2006年1月 日記

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伊勢のしめ縄
 写真のしめ縄は、伊勢のおかげ横丁から取り寄せた「蘇民将来」というしめ縄です。
 蘇民将来は貧しいけれど、心優しい男でした。南国への旅の途中、ボロボロの姿で伊勢に辿り着いた須佐之男命(すさのおのみこと)を、温かくもてなした蘇民。
 喜んだ命は、「疫病が流行った時には、蘇民将来の子孫ですと言い、茅の輪を腰につけなさい。」と言い残して去っていきました。
 以来、蘇民家は茅の輪のおかげで疫病の災いから逃れ、代々栄えたといいます。その伝説は語り継がれ、古来より伊勢の家では玄関に、一年中「蘇民将来子孫家門」の木札付しめ縄が飾られる(『伊勢四季旬』パンフより)と言う。
 関西のしめ縄と比べ、
しめ縄の細い方が逆で、これは神様が出て行かないようにという伊勢人の思いだそうです。



2006年1月23日(火)晴れ、
大阪の最低気温0℃、寒い朝が続きます

               本の紹介


【メディアファクトリー発行、1575円】

 
 
今春、評伝(チェーン店の創業者)を上梓します。詳細は発売後に報告しますが、生身の人間の評伝は興味深いと同時に、その難しさをいつも痛感します。ただ、今回の人物は稀有なキャリアーで、教えられる、役立つことが多く、いいものに仕上がったように思います。先週、最後の追加取材でお目にかかりましたが、70歳を超えて、事業欲が旺盛でした。

 その時、雑談でいま話題のホリエモンについて、話が及びました。
 1.彼は純粋です
 1.彼はすぐれた頭脳の持ち主です

 仮に今回、違法を犯して罪を問われても、彼を助ける人、彼に仕事を頼みたい人はいくらでもいますよーーということでした。確かに、彼の顔は童顔で、悪党の顔相はしていません。その後のホリエモンは注目されます。

 今回紹介したい本は朝日新聞1月22日付朝刊の読書欄で「話題の本棚」で取り上げられました『消えた受賞作』です。実はここに私の父の作品『ニューギニア山岳戦』が収録されています。この本につきましては、私が編集しております季刊誌『Brain Trust』冬号で紹介していただいています。




 今、小泉首相の靖国神社参拝を始め、憲法改正など、軍事大国への予兆を感じる時代です。私も含め、戦争を知らない国民が増えてきました。先の戦争を風化させないためにも、機会があればお読みいただき、今一度、戦争の意味を考えていただければと、紹介させていただきました。
 
 志田玲子さんの了解を得てここに書評を紹介させていただきました。彼女の活動、プロフィールはHPhttp://www3.0038.net/~psg01997 をご覧ください。

 先の評伝の人物は「自分は無神論者ですが、A級戦犯が合祀されている靖国神社へ首相が参拝することだけは反対です」と話されました。

 ●ようやく、2週間ぶりにパピオン犬が帰って行きました。犬も就寝の時は、別の部屋でひとり静かに 眠りますね。犬にもいろいろ教えられました。


【季刊誌『Brain Trust』の冬号目次、ホッとコーナーに志田さんの「心に残った一冊」が掲載されています】

「心に残るこの1冊」

『ニューギニア山岳戦』ダ・ヴィンチ特別編集7「消えた受賞作−直木賞編−」所収 川口則弘編著 メディアファクトリー 1,500円)

志田 玲子(フリーランス・ライター)

太平洋戦争、異国の戦線より

舞台は一九四二年のパプアニューギニア。太平洋戦争のさなか、北半分を大日本帝国が占領する島で、海岸から険しい山系を踏破し、要地モレスビーを攻める「ポート・モレスビー作戦」。戦場の最前線はジャングルの密林。死と隣り合わせの世界で、連合軍を相手に戦う日本軍兵士の果敢な姿が、上陸からモレスビー攻略までオムニバス形式で展開される。

兵士たちは、目の前に繰り返し現れるジャングルと草原を昼夜兼行で進軍。敵軍との戦闘を繰り返す中、味方にも犠牲者が出る。山麓の滝で後続の仲間を待つ間、敵軍の銃弾に倒れる上等兵。密林を進むうち予期せず敵の精鋭部隊の主陣地に出くわし、敵の隊長を斬りつけた直後に手榴弾に倒れる中尉。

