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夕焼けこやけで陽が暮れて、山のお寺の鐘が鳴る。 妙の友人の結婚式、バージンロードを歩く花嫁のヴェールを持つと言う大役をやり遂げた神楽は、その充足感と疲労からか、既に銀時の背中の住人と化していた。 ― こんな時期に式挙げるとか珍しいよね。どーせアレだろ?付けそびれて出来ちまったって奴だろ?? 銀時の口から零れ落ちる卑猥な言葉も、そんな銀時をたしなめる妙の強烈な右アッパーも、銀時の背中で舟を漕ぐ神楽には露とも耳に入っては居なかったようだ。 背中越しに伝わる、銀時の体温が心地良い。 隣を歩く妙は、神楽を陽に当たらせまいとしてか日傘で影を作っている。それでも時折きらきらと差し込む夕陽が目に沁みて、眠りの淵までたどり着くことは出来なかった。 生まれて初めて目にしたまっしろなウエディングドレスの花嫁さんは、まるでおとぎ話からそのまま出てきたのではないかと思わせるほど綺麗だった。その美しさにたじろいだのか或いは気恥ずかしさが先行したのか、そんな花嫁さんに「きれい」とも「おめでとう」とも言えず、銀時の後ろに隠れてしまっていた。 それでも何とかヴェールは持って歩いたけれど。 その時は正直花嫁さんより「転ばないように、転ばないように」という緊張で頭がいっぱいだった。 そのせいか、きちんと、自分の言葉で花嫁さんに祝福の言葉を言えなくて。 結婚式が終わった後の神楽は、疲れと興奮とその他の色々な感情が入り混じって、すっかり疲れきっていた。 ろくに歩くことも出来ぬまま、銀時に背負われて、そして歩くいつものかえりみち。 ― あら? 隣を歩く妙が足を止めた。視界を覆っていた影が消えて、神楽の顔に夕焼けの光が降り注ぐ。 真直ぐに自分を照らしてくるその眩しさに、ん、と一声あげて神楽は目を覚ました。まどろむ瞳が白河夜船の名残を物語る。 なんだよと足を止める銀時に、妙は見て見て神楽ちゃんと、高い声で神楽の名を呼ぶ。妙の指差す先には小さな店のショーウィンドー。先程のような美しいウエディングドレスを着たマネキンが2体、こちらに向かって微笑みかけていた。 わぁ。 ドレスの美しさにはっきりとした意識を取り戻したのか、神楽は思わず歓喜の声を漏らす。 真っ白のドレスの肩に胸に綺麗な花のコサージュが付いている。フリルをあしらった裾は一歩踏み出せばまるでお姫様のように翻りそう。ドレス全体にきらきらと輝いているのは、何だろう。小さなクリスタルを散りばめたように、ウエディングドレスは夕陽を浴びてきらきらと輝いていた。 その白にほのか、夕陽のオレンジが色づいている。 綺麗、とっても綺麗と二人は美しいドレスに心奪われていた。ショーウィンドーの向こう側もここと変わらぬ空間であるはずなのに、広がる世界は全くの別物であるように感じた。 優しい夕日の色をしたドレスは、先程の花嫁さんのドレスとはまた違う美しさを見せている、と神楽は思い、笑顔を浮かべた。 「ほんと、女ってこういうの好きだよなぁ」 ため息交じりの銀時の声が耳に入ってくる。それでもお構い無しに、妙と神楽はショーウィンドーの中の美しいドレスに目を奪われ続けていた。 神楽が身を乗り出して、ショーウィンドーの中を覗き込んだ、そのとき。 ―― あっ。 二人の声が同時に上がる。 夕陽を受けるガラスの中で、妙と神楽の視線が重なった。 「ねぇねぇ、今私と姐御の目、合ってるよネ!!」 「そうね、バッチリ合ってるわ。