※某ドラマのパロディを含みます。そして色々下品です。ご了承ください。





タクシーの料金メーターが1380円を越えたところで、男が呟いた。
「一昨日さぁ…寝ちゃったよ。部下の子と」
男は大層酔っているらしく、語り口もたどたどしく、舌も回っていない。頬は朱色を撫ぜたように赤く染まっており、細いその目は潤んでいた。
男の隣、窓ガラスにもたれかかる様に座っていた女は、特に驚いた様子もなく、ただ「そう」とだけ、返した。
男は女の働いているスナックの常連客で、この女とは付き合い始めて半年が経っていた。昼間は大手企業の管理職を勤めるこの男。水商売の女と半年も男女の関係として付き合っていれば、それなりの行為をしてそれなりの関係に発展するはずだろう―しかしこの二人の間には取り立てて何も起きず、そのことは暗に二人の関係が元より存在していなかったことを示していた。
女は感じていた。
初めから長く続くことは無い、と。それでも彼の申し込みを受けたのはただ単に彼が店にとってはあまりに大きなお得意さまで、断る訳には行かなかったから。
他に大事な男がいるだとか、そんなことは無かったけれど。
「じゃあ」
「その子ねぇ…可哀想な子だったんだよ。両親に先立たれちゃったらしくてさ、必死になって毎日うちで働いててさ、他に身よりも居ないらしくてさ」
その子を可哀想と定義するなら自分も可哀想な子ということになるのではないか―胸にとどめて、言葉は飲み込んだ。
「でさぁ…残業、一緒になったから、食事でもどう?って言ったのよ。そしたら凄く喜んでさぁ…可愛かったなぁ。で、食事して、ちょっと酒も飲んで、いい気分になって」
「…ええ」
「先に誘ってきたのは向こうの方だったんだよ」
タクシーが止まる。赤信号。女は窓の向こうを見つめた。
「…でもさあ、いや、まずいじゃん。一応上司と部下だしさ、俺には君が居るしさ。だけどさ、よくよく考えてみたら、その子を守れるのは俺だけなんだよね」
「…」
「頼れる人が居なくてさ、上司の俺の他に。だったらさぁ…俺が、何とかしてあげるしか無いじゃん。ほら、君とかはさ、一人でも結構平気な人じゃない。でもその子は俺が居ないと駄目みたいでさ、やっぱそういう風に頼られるのが男としてさ、嬉しいじゃん。男冥利に尽きるというか。君は強いから大丈夫そうだけどさ…」
男の紡ぐ言葉が終わる前に女は運転手に向かって話し掛けていた。
「すいません、ここで降ります」
勢いのいい、真直ぐな、凛とした女の声。
いくら信号で止まっているとはいえ、天下の公道、甲州街道のど真ん中。新宿かぶき町午前四時。うろたえる運転手をよそに、女は勢い良くタクシーのドアを開け放った。
驚いたのは男である。自分は何も意図があってそんな話をしたのではなく、ただ後々から何か良からぬことが起きるといけないから話をしたまでで―女のその受け取り方など予想だにしていなかった反応。せいぜい小さなお咎めを頂くくらいのものだと思っていたから。
何も言わずタクシーに背を向ける女に男はみっともない形相で訴える。
「ちょっ…妙、お妙ちゃん!?俺何か悪いこと言った!?」
妙と呼ばれた女は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。その背にはまるで青白い炎が揺らめいているようにも見えて、男は思わずたじろいでしまった。
眩しい、と感じた。
美しい、と思わずに居られなかった。
その美しい女は、言った。
「何が可哀想な子だよ、何が俺が居なきゃ駄目な子だよ。何都合の良い事言ってんだよ。あんたその女と一回寝ただけなんだろ?そんな一回寝たくらいで「俺の女」みたいに考えてんじゃねぇよ。それくらいで落ちるほど女は安く出来ちゃいないんだよ」
男は大層驚いているようで、その細い目にうっすらとした水の膜が張られ始めた。妙は続けた。
「境遇を出しに男に媚びる女を女の全てと思うなよ、そんなだから私にナニひとつ手が出せなかったんだろう?怖くて。今迄あんたの周りにはそんな女しか居なかったから」
図星かというように男はその顔を歪ませた。涙が引いて怒りに変わり始めたのが妙にも分かった。妙はさらに続けた。
「あんたもうその子から逃げられないか簡単に捨てられるかのどちらかだよ。人のこと「君は強いから」だの「一人でも平気」だのそんなドラマの台詞そっくり使ってナルシスト気取っているうちは自分も回りも見えてないんだよ」
男の全身から怒りに似たものが震えだしてきているのが分かった。とどめの一撃を、刺そうとした。
「女見る目が無い野郎は、一人でそのぶら下がった貧弱な棒擦ってろ」
男の怒りは頂点も絶頂も臨界点も突き抜けて一気に放たれようとしていた。が、その前に最高の、男にとっては最悪であろうタイミングに、信号の光が青色に変わった。
するとタクシーの運転手が気を利かせてくれてか、一気にアクセルを踏んで加速した。男は慌てふためいた。まだあの女に恨み言のひとつも言っていない―。思うが早いか車が速いか、男の視界から女の姿はあっという間に消え去った。
最後にちらり、こちらをにらみつけたその表情が、瞳が。凍りつくくらいに美しかった。全ての怒りすらも一瞬のうちにその熱を失ってしまいそうな。
「あんたの恋人にはその右手がお似合いだよ」
妙は美しかった。
何処までも美しかった。
美しい美しい、「姐御」だった。



