Muw&Murrue
- 待ち人来りて W
中の様子は、凄い事になっていた。
「あの・・・・・・。」
あっちこっちに箱が散らばり、その中から、綺麗なドレスが顔を覗かせている。リボンやら、装飾品やらが散らばるそこの真っ只中で、黒で正装したムウが、その山を見渡していた。
「ああ、マリュー。こっち来て。」
普段と変わらない、ぞんざいな物言い。今まで呼ばれなかったことが、嘘のようだ。
わけも分からず近寄る彼女に、側にあった赤いドレスと、薄い水色のドレスとを突きつける。
「あ、あの・・・・・・。」
これを片付けろ、ということだろうか?
「ん〜・・・・色々注文してはみたけど・・・・やっぱ内緒はまずかったよな〜。」
一緒に選べばよかったかな。
笑顔で同意を求められ、
「?」
マリューがきょとんとする。
「絶対赤い方が似合うと思ったけど、なんかいかにも、って感じだよな。」
「??」
一人で納得して、今度は白を基調とした、水色の方を掲げる。
「こっちなら、可愛い感じか。」
髪の毛とか、アップにしたら、うなじが綺麗でいいかも。
「あの・・・・・。」
困惑するマリューを綺麗に無視して、「よし、こっち!」と水色のほうを彼女に手渡す。
「あの、旦那様?」
「じゃ、それに着替えて。」
マリューの眼が、点になった。」
「・・・・・・え?」
「ほら、早く!パーティーまであと一時間しかないんだから。」
ドレスを抱えた彼女を、バスルームに追い立てる。
「ちょっと狭いけど、着替えられるだろ?サイズは特注だからぴったりのはずだ。なるべく、急いでくれな。」
「あ、あの・・・・・旦那さ」
押し込められて、ばん、とドアを閉められる。
「???」
通されたバスルームは、脱衣所だけでマリューの部屋くらいある。
(どこが狭いのよ・・・・・・。)
呆気にとられる彼女は、全くわけも分からずに、着替えを済ませる。背中の大きく開いた、薄い水色のドレスは、ムウが言うとおり、マリューの身体にぴったりだった。
「あ・・・・・あの〜。」
自分の支給品の制服を抱えて出てきた彼女に、今度は見知らぬ女が駆け寄る。
「え?あ、ちょ・・・・・。」
持っていた服を応酬され、うろたえる彼女を椅子に座らせる。
「急いでくれな。」
小さな箱と、装飾品を手にしたムウが、隣の部屋からひょいっと顔を出し、それを合図に、物凄い力で、マリューの髪の毛を梳くから、
「痛ッ!」
抗議の声を上げて睨んでしまう。
「時間が有りませんので。」
素っ気無く言われ、一体何なの!?と理不尽が頂点に達する頃に、綺麗にマリューの髪の毛は結い上げられてしまった。
「これでよろしいでしょうか?」
入ってきたムウに訊くから、私の事は無視?とマリューが憤慨す。
「ん。急に悪いね。」
「いえ。仕事が出来れば、相手が侍女だろうが王女だろうが同じですから。」
最後までマリューには笑顔を見せず、ムウにだけ笑いかけて、その女が部屋を出て行く。
「怒らない、怒らない。ああいう女なんだよ。」
見透かされて、出て行く女を非難がましく見つめていたマリューは、事情の説明を求めて、泣きそうな顔でムウを見上げた。
「旦那様っ!これは一体なんなのですか!?」
これくらいの反抗なら許されるだろう。だって、本人の意思をまるで無視した行為なのだから。
だが、そんなマリューにお構いなしに、彼は手を上げて、彼女の耳たぶに触れた。
「!!」
びっくりして身を硬くするマリューを、
「やっぱり、ドレスが青系だから、青かな?」
完全に無視して、持っていたイヤリングを、自分で彼女に付けたりするから、ついにマリューが怒った。
「旦那様っ!いい加減にしてください!こんなことして、何の意味があるんですか!?からかわないで下さいッ!!」
それに、彼はごくごく真面目な顔をして、さも当然、とばかりに言った。
「からかってないさ。今回のパーティーは女性同伴なんだよ。」
それに、ぽかん、とマリューが口を開けた。それが、あんまり間抜けだったから、ムウは爆笑してしまう。
「だ、旦那様ッ!」
「ご、ゴメ・・・・マリュー。」
笑いを噛み殺し、ムウは柔らかい眼で彼女を見た。
「言ったろ?女性同伴、って。だから、君を連れて行くことにした。」
それに、マリューは今までの人生の中で、一番の衝撃を受けた。
「なっ・・・・・!?」
喉が一気に干上がり、思わずあとずさる。
「ほ、本気でおっしゃてるんですか・・・・・そ、そんな・・・・・・。」
「本気じゃなきゃ、君に内緒で君の為にドレス作ったり、アクセサリー選んだりしないよ。」
「!?」
辺りに散らばるそれらは、じゃあ、全部自分のために用意したものだと、この男は言うのか?
