞を紡いだ。
「悪かったな、俺の脚は長いもんで」
―周りの少年達が一様にあれ、晋助君の身長って平均マイナス5センチじゃなかったっけ…≠ニ思ったのは言うまでも無い。
銀時の赤い瞳がこちらを真直ぐに見据えているのが見て取れた。視線が交錯し、若干の静寂と共に二人にしか理解することの出来ない微妙な空気が流れ始めた。刹那、銀時は倒れこんだ姿勢のままプイとそっぽを向いてしまった。そして晋助と顔を合わせる事無く立ち上がる。
勝った…!!晋助の心を言いようのない満足感が支配した。いや、しかしこれは抹殺計画の第一歩、まだまだここで油断してはいけない。まだ計画は始まったばかりだ…!晋助はしばし、勝利の余韻と油断してはいけないという緊迫感の間で彷徨っていた。が、最終的には勝利に対する心酔の方が大きかったのであろう。へらへらと締まらない表情をしたその頭に、銀時の真剣がごぉぉん!!!!と激しく大きな音を立てて落下してきた。
「〜〜〜〜〜!!!!」
声にならない悲鳴を上げ、頭を抱えて晋助は悶絶する。思わず小太郎が駆け寄って頭に触れると、そこは明らかに熱を持ち、膨らみかけてきている。こぶが出来るのは間違いないだろう。晋助は頭に手を当てたまま、今にも涙の溢れ出てきそうな目で銀時を見上げた。
「てめえっ!何しやがる!」
本当ならば今すぐにでも飛び掛って一発殴り飛ばしてやりたいところだがそんな気力は無い。視線の先の銀時は眉根ひとつ動かす事無く、いつもと変わらぬ沈んだような赤い目で晋助を見つめていた。
と、銀時が膝を折って晋助の前に向き直る。視線の高さが等しくなり、相手の表情がはっきりと見て取れた。
その刹那、銀時はにやりと締まらない笑みを浮かべて、
「悪かったな。あんまり小さいんで見えなかったわ」
仕返し。
そう言わんばかりのその銀時の言葉と表情に。
「…てめぇぇぇぇ!!」
半ば泣き声を含んだ声で晋助は叫んだ。だが小太郎が暴れる晋助を必死で制止し、銀時はへらへらとした笑みを浮かべながら部屋を後にしてしまった。哀れ晋助の悲鳴は行く先を持たず遠く響き渡るばかり。
小太郎と少年達も、彼らは彼らで込み上げてくる笑いの行き場に腹をよじらせながら困惑していた。
こうして「銀蒔沫さつ計角」の第一歩は晋助にとっては散々な結果での踏み出しとなってしまったのである。



それからというもの。
世が世なら「校内公認の犬猿の仲」やら「喧嘩するほど仲がいい」はたまた「痴話喧嘩」などと囁かれたであろうほど、晋助の「沫さつ計角」(もはや単なる晋助と銀時の喧嘩)は毎度お馴染みの光景となっていた。
晋助が銀時の座布団の上に画鋲をばら撒けば、銀時は晋助の靴の中に剣山を忍び込ませ、はたまた晋助が銀時の鞄に毛虫を投げ込めば、銀時はそれを押し花状にして晋助の教科書に挟み込む。そして発生する子供同士のいがみ合い。古典的な悪戯とそのしっぺ返しの無限ループはその名の通り限りを知らず、毎日毎日延々と続けられていった。
いつしか月日は流れ、頬を撫でていた爽やかな風は湿気を帯び、暑苦しさと不快感を与えるようになっていった。暦は既に文月に変わっていた。
「…なぁ晋助、そろそろお前、銀時にちょっかい出すのやめたほうが良くないか」
ある日の昼食休み、小太郎はそう切り出してきた。
「話してみると無愛想だが、根はいい奴だ。何だかんだと勿体付けるのやめて、いい加減に仲直りでもしてみたらどうだ?」
そう告げる小太郎の顔は、友人のというよりまるで兄からの忠告のようにも受け取れた。文月の鋭い日差しを受けてもなお涼しげな、そして優しげな顔で晋助を見つめてくる。小太郎にこういう顔をされると弱いことに、晋助はうすうす気づいていた。が。
「ちょっかいも何も…俺の計画はまだ終わってない」
「またそれか。一体お前の計画とは何の意図があるんだ?俺にはただ銀時にちょっかい出すための口実にしか思えない」
「そうじゃない!俺は初めからアイツが…!」
―そこまでを言葉にした。けれどそこから先は口をつぐんだ。晋助は何かを必死にこらえている。すると、まるでその何かを振り切るかのように晋助はぶるぶると首を振っては立ち上がり、小太郎に背を向けてそのまま部屋から出て行ってしまった。
晋助の真意は結局わからないままだ。ただ、どうやら晋助が初めから言っていたように単なる子供の悪戯ではないようだが―。
小太郎はうーんと首をひねって考えてみたが、途中で止めた。おそらくじきに解るのだろう―何となく、そんな気がした。
「初めからアイツが…好きだったとかじゃないだろうな…」


