フィクション 小説
『オーロラの恋』
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   『オーロラの恋』

 

   

ユッカスヤルヴィ

二〇〇一年の冬

 

「麻美〜ぃ、外は大丈夫〜?」

「まだ静かよ。出現したら教えあうってレストランで会ったあの人たちと約束したしね」

 先にサウナを済ませた麻美は、窓からたまに外を見ながら余裕のある大きな声でサウナの中の具麻に返事をした。

 

 具麻と妹の麻美は、レストランで向かい合わせに座って食事をしていた男性二人組と

「今日は出るかしら」

「お天気がいいから出るでしょう」

「見逃したら大変、ずっと空を見張ってなきゃね」

「僕達、そこに泊まってるんだけど、お宅たちは?」

「私達も、そこの右端」

「僕達そこから三戸目です、見つけたらドアを叩いて教えあいましょう」

「そうしましょう、すごくいい考えね。

なんだか確率二倍に上がった気がする」

と、約束を取り交わすと、これで見逃すことは無いと安心したのだ。

四人ともオーロラのこと以外は一言も交わしていないが、全く不自然さを感じなかった。

野球で同じチームに応援している仲間同士と似たような感覚だ。

「あの人たちとオーロラ運命共同体だね」

 と、レストランの帰りに麻美が言ったが、

「うん、でもそれを言うならあの人たちだけじゃなく、オーロラツアー客、オーロラ個人客、全員運命共同体だよね」

 と、具麻も言って胸をワクワクさせたのだ。

 

具麻は外ばかり気になって、スウェーデン式サウナに入っていても落ち着かなかった。

 急いで焼け石に水を何杯もかけて折角温度を上げたが、そそくさと出てしまった。

 服を着ているとドアをノックする音が聞こえた。

「出た?」

「出ました!」

「ありがとうございます。先に行って下さい。私達もすぐに行きますから」

「お姉ちゃん。オーロラ出たって」

「聞こえてる。麻美はすぐ出れるの?」

具麻はすごい勢いで防寒着を着込み、カメラを持って部屋を飛び出した。

麻美も慌てて三脚を持って具麻に続いた。

 

「おっ、お姉ちゃん! すごいね」

「うん」

 具麻は高鳴る胸を押さえながら防寒カバーで包んだカメラを抱きしめた。

 麻美は姉の具麻に促されるまでもなく、三脚をしっかり固定した。

 具麻はカメラを備えると夢中でシャッターを切ったが、今まで生きてきて最高の感動に目が潤み、最初はファインダーが良く見えなかった。

 それでも空全体を覆うような緑のカーテンの天体ショーは一時間以上続いてくれたので、アシスタントの麻美の助けもあって何とか写真もたくさん撮れた。

 カメラには高感度フィルムが入っているし、長時間露出可能の広角で明るいレンズもセットしてある。

自由に角度を変えられる三脚を、最高の場所を見つけて設置するのは麻美の役割だ。

 

「お姉ちゃん、髪がバリバリだよ。触ったら折れそうだよ」

「だって、さっきはサウナから出たらすぐにドアノックの音だもの。焦った焦った。

 髪に触らないでね」

「当たり前よ。お姉ちゃんの髪が折れちゃうわ」

「彼らもいたみたいだね」

「お姉ちゃんってば、あの人たち挨拶してるのにカメラに夢中で無視だもの。

 私、お姉ちゃんの分も深々と頭下げて笑顔振りまいておいたからね」

「ありがとう。良い妹を持って幸せだ。

毎年あちこち海外旅行。

今年は有能なアシスタントの妹とオーロラ旅行。これだから結婚なんて考えられないんだよなぁ」

「お姉ちゃんもうじき三十路よね」

「何よその言い方。三十代とか言って欲しいわ。まっまだ二十九歳だし、私決めたわ。毎年オーロラを見に来る。北欧の女になる」

「ったくぅ。そう決めなくなって、悪いけど私は先に結婚するからね」

「そうしてよ。一人でも結婚した方がお母さんも大人しくなるってもんよ」

「そう? ほんとに? 私好きな人いるし」

「なに? そんなに嬉しいの? まさか私に遠慮してたとか?」

「そりゃぁ遠慮してたよ。

 お姉ちゃんはカッコいいから、まさか私が先になんて思ってもみなかったし」

「カッコいい?」

「あれっ? 自覚してないの? 『あなたのお姉さん素敵ね』ってみんな言うわよ。

 繁華街を颯爽と歩く骨皮筋子だし、美人で頭いいし、おまけに明るくて性格いいしさぁ。

 その上料理上手で、コテージではこうして美味しいもの作ってくれるし、実は私の自慢の姉なんだぁ」

「褒めすぎだよ。でもありがと。あんたも負けてないよ」

 具麻は麻美に笑顔を向けて言った。

 麻美は皆が憧れている姉の具麻に褒められると無性に嬉しかった。

 

「お姉ちゃん、本当に来て良かったねぇ。

オーロラが終っても宇宙に立ってるみたいで。地球の上に立ってるって思えなかった。あの星の数、これが満天って思った。星がデカかったし」

「麻美も思った? 私もよ。もちろんオーロラが最大級の感動だったけど、あんな満天の星空もはじめてだったし、星、絶対デカかったよね」

「ユッカスヤルヴィは明るいものがほとんどないから最高の闇夜よね。

私、プレステのゲームのヴァルキリーが出てくるかと思ったもの。

最初お姉ちゃんに『オーロラ見に行くよ』って誘われた時はマジかい? って思ったけど、丸一日かけて来た甲斐があったわ。

あぁ、まだ興奮してるわぁ」

「私も興奮してる。来年も絶対また来るわ」

「私は?」

「麻美も一緒じゃないと写真撮影が大変だから一緒に連れて来る。

結婚しても旦那は置いてきてよね」

「え〜っ? オーロラを見ることを夢にしていたお姉ちゃんのこと、本当にすごいって思うし、私も凄く感動したけど、彼を置いてはなぁ考えちゃうわ」

「大丈夫よ。すぐに飽きるから」

「飽きるって、彼に?」

「そうよ。オーロラは飽きないわ。毎回違う姿を見せてくれるし」

「もう、お姉ちゃんってば、オーロラと男を比べるなんていけないと思うわ」

「うん。そうなんだけどさ、駄目だ。男に興味持てない。

 麻美はバランスとれてていいよね」

「私、春馬君とも来てみたいなぁ」

「どうぞ、自費で」

 具麻はふざけるように言った。

「そうよね。お姉ちゃんありがとう。いつも私の旅費出してくれて」

「いいえ、アシスタントはいないと困るし、私、友達とも旅行したけど、あんたが一番気楽だから、旅費が倍でも私こそ感謝したい気持ちなんだ」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

 麻美はにっこり笑ってパジャマ姿でクルッとターンした。

 

 

  『アイスホテル

 

 初めて夢を叶えてから四年。

具麻は三十三歳になっていた、二つ歳下の麻美は結婚していたが、毎年姉の北欧旅行にはお供していい、というのが唯一結婚の条件だったので、北欧旅行だけは毎年続いていた。

 

「今年も来れたねぇ。今回は四年前と同じ場所だからなんだか故郷に帰ってきたみたいで懐かしい気がする。

ドゥンドレッドも行ったし、ノルウェーのモッツンドも、スヴォルバーも行ったし、感無量って感じ。

なんだか毎年費用を全部出してもらって申し訳ないけど」

「何を言うのよ。私こそ、結婚した妹を誘い出して春馬さんに申し訳ないなぁって思ってるんだ。

 でも、オーロラを一緒に見に来る助手はまわりに見当たらないしなぁ。やっぱボーナス貰うと私と麻美の旅行代、って思っちゃう」

「甘えていいってこと?」

「もちろんよ。こっちこそ感謝してるって」

「幸せなのよねぇ。こうして毎年満天の星を見ながらオーロラを待つのが。

 主婦業してると余計そう思うわ。子供が出来るまでだしね」

「えっ? そうだよね。やだ、マジで今焦ったわ」

「まだ大丈夫。私、三十五歳位でって思ってるんだ」

「ん? あと四年ね」

「あはは、お姉ちゃんったら。

 ね、四年前に初めてオーロラ見たときにドアノックして教えてくれた男性たち、アイスホテルに泊まるんだってね」

「えっ? 彼らと話したの?」

「お姉ちゃんってば、あの人たち『こんにちは、四年前は。。』って昼にすれ違った時挨拶したじゃん」

「そうだったっけ? だって、私は氷のシャペルで結婚式するカップルを見たくて、そればかり気になって、カメラぶら下げて花嫁が来ないかキョロキョロしてたし。

だってあんな寒い場所で、衣装はどうなんだろ? って気になるじゃん。

チャペルに現れたカップルの花嫁のほう、普通に腕出したウエディングドレスだったから驚いたのなんの! あんまりビックリして、そこにいた人捕まえて拙い英語で聞いたんだけど、通じなくて、そばにいた英語と何語だかができる人が更に通訳してくれて、

