日記

(2004年12月~1月)

●●日記
  ロボット時代幕開け

2005年1月31日(月)晴れ、寒さ続く。全国的には大雪。

 どうも、HPの調子が悪く、リンクがうまくプロバイダーに送れず、日記2月のページが開けず、困っています。画像も送れないところをみますと、契約容量が限界を超えているのかとも考えています。プロバイダーからは、リンク先の指定が違っているといわれたのですが、文字は送れているので、そうは思うわないのですが・・・。  どな方か、教えていただければありがたいです。このまま、新しいページが開かない場合は、しばらくこのままのページで続けます。いずれにせよ、IBMのサポートセンターに相談します。相談して、一応、日記2月のページは開くようになりました。原因とどうしたら修正できるかについては、説明できません。これ以上は、私はついていけませんでした。サポート担当のお嬢様から「貴方ばかりにかかわることができませんので・・・」と、体よく断られました。やはり、HPは大変ですね。

 懐かしい方(女性、約20年ぶり、川崎市)から、HPを読んだ感想が届きました。最後に「私は最近、パソコンと語学に余った時間を使っております。特に昨年から始めましたスペイン語は講師から発音が素晴らしいと煽てられ、とてもいい気分で勉強しております。」

 「先日、秋葉原で自作人間型小型ロボットのレスリング会があるというニュースを見ました。私もやってみたいのですが、時間が足りません。」
 と、ありました。昔から才気煥発で、魅力的な女性でしたが、いまも、元気に活動されていることを知って、うれしく思いました。実は、2月12日の土曜日、京都の料亭で行われる会合で再会できることになっています。この会合については、いずれ報告したいと思っています。
  メールの中に「小型ロボットのレスリング会」のことが書いてありましたが、私は2004年のロボット世界大会でヒューマノイドクラスで優勝したチームのリーダーにインタビューしたことがあります。実は、このクラスの最終目標は25年後のワールドサッカーの優勝チームと、試合をすることだそうです。この大会は、日本人の発案です。いよいよ、ロボット時代到来ですかね。高齢者もロボットの手を借りる時代が来そうですね。



                                                 
2005年1月30日(日)曇り時々晴れ、寒気が流れ込み冷え込む。風強い。
 
 
直木三十五記念館オープン

 
谷町6丁目近くの商業施設のなかに直木三十五記念館を開設、今月24日にオープンした。直木三十五は大阪生まれの流行作家で「直木賞」にその名を残していますが、本人についてはあまり知られていません。建築家の六波羅一氏が代表になっている「からほリ倶楽部」(電話06-6767-1906)が空堀商店街界隈(この辺りは、先の戦争で空襲を受けず、昔のままの建物が多く、残っている)の町おこしの一環として文化施設をつることになり、記念館の開設となった。近くの榎木大明神のある榎木の大木のそばに直木三十五の文学碑があります。直木賞作家の藤本義一氏、難波利三氏らの協力を得て、充実を図って生きたいとしている。入場料200円。詳細は[陽明学・直木賞]のページに紹介したいと思っています。
 
 このあと、天王寺公園の大阪市立美術館に行き、館蔵の「中国書画名品展」を見に行きました。これは東洋紡社長を務めた阿部房次郎氏の「阿部コレクション」を中心に、北宋時代の書家である米芾(へいふつ)筆の重要文化財「草書四帖(そうしょしじょう)」、中国拓本に造詣の深かった岡村蓉二郎邸の中国金石拓本「師古斎コレクション」など、約100件を陳列しているものです。入場料500円。

 
 天王寺公園周辺には動物園、その向こうには通天閣があります。かつて阿倍野予備校に通っていたころより、町が美しくなった印象を受けました。近鉄百貨店も大変な人出で、難波よりさらに南に位置する天王寺には、大阪の新しい活力が生じているような思いがしました。



2005年1月29日(土)晴れ、最高温度14℃と、3月上旬の暖かさ

 「朋(とも)有り・・・・」

 「朋有り、遠方より来る、また楽しからずや」と論語にあるが、生駒山の向こうの奈良県だから、そう遠くではないが、友人Hさんがわざわざ拙宅の近くまで来てくれた。彼の話はいつ聞いても、新鮮で楽しく、役立つ。「家電メーカーのソニーや松下の利益率は2%前後程度ですよ。図体(売上げ)だけは大きいが、利益率が低すぎます。それに比べ、トヨタなど、自動車メーカーの利益率は高い。売上げも大きいのに、利益率が高い。家電の価格がどんどん下がる。消費者も下がると思っている。ところが、同じ消費者が、自分の自動車は高いことに誇りをもつ。オプションをつけてさらに高級感を求める。価格よりステータスを求めるので、カーメーカーの利益率はいいのです。」

 「家電メーカーでも、シャープのように、デバイス(電子部品)から一貫生産、しかも液晶技術、太陽光発電などに特化、集中しているので、同じ家電メーカーでも利益率が高い。驚くことに、量販店で見るシャープの液晶テレビには、『亀山産テレビ』(三重県亀山市で製造したテレビの意味)と、農産物のように、産地名をつけています。シャープブランドでなく、亀山ブランドになっている。すごいことですよ。」

 「結局、サラリーマン型社長は、問題の先送りに汲々として、本当にリスクをかけて冒険的な仕事をしない。その点、オーナー型経営者はすごい。シャープの町田社長も、そのタイプだからできたのであろう。」というのがHさんの結論だった。考えてみれば、青色発光ダイオードに取り組むこと事態、「お前、気でも狂ったのか」と見られ、中村氏自身も、了解が得られないと思いながら賭けにでた。「5億円出すよ」と日亜化学の創業者は答えた。「それと、米国へ留学したいのですが・・・・」と中村氏はダメもとで付け加えた。「いいよ」と、これも即決。サラリーマン型経営者なら「中村、お前、なにを考えているんだ。赤色発光ダイオードも儲からない上に、不可能と言われているものに手をだして、君と心中する気はないね」という所がオチであろう。
 
 ところで、いつも雑談する場所に悩む。本来なら、拙宅で会えばいいのだが、やはりたいそうに考えてしまう。相手もそうだろうという思いがするし、事実、そうである。最寄の駅周辺には、喫茶店もない。田舎のため、困る。そういう時は、近くの生駒山麓の公園の山荘に誘う。民間業者が運営するレストラン(月曜日は定休日)が1年ほど前に、開店したのでなんとか、間に合わせている。周囲に繁華街が無いのことは、環境面ではいいが反面、ちょっと、おやべりするときなどは、不便きわまりない。ただ、空気はうまいし、水とビールだけはいけるので、当分、お世話になろうと思っている。お近くに来られたら、ご案内しますよ。

 先日、名古屋へ行った時の新幹線について書きましたが、名古屋の知人からメールが届きました。
 「小生は大阪、京都へ行くときは<こだま>利用です。(空いているので・・)しかし、<のぞみ>が増発された影響で、名古屋から大阪方面の<こだま>は1時間1本になってしまいました。JR東海は東京に魂を売ったみたいです・・・。」
 なるほどと、思いました。JR東海にとっては、西より東が大事だから、当然といえば、当然なのでしょう。10年ほど前に、名古屋で世界の新幹線の関係者が集まって議論した会議に出た記憶があります。内容は忘れましたが、「日本のように過密ダイヤを組んでいるのに、欧米と比較して運賃が高いことが指摘されたようなことがあったように思う。」が、違っているのかも知れないので、いつか資料を取り出して調べてみよう。

 

2005年1月28日(金)晴れ、朝は冷え込みが続いたが、最高温度12℃

再び『人の値段ー 考え方と計算ー』

 友人から以下のメールが送られてきました。書かれたのは松山真之助氏(メールアドレスも記載されているので、問い合わせも可能だと思われます)で、まったく内容を知らず先入観なしに読まれた様子で、高い評価をされている。参考になると思い、転載します。

 【友人からのメッセージ】

 『人の値段ー 考え方と計算ー』」の書評が、以下のメルマガ(発行者 : Webook of the Day   松山真之助 ( hello@webook.tv )
発 行 : まぐまぐ  ID=   969)に載っていましたので、ご参考に転送します。
  対価の配分をロジカルに考える

●今日の一冊:【人の値段 ー考え方と計算】 >
   |著者:西村肇
   |講談社|2004年 10月
   |ISBN:4062124742|1,500円|254P