神楽ちゃんの目、とってもきらきらしてる」 目が合うことなんて、珍しいことでもなんでもない。けれど今は向かい合って目が合うのではなく、ガラスの中、この世界から少し離れたところで二人の視線が交錯しているのだ。 不思議な気持ちで一杯だった。 へへ、と照れ笑いにも似た笑みを零す神楽に、銀時は不平を零す。 「オイ何だよ俺だけ仲間はずれかよ俺も仲間に入れてくれよ」 「外野はうるさいアル。銀ちゃんはその辺の雑草でも見てるがヨロシ」 「雑草って酷くね!?」 なんだかんだと不平を漏らす銀時が、神楽に首を締め上げられるまでそう時間はかからなかった。 妙は、相変わらず自分(とそれを背負う銀時)の横で、ショーウィンドーの中を穏やかな笑みを浮かべながら見つめ続けていた。 きらきらと輝くドレスを見つめる妙もまた、きらきらと輝いて映った。その輝きは夕陽によるものなのか、或いは。 先程の結婚式の時は着飾った花嫁さんばかり見ていて気がつかなかったけれど、普段とても近くに居る妙もこんなに美しかったのだと、初めて気づいた。あまりに近すぎて、気づくことが出来なかったのだ。 綺麗な姐御が綺麗なドレスを着たら、一体どんなに綺麗になるのだろうか。 そうして、妙に向けていた視線を、ショーウィンドーに戻して。 ― あっ。 喉の奥から声が飛び出そうになった。けれども必死で、声が出ないようにと堪えた。 銀時の、あの死んだ魚のような瞳が、夕陽のせいか、ほんの少しだけ輝いて。 ガラスの中できらきらと輝く妙の姿を、じっと見つめていた。 口許に穏やかな笑みさえ浮かべる銀時のその貌は、今迄神楽が知る由もなかった表情であった。 妙には勿論、自分にも気付かれることないようにひっそりと、ガラスの中の妙を。ドレスでも、夕陽でも、勿論自分でもなくて、妙を。その目で見つめていた。 もしかしたら、銀時は今、目の前に飾られたこの綺麗なドレスに身を包んだ妙の姿をショーウィンドーの中に見ていたのかもしれない。神楽はそう、思った。 ― いつか姐御があんなドレスを着るとき、果たして隣に居るのは銀ちゃんなのかな? 銀時の首から下を、先程の結婚式の花婿のタキシードに挿げ替えてみたのだけれど、あまりの似合わなさに堪えきれず、今度はプッと小さく吹いてしまった。 ガラスの向こうにはやっぱり、違う世界が広がっていた。 「新ちゃんがお夕飯作って待ってるわ」 帰りましょうか、と妙が優しく微笑んだ。きらきら。その微笑みのままに、銀時(と、銀時に負われたままの神楽)は歩き出し、その足を家路へと向けた。 「つーかお前重いんだよいい加減降りろこの狸寝入り」 「糖尿は運動がいいらしいアルヨ 私はダンベルの代わりアル」 ダンベル持ったって代謝量は殆ど変わらねえんだよ!と叫ぶ銀時の背中で。 神楽はそっと、隣を歩く妙に手を伸ばした。 まだ、手を伸ばせば届く範囲に姐御が居る。妙はにっこり笑って、神楽の手を握り返した。 きっといつかはこの手を離れて、自分じゃない、誰かのところへと行ってしまうのだろう。解っている。けれど、今はまだ、私だけの姐御でいて欲しいと、そう願う。 そしていつの日か。 姐御があの綺麗なドレスに包まれる日は、ちゃんと言うんだ、自分の言葉で。 最大限の祝福の言葉を。 銀時の背中から、そして妙の手から伝わる心地よい体温に、神楽はそっと瞳を閉じる。 それでもなお瞳に感じる、きららかな陽。 眠りの淵で耳にした、銀時と妙が穏やかに笑う声に、そっと落ちた。 夕焼けこやけで日が暮れて、負われて見たのはいつのひか。 またもや黒滝さんからお題を戴きました。ありがとう、相棒! 戻る |