ダウンで作った可愛い素敵なウエディングドレスとかもあるって聞いてきた」

「へぇ〜、そうなんだぁ。それにしても、お姉ちゃんはいつも気忙しくて、いろんなものに興味あり過ぎ」

「うん、わかってるけど、興味ある」

「あはは、それがお姉ちゃんのいいところでもあるんだからいいけどさ。

 氷のホテル、泊まるのは寒そうだよね」

「うん。氷のベットにはトナカイの皮敷いてるし、寝袋に入るからマイナス一五度まで大丈夫なんだってさ。

で、マイナス五度くらいに保たれてるんだから大丈夫は大丈夫だけど、寝るだけじゃん。で、宿泊料は結構高いし、キャンセル料が一か月前から百パーセントって聞いたから止めたの。毎日満室だっていうんだから、強気なのもわかるけどさ」

「私はこの部屋が気に入ってるわ。空が見えるって最高」

「でっしょう? 二名だからカーモスホテルルームが北欧デザインホテルって感じでいいかなって思ったけど、やっぱ、オーロラシャレーの天窓が捨てがたかった」

「うん、これがいいよ」

 麻美は天窓を指差して言った。

「ところでお姉ちゃんアイスホテルのドアとか写真撮った?」

「もちろんよ。トナカイの毛皮のドアもトナカイの角の取っ手もバッチリよ」

「流石ぁ。中も広くて驚いたよね」

「うん。アイスホテルの中、もう一度ゆっくり見学して夕食食べてこようか」

「夕方でも見学できるの?」

「大丈夫よ。泊り客は七時過ぎからとか言ってたから、それまでは開放じゃない?

 赤いシール忘れないでね」

 

具麻と麻美は再度アイスホテルの中を見てまわった。

「ひゃっ、おねえちゃん、スペシャルルーム凄くない?」

「毎年デザインが変わるらしいけど、すごいね。どんな人が泊まるんだろうね」

 具麻と麻美は物珍しげに覗き込んで顔を見合わせて笑った。

「でもさぁ、めっちゃ寒そう。私、やっぱ泊まるのはあっちでよかった」

「寝てるときは寒くないっていうけど、朝はチェックアウトの時間も早いらしいよ。そのあと大抵の人は外のサウナに入って体温めるんだって」

「そうなんだぁ。私は今寒くないけど、氷って見た目が寒いよね」

「うん。そろそろ食事に行く? 予約してないから合席かもしれないけど」

 具麻と麻美は氷のオブジェを横目で見ながらレストランに向かった。

 

「ここって人気あるのね。ここまで混んでるとは思わなかったわ」

「お姉ちゃん。見て! 彼らだよ」

 麻美に促されてレストランの入り口に目を向けると、四年前に会い、この日もすれ違い様に麻美が挨拶したという男性二人、花岡五郎と山口一郎が立っていた。

 麻美が笑顔で近づいて行って、具麻も後から続き、にこやかに挨拶した。

「あの、混んでて、六人の合席らしいです」

 一郎が言った。

「六人も? でも、しょうがないよね」

 麻美はまんざらでもないという顔をして具麻をつついた。

「そうね。じゃ、よろしくお願いします」

 具麻は軽く会釈した。

「こちらこそ、これも何かのご縁で」

 ウエーターが席に案内するというので一郎は笑顔で皆を促した。

 六人のうち二人はイギリス人だったので、日本語が通じる四人で盛り上がって、楽しい夕食になった。

料理が全部氷の器で出てくるコースは一万円以上だっかが、折角なので全員それにすることに決めた。

 

「キャビア、美味しいね」

 麻美は嬉しそうに言った。

「川魚のキャビアだって」

 一郎が言い、さらに話を続けた。

「自己紹介しましょう。僕は山口一郎、五郎と同じで三五歳」

 突然具麻が笑った

「一郎と五郎って、同じ歳なんだから兄弟じゃないよね。双子だったら、ご両親もギャグセンスがあり過ぎだし」

「まっ、お姉ちゃん! また失礼なことを、すみません。これだからまだ独身で」

「いいえ、どうぞ笑ってください。僕達も一郎と五郎ってなんかのコンビみたいで笑えると思ってますんで。えっと、同じ歳で、のつづきでしたね。

 僕は既婚で、去年結婚した妻は僕の旅行中は友人とパリ旅行です。

 何しろ五郎が結婚するまでは、オーロラ旅行に付き合う約束で。

 あっ、何年も前からの取り決めで、二人とも結婚するまではオーロラ旅行っていうか、撮影旅行を続けようって。

だから僕が結婚する時の条件は、五郎が結婚するまでは年に一度だけ五郎とオーロラ旅行をさせてくれないか。ってことだったんだけど、すんなり。彼女はその間友人とヨーロッパ旅行するって喜んでたよ。

 あっ、僕は一応薬剤師で親父の薬局を継いでます。こんなところかな? そうだ、住居は二人とも名古屋です、じゃ、次は五郎」

「えっ? 日本のどこかと思いきや、めっちゃ近くじゃないですか。私岐阜で、妹は結婚してから愛知ですよ。それも名古屋ね」

 具麻が割り込んで言った、

「うわっすごい偶然。ご縁あり過ぎですね。

 そうだ、今思い出した。

 四年前にオーロラを見てたとき

『凄い感動ですよね、あの、お二人はどちらから?』って聞いたら、お姉さんが『日本から』って言いながらカメラ抱えて別の場所に走っていったの覚えてないでしょう? 

