「やる」
「…」





いきなり屯所に押しかけては無理やり外に引っ張り出した挙句、目の前5cmに突き出してきやがったのは。

小さな鉢植えのサボテン。



「どうしたんですかィ?これ」
「近所の花屋のオバちゃんが、隠居するから…ってくれたアル」
「へぇ」
「育てようと思ったんだけど、万事屋じゃ定春が食べちゃうアルヨ」

あぁ。
確かに彼女の後ろでは彼女の2倍はあるかと思われるほどの巨大な白い犬が獰猛な獣の目をしてこちらをじっと睨んでいる。
彼女は犬が暴れぬよう、動かぬようとその犬の額を力ずくで押さえつけている。
小柄で、(彼女曰く)いたいけでうら若きはずの少女が。しかも片手で。
白い犬とワルツを。大きな犬には幼い少女を。
本来ならば非常に良い絵になるはずなのだろうが、なんとも。

「まだちっちゃいから、捨てるにはかわいそうアル」
「…そーですねィ」

彼女はそう言うと、大きな黒い瞳をそっと伏せた。その表情は梅雨空のように曇っていて、その姿といつもの彼女の姿とを結びつけるのに暫しの時間を要した。何処にいるの、こんな梅雨空の中。
小さなサボテン。きっとこれからもその若緑の身体は成長し、そして小さな花を咲かせ、やがていつかはその実を結ぶのだろう。まだまだ成長の途中、発展途上の若いサボテン。
彼女はきっと、そのまだ若い、小さな植物を己と照らし合わせているのだろう。
彼女もまだまだ幼い少女。植物ではほんの若木。身体は勿論のこと、心もこれから大きく成長していく年頃。出会いと別れを繰り返し、時には誰かと恋を知り、自分を磨き、そうしていつかは大輪の花を咲かせ―その実を結ぶ。彼女はこの鉢植えのサボテンであり、サボテンは彼女であった。
そんな命を捨てることなど、彼女に出来ようか。

暫し、静寂が流れて。
それは、俺が彼女とこの植物とを照らし合わせるのに要した時間。

「真選組(うち)じゃあ、山崎が花やら草やら詳しかったからなァ…あいつなら上手く育てられると思いますぜ」

その言葉に、梅雨空は晴れ間を垣間見せ、でっかい黒の、…例えるなら黒曜石みたいな目を爛々と輝かせた。
それは喜びと期待に満ち溢れた目だった。
そして、笑った。
笑った。
俺が知っている彼女の表情の中で、一番良い表情だった。
その彼女の良い表情にどういう表情をとったらいいものか、少し、戸惑った。
まあ実際山崎の野郎は草花にはかなり詳しかった。実家が医者だか針師だかなんだかと聞いた覚えがある。その関係か、春夏秋冬、ピンからキリまで、あらゆる植物について叩き込まれたそうだ。奴の植物に関する話を暇つぶしに聞いたことがあったが、かなり詳しくて、なかなか面白かった気がする。

「春の七草は芹、薺、御形、繁縷、仏座に菘、蘿蔔。蘿蔔ってのはダイコンの事です。ちなみに秋の七草ってのもあって、萩、薄、葛、撫子、女郎花、藤袴に桔梗。朝顔って説もあるんですが、この場合の朝顔ってのは桔梗のことを言うんですよ」
「俺はオオイヌノフグリの名前の意味を知ってるぜィ?」
「…」

まあ、あんな野郎ではあるが奴ならきっと、この彼女のサボテンを立派に育ててくれることだろう。
だけど。
何故に俺はこんなことを口にしたのか。



「でもこれは、俺が育てやす」



彼女の抱える鉢植えに手を伸ばした。
彼女のその目が期待から驚きへと変わっていったのが、俺にもわかった。

「きちんと育てて見せますから…こう見えても結構、好きなんですぜ」
こーいうちっせえ生き物とか、と付け加えて、改めて彼女の目を覗き込んだ。それは事実だ。けれどこの垂れ下がった両の手で幾多の数多のヒトの命を奪ってきた俺が、今度はその手でこんな小せえ生き物、しかも植物を愛でるというのは、傍から見ればさぞ馬鹿げた話だろう。死人に口無し、とは言うものの、死人に笑われるかもしれない。