<本のひらめき>
 タイトルから想像すると人事部の人むけに賃金体系を解説する本かな・・?と思ってしまうが、実はもっと面白く奥深い話が展開する。本書は、中村修二氏(元日亜化学、現サンタバーバラ大学教授)の青色発行ダイオードに対価をどうみるべきか・・・というのがテーマである。

 青色発行ダイオードは、200億円支払い命令の判決のあと、上告の末、先日、2億円の和解決着をみた。中村氏は「完全に負けた」とインタビューで憤慨してみせた。中村氏の発明に対する対価はどう考えればいいのか・・・さまざまな報道や意見などを引用しながら著者の独自の論が展開する。

 中村氏勝訴、200億円の記事のあと、産業界や多くのマスコミは批判記事を書いたという。その状況にたいし判決を支持したのは、著者ともう一人だけだったという。 議論には議論をもって対抗すべきなのに、利害調整だけで運営される日本の風土、そんな利害調整人だけが出生する日本の風土を鋭く批判した・・という。このあたりの表現には、発明の対価に対する日本での議論の仕方からビジネス一般にまで敷衍して著者の憤りが現れている。断片的な情報だけで中村氏が起こした発明論争をみてはいけないようだ。本書は、そういう意味で多くの情報と論点を整理している。

 指揮者小澤征爾のギャラは700万円くらいだそうな。そして一般の指揮者は50万円程度。この差は妥当なのか・・・そんな検証もある。
 僕の一番興味を引いたのは、実は本文である青色ダイオードの発明ではなく、おまけにあった「バカの壁」の編集者に対する報酬の話。

 定価680円のこの本は370万部も売れた。この本は、養老孟司氏と親交のある編集者の企画だったという。口述筆記のこの本は、企画および編集というかなり重要な部分を編集者の仕事に負っている。著者は、この編集者がもらうべき対価として、1億5千万円をはじき出している。ここも面白い。

<僕の思いつき>
バーディーン、ブラッテン、ショックレー・・・この名前に見覚えのある人は工学部出の人だろう。トランジスタの発明といえば納得のはずだ。著者経歴をみるとなるほど工学部の教授。話の展開がなかなか理路整然としていて気持ちいい。
大成功したプロジェクトの利益にたいして、主に関わった人はどのくらい対価をもらうのがいいか、ロジカルに考えて計算してみるのも面白い。

<オススメ度>

   ★★★★★+対価

<読んで欲しい方>

   ・会社に貢献する発明をした方
   ・ものの価値を考えるのがすきな方
   ・すごいの発明するぞって方

<欲しくなっちゃった方は>

   ・アマゾン  http://tinyurl.com/5yz67
   ・楽天Books   http://tinyurl.com/6cagp
   ・Bk1   http://tinyurl.com/5nebg
   ・富士山コム http://tinyurl.com/g4qd 
以上。



2005年1月27日(木)晴れのち曇り、最高気温8℃

 今、最高の活気都市、名古屋

 昨日は、久しぶりに、所要で名古屋に出かけた。現役の頃は、新大阪から東京を往復することが多く、名古屋で途中下車することがほとんどなかった。今回、自宅から、京都駅まで1時間要するのに、京都から名古屋までは36分であった。大変近いことを改めて認識する。「ひかり号」なら56分かかる。もちろん料金は安いが、ほとんどが、「のぞみ号」で、これはJR東海の戦略に思えた。名古屋商法か。
 いま名古屋が一番元気だと聞く。地球博、中部空港など、ビッグプロジェクトが進行中だからだ。中部空港は旅客数が1200万人を予想している。関西空港1510万2千人と比べても、すごい数である。着陸料も1トンあたり400円ほど安いので、関西にとっては脅威になるだろう。社長はトヨタ出身、関西は松下電産出身ということで、今後の両港トップのの経営手腕が注目される。
 昨日は、駅前ビルにいたので、活気は体感できなかったが、帰りに寄った駅近くのビルの7階の居酒屋は6時30分の時間なのに、店は満員で、しばらく待たされた。「これが名古屋の活気だね」と、同行者は納得していた。

 
2005年1月26日(水)曇りのち晴れ、朝は3月上旬、午後は冬型の気圧配置で冷え込む。

 『人の値段ー考え方と計算ー』

 『人の値段ー考え方と計算』(西村肇著、講談社)を読んで、「すごい本」の一言である。恐らく、最近読んだ理科系の大学教授が書いたビジネス書では、畑村洋太郎著の『失敗学の法則』(文芸春秋刊)と並んで、双璧であると思う。ぜひ、読まれることをお奨めする。詳細は書けないが、思うところをランダムにメモ的に並べてみたい。これは青色発光ダイオードの真実を伝える貴重な本と言える。

1.まず、著者は理科系の人間はコトバによる争いを好まない。誰もが納得する論拠を示す。
1.2004年1月の東京地裁判決200億円に対して、世の中の大半が中村氏及び、裁判官を批判したが、西村先生はなぜなんだと、興味をもった。
1.その前に、新潟水俣病で「私のガリレオ物理=ニュートン力学などが始まる以前の物理学の手法」、を使って長年の論争に決着をつけた実績を持つ。
1.貢献度と発明の対価について「こうなんだ」という根拠を具体的に示す。
1.その過程で、プロ野球選手と監督の貢献度の算定、指揮者や教授の評価など、興味深い事例が示される。
1.スタンレー電気から日亜化学に移った元技師長(常務)小山稔氏が事実だけを書き留めた『青の奇跡』(日亜化学は出版停止を求めたという)を刊行、これが中村氏の貢献度のキーポイントとなる。
1.痛快なのは、もっとも厳しく判決批判した経済学者の都留重人氏、伊藤光晴氏らに真っ向から反論、中村氏を擁護した数少ない人である。
1.同氏が一番批判したのは、日亜化学と社長の小川英治氏である。
1.中村氏は特許申請をすべての協力者16名と連名で出している事実を知って、中村氏への批判は大きな誤解であることを指摘。彼の風貌はいいとは思わないが・・・とも。 

 普通、これだけの批判を公にすると、大変だと思われるが、非常に説得力があり、スカッとする内容である。もし、私も自分の考えをまとめる前に、この本を読んでいたら、とても書けなかった。ただ、私の思いと、方向が同じだったことに胸をなでおろしている。
結論は、本をお読みください。買う値打ちは十分、あります。




2005年1月25日(火)曇り時々晴れ、朝は冷え込むが最高気温12℃

 HP日記の楽しみと苦労

 HPに公開日記を毎日、書くことがこれほど、大変だとは思わなかった。題材が無い時は、休もうと思うが、内容より継続に意義有りと思ってはじめたので簡単には止められない。どこまで続けられるか分らない。それでも、うれしいこともある。友人、知人からの便りや、時には会って話そうという誘いの声がかかることである。
 昨晩も、読売新聞のOBで現在、関係会社におられる方と、久しぶりに居酒屋で杯を交わした。現役の頃は、ほとんど接触は無かったが、日記を読んでくれていて、NPO活動をはじめ、いろいろなことを聞かれた。また、先ごろ、「校閲できる人を紹介してほしい」と、WS西日本が依頼を受けたが、応募者がなくて役立たずに終わっていた。
 話はいつまでも続きそうであったが、最後に「ブログについて勉強会をしてほしい」と、提案された。わたしは、HPをやっているので興味がなかったが、どうも、ブログは簡単にコミュニケーションができるというので、いま、大変なブームのようである。このHPを見ている方で、ブログを教えてくださる方がおられたら、メールをください。
 



2005年1月24日(月)晴れ、朝は冷え込むが、午後は暖かい。明治4年の今日、郵便制度開始。
 
『迷ったときの聖書活用術』

 WS西日本会員の小形真訓さんから著書『迷ったときの聖書活用術』が届きました。小形さんとは、私が現職の時、小形さんが積水化学工業の広報部長の時です。同社の西澤社長(当時)と三人で楽しい会食したことを覚えています。その頃、小形さんが交野キリスト教会を1970に設立して、二足のわらじをはいたサラリーマン生活を送っていることを知りました。もともと小形さんはクリスチャンではなかったのですが、あることが転機(私の記憶が間違っていないなら)で洗礼を日本長老教会で受けたそうです。東京、仙台のあと、大阪本社の広報に異動された。そのころから、交野キリスト教会を夫婦と大学生三人で設立。