五郎が

『なんだあいつ。日本語喋ってんだから日本なのはわかってんだよ。日本のどこから来たのか聞いてんだよ』って笑ってましたけど」

「えっ? そんなことあったんですか? すみません全然覚えてないです。オーロラで頭一杯で、多分上の空だったんですね」

「そりゃそうでしょうね。上の空じゃなかったらただのアホだものね」

「おい、まったくうちの五郎も口が悪くて」

「全然かまいません。むしろ気が楽になります。お姉ちゃんも、本当は優しくていい人なんだけど、男性相手だといつもこうなんですよ。全く悪気は無いですから」

「美人ってそういう傾向にありますよね。

 ガード固くしないとモテ過ぎて大変なことになるからね」

「イケメンっていうのもそういう傾向にありますよね。ガード固くしないと押しかけられちゃいますものね」

「もぉ、お姉ちゃんったら」

「いいじゃないですか、今、五郎とお姉さん、美男美女だって認め合ったんだから」

 一郎が言うと四人は大きな笑い声を上げた。

「じゃぁ、僕の自己紹介ね。花岡五郎です。

僕は歯科医師で、それこそ親父が開業してる医院で、」

そこまで言った時だった。突然具麻が口を挟んだ、

「あら、残念だわ。内科だったら風邪の一つでもひいたふりして病院に行けるけど、私、この通り歯には凄く自信があるの。一生歯医者さんの世話にはならないと思ってるの」

「ご、ごめんなさい。ほんっとお姉ちゃんったら憎まれ口ばっかり」

 麻美が慌てて謝った。

「いや、全然かまわないですよ。僕は歯科医師として、すべての女性があなたのように美しい頑丈そうな歯をしてたらいいな。って思ってますから」

 五郎は白い歯を見せて笑いながら言った。

「やだぁ、キザなんだから、花岡先生も歯が丈夫そうね」

「丈夫ですよ。あなたには叶わないけど、歯も口も」

 五郎は本当に愉快そうに言った。

 メイン料理のトナカイ肉が運ばれてきた。

「美味しそう。じゃ、いただきながら、私から先にね。白鳥麻美(まみ)と言います」

「可愛い名前だね。それに苗字が素敵だ」

 五郎はトナカイ肉をナイフで切りながら言った。

「ありがとうございます。歳は姉の二個下で三十一歳です。結婚してますけど、姉が結婚するまでオーロラ旅行に付き合う約束で。

 今ではこれが楽しみで一年間家事を頑張れてる気がしてます。

 じゃ、最後はお姉ちゃんね。失礼がないように普通に喋ってね」

「わかってるって。白鳥具麻(ぐま)三十三歳」

「えっ? なんて言いました? 具麻? どんな字を書くんですか? マグカップみたいな名前だね」

「おい、五郎、すみません、こいつ時々失礼なことを」

「いいんですよ。もう慣れましたから。

ほんっと親もいい加減な名前をつけてくれたものよね。

 母が、私がお腹にいたときに、具沢山のスープばっかり食べてて、それで『具』が決まったんですって。

『具』なら『虞美人草』の『ぐ』でもつけてくれたらいいのに」

「そうですよね。そんなに美しいんだから。でも、具沢山の『具』じゃないと意味無かったんでしょう?」

 五郎はまたからかうように言ったが、美しいと言ったのは本心だった。

「お世辞かと思いきや、からかったのね。まっいいけど、名前の話ね。

『具』にあう字を探したら『具麻』だってさ。で、次女は『麻』をとって『麻美』よ。

『具』をとって欲しかったわよ」

 五郎は笑いを堪えていたが

「いいじゃないですか。『具麻』可愛いですよ。呼びやすいし。『ぐーま』だともっと呼びやすいけど」

 と言ってまた笑った。

「五郎と具麻さんが未だに独身でいるのがわかる気がします。

 決して悪い意味じゃないです。お互いハードルが高いんじゃないかと思ったまでで」

 一郎は本当にそう感じて言った。

「そうなんです。お姉ちゃんのハードルメチャ高くて、誰も飛び越えられなかったんです。私が手動で下げてあげたいんだけど」

「大丈夫だよ。下げなくても、五郎なら飛び越えられるかもしれないし」

「おい、変な事言うなよ。俺は高飛びは苦手だから」

「私は飛ぼうと思えば飛べるわ。まだ飛びたくないだけで」

「やっぱ、口でもかなわないよ」

 五郎が言うと一郎も麻美も笑った。

 

「すごく美味しかったね」

 麻美が嬉しそうに具麻に言った。

「ほんと思った以上に美味しかった」

 具麻も満足げに言った。

「あの、よろしかったらアイスバーに行きませんか?」

 一郎が具麻たちを誘った。

 あわよくば、五郎と具麻が上手くいってくれれば、と思ったのだ。

「いいよね。お姉ちゃん」

「いいんだけど、オーロラが」

「大丈夫ですよ。今日はあまりお天気が良くないから見えないみたいですよ」

 五郎が言って、具麻に睨みつけられた。

「おい、五郎、ったく。

 じゃぁ、少しだけどうですか?」

「そうね、少しだけなら、夜中にオーロラ見れるかもしれないし。私たちの部屋、天窓つきだから、絶対見たいの」

「そうだね、夜中の一時ころまで起きて見張ってたら、見えるかも知れませんね」

 五郎は氷のシャンデリアを見上げながらからかうように言った。

「そうよ。夜中までには雲が晴れるかもしれないし」

 具麻は中央の円形の氷のカウンターに気をとられながら言った。

 具麻と麻美は、トナカイの毛皮を敷いている雪で出来た椅子に腰をかけた。

 バーテンダーが氷のグラスに入ったカクテルと、具麻がオーダーしたアップルジュースを作り、一郎と五郎がそれを運んできた。

 

「防寒バッチリだから寒くないけど、なんか、冷凍庫にでもいる感じよね」

 麻美が言うと

「ほんと、寒くはないんだけどね。

このグラス、四角くて口に当たるところが分厚くて飲みにくいね」

 一郎は笑いながら言った

「私もそう思うけど、これ四角だから簡単に作れるんでしょうね」

 具麻が言った、

「そっか、言われてみるとそうだね。

具麻さんと麻美さんは毎年オーロラを見に来てるの?」

「そうね、ここんとこ毎年来てますね」

「オーロラの他には?」

 五郎が珍しく普通に聞いたので、具麻も穏やかに話し始めた

「最初は私が一人で会社の同僚やツアーで知り合った友人と海外旅行をしてて、南アフリカのナマクワランドの、地平線の彼方まで続くような広大な花園に感動したり、アジアも行ったけど、やっぱり一番多かったのはヨーロッパだったわ。

 そのころはまだオーロラを見たことは無くて、何度かツアーに織り込まれていたのに、運悪く見れなかったの。

三日に一、六六回の割合ですって言われて、大雑把に二日に一度って言えばいいのにって思ったわ。 

 見れないとなるとよけいに想いが募って、

そのうちどうしてもオーロラの写真を撮りたくなって、カメラ店で聞いたら、普通のカメラで普通に写しても駄目だよ。って教えてくれて、本格的なカメラ機器を揃えたら、三脚の設置とか手伝ってくれる助手が必要に思えたの。

まずは道具からって、結構高いのを揃えちゃったから、何が何でもオーロラを見ないと、って意気込んでたわ。

撮影するのに息の合ったアシスタントっていうか、気兼ね無く手伝ってもらえるのは、って考えたら妹しか思い浮かばなかった」

「なるほどね。僕達もオーロラの写真を五年前から撮り続けてるけど、まだ満足な写真は撮れてない」

 五郎が真面目な顔で言った。

「姉は凄いですよ。今年は大きな喫茶店の依頼があって個展を開いたんですから」

「まっ、麻美ったら、恥ずかしい」

「凄いですね。今度個展を開く時は教えてくださいよ」

「やだ、花岡先生と山口さんこそプロ級なんでしょう?」

「そんなこと無いです。カメラは三十秒露出可能で、二十八ミリの広角で明るいレンズ、三脚は具麻さんほどいいやつじゃないし、フィルムは高感度ね。ポジ・フィルムを使ったりするけど。

あと、当たり前だけど結露に気をつけて、部屋に持ち込む時が大変、慌ててタオルで包んだり、でも、それだけですから、たいしたことないです。具麻さんの写真展、ほんとに楽しみにしてますから」

一郎が言った。

「私の三脚?」

「あっ、四年前のあの時、角度も自由の凄い三脚使ってたじゃないですか」

「あぁ、三脚も写真やさんに勧められるままに、そしたらアシスタントがいないと絶対無理な大掛かりなやつで」

「そうなんですよ。あの三脚のお陰で私は毎年連れてきてもらってるの」

 麻美は嬉しそうに言った。

「一郎さんと花岡先生は個展とか開かないんですか?」

「考えたこと無かったな。今度考えてみるよ、なっ五郎。二人展とか、具麻さんと一緒に三人展とか、面白いかもね」

「あの、さっきから気になってるんだけど、先生って呼ばないでくださいよ。なんで一郎は一郎さんで、僕は先生なわけ? 年上みたいに感じてやだなぁ」

「あらま、お医者さんはみんな先生って呼ばれるでしょうが」

「まさか北欧まで来て先生って呼ばれるとは思わなかったよ」

「こだわるなよ五郎。たいした問題じゃないだろ」

「そうよ、花岡先生!」

 具麻は勝ち誇ったように言った。

 

「具麻さん、北欧旅行で他にはどんな所に行かれたんですか?」 

五郎が丁寧な言い方をしたので、具麻は素直に話し始めた。

「いろいろ行ったわ。ノルウェーの北極圏ロフォーテン諸島でしょう」

「うわぁ、あそこに行ったの? ロフォーテン諸島は地図を見て憧れてたよ」

 五郎は身を乗り出した

「人口がたしか六十人で冬に行ったんだけど、おとぎ話の国のようだったわ。

 山って上が白くて下は青だと思ってたけど全部白で感動したのを覚えてる。

 あと、ポルトガル、あそこって世界遺産が八個もあるじゃないですか。億万長者が暮らす館ってのも見た。

 そうそう、焼き栗が美味しかった」

「焼き栗?」

 五郎は突然大きな声で言って笑った。

「そうよ、焼き栗よ。

 あとは、フランスのモン・サンミシェル」

「あっ、あそこは僕も行きました。えっと、妻とですけど、ランチタイムはモン・サンミシェルの見えるレストランで、」

「まさか、ビッグオムレツと焼きプリンって言わないでしょうね」

「えっ? 具麻さんもですか? 同じレストランかな?」

「そのようね」

 具麻は嬉しそうに笑った。

「あとは定番のベルサイユ宮殿でしょう?

