四文字熟語行政書士物語 VOL.01

十人十色

 雪の津々と降る夜、石部金吉付和雷同型の考えを改めるべき決断を明日の朝実行することを
決意した。

 その日の朝は、大雪で出勤時間の1時間30分前の6時に起こされ、除雪作業を始めたが30
分もすると全身汗だくになり、やっと愛車のBMWが出動できる程のスペースを確保できた、早
々にシャワーを浴びモーニングコーヒーもそこそこに家を出た。

 事務所に着き、経済新聞に目を通すいつもの風景が何時になく新鮮に感じたその時、

「失礼します」

ノックと同時に初めて聞く声の男が入ってきた。

「おはようございます!、昨日電話しました大器晩成です」ハキハキした言い方は、なかなか初
々しい

「どうぞ、そこに座ってッ」金吉は、器用貧乏法令オフィス所長である。

 現在アシスタント(補助者)募集中でその面接である、この7年間補助者の採用は女性に限っ
ていたのだが今回はまわりの意見に同調せず決定したかった、元々、石部金吉は過去に15年間
不動産会社の営業をしていた経歴が有る。

 其の頃から営業マンを育てることには自信を持っていた、9年経つ今なお相談に来る元部下に
無上の喜びを感じている(鍛えがいがありそう)。

 一通りの一般常識な質問をしているが、気持ちは固まっていた、一目惚れかもしれない。

(なかなか目標に近づいてるナ〜)心の奥底でほくそえんでいた。

 器用貧乏法令オフィスの紹介をしよう、所長の石部金吉、補助者に石部銅吉曖昧模糊一望
千里
順風満帆白川夜船に本日採用の大器晩成を加え全員で7名である。

 アシスタントディレクタ−の曖昧模糊は、ここの事務所を開業して2年目に入所して依頼のベ
テラン補助者であり、金吉のやり方を一番熟知しているため、新人が来るたび、新人教育に力量
を発揮している。

「だアからア!時間を言うときは、2時頃とか、1時半過ぎ頃に伺うじゃなく、正確に、2時!と
か1時35分!のように言わないとダメじゃない…・」口調は、厳しい中にも思いやりのある話
し声が、応接室から聞こえて来る。

 晩成は、手渡された−マル秘アポイントメントマニュアル−を読んでみた。

 

アポマニュアル

◎その1

 初対面の依頼者とのアポは、依頼者の会社か自宅で設定する。依頼者の金銭的状況や内容等をかなり正確に把握できる。また「わざわざ来て貰った」という感じを相手に与えることとなり、これが効果的プレッシャ−となることが多い。

◎その2

 都合により、依頼者以外の人と話をすることとなった際は、必要最小限度の話しに止めて余韻を残し、自分を売り込むことに心掛ける。あくまでも、決裁権のある人との間で、直接に依頼内容、仕事の内容等を打ち合わせる事とし、できるだけ無駄な時間を費やさない。

◎その3

 アポの設定時間は、10時ころ、といった漠然としたものはいけない。できるだけ「10時15分」というように、具体的にいう、さらに、端数をつけるとよい。これによって印象が強くなり、依頼者の興味を誘う。(この人に会ってみたいという気にさせる。)また、アポの時間に遅れることは厳禁だが、やむを得無いときは、必ず電話をして了解を取り付ける。

◎その4

 アポの設定時間は、依頼者が最低30分以上とれる時間とする。一番効果的な時間帯は、17:00〜19:00のボディータイム(人間が相手に逆らうのが嫌になる時間帯)である。彼のナポレオンは、集会、会議を好んでこの時間帯にしたという。

◎その5

 初めての訪問、再訪問を問わず、アポの時間は直近に設定するのがよい。「都合が良ければ、これから伺います。」と積極的にいくべきだ。明日、明後日と先へ延びるほど意欲が低下する。また、予期しない急用等、不測の事態が入りやすい、相手側の都合により時間変更をすることとなったときは、必ず連絡をもらう約束をして、再訪の際これが当方にとって優位となればよい。

 是は、金吉が不動産の営業をしていたときに作成したもので、今だ有効に使用している。

 営業経験のない人を見つけると、直ぐ見せつけ自慢している一つだ(ど〜〜ヨ!、だべ!だべ!)