 教会の牧師の重要な勤めは毎日、日曜礼拝をすることです。これは、大変な仕事です。話す準備、そして日曜は会社の仕事は約束できない。部長と牧師という一見風変わりな二足が両立できるのか、相当,悩んだそうです。とくに、転勤命令が出れば、部長を取るか、牧師をとるかの決断が迫られたという。幸い、定年まで転勤はなかった。
定年後は牧師に加えて、執筆活動、水彩、油絵の会にも入り、多忙な充実した生活を送っておられる。

 さて、『迷ったときの聖書活用術』ですが、まず、聖書がこんなにおもしろく書かれたことに驚く。本の帯びに「聖書は元祖・ビジネス書」(これは、編集部がつけたもので、私の責任はないということだが)とあるように、小形さんのサラリーマン人生とダブらして書かれているので、興味深い。しかも、内容は聖書、宗教にその造詣の深さを感じさせる、重厚なものである。小形さんは「サラリーマン時代、聖書がこころの支えであった」と、述べておられる。
本の中から「聖書に基づく私の危機管理三原則」を紹介しよう。
1.どんな時にも逃げない。平たく言えば居留守を使わない。
1.いやな仕事、いやな相手を先にすませる。
1.今日の仕事を明日に延ばさない。
 ぜひ、悩み多き、サライーマン、とくに管理職、経営者は部下の内面を知るためにも、ぜひ、読んでほしい一冊である。





2005年1月23日(日)曇り、3~8℃
 
葬送の自由

 昨日の午後、市内で開かれた葬送の自由をすすめる会・関西支部主催の講演会に出かけた。概要をNET108ペ-ジに掲載newpage2 108NET.html へのリンク
 この会は、1991年に元朝日新聞編集員の安田睦彦氏が「自然の摂理に従う葬法を」と、旗揚げしたのがはじまりで、初めて相模湾沖で船上から散骨による自然葬を行った。明治以来の埋葬法で一定の場所(その多くは寺院または寺院が指定する墓所)に納骨することが決められた。ただ、散骨については特に、定められていないが、日本人の多くは、散骨を自由にできないと思ってきていた。結局、管轄する厚生省も法務局も「節度ある散骨(自然葬)は認める」ことになった。
 だから、葬送の自由をすすめる会が行ったことは、大変な反響を呼んだ。私は、あることをきっかっけに、葬送の儀を考えるようになった。その関連で講演を聴きに行った。詳細はNET108ペ-ジへ。

● 私どものNPO活動について支援いただいている西日本出版内山正之社長から最近、メールが届いた。地方からも売れる本(売れる本が必ずしも良い本ではないが、経営的には良い本である)をこうして作るんだな、とその書名等に関心させられた。一度、本屋でご覧になってください。

ー『超麺通団 団長田尾和俊と12人の麺徒たち』から2年。『超麺通団』シリーズの待望の第二弾、『超麺通団2 団長の事件簿「うどんの人の巻」』を昨年12月末発行いたしました。田尾和俊団長が満を持して書き下ろした、あんな事も、こんな事も満載の、のりと、つっこみ爆笑エッセイです。本書では、讃岐うどんブームの火付け役となった「恐るべきさぬきうどん」の前史となる、「TJかがわ」創刊から、笑いの文化人講座の立ち上げ、文化人が結集成熟し、麺通団が生まれるまでを、書き起こしました。また、第三章では、「恐るべきさぬきうどんANNEX」と題して、讃岐うどんブームを経て台頭してきた若手うどん打ちを紹介。さらに、巻末付録では、TJかがわに掲載されながら、ホットカプセル版の単行本「恐るべきさぬきうどん」にも未掲載の「ゲリラうどん通ごっこ」の原稿も掲載。もちろん最終回の原稿も掲載しました。徳島のタウン誌「あわわ」を描いた住友達也著『あわわのあはは 徳島タウン誌風雲録』と合わせて読むと、より一層、タウン誌の面白さも分かります。笑い好き、うどん好き、出版業界人、必読の本書をぜひお読みください。


2005年1月22日(土)晴れ、寒さ続く。
 
水道局への怒り

 家に居る時間が長いと、いろいろな人やチラシがくるのが分る。英会話(子供向け)教室への誘い、新聞拡張員、銀行の人、キリスト教の布教、新興宗教への誘い、クリーニングの宅配、自治会の幹部(葬式の案内)など、すべて付き合っていたら、たまらない。ほとんど、インターフォンで対応しているが、どうしても会わなければならないときがある。
先日も、「市の水道局から来ました」と、初老の男二人がやってきた。見ると、腕に市の腕章をまき、胸に身分証明をつけている。「計量法にもとづき水道メーターを取替えなければなりません。コンクーリートの拡張と新しいメーターを取り付けさせていただきます」という説明である。「いまのままでも、結構、よく見えますけどね。費用はどうなるのですか」と、聞くと、「無料です」という。「よろしくお願いします」と、返事をした。

 傍で聞いていた女房が「どこの建設会社かも言わなかったし、普通は事前に知らせてくるのと違うの?」と、終わってしばらくして私に詰問してくる。いつも、この時差が生じる。「なぜ、その場で聞かないんだ」と言いたくなる。
 それでも、心配になる。「工事の後、法外な費用を請求されたら・・・」という心配が頭を過ぎる。約束の書類はまったく無い。その昔、現役の頃、印刷工場で「消火器を取り替えます。本社の了解を得ています」という言葉に、早出の現場員が、確認せず了解してしまった。取替え後、サインまでした。後で、法外な請求をされ、警察に届けたが、だまされた方が責任だと、片付けられた経験があるだけに、女房と口論している場合ではないと、思い、すぐに市の水道局に電話を入れた。「そうですか、腕に腕章をつけていましたか。私どもが依頼している人です。お知らせのチラシが入っていませんでしたか?」と、冷たく答える。
 
 市の水道局には、下水道の件でも腹が立つことがあった。10年ほど前に、「下水道の工事にあたり、受益者負担金約40万円をお願いします」と、振り込ませた後、10年も経つ頃に、「工事にかかってもいいですか」と言ってきた。市の行政には納期という意識が無い上に、10年間も巨額の資金を温存していたら、利子だけでも相当あるはずだ。だけど、工事は家の敷地の角までで、そのあとのトイレまでは自己負担数十万円で業者に依頼しなければ、役立たずで終わる。「何回か、問い合わせにでかけたが、遅れています」というだけである。行政の仕事がすべてこうだとは思わないが、不信感を持ってしまう。小学校の同窓会で元市の職員の友人に会ったので、文句を言うと、「行政には、とにかく言わないといけないね」と、助言をうけたが、暖簾に腕押しでは、言う気力がなくなる。こんなことは、日常茶番事であるのだが・・・・。



2005年1月21日(金)曇り、時々晴れ。寒さは続く。
 
大阪に見るところ、あるの ?

 昨日は、久しぶりに官僚にインタビューした。雑談の中で、私が東大阪の住人と知って「大阪で全国区のスポットといえば<司馬遼太郎記念館>であると思うが、それにしては八戸ノ里の駅に案内の看板はないし、記念館までの道路もひどい。駐車場も3台しかとめられない」と苦情を言われた。通天閣、USJ、国立文楽劇場はすでに行ったそうで、「ほかに、見るところあるの?」と問われ、苦し紛れに海遊館のジンベイサメははどうですか」と、答えると、「沖縄でもどこでも見れる」と、一蹴された。「大阪には、どうしても見たくなるものがそう多くないね」と言うので、「東京にはありますか」と、反論すると「東京もないね」と、アッサリ認めた。やはり、大阪にしかないものをつくっていかないと、都市の魅力が薄れることだけは、確かである。司馬遼太郎記念館については、知人を通して東大阪市長に伝えてほしいと頼んだ。

 
府立中央図書館に予約しておいた『人の値段ー考え方と計算』が返却されましたという知らせが、携帯にあった。幸い、近くにいたので、すぐに借りに行った。この本の感想は後日、披露します。

