今朝方までは、どちらの鳥もその籠の中で同じ時を生きていた。
ばたばた、と雄が小さな翼をはためかせれば、雌がたしなめる様に小さな鳴き声をあげる。
雄が引き寄せるように声をあげれば、雌は囁くように鳴いてそっとその傍に寄り添う。

そんなささやかな愛に満ちていた光景が、消えていた。

先に冷たくなったのはどちらであるかは分からない。それまで一度として聞いたことのなかった、けたたましい鳴き声に急き立てられるように籠の元へ向かったとき、既に二羽の文鳥は寄り添うようにその命を終えていた。張り裂けんばかりの声が果たしてどちらの鳴いたものであったかなど、そのときは気が動転して分かりようも無かったし、どちらの鳥も亡骸と化した今となっては知りようもない。その鳴き声が、ほんとうにあの文鳥らのものであったかすら、わからない。
志村家の庭に小さく盛られた土の中の骸だけが、きっとその答えを知っている。



「まだここにいたのか」
幾刻か前から、妙は縁側に腰掛けて庭の片隅をぼんやりと見つめていた。言わずもがな、つがいの文鳥の亡骸を土に還した場所である。
うん、と力無い返事をする妙の横に、銀時は腰を下ろす。
夜拾時過ぎ。
眠らない町かぶき町にほど近い場所だと言うのに、あたりはやけにしいん、と静まっており、空気もぴんと張り詰めている。息を吸った喉が痛い。空は黒い雲が風に流れ、月明かりも星明りも遮っている。明日は雪が降るだろうか。
妙も、銀時も。
取り立てて何も語らないままに、時だけが二人の傍らを流れていく。

ここ数年、二人はこの恒道館で共に棲んでいる。
新八も神楽も成長し、それぞれ巣立っていった。
残った二人の他人は、まるでそうなるのが必然であるかのように一緒になった。やりきれない寂しさに流されないための錨(いかり)が、互いに必要だったのだ。
けれど、何故だか時に無性に寂しかった。
「ひとりぼっち」も「ふたりぼっち」も似ているのかもしれない。
ただ違うのは、抱いた切なさややりきれなさを、寄り添いあって共有できる人がいないかと言うその点のみであった。
妙があのつがいの文鳥を飼い始めたのは今から一年ほど前の話である。どんな気まぐれだよ、と銀時は当初思っていた。が、同僚から譲り受けた、と嬉しそうに笑う妙のその表情に、そうか、と似合わぬ笑みで答えたものだった。
淡々としていた日々に、かつて四人と一匹で騒がしく過ごしていたときのような幸せが、ばたばたと羽を広げて飛び込んできた気がしたのだ。賑やかであたたかな日々に慣れてしまっていた二人には、どうしても「ふたり」でいることが無性に切なくなる、そんな夜が多かった。もしかしたら、相手もいつか自分の前から離れてしまうのかもしれない、と幾度も不安で眼を腫らした。
籍を入れている訳でもなく、そうするつもりも今のところなく、ただ生きるためだけに共に居た二人にとって、鳥はそこに降り立った幸福のようなものだった。日ごと反応の変わる、まるで子供のような小さな生き物を、妙はこの上なく愛でた。妙と銀時と鳥と。「ひとり」でも「ふたり」でもないそれは、その時ある限りでの幸福の形だった。
だが、鳥は幸福を離れて飛び立ってしまった。

