Muw&Murrue

 待ち人来りて Y




 裏庭にやって来たその姿に、マリューは慌ててキラから離れて、裏口に駆け寄る。だが。
「マリューさん!」
 痛くて足に力が入らず、その場にへたり込んでしまった。
「マリュー!」
 慌てた声がして、マリューは失敗した、と息を飲んだ。
「どうした!?」
 泥だらけに、乱れた髪。汚れたスカートの裾から覗く、細い足首が真っ青だった。
「・・・・・・・・・・誰にやられた?」
 氷のように冷たい声音。でも、そこに含まれる熱さに、マリューは無理やり笑った。
「こ、転んだんです。そ・・・・・そこの石段につまづいて・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「転んだって・・・・だってさっき、助かったって・・・・。」
 口走るキラに、マリューが慌てた。
「こ、こんな所、誰かに見られたくなかったし、き、来たのがキラくんだったから、助けてもらえると思って・・・・・・。」
「そう・・・・・ですか?でも・・・・。」
「キラくん、手を、貸してもらえる?洗濯物は大丈夫だから。部屋まで行けば湿布もあるし、まずは着替えな」
「キラ。」
 ムウが、そんなマリューの言葉を打ち切り、
「この洗濯物、持っていけ。」
「え?」
 言われたそれに、キラが眼を丸くした。
「あ、でも・・・・マリューさんは・・・・・。」
「彼女は俺が連れて行く。」
 有無を言わせない物言いに、キラはこっくりと頷くと、マリューからシーツを受け取り、裏口に消えた。残されたマリューの、俯いた頬を、春の風がかすめていく。
「本当に、転んだのか?」
「・・・・・・・・はい。」
 それに、ムウは大げさに溜息を付いて、
「きゃあっ!?」
 彼女を抱き上げた。
「だっ・・・・・旦那様!?」
「今は二人っきり。」
「・・・・・・ムウ・・・・・さま。」
 さまは余計だと思うが、まぁ、一応は合格点としておく。
「とにかく、医者に見せたほうがいい。」
「じ、自分で街まで行きます。」
「呼んだ方がいい。」
 それに、マリューは慌てて反論した。
「ダメです!」
 むっと彼が眉を寄せた。
「何で?」
「・・・・・こういうことは・・・・・ちゃんと自分でしますから・・・・。それに、旦那様が、お医者を呼ばれれば、旦那様に何かあったと、周りが誤解します。侍女一人に、医者を呼ぶなんて、いくらなんでも・・・・・。」
「場違い?」
 こっくりと、マリューが頷いた。それに、ムウが深く溜息を零した。
「わかった。なら、今日の仕事はもういい。・・・・・部屋で、待っててくれるか?」
 裏口から館に入り、彼女の部屋の前に降ろして、ムウが聞く。
「え?」
「一緒に医者まで行こう。」
「!!!」
 それに、マリューが息を飲んだ。
「あのっ・・・・・。」
「これからの仕事は取りやめる。迎えにいくから、一人で勝手に出かけるなよ?今、執事に話してくる。」
「旦那様っ!」
「マリューは大人しくしてろ!いいな!」
 しっかり釘を刺して、さっさと行ってしまうから、マリューは困惑する。迷惑はかけないつもりだったのに、逆になってしまった。
(・・・・・・・。)
 一緒に始めようとは、こういうことなのだろうか?痛む体を部屋に押し込み、ベッドの上に腰掛けて、マリューは溜息を付いた。

 少しずつ、一緒に居られる時間を増やすと、そういう意味なのかしら・・・?