●お知らせ:門真市民文化会館講演会 (京阪古川橋、22日土曜日午後3時、無料)
   「松下幸之助氏の志を語る」森下洋一先生ご講演
   ご希望の方は照会先:下間亘さん(エレガンス会世話人♪下間 亘♪ <swata@paw.hi-ho.ne.jp>)へメールしてください。



2005年1月20日(木)曇りのち晴れ、寒波再来。ゴミ出しの日。
 
青色LED訴訟雑感


 
青色LED訴訟が今月11日、高裁の和解勧告に日亜化学工業、中村修二教授、双方が応じ、決着した。特許も著作権同様、最後は和解しかないように思った。私見を「経営のページ、004」に掲載しましたので、一読いただければと、願っています。この1年近く、この問題に関心を持ってきた。ただ、会社側(一度、取材を申し入れたが、裁判中だったためか、返答がなく、実現していない)には、直接、意見を聞いていない。また、中村教授については、10冊近い著書、及び新聞、雑誌、TV報道を通じてのみ。一方、特許庁、その関係者、また、会社と中村教授をよく知っている大学教授、研究者らの取材を通じて、感じたことをまとめたに過ぎない。直接取材していないあたりの事情と背景を理解してお読みいただければありがたい。
 
 今回の和解後のTV放送を見ていると、会社側は「納得していないものの」としながらも、中村教授の敗北の記者会見と比較すると、明るいように感じる。今回の訴訟は、特許法を改正(この4月から施行)、35条の職務発明について、明確化した点と、企業における技術者の処遇、地位を上げる意味はあったのではないか。技術立国という国是のような理念がありながら、企業社会で技術者は低く見られてきた。企業のトップに就くケースは、創業者社長以外は、稀有である。官僚の世界でも事務次官には就いていない。技術者は管理能力に欠けるという通念が定着しているように見えるが、欧米企業は実力主義になっている。しかも、技術者はイチローや松井のように、社長より何倍も給料をもらっている人は、少なくない。今回の訴訟を機に、一部そういう動きを見せる企業も出てきたことは、中村効果であろう。彼我の差が大きいと、スポーツ界のように、頭脳流出は続くだろう。それも時代の流れと考えるべきかも知れないが、国益に影響する懸念があるし、日本も世界スタンダードになるべきだと考える。 

 ただ、発明もゴールド、プラチナ、ダイヤモンド級のエース級のものには、対価の規定は意味をもつのであって、並みの発明では、問題にならない。しかし、「50歳以上の技術者は不要」といって、リストラしながらトップ陣の待遇を切り下げない企業が少なくない日本の企業社会に対して、ある種の警鐘を鳴らした意義はあったと思いたい。




2005年1月19日(水)曇り時々、雨、3月上旬の暖かさ
 
定年後の備え

 知人で大手建設会社の部長から関係会社に移り、もうすぐ定年を迎えるH氏から「日記」(13日付)読んだ感想を頂いた。H氏は写真を趣味にもつ美人の奥様の手ほどきを受け、定年後に備えて、カメラにこりだしたそうだ。主に野鳥の撮影をしているとか。年初に送信してもらった「サギ」の写真は、玄人のような、すばらしい作品でした。個展を開かれるのもそう遠くないのではないかと、推察している。彼のメールを紹介します。
「こんにちは。
  1月13日の野鳥の話、楽しく読みました。  川原の石の収集という段では笑ってしまいました。  私も花、野鳥と、のめりこみ始めたところですから。  まさに、お年寄りの仲間に片足を一歩踏み入れたところです。  4ヶ月前までは、カラス、スズメ、ハトぐらいの認識でしたが現在35種類の野鳥を 撮りました。すべて、自宅の周辺の○○公園で。  身近にかくも多くの野鳥がいるとは、吃驚しました。  パソコンの画面で拡大すると色調がなんともいえないほど綺麗です。
  目下、今までに見えなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえ、感動です。」




20005年1月18日(火)曇り、少し寒さは緩む。
 
感謝の書状

 昨日は神戸・淡路大震災から丸10年が経つ。被災者の一人、大企業に勤務していた当時、60歳前後のNさんから感謝の書状が届いた。内容の一部を紹介する。
  「わが家も一瞬のうちに全壊しましたが、我々は奇跡的に一命をとりとめ、瓦礫の中からやっとの思いで這い出すことが出来ました。そして、その後の生活というものは、一時、文字通り苦難と悪夢の連続でありましたが、お蔭様で、今は何とか人並みの生活に戻れたように思います。
 あれから10年ー。このお正月に、子供たちがわが家に集まり、期せずして震災当時の出来事に話が及びました。その時、皆が一様に口にしましたのは、苦しい日々の中で、皆様から頂いた数々のご配慮や、暖かい励ましのお言葉でした。心の暗闇の中で、一条の光の先に見えたものは、いつも皆様方からのご好意でありました。そして、それによって、当時日常生活もままならぬ我々家族の気持ちが、どれほど癒されたか分りません。この新年に家族揃って話し合ったことは、すべてその事でした。」
 17日の被災者の追悼式典で遺族代表の挨拶をした女性は、「主人、子供二人を亡くし、いつも自分も早く三人の元へ行きたいという思いで絶望の渕にいたが、友人からの励ましの言葉と、主人が勤めていた会社も被災して苦しんでいたが、20年ぶりに職場に復帰できるよう、社長が手を差し伸べてくれたことで生きる力が得られた。これから輝く人生を歩みたい。」と述べた。人間、苦しい時にかけられる言葉は、まさに千金の値がすることを知る。「言葉」は本当に、すばらしい。
 当時、東京から異動して幹部職の任にあった私は、神戸支局が被災し、移転しなければならなくなったので、神戸の地に何回も足を運んだ。現地で九死に一生を得た人々の話を聞き胸を打たれた。
 今日は5年ぶりの運転免許証更新で最寄の警察署に運転手の女房につきあった。5年間で1回、駐車違反(転居の日で油断)していたため、1時間の講習を受け、一ヵ月後、青色の免許カードを渡される。更新手数料2,250円と講習手数料1,050円計3,300円也。



1月17日(月)雨のち晴れ、10度C前後で体感温度は寒い。
 
眼の衰えを守る

 年賀はがき記念切手4枚当る。
 年老いてくると歯、耳、目などの衰えがでてくる。そのなかで目の衰えに恐怖を抱く。活字の関わりで生業の大部分が成り立っているので、本が読めなくなる恐怖感は大変である。55歳ごろまで視力は両目とも1・2、時には1・8も見えたことがある。ところが、ある日、新聞の活字がぼやけて読みつらくなり、そのうち見出ししか読めない状態に陥った。老眼である。メガネのお世話になる。年に1回、定期検査以外に、人間ドックで調べていた。昨年までなにもなかった。ところが、「眼圧が低いのと、少し白内障が出てきています。専門医で精密検査されることをお勧めします」と、主治医から忠告された。
 紹介状をもって、大正区の多根記念眼科病院を訪れた。眼科だけの病院だが、総合病院のような立派な建物に驚いた。ここでは目についてあらゆる検査をしてくれる。「手術をするほどではないですね」ということで、1年後に再検査することになり、予約を取ってくれた。
 実は、新聞が読めなくなったころ、「目にブルーベリーが効果あり」という広告を見て以後、生のブルーべリ-(アメリカ産)をはじめ、ブルーベリージャム、そして苗木も庭に植え(数粒収穫)ブルーベリーをできるだけ食べている。不思議なことに、新聞をメガネがなくとも読めるではないか。やってみるものだと思った。最近、気をつけているためか、「目にブルーベリーが効果あり」の広告が目につく。そのようなことから、専門医でもパスできたと思っている。この話をヨットマンの義兄にしたら、喜んでいた。ヨットも、自動車も視力が落ちたらダメだ。ウソと思って試されたどうですか。



2005年1月16日(日)曇り、引き続き暖かい。

オレオレ詐欺

 
戦前から最近までの
大学A寮出身者で加入しているメル友のネットワークに、私も入っている。時々、目を見張ることがらが流れてくる。先日も東京にいる1年先輩で定年後の生活を送っているK氏が「オレオレ詐欺を経験しました」と書いていた。本当に身近な人までやられていることを知った。それは以下のような内容だった。 

