not a wolfman,but a gentleman.




「―それじゃあ、エドワード君やアルフォンス君によろしくね」
そう告げて、リザ・ホークアイは電話を切った。受付の女性に軽く会釈をして、その場を去る。
何気なく視線を向けた窓の向こうは、すっかり秋色に染まっていた。やがて来る、雪の季節。冬の気配はもう、すぐそこまで来ていた。
ラッシュバレーとセントラルと、一体どちらが先に雪が降るのかしら。紅く燃ゆる木々を見て、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
靴音を鳴らして執務室へと向かうホークアイ。その背中を音も無く、冷たい風が撫でている。






いつものように2回、執務室のドアをノックした後に中に入る。これはホークアイにとっては習慣化した礼儀であり、昨日もそうしてここに入った。
なのに、ドアの向こうは昨日とはまるで違う世界が広がっていた。
見渡す限り一面のオレンジ色、いやカボチャ色、そして若干の黒。隙間無く埋められたカボチャ型のディスプレイ。壁に掛けられたポスターには大きく「カボチャ大王」と書かれている。
「…一体、何のお祭ですか」
出来る限り冷静に、そして穏やかにホークアイは尋ねた。しかしその表情にはくっきりと青筋が浮かんでいる。流石の彼女もそれだけは表せずにはいられなかったらしい。
「いや何の祭も、今日はハロウィンじゃないか、中尉」
そう屈託の無い笑みで答えるのは、この執務室の主、ロイ・マスタング大佐。ホークアイの小言にも青筋もいざ知らず、いそいそと部屋の飾り付けに勤しんでいる。
そしてその風体は。
「随分と、暖かそうな格好をなさっているのですね」
全身を覆うのはふさふさとした暖かそうな毛に包まれた狼の着ぐるみ、そして頭の上で踊っているのはそれとお対であると思われる狼の大きな耳であった。
ホークアイの眉根がピクリと動く。頭から垂れた紐を引っ張っているのか、ロイの頭の上の耳がぴくぴくと揺れた。その様はまるで主人に怒られてびくりとしているブラックハヤテ号のようであった。さすがはイヌ科なだけはある、とホークアイは思った。
「…そんな怖い顔をしないでくれ、ちょっとした茶目っ気だ」
「茶目っ気で全て片付けられるとお思いですか」
「まあ、今日は折角のハロウィンだ。君も知っているだろう?祭に免じて、今日は許してくれないか?」
許すも何も。
日が傾き始めた午後五時過ぎ。今からこのカボチャ尽くしの惨状を片付けたのでは、一体いつ帰路につけるか解ったもんじゃない。ホークアイは大きく息をつく。
「…駄目だといっても、するんでしょう。お祭」
「良く解っているね、中尉」
何年付き合っているのか、と続けるホークアイの言葉を、ロイはその低く落ちる声で遮った。
「それに、だ」
そういうとロイはホークアイの元へ近づいて、そのハニーブロンドの髪の上に何かを載せた。
「実は君の分も用意しているのだよ」
ロイの背中、夕闇を映す窓ガラスには、ロイの後姿の他に自分の姿も映している。そこにいる自分の髪の上で、何かがきらりと光っていた。
「大通りの角の雑貨屋で、沢山のカボチャの菓子や雑貨に紛れてそれが売っていた。―なんでも、仮装用のアクセサリらしい。君に似合うと思って買ってきたのだが―」
きらり輝くのは、小さな飾りの散りばめられた、銀のティアラ。おそらくは子供用の安物だろう。ホークアイの頭には、どう考えても小さい。それでも頭上に輝く銀色は、彼女のハニーブロンドにとてもよく似合っていた。そして彼女もまた、そのことを自覚してしまったから。
―窓ガラスに映る彼女の頬が紅かったのは、夕闇のせいだけでは無かった。
「―お気に、召さなかったかな?」
そう、ロイは問う。その表情はまるで悪戯を思いついた子供のように不敵で何処かいやらしかった。
わかっているくせに。
ホークアイは息をつく。熱を持った頬が次第に冷たさを帯びているのが解った。
「あんまりじゃ、ありません?」
思いがけない言葉に、ロイは瞠目する。
「このティアラに、この軍服。…あんまりな格好だと思いませんか?」
そう紡ぐ彼女の唇と見上げる瞳は何処か扇情的で、何時の間にか主導権は彼女の手にと握られていた。
ロイの背中で、冬も迫った秋の雲が流れている。赤色闇色の流れる雲を背に立つロイの口許は凛々しくも不敵な笑みを浮かべていて、ややもすれば強く「男」を感じさせるものであったろう。しかし今のロイの風体にはあまりに不釣合いで、ホークアイは小さく笑いそうになってしまった。
ホークアイの女の肩を引き寄せて、ロイは言う。
「ではこれからショップまでエスコートいたしましょうか、姫」
「…結構ですわ、狼男さん」
女の笑みを浮かべたホークアイが、逆にロイを引き寄せる。
「寒いんですから、暖めてくださいません?…いえ、人肌じゃなく、その、暖かそうな毛皮で」





「本物の狼男になっても知らないぞ」
ホークアイをすっぽり包み込んだロイが呟く。
聞こえているのかいないのか、狼男の着ぐるみを間近に見たホークアイは、全く別のことを考えていた。よく見れば沢山のほころびとほつれきった縫い目がそこかしこに見られる。きっとこの着ぐるみはロイが自分で作った物なのだろう。
ロイが黙々と着ぐるみを縫う様を想像して、そして先程の電話―ラッシュバレーのウィンリィからの言葉を思い出して、ホークアイは小さな笑みを浮かべた。

―それで、今作ってるんです。狼の格好。でも私、裁縫は恥ずかしいくらいにさっぱりなんで…教えていただけて助かりました。
えっ?そりゃあ一年に一回ですからね。ちょっとくらい、いつもと違ったエドとアルを見てみたいって言うか…あと、自分が作ったり、選んだりしたもの着てくれたら、嬉しいじゃないですか。あっ、これ二人には内緒ですよ。
それに…自分も相手も仮装したら、いつもとちょっと違った風に接せられるかな…とか、なんか…いつもの違う自分とエドだったら、…ちょっとくらい素直になれるか…あーあーあーあーあー!!!!今の無しです!!聞かなかったことにしてください!!
えっと、そんなわけで、今日はありがとうございました!!
…あっ、リザさん!!





「…ハッピーハロウィン」
ロイの胸の中で、さっきウィンリィには言えなかった言葉を呟いた。
この言葉がどうか、流れる雲に乗ってラッシュバレーまで届きますように。





夕闇が世界を支配する。冬の足音はもうすぐそこまで来ている。
それでも不細工な毛皮の狼は、彼女を暖かく包み込んでいた。






サイト10000HIT御礼・ハロウィン企画でのフリー小説。
配布期間は終了しております。
ありがとうございました!