そう。今この啖呵を切って男と別れたのが史上最強の姐御、志村妙。次期かぶき町四天王の呼び声も名高く高らかに御飾りのこのネオンに彩られた狭い町中に響き渡っている。
生まれ持っての筋の通らぬことが許せない、真直ぐで気風のよい性格で、同輩の同僚は勿論のこと、年下の女からもよく慕われている彼女。
まあ時々…いや、しょっちゅう大きな問題は起こすのだけれど、結果的にそれが店にとって大きな売り上げとして貢献しているのだから、店側としてもあまり口煩くは言えない。寧ろ、店側が彼女を大きく頼りにしている。店の方から彼女に大きな相談を持ちかけてくることも珍しくは無い。
総じて彼女は、相談をするよりされるほうが明確に多い
それでも彼女は嫌そうな顔ひとつ見せず、その整った顔に殊更華やかな笑みを浮かべて。
「私に力になれることなら、話を聞かせてくれない?」
江戸の人情味溢れる逞しき美しき女性、それが姐御、志村妙。




「かっこいいー!!!!さすが姐御アル!うぃーうぃるろっきゅー!!」
「神楽ちゃん神楽ちゃんJASRAC!!」
「けどよ、何かアレだよな。こーいう奴に限ってとんでもねぇ男引っ掛けたりするもんじゃねぇのか?ホラ、「だめんず」とか」
「そんなこと無いアル!!現に今だって姐御は早々に男を三行半したアル!男前だヨ!」
「三行半とはちょっと違うよ」
「いやさ、そういう男だって付き合う前に気付かなかったのかよ」
「…気付けないもんなんじゃないですか?第一どうしても断れなくて付き合ってたみたいだったし」
「結構駆け引きとかその辺慣れてねぇんだな、アイツ。まだまだだな」
「何ホッとしてるアルか銀ちゃん」
「いやいやいや」
「…何が言いたいんですか、銀さん」
「まぁ…いや、つまりはだな、俺がお妙に男女のイロハを教えてやりたいというか教えさせてくださいというかぶっちゃけ一発二発三発四発」
「「結局それかァァァァァァァ!!!!」」
「ぅごっふぁァァァァァァァ!!!ちょっ…ギブ、ギブ、腹はやめて腹は!ほんと冗談抜きで死んじゃうから銀さん!!」
「銀ちゃんじゃ姐御の白馬の王子様になれないヨ!せいぜい白髪のおじい様だヨ!」
「一万歩譲って白髪だとしてもおじい様は無ぇだろうよ!!もう銀さんのドキドキハートはギザギザハートに子守唄歌っちゃうよ!?!?」
「銀ちゃん相手じゃ一万年も二千年経っても愛せないアルヨ。ロンリーチャップリンがお似合いネ」
「まぁ…最終的には姉上が決めることなんでしょうけど」
「オォウ新八君物分りがいいねぇ」
「いやホラだって、続き」
「「…え?」」




ブラウン管の向こう側では、妙が肩を揺らして大きく息を吐いていた。
「…また、やっちゃったわ…最悪」
こういったことは一度や二度ではなかった。彼女は今までにも幾度となく啖呵を切っては付き合った男、付き合いかけた男と縁を切っている。彼女の恋愛遍歴は傷だらけだった。
今日のお目覚めテレビの占いじゃ、恋愛運は最高だったはずなのに。…こんな性格ではあるのだけれど、妙は占いをよく気にしていた
タクシーはもう降りてしまったし、手持ちの金も今日に限って十分ではない。自分のあの行為を後悔する気はないのだけれど、心持ちが少ないことを考えれば少々軽率ではあったのかもしれない。せめて家の近くでやればよかったか―いや、そんなことはない。
が、妙の家まではまだ十分すぎるほどに距離がある。しかもこの時間。決して安全な場所とは言えない新宿かぶき町午前四時。ちかちかと輝くネオンで飾り立てられた、明るいだけの暗い町。たった独り、しかも年頃の女が歩くのはかなりの度胸、そして万が一に備えての腕っ節が要ることだろう。妙はそのいずれをも十分なまでに兼ね備えていたが、流石に今日はその気が起きない。
疲れていた。肉体的にも、精神的にも。
―ここからならまだ、万事屋の方がはるかに近い。今日は万事屋で、或いは登勢の店で少し休ませてもらおうか。

「おぅおぅ来い来いドンと来いやァ!!」
「銀さん!!」

ふとそのとき、聞き覚えのある声が耳を掠めた気がして、思わず振り返った。
確かにそこには見知った顔があった。
町中のネオンに引けを取らぬほど輝く鳶色の瞳に同色の艶やかな髪、通った鼻筋に厚めの唇。その貌を形作るパーツはどれも恐ろしいくらいによく整っていて、思わず息を呑みかけた。
歳相応のあどけない少年の面影を残しつつも、その身に纏った黒の隊服が、彼が一介の青年ではないことを如実に表していた。
「こんばんわ」
妙に向けられたその笑みは、彼女のそれに引けを取らぬほど華やかなもので。
「…沖田、さん」
本当にこの沖田総悟が、武装警察真選組の隊長なのか、と思ってしまう。



next











戻る