血塗られた戦場で描かれる兵士は、みな勇猛果敢で自らの職務に忠実だ。真っ向から敵に立ち向い、他者を殺めるという残酷な使命を果たさんとする。「生きた奴が見たい。そして突き殺したい」

そして、戦闘中に命を落とした仲間の無念は生きながらえた者の胸にしっかりと刻み込まれ、復讐心とさらなる戦闘意欲の炎にとって代わる。「きっときっとアメリカ兵の悉くの咽喉笛にとどめの剣をつきたててこの仇を返すから、どうか静かに眠って待っていてくれ」

何が彼らをこうも前へと突き動かすのか。その答えは、負傷した上官と彼を救おうとする部下との関係に見てとれる。「班長の生命を己の犠牲において救わんと欲した担架兵は自分たちの班長のなかに、その人を通じて国家を見つけ、悠久の大義を直感していたからであり、」その大義とは「天皇陛下の御為に、日本の国のために、日本民族のために戦う」ことであり、これが「立派な日本人」の証しだった。

こうした精神構造は、軍隊教育の賜物であることもさることながら、異国の地で生死の境をさまよう極限状況では、唯一の心の拠り所であったのかもしれない。

『ニューギニア山岳戦』は第十九回直木賞受賞作品。著者はジャーナリスト作家、岡田誠三。新聞記者時代、戦争特派員としてニューギニア戦線に従軍し、日本軍の陸上作戦の前半部分を小説にしたためたものを戦前の雑誌『新青年』に発表。昨年になって、ダ・ヴィンチが絶版等で手にできない他の受賞作品と共に復刻、出版したのが本書だ。

私がこの著作と出会ったきっかけは、誠三の子息である本誌編集者のホームページ。父を紹介する短い文面に、「ニューギニア・ブナの海岸に散骨に出かけたい」と亡き父への想いがにじむ。私は、是が非でもその著作を手にとってみたくなった。著者である父とその息子は、戦争体験をどのように語り合ったのだろうか…。

戦後60年を経て、憲法改正や靖国参拝の是非、戦没者追悼施設の新設を巡る議論が喧しい。戦争体験をどのように語り継いでいくのか、異国の地で眠る兵士を含め戦争犠牲者をどのように弔うべきか。

戦争を知らない世代が年々増え、戦争体験の風化が危惧される昨今だからこそ、お薦めしたい著作だ。




2006年1月11日(水)晴れ


         施設からの年賀メール

         近況報告(孫の代わりにパピオン来宅)



 昨年3月、鎌倉で友人ウッツ・ライフ氏の集いで知り合った社会福祉法人福田会中村久美さまからの年賀メールを掲載します。彼女のスピーチは昨年4月の日記に掲載しておりますが、下記に再録します。

あけましておめでとうございます。

 昨年、3月にライフ様にご縁をいただき、皆様には色々とお世話になりました。大変遅くなりましたが、メールアドレスをお持ちの方に昨年のご報告をさせていただきます。

 きたむら保険事務所の北村至様にはマウントヴィラにおいて、8月に高校生交流会開催の際に格安で宿泊のご協力をいただきました。その後、他の園からの園便りを開いた所、北村様ご指導の下、マウントヴィラで体験活動並びに宿泊をしたことなどが記載されており北村様のご厚意が他の児童養護施設にも広がった事を大変嬉しく思いました。
 また、ソニーピクチャーズエンターテイメントの一井呉夫様には「子どもが語る施設の暮らし」の本をご購入いただいた後に同じ会社の福田淳様と子ども達のための取り組みについてご提案をいただきました。

 その後、施設の子ども達のための大学奨学金の基金である西脇基金チャリティーコンサートのチケットをご購入いただき、携帯サイトのユーザーにプレゼントして下さったり、福田会のバザーにたくさん寄付をして下さったりして下さいました。
 シュアティの萩野昭子様は90歳を超えるお母様手作りのおじゃみ、子ども達が安眠できるようにとお香入りの小さな熊さん、うさぎの人形などご寄付いただきました。

