神無月も半ばを過ぎれば、闇はずいぶん早く訪れる。亥の刻ともなれば、月はとうに高く高く昇っており、時が過ぎ行く早さを物語る。日ごと日ごとに又一段と高くなっていくその月に、沖田は冬の訪来を予感した。体をなでる風はひんやりと冷たく、木々はかさかさと音を立て互いの体を寄せては暖め合っている。
こんな日の夜は、特に人肌が恋しい。
神無月二十日の日曜日の夜、何時もに増して沖田は妙を強く求めた。

真っ暗な志村家の一室に、ちいさな行燈の灯がゆらゆらと灯り、重なり合う二つの影を照らしている。敷かれているその影からは熱く、艶やかな吐息が漏れ、もうひとつの影が唇ごとその吐息を飲み込んでいる。行燈の光が揺れる艶やかな黒髪を映し出す。妙の髪だ。そしてその黒に、透けるような総悟の茶髪が溶けていくかのように絡まりあっていく。
流石は町道場の跡継ぎである所為か、妙のその鍛え上げられた身体は女の割にしなやかな筋肉に包まれていた。が、矢張りあちこちに女特有の柔らかな脂肪の溜りを感じる。妙の身体を深く冒険し、其処を探し出しては唇で味わうのが、総悟の一番の愉しみであった。両の唇で、そして舌で肌に触れて輪郭線をなぞる。ちょうど敏感になっている其処に触れられるたび、妙は啜り泣きにも似た小さな声を漏らす。そんな妙の甘い声を聞き、さも満足したように総悟は不敵な笑みを浮かべるのだ。
昼とは全くの大違いだ、と思う。しかしまぁ昼の妙も夜の妙もどちらも妙であることは変わらないし、そんな彼女を愛おしい、と思うこともまた事実なのだけれども。

そんなことを熱の上がった頭のどこかで思いながら、口付けていた肌を強く吸って、あかいあかい痕をつけた。歯形よりもより赤い、紅い、朱い華を白の海に浮かばせた。
総悟は妙の身体に痕を残すことが好きだった。男の中には女の肌に痕をつけて愉しむ等、女の遊びを知らない低俗で下等な男のすることだ、と言う者もいるだろうが(近場で言うと副長の土方がそうだ)。そして、痕を残すたびに小さく抵抗し、こちらを焦らすかのような反応をする妙を熟視することも好きであった。加虐的な性格のこの男は、女が抵抗することに却って喜び、そして大きな精神の昂りを感じるのだった。総悟も妙が抵抗すると解っていてやっているのだから、なんとも質が悪い。時折自分でも趣味が悪いと、いや子供のようだと思う。大の男(と言える歳でもないのだろうが)、十八そこいらの女を組み敷いては弄んで愉しんでいる。全く、好いご趣味なことで、と自嘲の笑みが思わず零れ落ちそうになる。
総悟はそのまま、妙の首筋を触れるようで触れない、感覚を刺激するような唇でゆっくりと降り、妙の胸元に音を立てて口付けた。お世辞にも大きいとは言えそうにはないが形のいい、丁度総悟の掌に包まれるくらいの双丘が肌蹴た襦袢から零れて露わになっている。総悟は其処にもたくさんのあかを降らせた。自分のものだと言わんばかりの、あかいしるしの雨。
これではいよいよ子供だな、と思う。自分のものに何でも印を付けたがる子供と同じだ。そうだ、自分はただただ独占欲が強いのだ。

仕方が無い。
毎日、死と隣り合わせとも言える生活の中、平穏な日々も帰る家も己の安定も失っている。刀を振るうための代価だと言われれば其れまでであるが、たった一つの物事のために様々な犠牲を払うことが時々、無性にやるせなくなる。だから女のひとりくらい、好きに独り占めしたって良いでしょう?誰にでもなく、総悟は胸の奥深くで問う。屁理屈だ、と言われれば返す言葉は無い。しかしこういう考えの性分であるから何ともし難い。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ、と思う。
総悟は妙の胸に、腰に、背中にあかい雨を降らせ続けた。妙の身体にひとつひとつとあかい印が刻まれていくたび、自分の精神が奥底から満たされていくのを感じていた。