数日後。
珍しくその日は朝から大雨だった。水無月の中ごろから始まった梅雨もとうに明けて、ここ数日と毎日のように蒸し暑い晴れの日が続いていたのに。
この私塾は通塾を義務付けておらず、また遠方から通う子供も多いので、雨ともなるとやってくる子供の数はぐんと減る。ただでさえこの時期は様々な作物の収穫の時期でもあるので、子供らは学ぶことよりも働くことを優先しなければならず、最近の教室には空席が目立っていたのだった。
雨は全ての音を掻き消すような音と共に降りしきる。
その日教室にいたのは晋助独りだった。家も近いし、働く理由も見当たらない。それよりも自分は学びたいことが沢山あるのだ。学び舎へ行って、本を読んで、先生のお話を聞いて―。
晋助にはこの時、とある方策を考えていた。
今この日本では天人と人間との戦が起こっている。この地域はまだ安全な場所ではあるが、それがいつ飛び火するか、そしてどれだけ大規模なものへと発展するかは分からない。第一まだ子供である晋助には知りようもない。それでもいつか訪れるかも知れぬその日のためにと、晋助は常々考え、そしてある秘策を思いついたのだった。
今日は子供の姿が見えない。小太郎もおそらくはこの大雨で来ることが出来ないのだろう。丁度いい。あまり他の子供にこの方策は知られたくはなかった。誰にも邪魔されることなく、一対一で先生に教えたい。晋助はふうと息をつくと、鞄の中から紙と筆を取り出し、自身の企てた策を事細かに書き始めた。
こうしている時の晋助は本気だ。ただ筆の行く先のみを見つめるその瞳からは尋常ならぬ集中力が感じられる。とても子供のものとは思えない。外は相変わらずの大雨で、止む気配はおろか、弱まる気配すら一向に感じられない。雨雲は世界を黒に染め、ざんざかと激しい音は僅かな物音すらも奪う。しかし恐らく晋助には雨音など聞こえていなかっただろう、いや聞くという感覚そのものを認識していなかったかもしれない。晋助の集中力はそこまで研ぎ澄まされていた。
しかしそれは諸刃の剣。晋助はその凄まじい集中力のため、最も後ろを取られてはならない人物が自分のすぐ後ろにいることに気付けなかったのである。そう、その人物がすぐ近くで声を発するまで―。
「…鬼兵組…?」
晋助はばっと振り返る。流石に至近距離からの声には気付かないはずもなかった。声の主は、前述の通り最も後ろを取られてはならない人物。そう、即ち銀時。
「なっなな何だテメェェェ!いつからそこにいた!」
「イヤ結構前からいたけどさ、全然気付かなかった?」
「うるせェェェ!つか勝手に読むな!返せ!」
晋助は銀時の手に握られた紙を必死に取り返そうとする。その真っ白だった半紙にはみっちりと晋助の方策が書き込まれ、若干黒ずんでいるようにも映った。
―先生以外の人に見られたくはない!
晋助は高く掲げられた銀時の手を必死で掴もうとするが、哀れ天は晋助に体格と言う才を恵まなかったため、どう足掻いても銀時には届かない。悔しさと羞恥と憎しみとで、晋助の目元と顔はこれ以上ないというほど紅く染まっていた。
「返せ!返せよ!」
しかし晋助の手は虚しく空を切るばかり。晋助の瞳の堤防は氾濫し、今にも洪水が起こる―!その時、ふと銀時が言葉を発した。
「…あのさ、この鬼兵組ってどう言う組織を指すんだ?この紙じゃそこまで書いてねーからわかんねーんだよ」
晋助の手が止まる。
これまで銀時からこのような言葉を受けたことは、無い。晋助は大きく目を見開く。その目からだんだんと涙が引いていくようにも感じられた。
「…しりたいのか」
晋助は出来るだけ平然を装いながら答えた。
銀時は何も言わず、ただこくりとだけうなずく。
―まるで蛇と蛙のにらめっこだ、と思ったのは小太郎だった。柱の影から、直立で向かい合う二人の姿をじっと見つめている。実は先程、晋助が銀時の存在に気付いたあたりからこっそりと二人の様子を伺っていたのである。何かあったらすぐにでも駆け寄るつもりだった。しかしこの雰囲気を見る限りは。ほんの少し小太郎が身を乗り出したとき、晋助が口を開いた。
晋助が兼ねてより考えていた方策、それは「鬼兵組」という、非正規の組織であった。
この鬼兵組は武士階級のみで強制的に構成された軍隊ではなく、上士、足軽、百姓、町民と身分を問わず、自ら志願した有志から編成される義勇軍であるという。
「…戦いには精神が大きく左右する。命のやり取りで最終的に勝つのは剣の腕じゃねぇ、志だ。強ぇ意思だ。」
晋助は切々と語りだした。真面目な晋助の表情とは対照的に銀時はぼんやりとした目で晋助を見つめていたのだが、それでもしっかと晋助の紡ぐ言葉を受け止めているようだった。
「何よりだ!俺らが何のために戦うのか、それはこの国を、この町を護るためだろう?だったら俺らがやるしかねぇ。この国を誰よりも愛すると思う民衆が立ち上がれば軍隊なんか尻尾巻いて逃げ出すくらいの組織が出来る!皆でこの国を護るんだ。正兵も奇兵も関係ない。大事なのは志だ。そのために邪魔な制度は取っ払う!」
驚いたのは小太郎であった。
晋助が今までこんなに熱く語ったことがあったろうか。いや、小太郎の思い出せる限りでは無かった。ましてあの銀時相手に。「沫さつ計角」などを企てていたあの銀時に。
そのときふと、小太郎の肩をそっと叩く人物がいた。
晋助の言葉を聞き終わり、銀時はぼりぼりと頭をかいた。晋助はそんな銀時を睨みつける。
「…教えたぞ。返せ、返せ、それ!」
晋助は再び手を伸ばすが、虚しくもまた空を切るばかり。再び声を荒げようとした刹那、それまで黙っていた銀時が言葉を零した。
「イヤさ、その策いいと思うんだけど、どうせならさ、もっとでっかくしてみない?」
は、と晋助が間の抜けた声を上げる。何を言っているんだ?と言わんばかりのその表情。しかし銀時はお構い無しに、晋助がびっしりと書き込んだ紙の一文を指差して見せた。
「あのさホラ、この「鬼兵組」って名前だよ。「組」も良いけどさ、どうせなら「隊」にしてみねぇ?どうよ、「鬼兵隊」っての」
「…」
晋助はまだあっけにとられたような表情をしていた。が、銀時はかまわず続ける。
「組ってさ、一つのまとまりとかそう言う意味だけど、なんか二つのものが一つになる、って感じだよな。茶碗が一組とか、組み手をする、とかさ」
ああ、と晋助は生返事しか返すことが出来なかった。
「でもホラ隊ってのはさ、部隊とか楽隊とか…すっげぇ沢山の人間がまとまった集団って感じがしねぇ?でっかい感じがするんだ。少なくとも俺はする」
「…」
「どうせやるならさ、でっかいことが良いじゃねぇか。一+一がやっぱ一より、一+一がいつか百になるってほうが俺は良いと思う」
―返す言葉が見つからない、と思った。悔しいからとか、負けたと思ったから、とかそう言うことではなくて。
この銀時の言う言葉に、晋助自身が激しく共鳴していたからである。
「第一、だな」
少しの間の後、銀時は言った。
「俺の知る限り…っても松陽先生に聞いた限りだけどさ、「隊」ってつけた組織って今のところ無いんだぜ」
まるで子供が悪戯を思いついたように(十分銀時は子供なのだが)、銀時はにやりとした笑みを浮かべた。
「歴史の一番になろうじゃねーか」
晋助は黙して語らない。しかし浮かべるその表情が何より雄弁に銀時の言葉に答えていた。晋助の今のその顔は、まるで銀時の鏡のようだった。
にやりとした笑みを浮かべながら、再び晋助は紙を取り返そうとする。しかし銀時が素早くそれを宙に上げ、決して取らせようとはしない。不思議なにらみ合いにも似たやり取りが再び続く―。
「…つーか、さっきからずっと思ってたんだけどさ」
不意に銀時が口を開く。
「…何だよ」
と、晋助。心なしかその言葉には、それまで銀時に向けられる言葉に含まれていたとげのようなものが感じられないように思えた。
―が。
「…お前、すっげー字ヘタクソだな!」
銀時が吐き捨てた刹那、それまで何故か殆ど聞こえてこなかった雨の轟音が一気に耳に入り込んできた。
 どどどどどどどどどどどどどどど…
「…うるせェェェェ!!!!」
嗚呼、かなしきかな。何処となく感じられた和やか(?)な雰囲気は何処へやら、再び発せられた晋助の罵声が辺りを一気に包み込んでいってしまったのでした。