 バザーの折にも子ども服の寄付をたくさんいただき、11月には少人数で児童養護についてお話させていただく機会をいただきました。その際に「子どもが語る施設の暮らし」の本をご自分でご購入いただ他に1,2を各10冊購入いただき、その日の参加の皆様に配布してくださいました。
 皆様からのご協力、ご厚意に心から感謝申し上げます。

 昨年、入所してくる児童はほとんどが被虐待児で、その傾向は他の園でも同じだと聞いております。入所するまで満足に食事を与えられなかった子どもが多く、入所すると幼い子でも驚くほどの食欲を見せます。

 昨年まではクリスマスに何も買ってもらった事がないという子にとって、たくさんのプレゼントをもらったこの冬は
施設の生活でも少しは幸せを感じているのかも知れません。入所できる子はまだ幸せです。

 この寒空で保護されず虐待を受けている子がいるのかと思うと本当に胸が痛みます。新しい年が少しでも子ども達にとって幸せな一年でありますように。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

〒150-0012
東京都渋谷区広尾4-12-12
TEL03-3400-4009

社会福祉法人福田会 福田会東京本院 
施設長 中村久美

●全国の552児童擁護施設で2〜18歳までの子供(昔なら孤児院といった)3万人が生活しています。親がいても、家庭では生活できない子どもたちが、施設で生活しています。学齢期の子どもはここから学校に通う、高校へ行く子も多くなっています。

 この施設への入所を決めますのが、全国都道府県の児童相談所「措置」という行政処分の形をとっています。入りたいから、入れるものではなく、相談所の審議を経た結果、決められます。施設の9割が民間の運営で、そのほとんどが福祉法人です。収入は国や都道府県の補助金と善意の人の寄附でまかない、あとは施設の努力でなんとか運営しているのが実情です。

国の基準により、子ども6人に職員1人で配置されています。ご存知のように、週40時間が労働基準になっています。このため、ローテーションを組んで運営しています。夜、寝しずまると、子ども20人に職員1人が泊まって勤務するというのが現状です。

TVニュースで親の虐待のことが伝えられて心を痛めておられる方がたくさんいますが、入所する子どもの半分が虐待を受けた子どもです。虐待といえば、身体的虐待を思い浮かべられるが、ネグレクトと言って、養育をきちんとされていないのも虐待です。ヒドイ例のお話があります。オムツをそのままにして、垂れ流し、哺乳瓶の中にはコーラーが入っていたり、イチゴミルクがはいっていたりと、想像を絶するような子どもが入ってきます。

そういう子供は感染症にかかりやすく、歯もガタガタで、小学生で入れ歯をにしなければならない子どももいます。日昼でもお漏らしたり、お寝小して濡れていても気持ちが悪いハズなのに平気でいます。ころんで痛いのに、痛いと言えない子どもが増えています。そういう子供たちだけでなく、身体的虐待を受けた子ども、,痛い思いをした子どもがいます。

本当は一番愛してほしい親に虐待を受けた子どもは、大人と接する時、大人の怒りをかうことをしたり、職員が甘えてきたときに、抱っこしようとすると、その職員に向かって乱暴な言葉をはいたり、反抗してパニック状態に陥ります。

職員はそれでも愛情をかけて子どもを育てています。ところが、国の基準が6対1であることが、大変です。大竹会長が社会福祉協議会の会長になられましたので、この実情を訴えたいと思います。これは法律を変えなければならないので、幅広い運動をしていきたいと思います。因みに、日本は6対1ですが、イギリスに行きますと、子ども1人に職員1人が基準です。

児童福祉士は日本で10万人に1人、イギリスは5、000人に1人と、これだけの差があります。虐待が起きますと、マスコミは児童相談所に対して「何をやっていた」と、批判記事を書きたてます。(最近もTVで幼い子どもが虐待を受けて死亡したニュースを大きく取り上げ、コメンテイターの女性はどうして親の素振りから、おかしいと思わなかった?と批判していました。同席した男性のコメンテイターが実情を知っていたので、難しいですよと相談所をかばった発言をして、ほっとしました。)

日本では、児童福祉司の数がまったく足りないのが実情です。1人で年間230件のケースを抱えています。東京都は100〜120件だと聞いていますが、1日1件でも休めないほど大変です。イギリスは20件です。ニューヨークは12件です。