 音楽の都ウイーンでしょう?

 マリア・テレジアの像を見て感動したわ。マリーアントワネットのお母様って言うより、なんかまるで女帝っていう貫禄に圧倒された。

 そうだ、シューベルトとその仲間たちがよく集まったレストランってのも行ってきたわ。

 ちょっと感傷に浸ったわ。心に傷は全く無かったけど」

「面白いね具麻さんは。もっと続けて」

 五郎は本当に楽しそうに具麻の旅行話を聞いていた。

「えっ? まだ喋っていいんですか? こうしてみると私、すごく地球を歩いてるのね。

 ちなみに、歩くのは得意なの。

 アビスコで食料が切れたとき、スーパーまで二キロ歩いたし、でも危ないのよね、車は百キロくらいのスピードで走ってるし、動物のデカイ足跡があるし、それでも片道四十分かけて歩いたわ」

「俺達も同じ経験した。ムースの肉のハンバーグ買って来て、あれ美味かった」

 一郎が懐かしそうに言った。

「え〜っ? 私たちもムースの肉のハンバーグに林檎ジャムソース、美味しかったです」

 麻美が言った。

「話が尽きないなぁ。なんか飲み物追加してくるよ。同じものでいい?」

「あっ、私、カシスにして下さい」

 具麻が言った

 五郎は具麻もリキュールにしたのがとても嬉しかった。

「具麻さん、旅行の続き話して。僕も同じところ沢山行ってるから凄く楽しいよ」

「じゃぁ花岡先生も聞かせて下さいよ」

「うん、次回ね。具麻さんの地球の歩き方をコースで聞いてから」

 五郎は本当に楽しそうに言いながら具麻を促した。

 

「そうだ、ハンガリーも行ったわ。

 ブタペストは東欧のパリって言われるだけあって美しかったわ。

平地と丘や谷の地形や川にかかる沢山の橋とか建物の景観が素晴らしくて『ドナウの真珠』とか『ドナウの薔薇』とかって言われてるわけがわかった気がした。

ドナウ川の流域国って十カ国もあるじゃないですか」

「えっ? そうなんだっけ? あらためて言われると驚くね」

 一郎も身を乗り出した。

「そうらしいわ。だから流域の主な都市っていったら二十を超えてるわけでしょう? その中でもっとも美しいっていうことでしょう? すごいよね。

イヴァノビッチの『ドナウ川のさざ波』すごく好きで、ブタペストの景観とオーバーラップした時に、近鉄名古屋駅の四番五番のホームが脳裏をかすめて払っても払っても」

「あっ、そう言えば発車のあのメロディー」

五郎は爆笑した。

「オーロラは? ここんとこ毎年ってことはユッカスヤルビだけじゃないんでしょう? 僕達もここだけじゃなくあちこち行った」

 一郎が言った。

「そうね、ドゥンドレッドとか、ノルウェーのスヴォルバーやモッツンドとか。アビスコとか、山口さんたちは?」

「一番多いのはアビスコだけど、王様の散歩道の始点っていうか終点っていうか、気温が低いけど風が無いからあまり寒さを感じないよね。

あそこが一番晴天率が高いっていうから」

「そっか、じゃぁ今度はアビスコを集中的に攻めようかな?

あ〜、なんだか氷の中にいることが慢性化しちゃって寒いイメージさえ感じられなくなったけど、ここって何時まで営業してるんですか?」

「確か午後一時から午前一時までじゃないかな?」

 五郎が言った。

「そろそろ十二時になるし、」

 具麻がポケットの中の時計を見ながら言った。

「遅くなったね。具麻さんの話が面白くて時間を忘れてたよ」

五郎の笑顔に具麻は一瞬ドキッとした。

そして、いつまでも話していたいと思った自分の気持ちに驚いたし、男性とこんなに打ち解けて心を許して話をしたのは初めての気がした。

 

「それじゃ、またご縁があったら」

「そうですね、またご縁があったら」

 四人はそう挨拶を交わして別れた。

 

 その時の具麻は、またすぐに会えるような気がしていたし、

 五郎と一郎も同じようにまたすぐ会えそうな気持ちを抱きながら別れた。

 

 部屋に帰ってシャワーを浴びてゆっくりベットに横たわると、十二時を回っていたが、天窓からオーロラが見えて、具麻も麻美も興奮してしばらくは眠りにつけなかった。

 この日のことは何年経っても忘れずに思い出す一番楽しい思い出になった。

 

 

 『アビスコでも会えないの?

 

具麻と麻美は、あれから更に四年もアビスコに足を運んでいるというのに、一度も五郎や一郎と会うことはなかった。

「お姉ちゃん、もっち私は充分に楽しいのよ。こうしてコテージからタクシーで買い物に行ってさぁ、気楽に好きな物作って食べて、夜はオーロラに興奮して、

 秋に来た時も楽しかったよね。黄葉が綺麗で、キノコやコケモモやチキンベリーに心驕らせて、自然の中に咲く花ってほんっと可愛かったよね

 そうだわ。乗った車両に古いオリエント急行の食堂車があって興奮したよね」

 具麻は麻美の話を聞きながら、その光景を思い出して感傷に浸っていた。

「で、何が言いたいって、あれから四年だけど、やっぱ二度会ったのは奇跡だったんだね花岡先生とお姉ちゃん、似合ってると思ったのに」

 珍しく反論もせずに具麻は黙っていた。

 そして、ポツリと呟くように言った

「花岡五郎、もてそうだもの。とっくに結婚したでしょう」

「ん? なんで急にフルネームなわけ? おっ、お姉ちゃん! オーロラ!」

 窓から外を眺めながら話をしていた麻美が突然大声で叫んだ

 具麻は返事もせずに防寒着を着て、カメラを抱えた。

 麻美も慌てて着こんで三脚を持った。

 

「お姉ちゃん。やっぱ感動だね。旦那には飽きてもオーロラは飽きない、ってお姉ちゃん言ったよね。よくわかるわ」

「おいおい、もう飽きたのかい?」

「まさか、たとえばの話よ。っていうか、最近好きは好きなんだけど、トキメキはないね。そろそろ子供でもと思ってる」

「でしょう? オーロラはどうだ? 飽きないでしょう? でもそうだね〜 麻美もそろそろ子供欲しいよね」

「オーロラは最高。なんか俗世間のことが馬鹿馬鹿しく思えるもの。

 一度くらい旦那も連れて来ようかな?」

「そうだよね。私が結婚したら、お互い旦那と来ようよ。春馬君も感動すると思うよ」

「どうしてもお姉ちゃんが結婚してからなのね。『婚活』パーティでも参加したら? そうじゃなかったら花岡歯科医院に押しかけたら?」

「私の結婚の条件。オーロラの写真を撮る時、アシスタントを引き受けてくれる人。これだね」

「あんの、やっぱ花岡先生が良くない?

あぁ〜〜! こんな素敵な空を見て、男の話はないよね。

 ねぇお姉ちゃん。私達いろんなオーロラ見たねぇ」

「うん、さ〜っと一面に広がるのが多かったけど、カーテン状になってるのは興奮したよね」

「うん。もっと興奮したのは渦巻状のやつ」

「あれ見た時はほんっと興奮しまくりだったね。でも、箒で掃いたようなこういうのも好きなんだ」

 

  これが二〇〇八年の冬・・・

  

 

  『かりんとうと歴女

 

 二〇〇九年の雪融けのころだった。

「『北の大黒柱』? 面白い名前。お母さん、このかりんとうどうしたの?」

「習い事で一緒の人が札幌のお土産だって買って来たんだけど、堅くて誰も歯が立たなくて、三袋も持ってきたんだけど、みんな辞退するもんだから、母さんが一袋貰ってきた。具麻堅いやつ好きでしょう」

 母の早智子は笑いながら言った。

 具麻は冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、早速袋を開けて真っ黒なかりんとうをかじってみた。

「やだ、全然平気じゃん」

「やっぱりね〜、でもこれ、誰も噛めなかったんだよ」

「なんだっけほら、『あかだ』と『くつわ』だっけ?