ああ、この女は自分のものなのだ、と。

総悟は妙の上に大きくかぶさり、しばらく胸に顔をうずめてはその体温を感じていた。まるで妙が其処にいることを確かめるように。心地よい暖かさが総悟を包む。暫し、総悟はその体温を一身に感じていた。
ふと見ると、妙が自分の腕に唇を這わせている。何してんだィ、と問うと、綺麗な腕だから、と言う返事が返ってきた。総悟は男の割に華奢な身体をしているが、その腕は刀を振るう者の腕をしている。本来女を抱くためではなく、刀を振るうためにある、固い鋼。それは同じく刀を振るって生きていこうとする妙には大きな羨望の対象だろう。男と女の身体のつくりは基本的に違うのだから、いくら鍛錬を積んだところで総悟のような腕を得ることは出来ない。
「羨ましいのかィ?」
「…少しだけ、ね」
そう答えながら、こちらに悪戯のように向けてくる笑みが何故か愛しく感じられて、総悟は弧を描く妙の唇をそっと掠めた。
妙は、自分が妙にそうしていたように彼の腕の線を唇でなぞっていく。ふと、総悟の腕の傷に触れた。総悟の腕には、振るう刀で歴戦を過ごしてきた証の無数の傷が、消えることなく刻まれているのだ。
痛くないの、と桃の唇を半開きにして問うて来る様が、無意識のうちの媚態として総悟の目に映ることを、妙は知らない。何とも言えぬ感情がこみ上げてきて、総悟はわざと妙から視線を逸らして言った。
「まぁ…確かに、以前はねェ」
自分では己の顔色など解りもしないが、何となく顔が熱かったような気がしたから、きっとあかい顔をしていたのだろう。何故だか妙の顔をまともに見られぬままその胸に顔をうずめていると、妙が自分の傷に唇を寄せていることに気が付いた。妙は総悟の腕に優しくあかを染めた。

その時ふと、背中を鋭利な爪で引っかかれた時のような、意識が一瞬体外に弾けるあのぞくりとした感覚を覚えた。
妙に痕を付けられたのは初めてのことだった。

総悟の傷ひとつひとつが、妙の唇によって紅く染められていく。そのたびに、妙に痕をつけたときと同じように自分自身が奥底から満たされていくのがわかった。
沖田総悟、と言う自分がここに在るのに、それとはまた違う次元で妙のものとなっている自分が在る。他人のものになる、とはこういった感じになることを言うのだろうか。悪くなかった。寧ろ悦かった。今こうして妙に痕をつけられていると、自分は此の女に欲されているのだ、と感じる。誰かに欲されることは悪くない。
妙も自分に痕を付けられている時は、同じようなことを思っているのだろうか。もしそうだとしたなら―。総悟の心は快く晴れ晴れとなった。
そうか、自分は妙を独り占めしたかったのと同時に、妙に独り占めされたかったのか。誰かのものだと、誰かが自分を欲してくれていると、そう思いたかったのか。
だとしたら、矢張り自分は子供であった。まるで母親に愛を請い願う幼い子供のようであった。

総悟は腕の中から妙を開放すると、再びその小さな唇に己のそれを重ねた。あたたかかった。啄ばむような口付けを交わしながら、その小さな唇でもっと自分をあかく染めて欲しいと思った。自分は妙のものであることを強く感じさせて欲しかった。
自分の中で、妙を独占したい気持ちと妙に独占されたい気持ち、矛盾した二つの気持ちが存在していた。自分は、そのどちらに対しても果てなく深い欲望を抱いている。ああ、何て、自分は。
息をするのも忘れるくらいの口づけを交わして、それでもなお総悟は妙の唇を激しく求めた。
「…全く、子供みたいね」
少し困ったような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべ、妙は言う。

ああ、そうだ。自分はいよいよ子供だ。
まぎれも無く、子供だ。

ふと障子の向こうを見れば、先程は天高く昇っていた月の輝きは今はもう随分と低い。夜が終わるのだろうか。今はまだ辛うじて暗い闇が支配する空が朝日と共に白く輝き始めたら、またいつもの血の匂いに満ちた、死と隣り合わせの一週間がやってくる。
総悟は妙をじっと見つめた。妙も総悟を見つめ返した。どちらからでもなく、小さく笑って再び唇を重ねた。
もしかしたら明日にはもうこの唇を重ねることが出来ないのかもしれない。明日この世に自分がいると言う保障は何処にも無いのだ。
それでも、
今触れ合う唇は、たしかにあたたかい。
感じるのは人の体温。
ああ自分は今、生きている。

殺戮に塗れた昨日があった。血を浴びる明日と言う日もあるという。
それでも今は、自分はこの女の胸の中で、確かな何かを感じていた。それは女に対する独占欲であり、また女に欲されたいと願う純粋な本能に基づいた欲望だった。
そうして最後に見つけたのは、まぎれも無い「今」という時であった。
過去も未来も存在しない、ただ今と言う時を生きる子供に戻って、総悟は胸の奥で囁いていた。
―今宵くらいは貴女の前で、子供でいたっていいでしょう。ねぇ。

もうすぐ、月曜日の朝がやってくる。




一年前の話に手直し なので設定諸々に矛盾があります…








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