日本の社会は子どもに対する支援がいかに少ないかということです。予算のなかで高齢者70に対して、子ども・家庭には4の割合です。日本の未来はどうなりますか。虐待は繰り返されます。子どもたちの親が実は、児童養護施設で育った経験をもっています。虐待を受けた子どもは繰り返すということを聞かれたと思います。このため、子どものケアだけでなく、虐待を繰り返す親の方から、いろいろな支援をしなければ変わってこない。子ども1人当りに500万円ぐらいのおカネが国から支給されますが、それでも十分なことができません。これがもし、家庭で年間500万円かければ、どれほどの教育ができますか。本当に悲しい限りです。イギリス、オーストラリアでは、グループホームという形で少人数で子どもをケアしています。里親制度もしっかりしています。

いま日本でもやっと、国を挙げて、グループホーム化しようと、6人を1つのユニットとしてなるだけ家庭的な雰囲気で自分の子どものように育てようと、大きな声で言っていますが、実際、支給されるおカネで、職員の方も課題を抱え、住み込みがダメだと労働基準局と話し合わなければならないほど、苛酷な労働条件があります。

日本の福祉社会に入ってくる人は、子どもや老人に奉仕したいと、気持ちのきれいな人たちがやってきます。その方々の善意に支えられているのが現状です。残業も多く、休日にも出てきます。「善意だけで仕事をしてはダメです。善意だけで仕事をすると、かならず潰れる」と、職員に言います。気がつくと、休みの日に出て仕事をしている実情を知ってもらいたいのと、国の制度を変えてほしい。

2〜18歳の子どもが18になると、いきなり社会に出され、そこでアパートを借りて、箸の1本から揃えなければならない。まず、保証人の問題に直面する。園長など職員が個人的に保証人になる。東京都の場合、子どもたちがある、一定額以上の迷惑をかけた場合、補助する制度もできています。子どもが生活するにしても、就職するにしても、保証人1人いない。大学、専門学校に進学したいと思っても、奨学金制度が薄い。園を出て行ったあとの社会の支援を願いたい。

虐待の子どもが多く入ってきますので、子育ては園のなかでも大変な状態です。地元の小学校から苦情がくる。この地域に児童養護施設があるため、非常に苦情が多いと言われます。学力が低いので、他の校区に行かせる親ごさんも多い。いろいろケアをしているが、行き届かない。ADHD(Attention Deflict Hyperactivity Disordes)=注意欠陥多動性障害,教室内で落ち着かないで、バタバタしている。走り回り、奇声を上げて授業を防害してしまう子どもがいる。施設の子どもにはこういう子供の割合が多くになっている。家庭でもADHAの子どもがいるので、学校も苦慮しています。そこへ施設の子供が入ってくるので、学校はさらに苦しみます。こういう子供たちを行かせる施設がない。情緒障害の子どもにも対処しなければならない。

万引き、暴力事件を起こす子どもは家庭にもいますが、施設ではその割合が多いのです。それらの子どもに措置変更ということで、特別な施設に移すわけですが、そういうところに行ってよくなるでしょうか。社会から心も身体もボロボロになってモノを破損し、暴力を振るうことしか表現できない。こういう場所にしか、子どもの置き場がないということが、非常につらい。こういう子供たちを受け入れる施設を、民間のみなさまのお知恵を借りて、つくっていただきたい。虐待の問題は見えていないことが、たくさんあります。ぜひ、皆さんも実情をお伝えしていただきたい。

親から何度も虐待を受け、知的障害になった子どももいます。ところが、児童相談所のほうでは、虐待を見抜けず、数年経ってしまいました。小児科の医者の中に虐待の専門医が少ないから、児童相談所へ通告して親権を停止するには弁護士ら多くの関係者がチームをつくって裁判して対応することなど、多くの手続きがいる。医者の方がめげて通告しても、証人にならない。その子の生命の危険に及ぶこともある。