「な、ん・・・・・・。」
一体総額いくらなのか。悲しいかな、庶民のマリューには検討もつかない。目をしろくろさせて困惑する彼女に、ムウは人の悪い笑顔で答える。
「だって、事前に打ち明けたら、君、逃げちゃうでしょ?」
すでに逃げ腰のマリューは、図星を刺されて硬直する。
「でも、ここまで用意されたら、君、逃げられないよなぁ?」
ああもう、マリューは一体何がなんだかわからなくなる。どうして旦那様が自分を選んだのか。下では自分を選んでくれ、と良家のお嬢様たちが華やかな衣装を身にまとって待っているではないか。それなのに、何だって私を連れて行こう、なんて考えたのか。
疑問ばかりが頭の中を駆巡り、くらくらしてくる。思わずよろけた彼女を、ムウが慌てて支え、肩をすくめた。
「ほら、そんな顔しない。にこにこ笑って俺の側に立ってればいいから。」
だからどうしてそれが私なんですかッ!?
そんな絶叫が、マリューの口から迸る直前に、ノックと共にドアが開かれ、執事が深々と頭を下げた。
「車の用意が出来ました。」
「ん、今行く。・・・・・あ、そうそう、あいつら、怒ってた?」
マリューの肩を抱いて歩くムウが、苦い物でも噛んだような顔で彼を振り返る。
「ええ、凄く。誰をお連れになるのか、凄い勢いで詮索しておられましたよ。」
びくっとマリューの肩が強張った。
すごく。すごくすごくすごく、マズイ。
思わずムウの服を、ぎゅうっと握り締めて、しがみ付いてしまう。その彼女の反応に、ムウが苦笑した。
「・・・・・・悪いな。ちゃんとフォローしとくから。」
だったら最初っから私を選ばないで下さい!
そう訴えるマリューの瞳を、綺麗に無視して、更に、まるで周りに見せ付けるようにムウは、正面玄関から堂々と外に出る。侍女たちの、羨望と嫉妬の視線を一身に浴びて、マリューは泣きたくなった。
ここで働く以外、生きていけないと、そう思う。でも、これではクビにならなくても、自分から辞めなくてはならない。
自分が庶民だから、ここには居られない・・・・・。
乗った車の、ムウの隣で、マリューはだんだんと惨めになっていった。どんなに綺麗な服を着ても、どんなに綺麗に着飾っても。
自分の身体に流れる血と、家とを越えることなんか出来ないのだ。
隣に並んだところで、ムウが見て、聞いて、生きている場所に、マリューは手を掛けることもできない。
先輩の言葉が、身に染みた。
分相応・・・・・その言葉が、マリューから離れてはくれなかった。
「なんか・・・・・・やたらと長くない?」
『次』をクリックしながら、キラが隣のラクスを見る。
「あら、キラはお嫌いですか?こういう正統派。」
「いや、嫌いじゃないけどさ。自分で読むならまだしも、誰かに見てもらおう、って考えなら、長いのは良心的じゃない気が・・・・・。」
それに、ラクスがう〜ん、と天井を見上げた。
「でも、ま、趣味ですから。読むのも書くのも自由ですからいいんじゃありません?」
それに、これで商売してるわけでもないですし。
「しかもこれ、ムウさんとマリューさんでやる必要がどこにも無いよ?」
「なら、登場人物を全部シンとステラにします?」
「・・・・・・誰だよ、それ。」
キラの不審気な瞳を、ラクスは笑ってかわした。
「とにかく、カガリさんはまだまだ続ける気みたいですし。とりあえず、読んでみましょう?」
「そ〜だね。この二人がどうなるのか、非常に気になるし。」
「結局はらぶらぶなんですのよ、きっと。」
「・・・・・・・それを言うか?」
政界のトップ。現時点での最高評議会議長パトリック・ザラ。彼が主賓のパーティーということで、各国の政財界の大物が一同に会している。それだけでも。マリューは新聞の中に迷い込んだようで、自分の位置を消失しそうになった。
凄く高い天井と、そこから下がるシャンデリア。明るい光が辺りいっぱいに満ち溢れて、テーブルに並ぶカットグラスに跳ね返り、もう、ホール全体がきらきらしていた。その中を、人が行ったり来たりしているだけで、マリューは眼が回ってしまった。ヒールが高い靴だって、履きなれていない。圧倒されてすくんだ足が、先に歩くムウについていかず、思わず彼女はよろける。