 近いうちに買ってこようっと。なんか無性にもっと堅いやつ食べたくなった」

「調子に乗らないでよ。そんなものかじってないで男でもかじっておいでよ。

 あんた会社でもお局なんでしょう?」

 早智子は真面目な顔で言った。

「一言多い。かじりたい男いないし」

 具麻は聞こえないような小さな声で呟いた。

 

 具麻は週末になるのを待って、津島神社の前の三軒の店に向かった。

 もちろん『あかだ』と『くつわ』を買うためだ。買って来た六袋は、どうせ誰も歯が立たないだろうと思い、全部自分の部屋に置いた。

 毎日自室にお茶を持ち込んで、何個か食べるのがとても楽しみになった。

 

 具麻は『あかだ』と『くつわ』の店の歴史などを調べているうちに、どんどんその頃の時代に引き込まれ、一人で津島駅界隈を散策してみた。

 週末にゆっくり歩いては、帰ってネットで調べる。

そんなことを繰り返しているうちに、自分も今流行の歴女になったような気がしてきた。

 加藤清正が幼少の頃にこの地で生活しただとか、織田信長の祖父などが出てきた暁には心が騒いで平常心ではいられなくなった。

『どうしよう、このまま歴史の世界にはまっていいのかな? この気持ち、やっぱ歴女状態なのかな?

そうだわ、彼女の店に歴女が集まるって言ってたな。どんなもんか覗いてみよう』

具麻は、オーロラ写真展を開催した友人の喫茶店に、最近、金曜日の夜になると歴女が集まって盛り上がっていると聞いたことを思い出した。

 

具麻は文庫本を持って友人の喫茶店に向かった。

もちろん文庫本は読む為ではなく、話を盗み聞きするためのカムフラージュグッズだ。

 

聞いていた通り、五〜六人の歴女らしい女性達が集まって、話が盛り上がっていた。

具麻は、背中合わせの席に座ると、文庫本に目を落とし、たまにページを捲る真似をして、耳は歴女たちのほうに向けて研ぎ澄ませていた。

 

「えっ? 愛内さんも真田幸村だっけ?」

「そうなのよ。心変わりっていうか、だってさぁ、津島家の士に『真田日本一』って言わしめたっていうじゃない。

 見事な武勇や兵の進退、敵からも讃えられて、遺品は髪の毛一本まで奪い合いになったって聞いたら、私も髪の毛一本なんて言わないから、一センチでも欲しいって思って寝たら、夢にまで出てきて、髪の毛三本もくれたのよ」

「きゃっ! 私に一本頂戴」

 歴女たちは爆笑した。

「ねね、私はお城に興味があって調べていくうちに、戦国武将にはまったんだけど、みんなは最初何から?」

「私は戦国無双よ」

「私はバサラ」

「私はごめん。前田慶次郎、パチンコ台よ」

「結構いるみたいよ。あれで直江兼続にはまった人とか、直江兼続は最近人気よね。天地人やってるし」

「なんかさぁ、ゲームとか漫画ってやたら顔やスタイルのいい男に仕上げてるでしょう? 実物の顔は絶対あんなに素敵じゃないよね」

「そうなのよ。それを考えるとね。

なんだか現実味が無くって、スターに憧れてる感じ?」

「私はね、多分幼稚園のころから歴史が好きだった気がする。

 三国志も好きで何度読んだか。もちろん漫画だけどね。でも、私に何か聞いてみて」

 得意になってそう話す女性に、皆矢継ぎ早に質問をしたが、彼女はすべて即答した。

 答えた彼女にも驚いたが、マイナーな質問を浴びせる歴女たちにも驚いた。

 具麻は。とても歴女の仲間入りは出来ないと思った。

「そうだわ、たしか新潟のお米で、愛のマーク入り、イケメン米が発売されたらしいわ。直江兼続のイラストなんだけど、漫画チックで可愛らしいのよねぇ」

「おコメに? 直江兼続は新潟だからね」

 

「私、やっぱ恋してる感じなのよね。この思いは。不思議だわぁ。奥村助右衛門様ぁ」

「わかるわ〜兼続様〜」 

 歴女たちはまた大声で笑った。

「ゆかりの地とかを散策してると楽しいんだけど、いくら思っても結ばれないのよね。この恋は」

「ぎゃっ、それを言っちゃ駄目。夢と希望を持って」

「う〜ん、いわば、『花男』の花沢類が好きってのと同じ?」

「違う。だって、実在してたんだもの」

「そうよね、ってことは、残り香を求めて歩くことは出来るってことよね」

「う〜ん、何百年も残り香がそこにあればの話だけど」

「いいのいいの、ゆかりの地ってだけで、残り香は感じればいいのだわ」

「そっか、何も鼻でくんくんしなくていいのよね。心で感じればいいのよね。今、キュンとしたわ」

「私さぁ、天地人のせいで俳優とオーバーラップしちゃって、そうなってくると非常に現実的な気分になって、そこらへんの男性に重ねてみたり。。。。」

 

『そこらへんの男性に? 重ねて?』

 具麻はなぜか花岡五郎のことが頭に浮かんでとても切なくなった。

『私、誰と重ねてるんだ? 石田三成? そうだわ、あいつはそんな感じかもしれない。歴女たちも理想の戦国武将を頭に描いて、恋をして、似たような男性が現れるのを願っているのだわ。

 でも、無理無理、っていうか、反対に戦国武将を買い被ってないかな? 武勇では確かに凄いけど、世が世なら、今の男性だって。

 そうだわ、花岡先生なんてきっと信長と兼続を足して二で割ったような。。。』

 具麻は突然本を閉じて店を後にした。

 

『どうしたものかしら? 私、歴女たちのように若くないし、回り道してる余裕は無いのだわ』

 具麻は静まらない気持ちを抱えながら家に帰った

『気持ちの整理しなきゃ』

『四年も会っていない花岡五郎がまだ独身でいるとは限らない』

『私はあれからずっと、あいつのことが気になっているけど、自分の気持ちに気付かないふりをしていた。好かれているかどうかわからないのに自分から連絡をする勇気はなかった。っていうかプライドが邪魔をしてた』

『花岡歯科医院は車で三十分の所にあったから、行こうと思えばいつでも行けると、なんとなく安心していた』

『そうよ! 私、どこかで安心していたのよ。

 オーロラを見に行けば会えるんじゃないかと思ったり、住んでる場所を知ってるんだから何とかなるさ、とか、甘かったわ。

 けりをつけなきゃ。

 あいつが結婚していたり、彼女がいたら、潔く諦めて、友達の喫茶店の『婚活パーティー』に参加しよう。

そろそろ結婚したいし。あぁ、やっと私もそういう気になってきたか。

 でも、どうやって取り入ろう。 

歯科医院の前で転んでみても、歯が折れないと意味無いし』

具麻はキルナのバス停で自分が乗るバスを見つけて走り出したとき、滑って転んで折角買ったキャンドルを割ってしまったことを思い出した。

『まっ、転んだってあんな結果になるのがオチだろう』

 具麻はおもむろにパソコンの机の引き出しから『あがた』を取り出して、口に放り込んだ。

「いてっ!」

 ガリッと噛んだ瞬間に激痛が走った。

「なにこれ〜〜〜っ! やばいよ、差し歯が取れたよぉ」

 歯には自信があった具麻は、全部が治療もしたことの無い自分の歯だ。

ただ一本だけ右上の奥のほうに差し歯があったのだが、それが取れたのだ。

「待てよ、歯医者に行ける?」

「わぉ! やっほ〜〜!」

 具麻は痛みも忘れて奇声を発して飛び上がった。

 