妙は銀時の髪に顔をうずめる様に、その大きな肩に頭をもたれた。伝わってくる肌は、長い間風に当たっていた所為か、せつないくらいに冷たかった。
「……後を追っかけちゃったのかしら」
誰にでもなく呟く。どちらかが先に天寿を全うし、それを妙に知らせてから自分もその生を終えたのではないか。
でなければ、そうタイミングよく二羽の鳥が同時に命を失うなんて、考えられない。なんとなく、そう、思えてならなかった。
「かもな」
ぶっきらぼうに、しかしいつもより真摯な表情で銀時は答える。「もしかしたら、連れて行っちまったのかもしれねぇな」
「連れて?」と妙は問う。銀時は一、二度瞬きをして、言葉を選ぶように続けた。
「なんつーか…もう、自分は死ぬって、分かってはいるんだけど、そしたら、相手はひとり残されちゃう。それは、寂しい。かわいそう。だから、一緒に連れて行く。そうしたら、寂しくない。そんな感じ?」
お前を殺して、俺も死ぬ、じゃないけどさ、と銀時は言う。
言いながらその無骨で大きい手は、その幾分も華奢で小さい妙のそれを握り締めていた。触れ合ったところから伝わる体温が、胸に去来する何かを癒そうとしているような、或いは互いに慰めあっているような、そんな風に感じられる。
妙はか細い力でその手を握り返すと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「銀さん」
「ん」
「私は銀さんより先に死んでも銀さんを連れて行きませんし、銀さんが私より先に死んでも、後を追っかけませんよ」
「…そりゃまた、随分と物々しいたとえ話だな」
だって、と妙は言う。
死んで、死なれて、失って、失われて。そうした不の連鎖が、一体何を生み出す?後には漠然としたやりきれなさとぽっかりと残る空虚感しか存在しない。
永遠の愛を誓った訳でもなしに、そんな三文芝居じみた悲劇の登場人物を気取って、自分を殺すつもりも、相手を殺すつもりもない。死に損ないのただのナルシスト、そんなものは真っ平御免だ。
あの小鳥にとってはそれで良かったのかもしれないが、自分は違う。自分たちは今生きるために二人でいるのだから、共死にしては全くの意味がない。
「逆に、銀さんがここに生きていたんだぞ、って証を、この世に見せ付けてやります」
それが、供養でもあり、生きる糧です、と妙は穏やかに、けれどきっぱりと、言い切った。
銀時は握られた手を強く握り返すと、妙の頭にそっともたれる。
そっか、とその口が呟いた気がしたが、風の音と共に流れていってしまい妙の耳には届かなかった。星ひとつ見えない夜の空は黒く、流れる雲は風のように重く見えた。
夏になれば、この縁側から見える縁日の花火は最高で、かつてはよくあの面々でここに集まって見物した。時には真選組の連中もやってきた。花火だけではない、花見やら焚き火やら雪やら、四季のあらゆる記憶と付随する思いが、ここから見える風景には詰まっている。けれどこのどんよりとほの暗い世界からは、どうしてもあの頃の記憶を窺い知る事は出来そうにない。
「…でも、だな」
その呟きは、今度ははっきりと妙の耳に届く。
「お前に置いて逝かれたら、とても俺はその先、生きていられる気がしねぇよ」
そう言って、大きく息を、吐いた。

妙は空いていた腕をするりと伸ばし、銀時の頭を抱く。頬をくすぐる銀色の髪は、星明りも無いのにきらきらと輝き、その下に隠れる銀時の貌は、まるで赤子が乳をねだる様のように、妙の身体にぴったりと頬を寄せていた。
男とは脆いものだ、となんとなく銀時は思っていた。その痩身から命を生み出す女とは違う。
錨を失った船が海原を彷徨うように、自分はきっと寂しさの中で溺れ死ぬ。永遠に辿り着かぬ女の蜃気楼を求めてぼんやりと漂うだけであろう。
さすれば、つがいの小鳥も、先に逝った雌鳥の後を追うように、雄鳥が天上へ飛び去っていってしまったのかもしれない。
「もう、これ以上おいていかれるのは、御免だ」
妙の胸の中で、銀時の唇がそう紡いだが、声は出なかった。
生きるために寄り添ったはずが、いつしか相手の存在こそが自らの生に繋がっている事に、銀時は、気付かされた。



黒雲の流れる空は、やがて明日を刻み始める。
飛ぶ鳥など何処にもいないのに、ちぃ、ちぃ、と囀る声が、聞こえた気がした。






春シティで無料配布したお話です。掲載にあたり多少修正しています。自分しか分からないレベルですが…。




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