「…良かったんですか?これで」
そう、小太郎が尋ねるのは紛れもない松陽先生、その人である。実はこの先生も小太郎同様、先程から晋助と銀時の様子を覗いていたのである。
「これで良いんだよ。明日にもなればあの二人は心から互いを同志と思えることだろうさ」
「…私にはどうにも単なる子供の喧嘩の延長にしか思えないのですが」
「そうだね、子供の喧嘩だよ。でもなぁ、」
先生はそう言うと、晋助には内緒だぞ、と言って小太郎にそっと耳打ちをした。
「…銀時がここに来たばかりの頃、晋助が言ってきたんだ。自分は銀時を試したい、銀時が本当にここで学ぶに値する人間なのか試したいんだ≠ニね」
初めて耳にする話に、小太郎はただ、はぁ、と答えるしかなかった。これが晋助の言う「計画」だったのか。晋助の奴め。
「晋助が何だかんだと銀時に絡んでいったのも、どうやら初めからそう言う意図だったようだね。…でも、それは表向きの理由だろうけれど」
「…と言うのは?」
「ん?銀時と友達になりたかったんだろう、本当は」
晋助は本当に恥ずかしがりやだからなぁ、と先生はそう言って、小太郎に穏やかな笑みを見せた。
父のような母のような、優しい笑み。晋助が惹かれるのも無理はない、と小太郎は思った。
晋助が銀時に絡むそれが銀時を推し量るための試験だか、それとも仲良くなるための手段なんだか。どちらにせよ自分や先生を始め、沢山の人を巻き込んで…と小太郎は大きく息をついた。
しかし、それにしても。
「何が沫さつ計角なんだか…」
小太郎はそう呟いて、苦笑した。
ふと晋助と銀時に視線を移せば、いつもの光景。子供同士の喧嘩、取っ組み合い、じゃれ合い。
抹殺と言う言葉には、程遠い。
「小太郎、お前も混じっておいで」
「えっ…!?」
先生の思いがけない言葉に、小太郎は驚く。
「お前も銀時と友達になりたかったのだろう?」
そう向けられた笑みに、思わず紅くなってしまった。
「あの二人に雨の中でも喧嘩を始められては困るからね」
「…はい」
「さぁ、行っておいで」
「…はい!」
たたた、と小太郎の足は教室へと向かっていった。それを見つめる先生の瞳はただ、穏やかに笑っている。
「こら、晋助、銀時!俺も混ぜろ!!」
―突如やってきた小太郎の言葉に、晋助と銀時が思わず顔を見合わせてしまったことは、言うまでも無い。