 ー泣き声で、末娘を名乗る女性から「人身事故を起こした」との電話がありました。オレオレ詐欺でした。一時パニック状態になりましたが、気を取り直して冷静に彼女の携帯電話に電話しなおすと「暢気な声でパパどうしたの?」で一安心。 債権処理業者を名乗るハガキが来て「ここに電話しろ」があったり、「サラリーマン金融に金を借りていて、返さないと今夜は帰れない」などとの電話が昨年もあり、これで3度目です。3度ともことなきを得ていますが、パニック状況になると、別の男が電話に出てきて、振り込まないと大変なことになると振込み先を告げるという手口です。段々巧妙になっているようですが、本人にまず確認するということが正解なようです。人の愛を逆手にとって儲ける、それが日常茶飯事になっているようで、自分の身は自分で守ることが益々重要な世の中になったようです。嫌な世の中ですね。皆さんもくれぐれもご用心を。ー
 以前の日記に、泥棒のことを書いた。スーパー、本屋、ドラッグストアー、ホームセンターなど同じようなフランチャイズチェーンの業態の店がある中で「それほど大金が置いていないのに、なぜコンビニばかりが狙われるか」ということを最近、知った。それは、どのコンビも同じ構造になっているので、下見の必要がなく、思いついたときに、すぐ行動できるからだそうだ。しかも、レジが入り口近くにあって、店の人はカウンターの中にいるので、すぐに追いかけることができないからだという。泥棒も簡易な道を選んでいることが、最近の世相とダブルところがあって、考えさせられた。



2005年1月15日(土)曇り、時々雨で少し暖かい。
 
鯨の悲しみが止まらない

 昨日、川崎に住む元会社の先輩K氏(70に近い?)からの著書『鯨の悲しみが止まらない』(新風舎)を落掌。K氏は名コラムニストで定年後はしばらく雑誌の編集長をやっていたが、いまはフリーで人生を満喫している。東京時代、よく飲み語り、指導を受けた。南洋の観光地でスキューバダイビング の指導とショップ経営している息子さんの所を訪れては、美しい海に潜っている。本に手紙が添えられていた。
 「海洋環境問題をいささか人間くささで味付けした鯨物語です。どの鯨も発しない意味不明の歌声を奏でながら、大西洋を1頭で放浪している鯨の存在を、米国の原子力潜水艦捕捉システムが12年も追尾しているという記事が、昨年末、報道されましたが、何を訴えているのでしょうね。」
 「ちなみに、億、兆、京と単位は上昇しますが、世界で最大の動物にふさわしく”鯨”は京の字を横腹に抱えています。巨大で愚直な鯨は愛すべき哺乳生物であります。なにとぞ、ご声援を。」
 捕鯨再開を求める日本への警告かと思ったが、鯨に託して人間の環境破壊を嘆き、憂いている文明詩である。「もうがまんできない」と、鯨の代表たちが会議を開き、海洋汚染の追放を宣言した。座礁死の決行で,人間に反省を求めるというのだー。この続きはぜひ、本でお読みください。
 15日は小正月で、昔から近くの枚岡神社の参道沿いに露店が並ぶ。植木市もある。



2005年1月14日(金)晴れ、少し寒さが緩む。 

 
定年後の夢


 サラリーマンの多くは定年後の夢を思い描く。義理のY兄夫妻は昨春、熊本からヨットで日本一周、12月初旬、無事帰港。途中、大阪・北港に停泊した折、拙宅に立ち寄り、「今回、百数十の港に停泊することになるが、日本の港はヨットの受け入れの整備されている所が少ない。ある意味では、無寄港の太平洋横断の方がやさしい」と話していた。台風の多い年で大変な航海だったようだ。
 
 私の親父は定年後初めての海外旅行で尋常小学校出の連れ(母親)と一緒に、あこがれのソ連に行こうと考えた。モスクワ大学日本語学科で「尋卒(じんそつ)モスクワ大学をゆく」の企画をたて、母親に講演をさせようと真剣に考えたことがあった。しかし、連れから「アホか」と一喝され、ソ連崩壊とともに夢と消えた。おもしろいことを考えるものだと、関心した覚えがある。
 
 私はヨットは無理なので、テントを自動車に積み込んで日本一周を考えていたが、運転担当の女房から拒否され、頓挫した。計画を変え、42都道府県ごとに、1県1箇所、その土地の一番すばらしい場所を旅するため資料集めをしている。すでに決め、今夏、実現する予定のところは、富山県の八尾(やつお)村である。高橋治著の『風の盆恋歌』を読んで以来、八尾村で毎年9月1日~3日に行われる「おはら風の盆」をなんとしても見に行きたいと思っていた。一昨年、新潟で開催されたカタクリサミットに参加した折、シーズンオフの八尾村を下見したが、とても宿泊予約ができる状態ではなかった。富山の居酒屋の大将に「サウナで泊まったら、どうや」と、その場所を教えてもらったが、それとて確実に泊まれるかどうか、分らない。
 
 ある時、旅好きの知人Iに話したところ、「岡田さん、大阪にいる八尾村出身の企業の人が民宿で6人分確保できたと言ってきた。予約しましたよ」と、連絡をくれた。思わぬ朗報に興奮している。この日記をお読みの方で、『風の盆恋歌』をまだ読んでおられないなら、ぜひお読みになることをお勧めします。これと、並行して海外編、一国一箇所も考えているが現在、パプア・ニューギニアのブナの海岸へ散骨に行きたい思っている程度。大阪はどこにするか。これが難しい。ブルーノートも候補の一つだが、これは東京、福岡にもあるので、趣旨に合わない。和歌山はNHKの「その時、歴史は動いた」で取り上げられた濱口梧陵が築いた広川町の堤防を候補に入れている。この計画、どこまでできるか、楽しみである。



2005年1月13日(木)曇り時々晴れ、午後から寒さが緩む。ゴミの収集日。

バードウオッチング

読売新聞会長の渡辺恒雄氏が自叙伝にバードウオッチングが趣味だと書いておられるのを以前、読んだことがある。多忙な人が、マンションのベランダにエサ台を設けて観察しているということに、感心したことを覚えている。拙宅は山に近いので、庭に野鳥がやってくる。居間に双眼鏡と鳥図鑑を置いて時々、観察するが、動きまわるため名前を知るのが一苦労である。瞬時に、その鳥の特長をとらえ、メモ書きして図鑑で調べることをしないと、記憶だけに頼ると鳥のイメージはすぐ消える。
 ヒヨドリ夫婦がやってきた。夫は見張り役を勤めデッキの台の上で、メス(確認はできていませんが)のヒヨドリが、せっかく芽が出てきたほうれん草をおいしそうにつまんでいる。ヒヨドリと分ったのは、頭の毛が逆毛になっているのを見つけて分った。ベッカムばりのヘアーは実に、かわいいものだ。これまで分った野鳥は、ジョウビダキ、メジロ、スズメ、セグロセキレイ、キセキレイ、ウグイス、ツグミ程度である。もう少し、こころのゆとりができたら、本腰を入れて観察したいと思う。人は年老いてくると、自然にかえるためjか、花、植物、野鳥、昆虫に興味をもつという。川原の美しい石を持ち帰って眺め出すと最後が近いというが、事実かどうか、知らない。親父は有名画家の死の直前の絵に興味を持っていたことが、日記に書いてあった。



2005年1月12日(木)晴れ、今日も寒い。

中小企業対策

昨年、政府の中小企業調査に協力し、今その報告書の最終チェックを行っている。この調査を通じて感じることは二つある。一つは政府の従来の中小企業対策が大きく変わってきているということだ。これまで中小企業対策は、農業対策と似通ったところがあり、窓口に来る中小企業に一律に対応していた。いわば、ばら撒きの感があった。ところが、中国や発展途上国の追い上げで、政府も日本のモノづくりについて危機感を抱いた。技能オリンピックを見ても、日本は往時の業績は夢のまた夢になってしまった。そこで、やる気のある、強い中小企業やベンチャーをさらに強くしようと、メリハリのある政策に転換しつつある。一方、中小企業にも従来のように役所にもたれかかるだけではダメだと目覚めるところが、強いもの同士連合を組んで、新たな展開をしようというメーカーは少なくない。その時に、うまくいっているところは、参加者全員に熱意が不可欠だが、それ以上にリーダーの存在が大きい。つまり、ディレクターでなく、プロデュサーがいま求められている。
 先日、「大企業出の人間は専門を持っている人間が少ないし、経営ノウハウもないので、定年後は厳しい」と話す人がいたが、専門はなくともこれまでの人脈を活かし人と人をつなぐプロデューサーなら意識のもちかたで可能だという人がいたが、まったくその通りである。中小企業の経営者は一国一城の主である。つまりディレクターなのである。ここにも、プロデューサーが不足している。ここのところを解決できれば、政府の政策も、もっと効果が上がるように思える。