「どうしたのよ」

 早智子は息を切らしてノックもせずに具麻の部屋に飛び込んできた。

「かあさんこそ、どうしたのよ」

「あぁ良かった。無事なのね。奇声を発するんだもの、何事かと思ったわよ。どうしたのよ。何があったの?」

「あっ、見て、差し歯が欠けたっていうか、取れたの」

「何をしたの? ぶつけたの? ん? あがたで?」

 早智子は机の上の『あがた』の袋を見つけて言った。

「そう、思い切りかじったら、ボロって感じで、明日にでも歯医者に行ってくるから」

「うんそうしなさい。あぁ驚いた。あんた痛いんでしょう? なんだか嬉しそうね。変な子ねぇ」

 早智子は苦笑しながら居間に戻った。

 取れた歯を良く見ると、すっぽり抜けただけで、体に差しさわりのないアロンアルファでもあれば解決しそうな感じだが、

これで大きな顔で歯医者に行く理由が出来たと思うと嬉しさを堪え切れなかった。

 

 具麻はすぐに携帯から花岡歯科医院に電話を入れた。

「営業時間が終了いたしましたので。。。」

 具麻は最後まで聞かずに電話を切った

『だよね、夜なのも忘れてたわ。明日、朝一で予約して、夕方仕事が終ってから寄ってこようっと』

 具麻は心が弾んでいた。

 

 夕方六時半、具麻は歯科医院の待合室の椅子に座っていた。

 掲示板に担当医の名前が書かれていたが、五郎は午前中だけで、午後は山本先生と書いてあったし、六時からは『花岡充先生』と書かれていた。

『そっか、まさかそこまで考えなかった。

 担当医、そうだよね、でも、初診なのに担当医を指名するのも変だし。

冴えない先生ならいざ知らす、あの五郎先生が相手じゃ、下心ありありがバレバレだし。 

歯医者って、一度その先生に決まるとずっとその先生が担当だったっけ? 

 そんなことより、こんな治療、一回で終りそうだし。他に虫歯もなけりゃ、綺麗過ぎて定期健診もいらないだろうし。あぁあ』

 具麻は意気消沈していた。

『いいや、考えてみたら好きな先生の前で大口開けるのも恥ずかしいし』

 具麻はやっと一つだけ良いことを見つけて自分を慰めた。

「白鳥具麻様、五番にどうぞぉ」

 名前を呼ばれて具麻は五番と書かれた場所に行き、バックをカゴに入れて、椅子に座った。

 六十代くらいの白衣の男性の姿が見えたので、本日担当の五郎のお父さんの充先生だな、とすぐにわかった。

 看護師が歯磨きの説明をして赤い薬を塗った。うがいをすると殆んどの赤い色は流れ落ちた。

少しだけ磨いて鏡を見たら、赤い色は全く無くなった。

「はい、綺麗ですね。では、椅子を倒します。先生がいらっしゃるまで少しお待ち下さい」

 具麻は真っ白な天井を見ていたが、手持ち無沙汰なので目を閉じていた。

 

「どうされました? 歯には自信があったのにねぇ。歯医者さんに世話になることはないっていうから、会えないと思ってたよ。なんでこの差し歯が取れたんですか?」

 具麻はあまりの驚きで頭がパニックになっていた。

『今なら何を言われても怒んない。何を言われても嬉しい』そう思うと涙が滲みそうになり、必死で堪えた。

 ちょっとだけ目を開いてみたが、恥ずかしかったし、五郎は大きなマスクをしているので、顔は良くわからなかった。

「あの堅い『あがた』をガリっとかじったらボロッと取れたんです。

 あの、担当は先生じゃないはずじゃ」

「ですよね」

 五郎は嬉しそうに言った

「五郎先生は私たちの憧れだったんだけど、何年か前から好きな人が出来た宣言してね。『オーロラの彼女』なんですって。

で、今日の昼にご自分が上がる時に予約のリストを見て、

『六時から俺も手伝うよ』って言い出して、

 どうしたんですか? って聞いたら『オーロラの彼女だよ』って言うじゃないですか。

 普通の名前だったらわからなかったみたいだけど、変わった名前であるにしても、予約の名簿を見てすぐに見つけたんだから五郎先生も重症ですよね」

「おいおい、何でもかんでもばらすなよ。

 それにしても君が変な名前で良かったよ。っていうか、本当は変だなんて思ってないよ。素敵な名前だと思ってる。

 はい、治療終了。もう歯医者に来なくていいよ」

 五郎は笑いながら言った。

 具麻は凄く悲しかった。

『看護師が言った言葉は嬉しかったし、五郎も好きでいてくれたんだと思ったのに、もう来なくていいってどういうこと? 

しかも、その言い方あんまりだわ。冷たすぎる。そうよね、あいつは最初から冷たい男だったのよね。

 氷点下の町で芽生えた私の恋は、やはり冷たくされるのが似あってる』

 精算を済ませると、車に乗り込んでエンジンをかけた。

 追いかけてきてくれるんじゃないかと後を振り向き期待をしたが、それもなかった。

 

二〇〇九年 五月のことだった

 

 

  『オーロラの恋

 

 あれから二週間、五月も終わりに近づいた。

具麻にとって、五郎が治してくれた歯を触ると切なくなる日が続いた。

 

具麻の携帯が鳴った。登録していない番号だが、長く鳴っているので出てみた。

「はい」

「白鳥具麻さんですか?」

「そうですけど」

「花岡です」

「花岡先生? どうしたんですか?」

「どうしたんですか? ってつれないなぁ、デートに誘おうと思ってるんですけど」

「えっ? デート?」

「嫌ですか?」

「いいえ、嫌じゃないです」

 具麻は慌てて首を振った。

「じゃ、君がオーロラ写真展をやった喫茶店に明日の夜七時でどう?」

「オーロラの写真展をやった喫茶店、知ってるんですか?」

「積もる話も、聞きたいことも、全部会ってからにしよう。

 じゃ、明日」

「わかりました」

『なんか、完全に主導権握られてた。

私、もっと凛とした女なのに。いや、凛とはしてるのよ。でも、なんだか一方的に言われるがまま』

 いろいろ不満を言っているのだが、具麻は顔がほころぶのを抑えることが出来なかった。

 

「えっ? デート? 歯医者?

 具麻! 気合入れてねっ」

「何よ、母さん、やけに張り切ってるじゃない?」

「これが張り切らずにいられますか!

 いい? いい気になるんじゃないよ。生意気な態度とっちゃだめよ。しおらしく! あんたは本当は繊細な心を持った上品な女なんだからね」

「わかったって、お母さん、落ち着いて」

 早智子は具麻を大学受験に送り出した時以上に緊張して気合が入っていた。

 

 

 具麻は約束の五分前に店に着いた。

 受付で友人に五郎が何時に来たかを聞いたが、ほんの二〜三分前に来たという。

 

「こんばんは」

「待ってました。夕ご飯まだでしょう?」

「えぇ、でもここ、予約しないとディナーは出来ないんですよ。私、そう思って一応予約入れておきました」

「あっありがとう、ドジ踏む所だったよ」

 

「それでは只今よりショーを」

 店のマスターがいきなりコップとコインを持ち出してマジックショーを始めた。

 五郎は夢中になって見て笑った。

 具麻は前に何度も見たマジックだが、五郎が一緒なのでいつもより一段と楽しい気分で見れた。

 ヒモを使ったマジックも披露してくれて、五郎はとても喜んだ。

 すべて手作りだという料理を、店のママが次々に運んできたが、どれも五郎を唸らせた。

「本当に美味しかった。そうか、ここが具麻さんのオーロラ写真展の喫茶店だったのか」

「どうやってここがわかったんですか?」

「そうなんだよね。僕も迂闊で、すぐにわかると思って、四年前のアイスホテルでちゃんと聞けば良かったってどんなに悔やんだことか。

 名古屋と岐阜の喫茶店なんて山ほどあって、手がかりが掴めずにお手上げだったよ。

せめて場所をちゃんと聞いておけば良かった。とか、携帯の番号とかメールアドレスのどれか一個でも聞いておけば良かったってすごく後悔したよ。

 っていうか、俺、花岡歯科医院ってわかってるんだから、具麻さんのほうから連絡くれると思ってた。

 いい気になってた、って反省したよ。

 四年も待って、毎日予約の患者さんの名前を見てた。ひょっとしたら、歯の検診にでも来てくれないかな? って僅かな可能性に期待して、でも、具麻さんは歯が欠けなかったら来てくれなかったんでしょう?」

「そうよね。でも、私も北欧に行けば会える気がしてたの。二度会ったのは奇跡で、お互いにいつ行くかもわからないのにね」

 具麻は歯が欠けなくても、何とかして会いたいと思っていたとまでは言わなかった。

「そっか、俺達ここんとこカナダのイエローナイフにばかり行ってたんだ。それじゃよけいに会えるわけないよね」

「カナダの方が素敵だった?」

「いいや、特に女性は北欧の方がいいと思う。

 北欧は泊まるところから歩いてオーロラを見に行けたでしょう?