それから。


相変わらず晋助と銀時は「校内公認の犬猿の仲」とでも囁かれそうな日々を送り、小太郎もそこに混じったり混じらなかったりの騒がしい日々を送っている。先生は明日にもなれば心から互いを同志と思える、と言ったがそんなことはない。晋助は銀時を至上最悪の馬鹿だと言い、銀時は晋助を至上最悪のチビだと言う。二人の関係は何一つ変わっていない。小太郎もそうだ。
それでも確実に、この三人の間を流れる空気は確実に変わっていた。肌を撫でる夏の不快な風でさえも、自然と心地よく思える瞬間がある。それと同じように、晋助、そして銀時にとってそれまで疎んでいたものが、ふとあるときから好ましいものへ、無くてはならないものへと代わっていったのだ。
とはいえ、夏の風はやがて秋の風へと変わり行く。四季がそうであるように、彼らの関係もまた激しく移り変わっていく。晋助は銀時、小太郎と完全に袂を分かち、晋助と銀時で名付けた「鬼兵隊」を以って、国を護るのではなく破壊しようと画策し始めた。
けれどその事実を彼らは知らない。彼らはただ明日を夢見ながら、未来への地図を描きながら今日と言う日を生きていくのだ。流れる風はいつも優しいとは限らない。それでも確かに、今日感じるこの風は心地いい。

永遠とも思える少年時代が、ここから始まる。







1年近く前に書いた話です…。元になったのは歴史好きの父が何気なく言った“「〜隊」と言うものを結成したのは高杉晋作が初めてだった”と言う戯言でした(笑)確かに奇兵隊が結成された1863年以前は新撰組、白柄組しかり、「組」が一般なんですよね。そして海援隊、赤報隊、白虎隊などが結成されたのは奇兵隊結成後の話ですし。綿密には確かめていませんが(…)本当だったら嬉しいなぁと言う希望と、銀魂の世界の中ではその結成に銀さんが関わっていたらいいなぁと言う妄想から生まれました。今読み返すと非常に恥ずかしい(汗)











戻る