昔、五重塔の中に『火の丸』と呼ばれる一振りの名刀が納められ た。その刀には銘は無いのだが、天國の作とも鳥羽院の作とも伝えら れ、何やらいわくの付いた話が城下に流れ出した。何時の頃か、時の 殿様が和尚に申しつけてこれを見たという。その時のことを次のよう に語ったという。 『その太刀は細く全体にボンヤリと見える。 はばきに黄金をかけるが、鞘は白鞘。 白地金襴の袋に入っていた。』 その名刀『火の丸』に纏わる伝説とは次の如くである。 その昔、あるところの下男が、毎晩自分の居間で草鞋や草履を作っ ていた。小雪のちらつく冷え込むある晩のこと、主人はその下男の居 間から明かりが漏れているのを見て、仕事の案配はどうかと、何気な く中を覗き込むと、火の気のない居間の中が非常に美しく輝いて見え た。不思議に思った主人は下男に 『火もなく焚き火もない部屋で、お前が仕事をしていると言うのも不 思議なことだが、奇しくもこのように美しく輝いているとは・・・』 と問いただすと、下男は 『ハイ、私の所持しているこの太刀を抜いて部屋の隅に立てかけて置 きさえすれば、火も焚き火もいりません。不思議な光に部屋は明る く、暖こう御座います。』 と答えた。 主人は下男の手から太刀を受け取り、かざした。するとその刀身 は、眩いばかりの輝きを発し、その光明は四方を照らし出した。主人 はそれを名剣の徳と感じ取り、下男から譲り受け、尊敬と畏怖の念を 込めて『火の丸』と名付け側に置いた。そして、後に五重塔へ納めた と言う。
|