 青色発光ダイオード訴訟が8億円で和解が成立した。この問題はいずれ論じたい。
 


2005年1月11日(水)晴れ、寒い日が続く。
 
青年実業家

午前10時、大阪市内のホテルで東京から来た青年実業家Y氏と会った。二代目の彼は、拙著『守破離の経営』の「破」から「離」へ向かう過程で近い将来、株式上場を目指すという。新たな世界を切り開こうとしているエネルギシュな姿勢に感動した。協力を約束した。

 NPO法人WS西日本の会員、小形 真訓氏(元積水化学工業広報部長)の著書、文春新書「迷ったときの聖書活用術」が、この20日に刊行になります。是非、ご覧ください。
 


2005年1月10日(月)
晴れ、厳しい寒さ続く。

 定年後は別世界

 3連休は現役サラリーマンにとっては千金の値打ちがあります。定年後の人間には、時間の切れ目はほとんどなく、その値打ちも同質化する。ある企業を昨年、定年退職した知人T氏が「定年後は別世界ですね」と、賀状に添え書きがあった。すばらしい別世界を迎えるには、経済と健康が条件である。そして一番大事なのが、心、つまり気力が維持できるかどうかである。T氏はもちろんこの3つをもっている人物である。このなかで、気力が無くなると、鬱(うつ)になり、やがて健康を損なう。この気力を維持するには、趣味でも、どのような活動でも、あるいは何かに好奇心をもち続ける努力をするしかない。それが無いと、別世界は厳寒の冬景色となり、心が凍る。逆に、気力さえあれば、厳しい冬景色も美しい銀世界に変えられる。
 私の起床時間は、午前2,3,4,5時が多い。休みを取るときは、朝の7時か8時である。連休であろうが、なかろうが、同じような時間が流れる。今朝は8時、起床。朝食をそこそこにPCに向かう。明日のメルマガ(有料)の準備のためである。翌朝、東京から送られてくる最新情報を加えて、会員の方々に配信する。午後3時まで、PC作業は続く。元通産官僚や九州・地方紙の福岡支社長からHPを見て、激励のメールをいただく。これが、私にとっては心の糧である。弟からも長電話が入る。夕方から人と会うために出かける。ビジネスの話から精神世界の話まで、とどまることなく話は続く。帰宅は11時。再びPCに向かって、日記を打つ。明日は大阪市内で打ち合わせで大事な人に会わなければならないので、珍しく目覚まし時計をセットした。こんな気力いつまで持続できるか、本人にも分らない。おやすみなさい。


    
2005年1月9日(日)晴れ、気温氷点下を記録。

「シヴィック・エクスペリエンス


 昨年、大学時代の寮の先輩M氏から紹介された元外交官の七尾清彦氏とのメールのやりとりで、七尾氏のHPを紹介する了解が得られたので、NET108の「すてきなHP]に入力した。ぜひ、見てほしい。七尾氏にお会いしてお話を聞いて、それまで抱いていた外務官僚のイメージが変った。HPはCvic・Experienceという活動の紹介である。「シヴィック・エクスペリエンスは、日本全国の良心的な市民の皆様の情報交換の場として、そして志を同じくする友人ネットワーク構築のための場として、開設したサイトです。皆さんの体験談・ご意見・アイディアをどしどし盛り込みながら育てていこうと考えています。」と説明されています。「自分の身の回りから日本を変えよう」と、大変、意義深い取り組みですので、ぜひNET108のご愛読者の方々には見てほしいと考えました。私が最初に聞いた話は「坂本竜馬の現代的意味ー義と利の自立心ー」です。「七尾清彦」でリサーチしていただくと、講演録が見れます。著書は『ひとりひとりのルネッサンスー日本再生への緊急提言ー」(毎日新聞社刊)等です。
 
 自動車保険の更新時期の知らせで、T営業所に出かけた。14級と1ポイント上がり、保険料は71、380円と昨年より若干、下がった。運転は女房の担当で運転免許を取った53歳から無事故だが、還暦を直前に運転を渋り出している。(もう、保険料も要らなくなる日も近いかも)。そのあと家に戻り近くの生駒山(642m)に登った。頂上付近は小雪がぱらついていた。鞍部の暗峠(くらがりとうげ)まで登った。ここは奈良から大坂まで34㎞と最短距離でその昔、徳川家康の一軍も大阪城を攻める時,通った。峠からは眼下に大坂平野、その向こうに六甲山もよく見えた。石畳の暗峠は「道」日本100選にも選ばれている。谷あいから湧き出る古代からの”大師の水”をいまもペットボトルで汲みに来る人は多い。

(お詫び)NET108で紹介していますURLの中で岡田「網一」が「鋼一」になっていました。訂正してお詫びします



2005年1月8日(土)晴れ。冷え込む。
 
ロックスクール


 今日はエレガンス会の例会が夕方、門真市の松心会館(松下電器厚生年金基金)で開かれた。会の名前から女房に誤解を与えているようだが、もともと門真駅前にあったスナック、エレガンスに松下OBの方々が中心に集まって出来た会で、詳細はNET108のページにHPを紹介している。いまは松下以外に、異業種はもとより、学生、画家の卵、シングルマザーで事業を起こしている人等々、とにかくユニークでネアカの人種が集まり、ビジネスから趣味の話、時には人生哲学など、いろいろ聞ける。毎回、新しい人が来るので、楽しい。
 今日は「ロックスクール」という専門学校(いまは名古屋と東京にある。大阪はなくなったという)があることを知った。ここではカギ、つまり錠前について教える学校である。昔はピッキングについても教えたそうだが、さすがに最近はやめているようだ。そこを出ると、防犯設備士の資格を得て、警察庁所管の日本防犯設備協会に登録して、例えば「カギを入れたバッグを忘れ、家に入れない人が警察に助けを求めたら、警察から連絡を受けた防犯設備士が現場に赴き対応する」というビジネスがある。彼らはカギのプロである。この種の学校を出た人は意外に多いそうだ。戸建ち住宅の防犯は「犬が一番だ」という人もいた。泥棒がどこからでも逃げられるコーナーの土地は一番危険だと、アメリカではコーナーシンドロームといって避けるともいう。
 
 会社を途中で辞めて独立して立派にやっている人、大学で教鞭をとっている人、NPO活動している人と、エレガンス会に来る人はみんな元気だ。私のやっているWS西日本に加入してくれるという女性の肩書きを見ると不動産アナリスト、宅地建物取引主任者、ファイナンシャルプランナーとすごい。
そのほか、 新しい言葉も知った。ローライズ(スペルはlowrise slacks)ではなく、ずらすようにして  足が短く見える履き方。因みに、「スーパーローライズ」というものもあるが、知っている人はいますかと、写真まで持参して見せてくれた。ファションだそうだ。とにかく、時間が経つのを忘れるほど楽しい会である。興味を持たれたら、ご一報くださればいつでも紹介しますよ。帰宅は10時30分。パソコン終了は12時30分。



2005年1月7日(金)曇り、上空に寒気迫る。
 
NPO法人WS西日本


 今年最初のNPO法人WS西日本の例会を事務所のあるNPOプラザ会議室で開く。来年度のスケジュールが中心議題。WSの名称が分りにくいので、変更も検討課題。そのあと、友人のY氏と一献傾けた。帰宅は午後の10時。啓光学園が4連覇の快挙。
(お詫び)NET108に掲載していました、すてきな主婦のHPの入力が間違っていました。修正してお詫びいたします。大丈夫ですので、ご覧になってください。



2005年1月6日(木)、曇り。
 
NET108のページ

 熊谷市から元気メールが届きました。NET108のページに紹介してありますので、ぜひ、ご覧になってください。フランス・ボルドーの日本人ワイン技術者から航空便で手紙が届く。5歳の子供のフランス語上達力は、親が理解できない歌を3ヶ月で覚えるほど、速いそうだ。返信の航空便に年賀状と名刺2枚、B5の便箋を入れて郵便料金が110円と、割安感を覚えた。

