亜麻色の髪 蒼或いは鳶色の瞳 脂肪の少ない体躯 透き通る白い肌。
それが“大部分の”アメストリス人の、外見的な特徴。
しかしながら。



「黒色の髪、同じ色の瞳、中肉中背の黄色の肌」
沈みかけた太陽が世界を橙色のセロファンで包みだした夕方の執務室、其処に掛けられている鏡に映る、自らのその形容を、まるで自分が異分子であるかのようにロイ・マスタングは呟いた。
「まるで猿だ」
自分を卑下するかのような口ぶりであった。椅子にどっかりと腰を掛けて、自らの言葉を噛み締めているかのようにも見える。
「では大佐はブロンドに憧れていたのですか」
ソファに掛けている副官、リザ・ホークアイは問う。その亜麻色の髪は乱れ、かっちりとした軍服の胸元の髪と同様乱れ、はだけている。彼女ははだける胸を手で押さえていた。彼女のその言葉遣いは優しいものの、声には一片の感情も含まれては居なかった。
「そういうわけではないが」
ロイは机の上の紅茶を啜った。ことの前、彼女が淹れてくれたものだ。甘くなく、渋すぎることも無いオレンジペコー。ロイの喉を流れ、潤し、暖める。温かな紅茶が流し込まれた其処から、言葉が流れ込んできた。
「幼い頃からだ」
ぽつりと語り始めるロイ。そして何も言わずただ彼の言葉に耳を傾けるホークアイ。今この時は必要以上、決して多くを語らない二人。二つの影しか映らない執務室、穏やかな二つの呼吸がひっそりと響く。
「私の両親は二人とも亜麻色の碧眼だったのだが、私にはどちらかの祖父母の血が色濃く出たのか彼らとは似ても似つかぬ親と子だった。何も知らぬ人々は言ったものだ。“君はあそこの養子かい?”」
太陽はさらにその高度を下げ、地面に暗い影を落とす。
「幼心に思うようにしていた。この人たちは無知ゆえのかわいそうな人間なのだ、と。しかし軍に入ったら今まで以上に違う意味での不躾な眼を向けられたものだ。…この国のお偉い方は猿が上の地位に進むことを訝しげに思っているらしい。またそれはお偉方だけではなく、この軍に居る大抵の者が思っていることのようだった。私と共に就いた人間は皆、一様に戸惑いと不快な視線をあからさまに見せた」
ロイは椅子から立ち上がり、ホークアイに背を向けた。彼女は一言も言葉を発することなく、彼の紡ぐ言葉ひとつひとつをその耳で受け止めている。
「君が初めてだ」
「…」
「私の元に就いた時、顔色ひとつ歪めずに居てくれたのは」
流れた、沈黙。風が橙色に染まった雲を吹かす音だけが、執務室に響き、木霊するかのようだ。
「…髪や目の色など今更、錬金術で如何しようという程の事でもないしな」
沈黙を破り、そう言葉を放ったロイはホークアイに背を向けていたから、彼女にはロイがどのような心情でその言葉を発したのか推測することが出来無かった。声からは、感じられなかった。彼の真意が。
「…では」
ホークアイは閉じていたその口を開いた。
「では、だから大佐は私を好きになったというのですか」
彼女の声は微か、微かに歪みを感じさせるものだった。彼女の声の波長の、そして彼女の心の揺れの。彼女の表情は先程から何一つ変わっていなかったのだけれど、その声は彼女が初めて見せた人間らしさ、というようにも取る事が出来た。
「…」
「…たい、さ」
自分に、
愛している、好きだ、とロイは言う。唇を寄せてくる。身体を求めてくる。
それは何故?
愛だとか、そんな不確かで不安定なものを理由にしないで欲しい。もし愛しているのなら、好きだというのなら、その理由が欲しい。確証が欲しい。
本来は上司そして部下という関係。今のこの関係など、いつあの太陽のように沈んでしまうか分からないもの。
だからこそ、知りたかった。
けれど、知ることもまた、怖かった。それも事実であり、真実であった。
ホークアイは、ロイの言葉を期待した。
しかし。
「…わからない」
彼の口から生まれてきた言葉は、彼女の疑問と探求を満たすにはあまりに物足りないものであった。
「いやでも、違う…そうだ、違う。持たないんだ。理由を」
ロイはその才に長けた頭をひねって言葉を、彼の思いを適切に表現することの出来る言葉を、選ぼうとしていた。
「ひとを好きになるということに、理由というものは必要なのだろうか」
「…」
「髪の、瞳の、肌の色が異なる、そのこと。これはその人間が劣っているという、良きモノではない、忌むべきモノだという理由になるだろうか?否、ならない、なろう筈が無い。理由も確証も、其処には欠片も存在しない。…君もそう、思うのだろう」
「はい…」
「…好きという、その…恋、というものも、そういうものではないのかね」
振り返ったロイの表情は逆光でよく見えなかった。ただ少し、頬が橙色に染まっているのが分かった。夕焼けのためか、或いは。黄昏の色に照らされたその表情は、きっと微かに笑っているのだろう、何となく、そんな気がした。
「…そういう、ものなのでしょうか」
「私はそう、思う。恋…というものはその存在と、始まりに理由を持たない、と」
始まりに、存在に、理由を持たない。そう、人を好きになるということに。
そんなものなのだろうか、と思った。しかし、そう、なのかも知れないとも思えた。ロイの言葉だから、なのだろうか。そしてロイのその言葉に心のどこかで安堵を覚え、嬉しくも思えている自分がいる。こんな単純な言葉一つで。
しかしながら、新たな疑問も彼女の中に芽生えていた。始まりと存在に理由を持たない、ならば終わりには理由を持つのだろうか?その言葉が彼女の喉から出掛かった。
だが、その前に彼女の唇は寄り添ってきたロイのそれによって塞がれてしまった。
彼女の感じた新たな疑問は、永遠に吐き出されることも、飲み込まれることも無く彼女の中に残ることとなってしまった。
きっと彼女とロイが身をもって感じるまで、それは解決されることは無い。「死」という翼が、或いは別の「理由」が二人を分かつまで。



ロイの黒髪の中、ホークアイの亜麻色が揺れた。
揺れているのは髪だけではないことを、彼女は感じていた。
けれども気付かぬ振りをして、白い肌は黄色の肌と溶けていった。











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