 カナダは車か雪上車だからね。

 それにオーロラが出る時間帯が、北欧は六時頃からせいぜい深夜の一時ころでしょう? 

カナダは深夜0時から四時頃が多いんだ。

それと、北欧の場合、ラストチャンスが機上であるじゃない。

あれが北米じゃ望めない。

ただ、最初にカナダに行った時に赤いオーロラを見たもんだから、興奮して調子に乗って行き続けたんだ。

でも、あれは奇跡だった。あれ以来毎年行っても殆んど緑ばかり。

 

カナダ最北の街ってのも、極北料理ってやつもなんとなく男らしいっていうか、そんな感じしない?

そうだ。オーロラキャビンのチャウダーとパンがメッチャ美味かった」

「やだ。イエローナイフに行きたくなった」

「そう? 今度行こう」

 五郎がさり気なく言った一言に具麻の心は躍った。

 

「そうだ、なんでここがわかったの?」

「そうだ、その話だよね。

 あの日、予約客のリストの中に具麻さんの名前を見つけたときは舞い上がっちゃって、あの通り、看護師達にバレバレだった。

『おっ! オーロラの彼女がとうとう現れた。

六時半から予約の白鳥さん、僕のオーロラの君だから、僕の担当ね。六時にもう一度入るからよろしく』って浮かれて言っちゃって」

「なのに、治療は、はい終了、後は来なくていいって、永遠の別れみたいに」

「そう? 僕としては具麻さんの住所も携帯の電話番号もゲットしたんだもの、余裕だったんだよ。

一日も早く会いたかったんだけど、あれから医師会とかで忙しくて、ちょっと夜は時間が取れなかったんだ。

で、先週車で走ってるときに、具麻さんちの住所はこの辺だなぁって思って、電気屋さんがあったから、車止めて入ってみたんだ。

 今時町の電気屋さんでテレビを買う人は少ないかもしれないけど、自分の部屋用に小さい地デジのテレビを買って、

『白鳥さんに紹介されて』ってちょっとドキドキしながら作り話をした」

「まぁ、面白すぎ」

「そしたら、店のご主人が、『奥さんに紹介されたんですか? 旦那さんにですか?』って聞くから、具麻さんにですって答えたら、中から奥さんまで出てきて、僕のことジロジロ見て、ニヤニヤして、

『向かいの具麻ちゃんの彼氏?』

 って聞くから、俺も調子に乗って『えぇ、まぁ』って答えちゃって、

『具麻ちゃんもすみにおけないわねぇ、ねぇあんた』とか大騒ぎ。 

ご主人も『いや、ほんっと嬉しいよ』ってえらい喜びようだった。

具麻さんがご近所でも可愛がられてるんだなぁって思ったら、僕は絶対具麻さんと結婚したいって思った。

それに『向かいの具麻ちゃん』って言うんだもの驚いたよ。

そうそう、ご主人が、

『小さい頃から見てるからねぇ、娘みたいに思ってるんだ。

ガラスに突っ込んで大怪我した時も、俺が車で病院に運んでやったんだ。どうやって突っ込んだもんか、細くって折れそうな腕とか、血みどろだろ、あの時は俺の心臓もバクバクだったよ。優秀な子なんだけど、時々ドジするんだよね。それがまた可愛くてね』

って言って、

『まぁあんたったら、余計な話まで』

 って、奥さんがご主人のお尻をバシッと叩いて、もう、蜂の巣をつついたみたいに大騒ぎで歓迎されて、なんだか嬉しかったよ。

『あの、今日来たこと内緒にしてくださいね。

 僕の口から「行ってきたよ」って行って驚かせたいので』って口止めしてきた」

「まぁ、小父さんたちよくも黙って」

「だって、ばらしたら返品するって脅したもの。そしたら「お客様は神様、約束は守ります。苦しいけど」って笑ってた。

 でも、それで具麻さんにはまだ彼氏いないな、って確信した。すごく嬉しかったよ。

 そうそう、それでね、

『僕もオーロラの写真撮るのが趣味なんですけど、具麻さんには叶わないんですよ。

彼女オーロラ写真展も開いたくらいですものね』って言ったら、店の奥さんが

『あぁ、あの時私も行って見てきたよ。具麻ちゃんがねぇ、って感心しちゃったよ。

あの喫茶店、最近『婚活パーティ』ですっかり有名になっちゃってるね』

って言ったから、帰ってからネットで調べたらすぐにヒットした。

電気屋さんには感謝!」

「そうだったんだ」

 具麻はやっと謎が解けて、電気屋さんの小父さん小母さんに心から感謝した。

 

「料理、美味しかったね。これからどっか飲みに行かない?」

「うん、あまり飲めないけど」

 

 五郎はインテリアがとても素敵な店を知っていた。

 具麻はそれも凄く嬉しかった。

「アップルジュース? カシス?」

「覚えててくれたんだ」

具麻は感激した。

 

「私も同じカクテル飲んでみようかな?」

「おっ、嬉しいな」

「こんな質問何だけど、花岡先生はどうして今まで独身だったんですか?」

「花岡先生ってのやめて、五郎さんって呼んでくれないかな? 親父も花岡先生だもの」

「そっか、わかったわ。で?」

「それを言うなら具麻さんも教えてよ。独身でいたわけを。

 僕は大学の卒業旅行で。一郎と南アフリカのケープタウンに行って喜望峰とかナマクワとかヴィクトリアの滝とか回って、具麻さんと同じコースかな? あれから海外旅行にはまって、カメラをぶら提げてあちこち地球を歩いたんだけど、

ある年にたまたまノルウェーでオーロラを見たんだ。春だったからオーロラを見ようって出かけたんじゃないんだ。

オーロラ、イコール冬じゃなかったんだって驚いた。無知だった。でも、凄く感動して、

どうしても冬のオーロラを撮影したくなって、それからはなぜか冬だけ北欧に通った。

 そうなると、興味がそっちに行ってしまって、他にも趣味が一杯あるし、女性とデートしてても時間が勿体無く感じて、

 四年前に具麻さんたちとアイスホテルで喋ったのが凄く楽しくて、やっとそろそろ具麻さんのような女性となら付き合ってもいいかな? って思った。

 

 ところがあの次の年に、一郎に『カナダやアラスカに行ってみよう』って誘われて、一年目は連れられていった感じ。

でも、さっきも言ったように赤いカーテンを見たもんだから、もう病みつき。

 あの、こんくらいで他の女性に興味なかったってわかってくれた? 具麻さんは?」

「私も似た感じかな? 結婚したらオーロラを見に行けなくなるって思ったし、歴史を探る旅も出来なくなるって思ったし、

映画には行けても、趣味が合わなかったら嫌だな、って思ったし、

自然を愛でる旅も、小さな山野草を見つける旅も出来なくなるって思ったし、こじゃれたお店でランチとかも出来なくなりそうって思った。

それを全部引き換えにするほどの男性がいるわけないでしょう?」

「そっか、引き換えにするほどの男性が今まで現れなくて良かったよ。

じゃぁ、全部僕と一緒に行こうよ」

「嘘でしょう? 五郎さんなら、オーロラだけでいいわ。

ねぇ、オーロラっていつから発生していたっていうか、見れたんだろう?」

「いつからだろうね。地球が誕生した四十六億年まえにはあったんだろうかね。太陽風と地球の磁気圏があれば現象が起きる条件は整うんだものね。

 地球って大きな磁石なんだ、ってあらためて思うよね。

地球だけじゃなく火星とか他の星でもオーロラは発生するらしいしね」

「そうなの? そうだよね。考えた事なかったけど、

誕生した頃の地球ってどんなだったんだろ?」

「地球には巨大な隕石がバンバン激突して毎日何千個も降り注いで、地球はどんどん大きくなって、激突の瞬間発生した熱でが岩石が溶けて水は水蒸気になって二酸化炭素と一緒に大気を作ったでしょう。

 で、大気が大量の熱を閉じ込めてしまったから地表は千数百度以上になったんだ。

地球は火の玉状態だよね

 地球の成長が終ったら地球の温度が下がり始めて、そのころに大気中に漂っていた膨大な量の水蒸気が厚い雲になって激しい雨が何万年も降り続いて海が出来たって」

「今の温暖化だとか豪雨なんてもんじゃないのね」

「うん、そうだよね。七億年くらい前には地球の温度が低下して凍ったしね」

「人類が誕生したのは五百万年前でしょう?