この例では、子どもを別の施設に入れて、週末に家に帰るたびにまた虐待を受ける。月曜日になると、子どもの状態が悪い。何度も親と相談するが、虐待を認めない。

ある日、施設に戻って来た子どもの前歯が折れていた。はじめて知的障害の子どもは「お母さん」と言った。そこで、母親の虐待がやっと認められた。女の子の安全が保たれた。それを担当した医者は、「お母さんが何度も子どもを怪我させながら病院に連れて行っています。もし、虐待を隠したかったら他の病院につれて行ったでしょう。同じ病院に連れてきたことは、どうか、私を止めてくださいというメッセージを伝えているんです。今の日本の仕組みではそういう人たちに手を差しのべられない」という言葉を忘れられません。今日こうしてお話させていただいたのも、なにか大きなチャンスだと思います。ご意見をおきかせください。

【ボクはベリーといいます。もう、犬で言えば、老人です】

●<近況>
 孫ならず、パピオン現われる
 息子が3連休を利用して久しぶりに我が家に戻ってきた。結婚して数年経つが、嫁はハワイへヨガの特訓に出かけた後、今度は教祖のいるインドに出かけたと言う。その間の休みを利用して、愛犬のパピオン(名前はベリー)を連れて、「孫のようなものや」と預けていった。家の中に入れるが、トイレのマットを敷いておくと、そこにするよう、しつけられている。

 ある時、セコムをセットして犬を置いて買い物に出かけた。携帯にセコムから緊急連絡が入った。
 「侵入通知がありましたので、お宅に来ています」
 驚いてすぐに引き返した。犯人はパピオンだった。犬の背丈なら感知しないのではと思っていたので、通常のようにセットしていた。犬はあちこち動き回るので、当然、感知されるという。セコムの威力を知るとともに、感知してから駆けつける時間も分かって、いい勉強にはなった。

 昨年のニューヨークマラソンに個人参加した竹馬の友と会った。さすがにマラソンに出るだけあって、若い雰囲気を感じる。マラソンを始めたのはここ数年のことのようですが、若い頃から毎年、スキーには出かけていると言います。根っからのスポーツマンであるわけです。「兄弟に糖尿病のものが多いので、マラソンをしようと考えたそうである。

定年後は健康との闘い

  「岡田様
 早々にご丁寧なメールをいただき恐縮しております。  ご無沙汰しておりますがお元気でご活躍のご様子、  何よりと嬉しく拝見いたしました。
  私は今年の6月末で会社生活を終えますが  その後は特に予定もなく只管ゆっくりするつもりです。  季刊誌の編集もNPO活動も勿論書籍の刊行も  いづれもそれなりの能力や気力が伴わなければ無理ですよね。
  私には岡田様のように充実した日々を送れそうにありませんが、 何はともあれお互い健康第一で良い時間を過ごしましょう。」
 私の周りにも定年者が増えてきました。皆さん大変、活躍されていると思います。奥様に先立たれた人もおられますが、なんとか再起しようという思い記した賀状もいただきました。

 先の方に返信メールを送りました。
「定年を無事迎えられることは昨今、大変なことだと思います。現役時代は、いわば職場、仕事との闘いですが、定年後は健康、病との闘いに変わって参ります。定年前には、定年後の夢を描きますが、私の場合、その夢はすぐに吹き飛んでしまいました。

 そのため、何かをしていないと落ち着かないのです。幸い、定年3年目の昨年は、仕事が増え、忙しかったですが、今年はわかりません。昨年、人間ドッグでがんの疑いを持たれ精密検査をした時は、虚脱状態に陥りました。兄も弟も、がんでしたので、次は私の番だと覚悟しましたが、幸い、なにもなく、助かりました。

 糖尿予備軍で、市の保険所からそういう住民を集めプールで体操を指導しています。これも政府が医療保険の財政難で病人になる前に、なんとか食い止めようという政策の一環です。私も参加しましたが、結構、効果はありますが、続けないとダメですね。

 定年後は何か目標を立て生きることが大事でしょうね。私が見る限り、周囲の方はそれぞれ工夫をして余生を楽しんでおられるように見えます。

 寒さが厳しいですので、お体には気をつけて、時々、メールをください。岡田」
 


 










2006年1月元旦(日曜日)曇り

     明けましておめでとうございます

 ◎みなさま、お変わりございませんか。本年も日記を綴っていきますので、時折覗いて、みなさまのお声も聞かせてください。元旦の日記には、年末に届きました元外務官僚の七尾清彦さまのメールをご紹介します。七尾さまの活動につきましては、下記のHPをご覧ください。


