「そもそも、そんな女の子に入れ込むこと自体が間違っているんですよ。そう言う所は、あくまで「擬似」恋愛や「擬似」夫婦を愉しむような場所なんでしょう?本気で入れ込んでしまって、どうするんです?」
「別に本気なわけじゃなーよ。そこまで俺も青くさい人間じゃない」
「じゃあただのお客と女の子の関係でいいじゃないですか。それじゃ不満なんですか」
「そういう関係だったら別に俺以外の客とも出来るだろ。俺は俺と節子ちゃんだけの関係が欲しいんですよぅ」
「……アホらし。だったらいっそ身請けしてやるくらいの勢い見せたらどうですか。それこそ銀さんと節子ちゃんだけの関係が出来ますよ」
「お前俺にそこまでの甲斐性があると思う?」
「あったらそんな所にもこんな所にも来ないでしょうね」
「うわその発言耳痛い」


 煌々とネオン輝くかぶき町は今日も男と女のラブゲームを奏でている。
 ここスナックすまいるもその例には漏れず、売れっ子キャバ嬢志村妙とその馴染み客坂田銀時が熱い小競り合いを続けていた。とは言っても、この銀時は他の客のように甘い口説き文句や場を盛り上げるための大言壮語を振りまいている訳ではない。ただ延々と愚痴を零しているのである。
 別にそういった客は珍しくはないが、この銀時、なんとよりにもよって別の店の女に対しての愚痴をさんざん零しているのであった。
 その女の名前は節子ちゃんといい、すまいるよりは若干格上なのだろう、新橋のとある茶屋の女だった。
 何処かの誰かとそのストーカーのように、別段相手にされないと言うわけでは無いのだが、どうにも単なる一客にしか見られていないらしく、銀時はそれが不満なのだという。
 妙の知る限りでは、一応回数で言えばとうに馴染みの域には入っているらしい。しかしその節子ちゃんは天然なのか演技なのか、いつも初回の客だと思って振舞うらしい。一度目はまだしも、二度目も三度目も四度目も。おかげさまでいつまで経っても二人の関係は先に進まないのだ、と銀時は言う。
 しかし、店側はきっと銀時の訪問回数に気付いているだろうに、と妙は思う。「すまいる」なら女の子だけなく店側もきちんと客を把握しているから、女の子がどう法螺を吹いてもすぐ明るみになる。しかしまぁ、他の店には他の店の掟のような物があるのだろう、と考える事にしている。
 銀時がまだ「擬似」とはいえ夫婦関係を抱けていない(で、あろう)事実に、何処かでは安堵している節がないわけではない。


「銀さんの好きなタイプの女性って分かりやすいですよね」
「何、どんなの?」
「お目覚めテレビの結野アナとか、そのお茶屋の節子ちゃんとか、あと猿飛さんとか」
「最後のひとつ余計」
「清楚で可愛く見えて、でも実は色気があって性格も大胆で、男の人を大きく派手に振り回す女性」
「あ、ちょっと合ってるかも」
「亭主関白目指してるとか言って、結構振り回されたいタイプでしょ」
「いやいや、結婚したら亭主関白ですよ?縛りますよいっぱい」
「そんなこと言って。本当は縛られたい方でしょ」
「……まぁそれも悪くはないよね??」
「さぁ、私はしりません」


 かつて節子ちゃんで痛い目を見た日は、決まって帰りにすまいるに寄った。
 妙はいつもの通りの辛辣な出迎えと接客で、銀時の心と身体に数多の棘を刺して穴をあけた。次はもう来ないだろう、節子ちゃんのところにも、この「すまいる」にも。自分でもそう思うくらいの接客を妙はしたつもりなのであるが、銀時は懲りずに茶屋に通い、すまいるに呑みに来た。
 そんなことを何度も繰り返しているうち、やがて銀時は茶屋に行かずとも殆ど毎日すまいるに通うようになった。最早、銀時と妙が店の一角で、こう銀時の女関係についてあれこれと言い合っている光景は、「すまいる」の日常と化していた。


「でも、そろそろ銀さんも本当に身を固めたほうが良いんじゃありません?」
「何でだよ」
「神楽ちゃんや新ちゃんに変な影響がでたら困るからです。お茶屋に通ってるなんて知ったら口も利いてくれませんよ」
「あいつら思春期だからな。でもお前は口利いてくれてんじゃん」
「とんでもありません毎日ドン引きしてます」
「ドン引きってお前ちょっと正直すぎて銀さん哀しいんですけど」


 銀時は妙に作ってもらった焼酎水割りを舐めるように呑み、妙はその横で銀時の話に耳を傾ける。たまに聞き流す。
 それは「すまいる」にとってだけではなく、この二人にとっても日常的なことになっていた。
 親子でも、兄妹でも、ましてや恋人でもないからこそ、きっとこんな風に他愛も無く話をする事が出来るのであろう。実際、どちらにとっても、こうしている空間はとても居心地が良かった。
 時には妙を家まで送っていくこともあった。歩きながらもずっと、下らない話をして笑いあっていた。
 志村の家の前に着くと、二人はいつもこう言って別れた。


「おやすみなさい」
「おやすみ」


 「すまいる」で別れる時も、最後は必ず「おやすみ」と言って別れた。
 その言葉と共に一日を終え、また新たな一日を始める。そうして迎えた一日の夜にはまた下らない話をして。そうしてまた「おやすみ」の言葉で一日を終えて。
 それが、いつの間にか形成された、日々の「アタリマエ」


 そのはず、だった。
 けれど今夜は時計の長針が何回転しても銀時は「すまいる」に姿を現さなかった。妙が休みのとき以外は毎日欠かさず来ていたというのに。「すまいる」の面々も口々に何事かと妙に尋ねてきた。が、妙がその理由を知りようはずもない。
「珍しい事もあるものね」
 そう言うのは妙と店のナンバー1、2を争うキャバクラ巫女、阿音である。
「もしかしたら、遂に本懐でも遂げられたのかしらね??」
 お茶屋のなんとかちゃんと。と、阿音はころころとした笑顔で言った。
 え、と思わず言葉を漏らす妙の脳裏に、顔も知らないはずの女の姿が過ぎった。話でしか聞いた事がない、けれど毎日のように聞かされて、すっかり知ってしまった――気でいる、その女。
 その時妙の頭の中の彼女は床の上で一人の男を翻弄していた。
 ああ、そうなのか――。
「なんてね、冗談だけど。まぁ、それはそれで良かったんじゃないの?オメデトウ」
 しかし阿音の言葉のほとんどは妙の右耳に入って左耳から流れていった。膝の上で拳を作り、小さく震えるその様子に、阿音は大きな溜息を吐いた。
 そうか、だからもう、ここに来る必要は無くなったのかな――そう思ったとき、妙の胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
 ――おかしいな、きっと喜ぶべきところなのだろうに。

 その日一日、妙は気の抜けたサイダーのような気分で過ごした。




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