「もしもし、お忙しいところ大変恐縮ですが社長さんですか?私、器用貧乏法令オフィスの大器晩
と申します、当オフィスには行政書士、社会保険労務士の資格者が常勤して居まして………・・、
今すぐ伺って色々話をさせて頂きたいのですが?、私達営業は、芸者と同じでお呼びが掛からない
と事務所から出掛けられないのですョ、社長さんの顔も見たいですし…、5時15分に伺います。
器用貧乏法令オフィスの大器晩成ですので楽しみに待って下さい。」

 大器晩成曖昧模糊が二人で金吉所長の所へ顧客調査依頼書(顧客の内容が記入できるもの)を
持ってきた。

「大先生、アポ(アポイントメント)取れましたのでミーティングお願い致します。」

 ()不労所得、代表取締役社長 悪逆無道は笑顔で金吉大器晩成を向かい入れた、あまり愛想
の良い出迎えは?・・。

行政書士事務所の方が電話して、出掛けてくるのは初めてですね。」

「そうですね、電話営業の上、訪問して相談に載せていただいてるのは、うち、器用貧乏法令オフィ
スぐらいだと思います、従来の資格者はじっと事務所に居て待ちの営業でしたが、それは今の時代に
合わないような気が致します。仕事内容が御社の、総務部の外注みたいなものですから、最近の言葉
で言えばアウトソーシングとでも言うのでしょうか?。」ニコニコしながら話す晩成を見て、金吉
遠い日の自分をラップさせていた。

「解かった、解かった、折角来ていただいたので内容証明を一本お願いしたい。話が決まったところ
で丁度昼食時間だし、寿司でも取るから一緒に食べましょう。」

 素直に喜ぶ晩成の顔と対照的に一寸納得の行かない顔の金吉晩成は見逃さなかった。(大先生、
機嫌悪いのかな?)

「先生、今日はどうでしたでしょうか?」帰りがけの車中で、晩成金吉に質問をした。

「そうだねェ、全体的には良かったヨ、ただ名刺を渡すときは名刺の角を持ち、自社のマーク、自社
名には親指を掛けてはいけないなア、それと初対面の顧客が飯食べさせるときは注意しないといけな
いよ。手数料と相殺される恐れがあるからナァ・・。」

 金吉の危惧した事がはたしてそうなのか?

 早速、晩成は内容証明書の本を調べ出したが、決めた目標へ向かって、ひたすら直往邁進する姿
金吉は自分の思いを飲み込んだ。

 器用貧乏法令オフィスの仕事のやり方での最重要ポイントは「スピード」である。顧客が10日で
仕上げる書類は3日、一ヶ月掛かるものは10日、丸々一日掛かるものは3時間で作成している。

 夕方、所長室にいる金吉の処へ模糊と一緒に入ってきた晩成に向かい、「どう?なれたかな?どれ
どれ。」 三人で書類に目を通していく。

「5行目、したが・・、じゃなく、行った。にした方が良いじゃない?」

「この、相当の時間というのは何日ぐらいのことですか?」

「1週間から10日が目処だな〜」

「内容証明で効果ありますかネ〜、最近はもう、なれていませんか?」

「内容証明郵便自体は、裁判になったとき証拠の一つだが、本来の意図は、なんといっても、受け取
った相手が、この後なにかするだろうな、というプレッシャを与えることが一番の効果だろう、よし
、これで行こう。」

「すぐに電話してアポ取ります。その時に集金をすればよろしいですね。」言い残して、部屋を飛び
出していく晩成を頼もしく思う、模糊だが、(集金?大丈夫かな〜)。

 ルンルン気分で、株式会社 不労所得に着いた晩成から模糊に電話が入った。

晩成ですウ」(声のトーンが落ちている)

 社長の悪逆無道さんは、出かけてしまい、事務の女性に書類を渡して欲しい、代金は後日振り込む
とのこと。

 報告を受け、事務所に戻るよう指示し、電話を置いた模糊は、金吉がよく言う「仕事をしても、集
金出来なければボランティアになってしまう」が脳裏を横切っている。

 苦い経験をした晩成の足取りも重く、悔しさと疲れがゆっくりと全身に染みていった。


  付和雷同(ふわらいどう) ただむやみに他人の意見に同調する事。

  直往邁進(ちょくおうまいしん) ためらわずに、まっすぐに進んでいくこと。

  器用貧乏(きようびんぼう)   十人十色(じゅうにんといろ) 

  石部金吉(いしべきんきち)   曖昧模糊(あいまいもこ) 

  白川夜船(しらかわよぶね)   一望千里(いちぼうせんり) 

  順風満帆(じゅんぷうまんぱん) 大器晩成(たいきばんせい) 

  不労所得(ふろうしょとく)   悪逆無道(あくぎゃくむどう)