岡田清治さんへ
 
年の瀬も押し詰まってきましたね。ごぶさたです。お変わりないですか。
 
  年の瀬にあたり琵琶湖湖畔で世の移りゆく様を眺めていますと色々と感じることがあります。

  先の選挙での圧勝で小泉ご本人はもとよりですが、株価も少し戻ってきたこともあって多くの人がウカレ気分、デパートは満員のようです。当座は結構なことですが、改革の入り口にやっと入ったにすぎないということを忘れないようにしていきたいものです。

  小泉政権のやっていることは道路公団や郵政などの看板の掛け替えという、やり易いことばかりに手をつけてお茶を濁している、というのが実態ではないでしょうか。
痛みをともなう大幅歳出カットやジャブジャブ公務員の切込みなどは、劇場型ジェスチャーにとどまっています。
 
  良いことも沢山出てきていますね。いわゆる政治屋のパーフォーマンスとは別に、大多数の国民は改革に本気になってきているようで、これは勇気付けられます。大阪市労組と市当局の永年にわたる馴れ合いへの市民の反発、アネハ耐震強度偽装事件への反発などを見ていると、悪事がバレた場合の国民、市民の反発度はこれまでになく
強まっており、政治などのシステムがこれに対応せざるを得ないという状況が生まれつつあるようです。教育や老人介護などへの住民の直接対応もどんどん前向きの事例が全国各地で生まれてきており、日本人は決して馬鹿じゃないといえますね。
 
   問題は、このような国民、市民、住民の気迫が衰えないうちに、システムがちゃんとした長期的改革の対応を示していけるかどうかですが、さて、さて。。。 おまけに、浜の真砂が尽きぬように悪事を働く輩ドモの蠢動はいつの世でも続くわけですから、これらには厳罰で臨むようシステムが対応していかなければならないのですが、、、、。
 
  先の選挙では、民主党があまりにも魅力がないが故に小泉自民にやむなく投票した国民が多かったのではないかと思っています。私は迷った末、自民にも民主にも投票できず、国政選挙では生まれて初めて棄権をしてしまいました。小泉は選挙で全権委任を受けたと誤解し相当はしゃいでいる感ありです。安倍晋三に後継総理の座を
恐れるなと言ってみたりで、まるでキングメーカー気取りです。

民主は前原が「対案、対案」と騒ぐのみで、党としてのめざす理念やその達成の行程などの大事さには頭が回らないという態です。選挙で民主が惨敗したのは、郵政改革で対案を出さなかったといった目先の戦術的なことによるものではありませんよね。党として目指す理念が有権者にはさっぱり見えてこないという民主党の発足以来の分裂症状に嫌気がさしたことにあるのではないでしょうか。このことに前原坊やは気がついていないようです。
 
  飛んで来る目の前の弾丸に対応策を打ち出すのは前線の小隊長のやることのように思います。党首たるものは、政権奪取の基本戦略を練るのが第一の任務だと思うのですが。自民内部では今回の大勝を受けて、増税路線直行か、景気回復・歳出削減先行かで、はたまた反動的改憲か、穏健中庸な改憲かで、来年九月までは路線闘争が
展開されるでしょうから、民主には天恵の時間的余裕があるわけで、多くの国民が魅力を感じる理念と政策体系を練り上げるチャンスなのですが。

  健全な反対党がない日本を、海外の心ある識者たちは不安の目で見ているのではないでしょうか。経済界と国民がしっかりしている間は楽観できましょうが、いつまでも持ちこたえることは出来ませんしね。
 
  こんなことを考えながら戌歳を過ごしていくことになるような気が致します。
  >
  >                それでは良いお年を。   

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  七尾 清彦

  ホームページ
  「 シヴィック・エクスペリエンス」

       ( http://civex.org
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近況

◎…年末から季刊誌のゲラのチェック、今春、上梓します評伝の原稿見直しなどを中心に忙しく過ごしております。それでも定年後は時間の空いた時が休みのようなものです。
 熊本出身の女房の母校、県立荒尾高校が第85回全国高校ラグビーフットボール大会に出場(2回目、3年ぶり)することになり、花園ラグビー場へ開会式、1回戦、2回戦と応援に付き合いました。花園ラグビー場は自宅から車で5分とかからないところにあります。
    