 地球の歴史からみたらほんのちょっと前って感じよね」

「そう、ついこの間、って感じだね。何億光年輝いてる星にだって寿命があるんだし」

「あっ、母がよく歌ってる。下手な英語でサンキューフォーユーカインドネスとか」

「あはは、お母さんも面白いんだね。僕はその歌コマーシャルで聞いて、歌詞が気になった。まさにその通りだものね。

 地球が誕生する前にも寿命を終えて爆発して消えた星もある。太陽が出来る前に一生を終えた星もある。

 太陽の寿命知ってる?」

「知らない。何歳くらい?」

「百億年くらい。今は半分過ぎたあたりらしいよ」

「気が遠くなる長さだね。人間はどこまで命を繋いでいけるんだろう。太陽が無くなったら人間は生きていけないんでしょう?」

「そうだね、暗黒の世界になってただの冷たい星になるだろうね。

 その前にあと三十億年後くらいにアンドロメダ銀河と僕達の銀河が衝突するらしいよ。

そういう避けられない絶滅は仕方がないよね。でも、人間が自分達で招いた危機で絶滅したら残念すぎるよね」

「私もそう思う。何もかもが発展しすぎたと思う。もういいんじゃない? 昔に戻ろうよ、って思っても、それは無理なのかしらね」

「大昔に戻ることは出来ないと思うけど、出来る範囲で地球に優しくして生活しなきゃね。

 なんかメチャ嬉しいよ。こんな話が出来る女性がいるとは思わなかったよ」

「こんな話をしてくれる男性がいると思わなかった」

「宇宙のスケールは気が遠くなるほど大きくて、人間って宇宙から見たらナノよりはるかにちっぽけかも知れないけど、具麻さんはどんな気持ちで生きていきたいと思ってる?」

「ちっぽけだし、宇宙の星の寿命と比べたら、人間の寿命なんてナノより小さなレベルなんだから、何も悩むことは無いって思う。

 オーロラ見ただけでもそう思えるのに、宇宙のことを思ったら、何を小さなことでくよくよしてるんだ? とか、隣りの婆さん三億円当たったからってそれがどうした?、って気になる」

「隣りの婆さん、三億円当たったの?」

「たとえばの話よ」

 具麻と五郎は爆笑した。

「だからね、どんな出来事が起こっても、なんとか良く解釈出来ないかな? って考えて、毎日目いっぱい明るく楽しく、笑って生きていこうと思ってる」

「おいおい、そうであって欲しいなぁ、っていう僕の願いと全く同じ。具麻さんは繊細だからそこに行きつくんだよね。今、すごく感動してるんだけど」

「五郎さんもそうなの? どんなことが起こっても、いつもオーロラみたいな、宇宙みたいなでっかい広い気持ちで、笑って楽しく暮らして行こうって思ってるの?」

「マジでそう思ってる」

五郎はそう言うと、具麻の耳元で囁いた

「抱きしめたいよ。具麻」

 具麻も五郎の耳に囁いた

「呼び捨てにしたね。ありがとう。抱きしめられたいよ」

 五郎はニッコリ笑って、カクテルグラスを小さくカチンと合わせた。

 

「具麻さん映画が好きなの? さっき、結婚したら映画も見れなくなる、って」

「そうなの、映画観賞も趣味なんです」

「どんな映画が好き? 最近見た映画は?」

 具麻は最近見た映画を思い出しながら題名をたくさん言った。

「やっぱり、具麻さんは繊細で優しい人なんだね」

「なんでそう思うんですか?」

「僕も全部見たから」

「えっ? 嘘でしょう?」

「嘘じゃない。実は映画も大好きで週に一度は劇場に行ってる。申し訳ないけど、実は、歴史を尋ねる旅も趣味」

「嘘でしょう?」

「だから、嘘じゃないって」

「自然を求める旅も、小さな花を見つける旅も、ついでにこじゃれたレストランでの食事も、全部好きだよ」

「うっそぉ」

「何度も言うけど嘘じゃないって」

「趣味が合い過ぎってどうなの?」

「そうだね、年がら年中べったりの仲のいい夫婦になるんじゃない? でも仕事中は別々だし、問題ないよね

 っていうか、具麻さんの趣味、大抵の人がいくつかは同じ趣味持ってると思うよ。いい趣味してる趣味だもの」

「いい趣味してる趣味? あはは、なんか面白いわ。

あの、聞きにくいんだけど、私のこと」

「愛してます。すごく」

「あの、すごく嬉しいんだけどいつから?」

「う〜ん、八年前に見た時は、具麻さんはカメラのことばっかりで僕達の顔も見てくれなかったなぁ。

でも、次の日、僕はいい場面を見ちゃったんだ。

 具麻さんが氷の上を

『波の形のまま凍ってる〜掴まえよう』って叫んで、五回も転びながら歩いて行くのを。

 あれを見て案外面白い人だなぁって、あの時から興味あったのかなぁ」

「え〜っ? も〜ぉ、最悪」

 具麻は五郎の背中を叩いて苦笑した。

「で、四年前、やはり男性に興味がなさそうな態度の具麻さんと話すのは結構楽しかった。

 こう見えても僕はわりにもてるから、女性にあんな風に気の無い態度をされたのは初めてで、余計気になった。

 それから四年はただ待っていた。待ちくたびれてそろそろ僕も限界だったよ。

 諦めなきゃな、って思った矢先だったんだ。

 でも、病院の待合室に座っていた具麻さんを覗き見て驚いた。

 こんなに細い人だと思わなかった。

 考えてみたら、二回とも防寒着で着膨れだものね」

 具麻は噴出した。

「まぁ、私は花岡、あっ五郎さんが着膨れしてても、中肉中背って容易に想像できたわ」

「そっかぁ、想像すれば良かったんだ。そのまま受け入れたよ。頭の中で脱がせるなんて悪いことしてるみたいで」

 具麻はまた爆笑した。

「ところで、聞きにくいんだけど、具麻さんは? 僕のこと。。。」

「好きです。多分四年前からずっと」

「良かった。ほっとしたよ。これでもすごく心配してたんだ。じゃぁ、僕と結婚してくれますか?」

「私と結婚してください」

「よし、こうなったら早い方がいい。あと三日もすればジュンブライドだよ。六月中に結婚しよう」

「そうよね、私達年だしね。婚姻届を出すだけでいいわ」

「そうしよう。で、結婚式は」

「別に式はいらないわ。オーロラの下で『愛してる』って言って欲しい」

「うん。オーロラの下で愛を誓うって約束する。具麻さんも言ってね」

「うん、もちろんよ。今まで結婚しないでいて良かった」

「僕もだよ。あっそうだ。電気屋さんにお礼言っておいてくれる?」

 具麻と五郎は声をあげて笑った。

 

                終り     BACK









目次
ユッカスヤルヴィ
アイスホテル
アビスコでも会えないの?
かりんとうと歴女
オーロラの恋
原稿用紙からのコピーなので読みづらいと思いますがご了承下さい