けれど俺は心底、この彼女のサボテンを育てたいと思っていた。
この若い、小さい、植物の行く末を。若木の少女の行く末を。
この目で、近くで、見届けたいと思った。


彼女の目は真直ぐに俺を突いてきた。
逸らさずに、じっと、じっと。



俺の目を見て信用に足りたのか如何なのか、俺の手に鉢を渡してきた。
何も言わず、それを受け取った。



「ありがとな」



自然に口から零れた。



その言葉がが耳に入ったのか、彼女はその頬の色を髪と同じ桃の色に染め上げた。
彼女はそのことを隠すかのように両の手で顔を押さえる。それはそれは必死に。そのさまがまるで本当に幼い少女のようで、ふと口元が歪んだ。
俺のそんな笑みに気づいてか、今度はむっとした表情一つ見せると、背を向けて行っちまった。
「さっ…さ、定春、行くアルヨ!!」

あーあ。行っちまうかあ…。

かと思いきや、彼女はくるりと振り返って。
俺のほうを向いて。

「お前じゃやっぱり心配ヨ」

…その続きを言うべきか、言わぬべきか迷っているようにも見えたのは俺の錯覚か。



「だから、またお前のところに来ても良いアルか?」



その時ほど俺は自分の姿を鏡でしか見られないことを恨んだ事は無い。
自分の両目を白黒とさせて、中途半端に息を呑み…あまつさえ、彼女のように頬を朱に染めあ…げまでは流石にしなかったとは思うが、寧ろそうであって欲しいが、とにかく目は何度も何度も瞬きを繰り返し、口はぽかんと開けられたままで、文字通り空っぽになった頭の中で彼女の言葉を反芻していた。ああどんなに間抜けな面だったことか。
鏡よ鏡、この世で一番間抜けな顔はどんな顔?それは今の貴方様のお顔です。オーマイゴッド、プリーズヘルプミー。
ああここに土方さんや山崎の奴が居なかった事が何よりの幸いだ。
そんな、彼女の言葉がくるくると回り続ける頭ん中で、必死に言葉を選んで搾り出した言葉。

「…デートのお誘いってわけですかィ?」

わざと、そうわざと余裕たっぷりに言ってやった。そうでなければ、本当に余裕が無くなってしまいそうで。
だってもう既に俺の心の臓はでっかく脈打っていて、さらにその奥深くから何か熱くてムズムズするもんがこみ上げて来ていたから。

「…素直じゃ、ないですねぇ」

寧ろもう余裕の「よ」の字もそん時の俺の辞書には存在していなかったのでは、とも思う。
しかしながらその余裕の無い言葉に彼女は、そんなんじゃない!!と一言桃どころか林檎みてえな真っ赤な顔して叫んで今度こそ行っちまった。白いでっかい犬が御主人様の後ろをどかどかと音を立てて追っかけていく。その白い影、そして小さな彼女の影も、やがて彼方に消えて行って。

一人残された俺と、小さなサボテン。
まるでその場に漂うかのよう、ぽっかりと浮かんでいるような感覚がしてならなかった。

「…素直じゃないのは、お互い様?」

その言葉は向かう先を持たずただその場に漂うばかり。不意にサボテンの小さな棘に、そっと指が触れた。柔らかい棘がさくりと、俺の指を刺してくる。

「痛って…」

可愛い花には棘がある。綺麗な薔薇には棘がある。全く持ってその通り。花にとどまることなく万物にまかり通る暗黙の了解。ふと彼女のことが思い出され、先刻の熱い何かがまた、こみ上げてくる。
若木なのは、彼女だけではないのかもしれない。
自分もまだこれから出会いと別れを繰り返し、時には誰かと恋を知り―



俺もまた彼女と同じように、鉢植えの小さな若いサボテンだった。



サボテンに顔を近づけてみた。ほのかな、ほのかな緑の香りが俺の鼻腔をくすぐってくる。

「今度あいつが来たときは…ちっとばかし素直になってみようかねぇ…」

誰とも無くつぶやいたその言葉は、目の前のサボテンに吸い込まれていた。



沖田さーん、と山崎が呼ぶ声が聞こえてきた。めんどくせぇとも思ったが、まぁさっき少し彼女との会話であいつの話題が出たことを思い出したので、何かの縁だと思って行ってやることにした。たぶん、滅多に無い。
道すがら、何気なくひっくり返したサボテンの鉢の底の印字の言葉に、俺は思わず笑っちまった。
今度、彼女にも教えてあげよう。
次はいつ、彼女の笑顔に会えるのかな。





花言葉:内気な心、秘めた熱意











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