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カラフルレイン







 テント張りの露店では、秋の味覚が沢山売られている。収穫祭が催されているブラッドの領土。広場に踏み出せば、露天の前によく知る集団が立っていた。
 店主からワインの瓶を差し出されているのは、帽子屋領の領主で、ふざけた名前のマフィアのトップ。組織の由来になっている奇抜な帽子をかぶり、他人を馬鹿にしているとしか思えない衣装の男に、アリスは歩を止めた。
 妙に、意識してしまうのは、ボリスの所為だ。
 彼から貰ったチラシは、綺麗に畳まれてスカートのポケットに入っている。上から抑えながら、部下に囲まれてなにやら店主と話をするブラッドをぼんやりと眺める。
 遠目にも判るほど、整った顔立ちと、だるそうな態度。それでも、指示を出したり、瓶を撫でる指先に色気を感じてしまうのは、その手に触れられる機会が多いからだろうか。しなやかで綺麗な手。なのに、決して女性らしくないのは何故なのか。帽子の作る影に覆われた表情はいくらか冷たく、怜悧だ。腕を組み、顎に指を当てて考える仕草が、艶っぽくて、アリスは心臓が騒ぐのを感じた。
 視線を逸らせられない。
 ぼうっと魅了されていると、不意に男の視線がゆっくりと動き、ぴたりとアリスに定まった。はっと我に返るのとほぼ同時に、冷たいだけだったブラッドの顔に、ふわりと笑みが広がり、アリスの身体の奥がずきんと疼く。
慌てて視線を逸らすより先に、部下に指示を出して店先に残したブラッドが近づいてくる。所在なさげに足を踏み替えるアリスに、男が眉を上げた。
「いつもの髪形もいいが、上げていると色っぽいな」
 夏に行ってたのか?
 だるそうな声音。伸びた指先が、顎を滑り喉をさする。びくん、と肩を強張らせ、アリスは自分が髪を結え上げたままだと気付いた。
「ええ・・・・・ボリスに会いに」
「楽しかったかな、遊園地は」
 微かに声に不機嫌そうな色が混じっている。
「ゴーランドが新しいアトラクションを作ってて・・・・・暑かったけど、楽しかったわ」
「ふーん?」
「ティーポットの中を、ぐるぐる回って滑り落ちるティーカップが、注ぎ口から下のプールに放り出される、ていうアトラクションで、貴方によろしくってゴーランドが」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 眉間に皺を寄せて、「それは何の嫌がらせだ」と苦々しく吐き捨てる。
「結構面白かったわよ?飛び出したティーカップの着地する地点で点数が出るの」
「君みたいなお嬢さんにとっては危険な代物にしか思えないのだが」
 渋面で溜息を付くブラッドに「まあ、ね」とアリスは苦笑した。
 乗ったのは一度だけで、ゴーランドとボリスが一緒だったが、確かに別の意味で涼しかった。
「で、私が仕事をしている間に、他の連中と遊んできた感想は?」
 皮肉気に歪んだ笑みで尋ねるブラッドに、アリスはつんと顎を上げた。
「サンクスギビングディに働く、って決めたのはボスでしょう?」
「確かにそうだが、君の事に関しては別だ」
「・・・・・仕事、ていうけど何の仕事をしてたんだが」
 振り返ったアリスが見つけたのは、大小さまざまな箱やら何やらの荷物を運んで行く同僚達だ。大半はここの市場で贈られた物のようだが、中には綺麗なリボンや包装紙で包まれた物もちらほら見える。
「ここは私の領土だからな。領地内を見回るのも立派な仕事だよ」
「で、歩く度に次から次へと貢物が贈られてくるわけね」
 どこに立ち寄って来たんだか、と呆れたように告げるアリスに、ちらりと視線を落とし、ブラッドはくすっと小さく笑う。
「そうだなぁ、お嬢さん。私は誰かさんのように贈られてきたものをつっ返すような真似はしない主義なんでね」
「・・・・・つっ返してなんかないわ」
 受け取る理由が無いの。
 思わず答える『誰かさん』に、ブラッドはすっと背をかがめて顔を寄せる。
「男が女に贈り物をするのに、理由が必要か?」
「男か女の前に、貴方と私は上司と部下よ」
 ふわり、と鼻を掠めた薔薇と紅茶の香り。最近よく身近に感じる香りから慌てて距離を取り、アリスはブラッドに背を向けて歩きだした。
 こんな距離、今は駄目。こんな風に話せるのはくすぐったいけど、今、ブラッドは仕事中なのだ。公私混同はしたくない。
 だが、アリスの上司はただ可笑しそうに笑うだけで、自由奔放だ。
「・・・・・確かに上司と部下だが・・・・・君は私の愛人でもある」
「・・・・・・・・・・っ」
 しれっと告げられた台詞に、男に背中を向けていたアリスの頬がかあっと熱くなった。夏の名残のような熱さだ。
 ブラッドと訪れた冬の教会。そこで言われた台詞を思いだすアリスに、歩を詰めて近寄ったブラッドがそっとその両肩を掴んだ。
「それに、生憎私は普通じゃないんでね」
 ぐっと引っ張られ唐突に歩く方向を変えられたアリスは、慌てて己を掴む男を見上げた。
「ちょっと!?」
 屋敷はそっちじゃない。更に腕を取られ、軽く引きずられるアリスに、ブラッドはにっこりと笑った。
「そんな普通じゃない男を上司に持ったんだ。諦めて付き合いなさい」
「ど、どこに?」
 ちらちらと後ろを見れば、同僚たちが笑って手を振っている。
 恐らく、次のシフトなど気にするな、という意味だろう。気にして欲しいアリスは、非難がましく自分の上司で、愛人扱いをする男を見上げるが、彼は大層上機嫌で歩いて行く。
「メリーやおちびさんとデートしてきたんだ。私とだってしてくれるだろう?」
「・・・・・・・・・・どこに行くのよ」
 夕陽の所為だけじゃなく、頬を紅く染めながら、アリスはそっと俯いた。きゅっと手を握られるのを感じ、くすぐったい気持ちが膨れ上がる。
「そうだな・・・・・近くに秋の味覚でフルコースを出す店があるんだが、どうかな?」
 そこのデザートの林檎のアイスクリームは、熱々のチョコレートが掛っていてなかなかの代物だぞ?
 見下ろす碧の瞳と視線を合わせてしまえば、アリスには逃れる術はなくて。夕焼けに感謝しながら、アリスはブラッドの手をきゅっと握り返した。