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嫁入り前の娘が若い男の部屋を掃除するなんて、とは勿論思ったのだけれど、女の操よりも人としての限界が上回った。 禍々しい雰囲気を察知して万事屋の居間からひとつ先の和室に踏み入れると、もわあ、と不思議な空気が漂ってきた。志村妙はその嗅覚とも触覚とつかない感覚に眉をひそめ、声を荒げる。 「もう!本当にゴミだらけじゃないですかこのお部屋!一体いつから掃除してないって言うんです!?」 ゴミだらけって言うほどゴミだらけじゃないと思うんだけど、と呟いたのはこの部屋の主、坂田銀時である。が即座に鋭い眼光を感じたのですぐに押し黙る。その背中からは20台男盛り一国の主のオーラは、なかなかどうして受け取りにくい。銀時はその右手の指で4、と示したので4週間!?と妙は驚いたが何とそれは4ヶ月と言うことだったらしい。4ヶ月といったらひとつの季節が終わり太陽も風も違う表情を見せ始める頃。それほどの間ほったらかしにして置いたと言う事実を妙はなかなかに受け止められずにいた。 とりあえず思うのは、今が夏でなくてよかった、と言うことだけである。もしそうであるなら、しゃれにならない。とても言語では表現しにくいあんなものやそんなものが万事屋中をうごうごと犇いていたかもしれない…一瞬そのヴィジュアルを頭の中に思い描いてしまい、妙は慌ててかむりを振った。 「とにかく!折角今日は天気もいいしお仕事も無いんですから、早く片づけしちゃいましょう!」 言うなり妙はそこいらにあったものを手当たり次第にゴミ箱に突っ込んでいく。 「えっちょっとおねえさん!?あのさそういうときは一言「これ捨てていい?」とか聞くのがマナーってもんじゃない?」 「何言ってるんです。こんなゴミ溜めの中にぽいって置かれてる時点でもうそれはゴミなんです。だからこれもこれもゴミ」 と言いながら妙がゴミ箱行きにしたのは半裸の女が表紙の薄い本であった。よく見ればその周辺には似たような本が数冊乱雑に置かれておる。 「ちょっ…いいからお前待てって!!頼むから!…お願いですから、あの…捨てるならそっちの方のを捨てちゃってください…」 既に語尾に力が入らない銀時は万年床と化した煎餅布団を挟んで反対側を指差す。そちらはまだ色々な意味で安全地帯らしい。ここは俺がやるから、と今にもよよと泣き出しそうな銀時の横顔に、妙は息ひとつ吐いて言う。 「分かれば、よろしい」 銀時が指差した安全地帯らしき部分は確かにまぁ普通の菓子の袋やら昔のジャンプやらが転がる普通のゴミ置き場であったが、やはり20代の男の部屋であるから、まぁその、あまり口では表現したくないような物も出没してくるのだ、いろいろ。 妙はそれらを無視しようとしつつ、正常心でゴミ袋に突っ込んでいく。大量のゴミ袋と引き換えに和室はそこそこの清潔感と広さを取り戻しつつあった。ぱんぱんになった半透明のかぶき町指定ゴミ袋の口を縛り、部屋の隅に追いやる。あとはゴミの日に出すだけだ。 空気の入れ替えでもしようか、と妙は立ち上がって窓を開ける。その時差し込んできた夕陽の光に、なにかがきらりと反射した。 「…?」 その光は、ちょうど枕の下から洩れていた。妙は手を伸ばし、光の正体に触れてみる。 「…ライター…??」 その声に、同じようにゴミ袋の口を縛っていた銀時が小さく反応した。 「ああ」 妙はきょろきょろとあたりを見回してみる。そうしてもう一度、今度は枕の奥の方へ手を伸ばしてみた。何か、ひしゃげている物が指先に触れる。妙はそれを一気に引っ張った。 銀時もいい大人であるから、それ、があることは別段問題は無い。ただ、それは彼の嗜好を考えれば意外なことであった。 「銀さん、煙草吸われるんですか…」 妙も一応スナックで働く身分であるので、客の影響か煙草の銘柄にはそこそこ明るい。自分の記憶が間違いでなければ、これはかなり重い類だ。 驚きに満ち溢れた目で煙草とライターを交互に見つめる妙の表情を、銀時は横目で窺っている。 「何、そんなに意外?」 「意外って言うか…そうですね、銀さんって凄い甘党のイメージがあるから、意外と言えば意外です」 そう、と銀時は小さく笑う。そうしてまた、辺りのゴミを袋に押し込み始めた。その背中が、先程までの彼のものとは何処か違って見えたのは、自分の気のせいだろうか――と妙は首を傾げる。 煙草を吸っている人間なら多少なりともニコチンの香りがその体から漂ってもおかしくは無いだろうに、銀時からそういった類のものを感じ取った事は一度としてない。多分それ以上に彼が糖分を摂取しているからなのだと思うのだけれど。だから妙は今まで銀時が愛煙家だと気づく事が出来なかった。この様子では、きっと新八も神楽も知らないのであろう。 「あの」 夕陽色に染まった背中に声をかけた。 「銀さんが今まで…こう、部屋を掃除しなかったのって、煙草吸ってるところに新ちゃんや神楽ちゃんを寄せないためですか?」 でなければ、ちゃらんぽらんの割りに炊事も料理もきちんとこなす彼が部屋だけをこんなにしている理由が思い浮かばなかった。 「…んー……そうなのかもしれないし、違うかも。どうだろうな」 その返答は酷く曖昧なものであった。 「…そう」 妙はそれきり何も追及しなかった。もとより的外れな問いであったのかもしれない。そうして再び部屋を片付けていく。先程まで手のひらにあった煙草とライターが、なんだか急激に重く感じた。 そういえば、この部屋には灰皿が無い。煙草にライターで火をつければ灰が零れて当然だろうに、その零れた灰を拾うための灰皿の姿はどこにも見当たらない。銀時はもしやゴミ箱を灰皿代わりにでもしているというのか。 ちょっと銀さん、と問おうとした時、 「なあ」 と遮られた。 「お前はさ、煙草吸った事、ある?」 銀時らしからぬ、どこか低い声だった。 「ない、けど」 「そっか」 きゅ、と音を立てて銀時はゴミ袋の口を縛る。そうして大きく息を吐いた。 「出来れば吸わずに過ごしたほうがいいぜ。新八も、神楽もな」 そう言ってこちらを振り向く表情は、半分が逆光で見えなかったけれど、なんとなく無理な笑いをしているのだろうな、と妙は感じていた。 「どうして」 その言葉は途中で塞がれた。たそがれに染まった柔らかい何かが、続く言葉を奪ったのだ。 「苦いだろ」 そう言う銀時の声は、どこか明るく振舞っているように聞こえた。妙はと言えば、笑いも怒りも出来ずに、だからと言って別段驚くと言う事も無く、そっと唇に指を当てて、銀時の姿を見つめていた。 「こんなもんに頼って生きるような人間には、なってくれるなよ」 そう言葉を続ける彼の表情は相変わらずたそがれに包まれてよく見えなかったけれど、やはり笑っているのだろうな、と思うと、妙はなんだかせつなくなった。 気のせいなのだろうか、「苦いだろ」と言った彼のその唇が、ほんの少し甘いように感じたのは。 それは多分糖分の甘さとかではなく、もっと形にしにくい感覚的なものなのだろうけれど、それが何なのかはまだ、掴めずにいた。 妙と銀時が知り合って間もない頃のことだった。 戻る |