 だが、マリューのこの読みは、あっさりと覆されてしまった。



 ムウ自身が運転した車で、街まで出てくる。掛かりつけの医者がマリューを診て、転んだ傷ではない、とムウに断言した。今、彼女はついたての向こうで着替えをしている。
「多分、殴られたか、蹴られたか・・・・・。」
 背中の痣は、打撲ですから、おそらく突き飛ばされたのではないでしょうか?
 その医者の見立てに、ムウはぎゅうっと両手を握り締めた。大体の事情は、察しが付く。
(フォローすると・・・・・約束したのに。)
 彼女たちの親が、家に戻してくれるように言ってきたのは、昼のちょっと前だ。だから、もう何も無い、と思っていたが、甘かった。
 カーテンの向こうから、細い足首の包帯が痛々しい彼女が現れるのを見て、ムウはもっと早くに決断すればよかったと、後悔した。
「大丈夫か?」
 歩きにくそうな彼女を、慌てて支え、何でもないように笑う彼女が、ムウはますます痛かった。
 病院を後にして、車まで向かいながら、ムウはふと、足を止めて裏の方に彼女を引っ張った。
「あの?」
 人ごみから隠れて、ムウはぎゅうっとマリューを抱きしめた。
「ゴメン・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「もっと早くに、言えばよかった。」
「・・・・・・・・何が、ですか?」
 それに、ムウが真っ直ぐな瞳でマリューを見た。
「君には、俺の部屋に住んでもらう。」
「!!!」
 それに、マリューの息が止まった。
「な・・・・・っ」
「君が気にしてる、身分の差、とかそういうの、埋めるには一番手っ取り早いだろ?」
「・・・・・・・・・。」
「知らないことがあって、困る世界だと思うなら、俺が教えてやるし、教養や素養や礼儀や、そんなのが問題なら、一緒に解決しよう?それだけ手間かけて、君を一人前にする。そんなこと、したいと思う女は、マリューだけだからさ。」
 一緒に始めよう。
 それは、そういう意味だったのか。と、そう思った瞬間、ムウに掴まっていたマリューの手が震えた。
「どうした?」
「・・・・・いえ・・・・・・そんなこと・・・・・・言われた事もなかったから・・・・・。」
 嬉しくて、と呟くマリューが、ムウは心の底から愛しくて、しっかりと抱きしめた。
「とにかく。」
「はい。」
「やるなら徹底的に、だ。」
「はい。」
 顔を上げたマリューに、ムウは口付けた。
「もう二度と、逃げられないぞ?」
 それに、マリューは微笑んで頷いた。
「ん?」
 車に乗り込む男女に、その男は目を凝らした。金髪の男の方は、知らない。だが、女の方は、よく知っていた。
「マリュー?」
 彼女が、少し色っぽく見えて、男はどきりとした。艶やかな笑顔を、運転席の男に向けている。
「・・・・・・・。」
 遠ざかる車に、男はふうん、と意味深な笑みを浮かべた。
「なぁんだ。幸せになろうとしてる、って?」
 僕だけを愛してるんじゃなかったのかな、マリュー?
 男の心に、悔しい思いが膨れ上がる。ぐっと手を握り締めて、思う。
「けどな、マリュー。お前は僕のもの、だよな?」
 その呟きは、春の楽しげな街の、雑踏に紛れて消えていった。
                                                 終わり。



「!!!!」
「!!!!」
 衝撃に、開いた口も塞がらない。
「ら、らららららラクスッ!」
「キラッ!」
 二人で顔を見合わせて、口をぱくぱくさせる。
「なんなんだよ、これッ!」
「はいっ!」
「どどどどういうことだよ!?」
「で、でも、終わりって・・・・・・。」
「続く、じゃないの!?」
 それに、がたん、とラクスが椅子を蹴立てて立ち上がった。
「これはもう、殴りこみですわッ!」
 ふざけすぎです、カガリさんッ!
 それに、キラも勢いよく立ち上がる。
「そうだよ!こんな終わりなんてありえないよっ!続きがあるのか、無いのか、はっきりさせるべきだッ!」
 二人で手を取って、うん、と頷く。そのままダッシュで部屋を出て、ランチがある格納庫を目指す。
「お?」
「あら、キラくん?」
 廊下を飛ぶのももどかしく、二人で泳ぐように両手を振って突き進んでいると、角でマリューとムウに出会った。どうやら、何かの話し合いでエターナルに来ていたようである。
「どうした?そんな変な移動して。」
 そんなムウの言葉に、キラが噛み付いた。
「これが、変な移動をしないでいられますか!」
「そうですわっ!一大事ですのよ!?」
 それに、さっとマリューの顔色が変わった。
「どうしたの!?まさか、ザフトに何か動きでも!?」
「ザフトじゃなくて、虎ですよ、虎っ!砂漠の虎ッ!」
 それに、キラが喚いた。
「あんな風に登場したら、誰だってマリューさんの危険を感じるでしょう!?」
「そうですわ!ようやくお二人が幸せになりそうでしたのに!大体、これからが面白いところですのよっ!」
「そーだよ!二人の愛の生活と、厳しい特訓がさっ!それなのに、砂漠の虎なんか出してきて・・・・・ッ!きっとマリューさん、よろめいちゃうよ!」
「そんなの、断固阻止ですわ!キラ、急ぎますわよッ!」
 叫ぶだけ叫んで、やっぱり二人で泳ぐように飛んでいくから、残された二人は訳がわからない。
「・・・・・・マリューの危険って?」
「さあ・・・・・。」
 全く身に覚えが無い。
「虎、って言ってたよな?よろめく、とか。」
「ええ。」
 それに、がっとムウがマリューの肩を掴んだ。
「まさかマリューッ!砂漠の虎と・・・・・・!?」
 その彼の後頭部を、マリューが思いっきり叩いた。
「そんなわけないでしょ!?」
 大体、毎晩毎晩人の部屋に上がりこんで放さないのは貴方でしょうがッ!
「でも俺、マリューからちゃんと『愛してる』とか聞いたこと無いんだけど?」
 だから実は・・・・・・。
 それに、マリューが激怒した。
「バカなこと言わないのッ!例え何があっても、私は貴方以外、誰も愛したりしませんし、抱きしめたりしませんっ!!」
 そのマリューの言葉に、ムウがにんまりと笑うと、ぎゅうっと抱きしめた。
「断言したね?」
「ええ。」
 ちゅっとマリューに口付ける。
「ならもう、二度と逃げられないよ?」
 それに、マリューが微笑んで頷いた。
「受けて立ちましょう?」


 はてさて、カガリが続きを書くことがあるのか、無いのか。とりあえず、今は未定、ってことらしいですけどね。
「って、ここで終わるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「読者冒涜ですわっっっ!」
 ええ、全く(笑)

(2005/01/07)

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