 【黄色のジャージが荒尾、啓光学園と好試合を】       【試合後、選手たちとスナップに収まる女房】

 1回戦は国学院栃木に10−9で勝利した。

 名古屋の友人へのメール:「本日、荒尾ー啓光は前半3−5、後半0−10 計3−15で惜敗しました。啓光相手に、一時は大金星かと思わせるほど善戦しました。選手たちも負けても喜んでいました。
 今年は東海大仰星が強そうでした。」

 ◎ラグビー好きの友人からのメール:「僕も今日から冬休みなので、伏見稲荷を奥の院まで参拝したあと、花園へいきました。荒尾の試合は花園で結果だけ知ったのですが、 啓光が3トライで、ゴールキックが1本も決まっていないということは、 荒尾のディフェンスががんばって、キックの難しい場所にしかトライさせなかったんだろうなと想像しています。
来年も熊本代表になるんじゃないですか。

 第1グラウンドで2時半から行なわれた天理VS秋田工業を見たのですが、ノーサイド直前までどうなるかわからない緊迫した試合でした。 個人的にはタックルの上手いチームが好きなので大満足の試合でした。 
  大学ラグビーは早稲田がセミプロみたいになって少し興味が薄れてきたので、 瑞穂で行なわれる教育系大学選手権を見に行こうかなと思っています。

 ◎再び、友人へメール:「そうでしたか。私たちは、大阪工大ー札幌の前半で引き上げました。現地ですれ違ったのですね。高校ラグビーは地方色が出ていて、雰囲気もいいですね。花園ラグビー場は万年、赤字で、経営している近鉄は本当はリストラしたいのでしょうが、ここまでくると、できません。ラグビーの試合がないと、駅、ラグビー場周辺は全くひと気がありません。食事処、レストラン・喫茶店も成り立たないのでしょうね。
 今年夏ごろでしたか、この傍の公園で幼児の殺人事件がありましたが、それほど人がいない環境です。

 聞いた話では主催の毎日新聞もこの大会がお荷物になっているというので一時、読売が東京でやりたいと考えたこともあったそうです。今は、なんとかがんばっているようです。読売からすると、野球も、ラグビーも朝日、毎日にやられ、しかも関西というのが面白くないかもしれません。そこで、サッカーに力を入れているのでしょうね。

 高校ラグビーの花園、野球の甲子園、サッカーの国立は文学の芥川、直木賞のように定着しているので、これを変えることは国民が許さないのではないかと思いますが・・・・。」

◎再び、友人からメール:「12月30日、僕は、愛知県代表の試合を第3グラウンドで見て、それからメイングラウンドへ行きました。
 丁度、大工大の試合がノーサイドになったところでしたので、どこかですれ違っていたかも知れませんね。

 おっしゃるとおり、近鉄花園ラグビー場については一昨年の暮れに売却の噂が流れ、高校ラグビーも大阪開催は昨年が最後ではと言われました。

 さらに、近鉄がラグビートップリーグから、下部リーグへ降格したことからいよいよ・・・と思われていたのですが、今年も無事に開催されホットしています。

 近鉄も来期はトップリーグに復帰しそうですし、高校ラグビーも今年は神戸製鋼がメインスポンサーになったみたいで、少しほっとしています。
 なにしろ、同じ場所で3面のグラウンドを持つようなラグビー場は花園ぐらいですから、僕のように良い試合をたくさん見たい人間には花園でなくては困ります。

 ただラグビー人口が増えないと大会の継続は危ないでしょうね。鳥取県大会などは、出場3校。うち1校が棄権したために、1回戦=決勝戦というありさま。県大会出場3校は香川もそうです。
 佐賀県などは出場4校ですが、佐賀工業などは全国でもトップレベルですので出場校が多ければよいというものではないのですが。

 愛知県人の僕としては、名古屋地区で、全国規模の大会を何かやってもらいたいのですが、万博とかオリンピックには興味を示しても、国内の、ましてや高校生レベルの大会には見向きもしないところは、いかにも見栄っ張りな名古屋人気質なのかも知れません。

 
 ※荒尾高校はラグビーの素人集団を今の監督がここまでレベルアップを図ったそうです。熊本は熊本工業がこれまで常連高校でしたから、その指導手腕はたいしたものと思います。ほとんど全員が地元だそうです。