 エンドウ豆とスナックエンドウの種撒きの時期だというので、コーナンに出かけたが、19日に入荷ということだった。風に揺れてかわいい花かんざしの苗を買って帰った。



2005年1月5(水)、晴れ。
 
賀詞交歓会


 朝の携帯で起こされる。「今日の午後2時から大阪国際交流センターで賀詞交歓がある。出て来ないか」と、元同僚(社長)のO君からである。彼は経済産業調査会(東京)に役員で迎えられていた。「同窓会で二日酔いのため体調が悪いので、失礼する」と返事したものの、声を掛けられた時こそ、大事にすべきという自分の信条を思い起こし、「行くよ」と改めて返事。

 財団法人経済産業調査会は、経済産業省の外郭団体である。大阪国際交流センターの2階の広間に経済人、財界人約600人が参加して大変な混みようであった。冒頭、あいさつに立った近畿経済産業局長の福水健文氏は「市場、とくに消費者の動向、それも国内だけでなく、中国をはじめ、世界の動きを徹底的に見ることが大切。次に変化がキーワード。自らも変化してスピードある決断をすること、そして新しい事業をどんどん立ち上げることが、関西経済を活気づける」と話した。いま経済は踊り場にあるが、その期間は長くないとも言う。

 O氏と1年ぶりに再会した。元気そうで、闘志をのぞかせていた。相互に顔見知りの財界人を紹介しあった。賀詞交歓会で新たに名刺交換した人は次の方々。近畿経済産業局長福水健文氏、池田銀行相談役清瀧一也氏(元頭取)、株式会社自然総研社長中尾浩己氏(池田銀行顧問)、株式会社自然総研常務中田博之氏、財団法人経済産業調査会理事長野々内隆氏(この方は、あいさつをしようかいをつくって、毎日、挨拶することを奨励しているという。会員は数百人が集まったそうです。「今日の社会問題は親子が挨拶しないところに原点がある」と解説してくれました。1年に2万回有難うという会もあるそうです。一度、試されては・・・。)
、同理事高橋崇浦氏、同近畿本部理事・本部長久泉昭治氏、川崎重工業株式会社執行役員関西支社長、神戸大学客員教授田中徳夫氏である。

 池田銀行相談役清瀧一也氏(元頭取)が、影絵画「トキを告げる”乙な鳥たち”」をプラスチックにはめ込んだ名刺の2倍大のものをくださった。さらに解説書も。それによると、清瀧氏は毎年、年末になると、来年を占う干支物語のつめに悩むということです。以下は清瀧氏作の干支物語です。

 新年、2005年(平成17年)は、乙酉(いつゆう=きのととり)。

 昨年は新芽がかたい甲(から)を破って伸びる
 「明動甲伸(めいどうこうしん)の年」と朴(ぼく)したが
 あちら、こちらで、カラを破って夢いろいろ伸びてきた。

 今年はその芽がさらに伸びようとするが
 乙の字のように、上(うえ)がつかえて曲り
 酉の字のように、足もとが千鳥足となって
 心もとない年。

 そこで”トキの声”を受け、ひらりターンアラウンド
 流泉スイスイ、”乙鳥(つばめ)”のエネルギーをとり入れて
 上手な「転換再生」を期待したい。

 新年は洒落て気がきく”乙な時”をつかみ
 自分の夢をゆっくり醸し出す
 「乙時(おととき)酉醸(ゆうじょう)の年」と朴したい。

 トキの声 期待をひらり 乙な鳥


 O氏の誘いに乗って、友人、知人にも会うことができて良かったと思う。



2005年1月4日(火)、曇りだからか、暖かい。

 小学校の同窓会

 今年初めてのメルマガ(有料)を発行。仕事始めの日。今日は12時30分から大阪市内で小学校の同窓会。昭和25年に入学、30年に卒業。10年ほど前から毎年、開催。
 小学校時代の思い出は多い。小学校は大阪の郊外、当時の地名は中河内郡といったように、河内である。河内はガラが悪いことでは定評があった。小学校は西(下町)と東校(山の手)に分かれていた。私は東校であったが、ここには小さな悲劇が潜んでいた。50人クラスが3組。義務教育だから、その地域の子供は、全員入る。世の中も少し落ち着いてきていた。しかし、貧富の差は歴然としていた。富める者は、革のランドセル、ゴムの長靴、布のかさ、一方貧者は布製のランドセル、高下駄、油紙の張ったかさというように、持ち物、小使い等なにからなにまで、違っていた。学校には見えない二つの層があった。

 それがハッキリ現われるのが、中学校への進学のときである。富める者は、大阪市内へ越境するのだ。そのほとんどは大学を目指す。クラスの10人ほどがその道に進んだ。残りは、下町にある地元の中学校へ入る。私たち3人の兄弟は全員、地元組だった。ところが、ここでも小さな悲劇が待ち受けていた。6歳年上の長兄がおそらくその中学校から初めてであろう、大阪市内の名門高校に入った。そのことが、後に続く弟二人に重くのしかかった。「兄さんは偉かった」と、たえず比較された。この中学校から、高校の普通科へ行くのはクラスの内の数人であった。同じクラスのトップの子も、農家の出身であったが、工業高校へ進んだ。この中学校で高校、そして大学へ進む子は、私の知る限りクラスで私ともう一人(女性)の二人であった。今、振り返ると、地元でよかったと、親に感謝している。ガキ大将になれた経験は、その後の社会生活で役立った。小学校の同窓会で半世紀ぶりに顔を合わして、つくづくそう思った。越境組で有名大学へ進めた者は、2,3人であった。しかも、同窓会で生き生きした表情を見せているのは、地元組の中学校や、専門高校出の者たちである。
 
 「人生にはいつも逆転劇がある」とは、親父の口癖であったが、まさにそれを見た思いがする。小学校の同窓会は人生の縮図である。その頃の顔をそのまま維持している者と、まったく面影がない者に分かれる。過去の話は時を忘れて続く。遠くから来た女性も「これだけには許可がでる」とうれしそうである。当時の美人や才女は、ほとんどが健在である。当時、ほのかに好意を抱いた女性に会えるのも、この同窓会での楽しみである。恐らく80歳を越えるか、越えない恩師も毎回、出席する。「どうして、越境を許したのか」と、以前に聞いたことがある。「仕方がなかった」と寂しげな顔を見せて答えたので以後、聞かないことにした。
 
 今年の同窓会には30人あまりが出席。昨年より減った。それでも宴は楽しい雰囲気に包まれた。一人ひとり近況報告をする。キワードは「健康でいること」、「孫のこと」そして親の介護、娘の結婚相手探しなど、還暦を過ぎた者の共通の話題がほとんど。ただひとり、私の友人のY君が『ニューヨークマラソンに申し込んでいます』と、驚きの発言があった。この話しで元気をもらった。二次会のカラオケ、さらに3次会と続き、午後7時に別れた。次は、和歌山でミカンを作っているM君の所へ行き、そあと竜神温泉と決まった。

2005年1月3日(月)、晴れ、暖かい。
 
整理術


 昨年4月に実家に転居、敷地内に書庫と女房用の空間(本人はアトリエといっているが、いまだに作品にはお目にかかれないので、お客の寝床になっている)を作り、母屋も改造して、大整理を続けているが、なかなかモノが減らない。まず、蔵書を古本屋に無償で300冊引き取ってもらったり、市の図書館に寄附をして整理しているが、「多すぎる」と相棒からの苦情は一向に減らない。わが独人房は12畳あるが、本箱5つ、洋服タンス1つ、机3つ、コンポとスピーカー計5つ、ベッド1つ、小型の だな4つ、さらに押入れに資料等を詰め込んでいる。向いの女房の部屋は3畳と狭いため、ついに音の出ないエレクトーン(捨てようとしない)をわが独人房に運ばされた。私は幅約2Mある移動式手製のスケジュール棒に原稿、パンフレット、メモ等をつるして、物忘れを防いでいる。これが部屋の真ん中を占拠している。冬は暖房器も置くので、あまり身動きができず能率を下げている。人は死ぬ前に何も残さないのが、遺された家族への思いやりといわれるが、生命の次に大事だと思っている3代にわたる蔵書は、そう簡単に捨てられない(価値はあろうが、なかろうが)のである。住まいは、モノとの闘いであるといったが、整理のなんと難しいことであろうか。これがわが家の文明の証しであろうか。



2005年1月2日(日)晴れ、朝は冷え込む。
 
親子のコミュニケーション

 息子夫婦が高野山へ初詣に行った帰り、難波で久しぶりに会って食事した。親子は当初の思惑とズレが生じるのが常である。親の思う通りに子は歩まないし、子が望む親にもなれない。それぞれが認め合って、埋められるところは時間がかかってもお互いに埋める努力は必要だ。そのためには、本音のコミュニケーションが時々、必要であると感じた。

 経営(NO.002)に、いい忠告文を紹介する。

(日記)続き)
 


2005年1月元旦(土)、曇り。一段と冷え込む。
 
火災発生


 朝6時30分、元旦の主要紙を買いに販売店へ行く。帰宅後、お雑煮をいただき、近くの神社に初詣。
 セコムを取り付けたが、たえず誤動作をしてしまい振り回されている。大晦日の日には、火災報知器の下にポットを置いていたところ、その湯気で「火災発生」と表示され、警告音が鳴り大慌てした。すると間もなく、セコムから「火災の知らせがきましたが、どうされました」と電話があった。「寒くなりますと、湯気で作動することがあります。大丈夫です」と云う。予行練習になったと、安堵した次第。セコムがあると、家を空けた時は、精神的に安心するが、操作に慣れるまで面倒でもある。奈良にいる弟が、いま子供を持つ親は大変だと話していた。犯人が逮捕され、一安心というところだ。わいせつは、ある種の病気だ。だから繰り返す癖をもつのだと思う。



2004年12月30日(木)、曇り。
 
花に三春の約あり

 淡路・阪神大地震の初期報道の被害規模はその後、大きくなったことは記憶に新しいが、今回のインドネシア・スマトラ沖の地震被害が10万人の死者を越えると聞いた時、その大きさに絶句した。 
 早朝から取り掛かった、月刊誌『商工会』に出す巻頭言の原稿の素案をようやく書き上げた。これはエコノミストの森永卓郎氏、作家の加来耕三氏と交代で執筆しているもので私の場合、構想から素案を書くまでに1ヶ月ほど要する。そしてそれから何回も推敲し、1月末の締め切りに間に合うように送ります。題は「花に三春の約あり」ということで、花を取り上げます。これは、掲載された後、ここで紹介したいと思っています。



2004年12月29日(水)、小雨、のち曇り。

 奥さまのすばらしいHP

 活動範囲が広いため、本年から年賀状をメールで郵便より早く仕事納めに合わせて送った。お礼がたくさん届いた。その中に、現役の頃書いた『しんぼうの木は実るー椿本チェーン物語』でお会いしたHさんからも、ご丁寧なお礼メールがきた。70歳を過ぎてメールが送れる人は、とくに男性は少ない。そこで返信でそのことに感心した旨を書いたところ、奥さまのすばらしいHPが送られてきた。そばに美人の先生がいることが分って納得した次第である。その点、少しは若いが、孤軍奮闘の毎日である。



2004年12月28日(火)、曇り。
 
おせち料理

 午後から百貨店へ正月用の食材の買い物に出かけた。仕事納めの日でも、店内は大変な混みようであった。昨今、百貨店では有名料亭のおせち料理セットを予約する人も多い。わが家は二人だけの生活で超薄味の料理では手作りしかない。女房が「好きなおせちと、その縁起」を聞く。好きなおせちは数の子(子孫繁栄。にしんの卵なので、二親(にしん)から、たくさんの子供ができることにあやかるだが、関係ない)、黒豆(苦労をいとわず働く忠実(まめ)と達者健康を意味する「まめ」をかけ、まめに暮らせる願いが込められている)、ごまめ(五穀豊穣)、栗きんとん(経済発展や豊かな暮らしを願う)、昆布巻き(巻いている姿を書物に見立て、文化の繁栄を願う)、かまぼこ(力強く昇る初日の出にあやかって学業や仕事の成功を祈る)-ということのようです。(出典:NHKきょうの料理2002年12月号別冊付録『お正月<得>便利長』)お雑煮は丸もち、白味噌、大根、にんじん、三つ葉で作る。元旦からスパーが開店しているので、特別に買いだめすることもないようだ。



2004年12月27日(月)、曇り。
 
WSタイムズ


 インドネシア・スマトラ沖でM9.0の地震。津波の被害で死者1万人を越える。NPO法人WS西日本の会員向けメルマガ「WSタイムズ」の今年最後の78号を発行した。NPO法人マスコミ駆け込みクラブから送られてくる依頼案件(執筆と講演)がすでに年間1,000件を越えている。その中から、関西向きの案件や、関西独自のものを再編集して周1回、発行している。100号も近い。それにしても、依頼案件を見ていると、よくぞ多くのテーマを求めていると,感心する。仕事を取得するには相当、専門をもたないと難しいと思う。「WSタイムズ」の中身を見たい人のために、PR版を発行するとき、NET108にも掲載します。



2004年12月26日。晴れ。

 TV観賞

 日曜日は朝からTV観賞の決まり。7時のNHKニュース、7時30分の報道特集2001、9時の日曜討論、10時のサンデープロジェクトまでが定番。12時からは大学ラグビー準々決勝。来年度予算の話しが中心。間違いなく税金は上がり、介護、年金の中身は落ちることだけは、ハッキリした。景気も今年より悪化するようだ。放送の中で『官の詭弁学』(福井秀一郎)、川上哲治著『遺言』が紹介された。次回、図書館で借りよう。少子高齢化が大きな問題であるが、こうなることは10数年前から言われ、分っていた。日本人はその時が来ないと、何もできない民族。今、その時がきたので、優秀な日本人のことだから何とか解決すると思う。放送で印象に残ったことは、長野県の栄村の村長「生活者の目線で行政をしたらいい」、塩川清十郎氏の今後の対策について「税の導入、69歳定年制とワークシェアリング、偏差値教育の見直し」、伊藤忠商事丹羽宇一郎会長の「企業のトップは自分の背中を見せて、部下を引っ張るべき。顔を見せて話すと、役員、社員は遠慮して言わない」等でした。



2004年12月24日(金)クリスマスイブの朝は冷え込んだ。
 
乱気流

 午後から市の図書館と、府立中央図書館へ正月休みに読む本を借りに出掛けた。いまの図書館は一昔前に比べて、格段に充実していることを実感する。ほとんどの日刊紙、雑誌が読める。19日付の朝日新聞の本欄の「著者に会いたい」に、『乱気流 小説・巨大経済新聞』の著者、高杉良氏が登場していた。これは日経をモデルにしており、ときあたかも社内からトップを告発者するという事件が注目をあびていたので時宜を得たものであった。ご本人も「事実無根だ」と元日経社長から出版指し止めや損害賠償で訴えられているそうだ。高杉氏は『名誉毀損といわれたら、経済小説は成り立たない」と語っている。難しい問題ではあるが・・。PCで検索すると、両方の図書館とも、貸し出し中であった。市の図書館で予約した。中央図書館では『人の値段考え方と計算』を予約した。この本は青色発光ダイオードの中村教授を徹底分析しているということで、人気が高いようだ。中央図書館では、書庫から11冊専門書を出してもらった。昭和30年以前の本は、館内でしか読めないことになっている。返却日は1月21日だ。



2004年12月23日:祝日。朝から冷え込む。
 
既存ルート以外

 友人からの依頼で、ある商品をいかに既存ルート以外で売るか、その戦略について相談があった。そのため、親しくしている知人と梅田のヒルトンホテルで待ち合わせ、3時間ほど話し合って別れた。この問題は、どの企業も抱えており、その方法を確立したところは、うまくいく。街はクリスマスが近い休日とあって大変な混雑ぶりをみせていた。

☆2004年12月22日:この日午後から近畿経済産業局地域経済部特許室F氏を訪ねた。特許法改正にともなう第35条の職務発明の項を、どう解釈すべきかを確認するため。私は青色発光ダイオードの訴訟問題に関心をもって、職務発明について考えております。いずれ、私見を述べたいと思っています。

もし、この問題についてお考えをお持ちの方は、ぜひメールをください。

07 idairy
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