その肩を、彼が支えてくれた。
「平気?」
「平気じゃありません。」
帰りたい、と全身で訴えるマリューに、ムウは意地悪く、
「そ。じゃ、しばらく帰らないかな。」
なんて言う。
「旦那様ッ!」
「その呼び方はなし。ほら、腕組んで。話は俺がするから、マリューは笑って側に付いてればいい。」
そのまま周囲を見渡し、彼は目当ての人物を見つけると、挨拶に向かった。
このパーティーの主役。
パトリック・ザラ。
「どうも、この度はおめでとうございます。」
「おお、フラガ君か。」
議長と握手をするムウを横目に、マリューは気が遠くなりかかる。
この国の最高権力者が、今、目の前に居る・・・・。
「そちらは?」
彼の視線が、マリューの上を滑る。緊張と不安と、プレッシャーでがちがちのマリューは、それでも何とか微笑を返した。
「マリュー・・・・・ラミアスです。」
声が震えないように、精一杯気をつかったつもりだが、相手にそれが伝わったかどうかは、微妙だ。
「ラミアス・・・・・・?」
記憶を総動員させる議長に、マリューの胸が鋭く痛んだ。彼が知っているわけがない。だって自分は、ここに居る事が、奇跡なような生まれなのだから。
いたたまれず、顔色の悪いマリューに、ムウは気付く。と、咄嗟に彼は笑った。
「最先端技術である宇宙開発の権威のラミアス氏を、ご存知ありませんか?」
どきん、とマリューの胸が高鳴った。確かに、彼女の亡くなった両親の肩書きはそうである。宇宙開発事業プロジェクトの、トップ。
「ああ、彼か。近頃亡くなられた。」
「彼女は彼の一人娘です。」
「ほう・・・・いやいや、失礼した。宇宙にはあまり興味がなくてね。」
告げる彼の視線を、ムウは笑顔でかわした。
「まぁ、国家レベルで考えるなら、宇宙開発なんてものは、あまり信用できない分野ですからね。」
空に興味が無いのは、当然でしょう。
「・・・・・・では、君はこれからは空だと、お考えか?」
いささかむっとしたような議長のセリフに、財界のトップであるフラガ家の若き頭首は、更に笑みを深めた。
「はい。地球にしがみ付いていても、資源搾取には限度があります。なら、まだ見ぬ世界に可能性を探した方が、チャンスも広がりますからね。」
「・・・・・・・・そのチャレンジ精神、お若いですな。」
政界のトップは、苦いものを噛んだような顔で、ムウを睨んだ。
「父上。」
と、凍りつきそうな場に一人の少年が割り込んできた。
「アスラン。」
「あちらで皆さんがお待ちです。」
藍色の髪の少年が、マリューとムウに一礼した後、そう告げる。
「そうか。分かった。では、またな。フラガ君。パーティーを楽しんで行ってくれ。」
「ありがとうございます。」
息子に連れられて、議員や貴族が溢れる世界へと、彼は戻っていく。その姿に、ムウはこれ見よがしに溜息を付いた。
「や〜れやれ。」
今まで黙っていたマリューは、そんなムウにしがみ付く腕に、力を込めた。
「あの・・・・・何故、父のことを・・・・。」
再び見知った顔に挨拶に向かうムウに、彼女は困惑気味に訊ねた。
「これからは空だって、言っただろ?君の父上には、何度かお会いした事があるんだ。」
「え?」
「宇宙とはどういうところか、そこにはどのような可能性があるのか・・・・・彼の話は面白かったよ。乗っても良いと、本気で思った。」
なのに。
「本当に・・・・・・惜しい人だったよ。」
「・・・・・・。」
それから、ムウは笑顔で色々な人と挨拶をして回る。その度に、マリューを彼は丁寧に紹介して言った。
まるで、本当に自分が彼の婚約者になったような、そんな気がしてしまうほどに。
「彼女は俺の大事な人です。」
さらっと笑顔でそう、紹介されるたびに、マリューの気持ちは大きく揺れた。
(大事な人・・・・。)
嘘だと分かっていても。
偽りだと知っていても。
自分が、こんな場所に酷く不似合いで、立っていて良いはずが無いことも、理解している。
でも。
(・・・・・・・・・。)
誰かの『特別』になった事の無いマリューには、その言葉はどんなお酒よりも、効いた。
頭がくらくらして、立っていられない。
熱心に株取引についてはなすムウに、マリューは必死でしがみついて訴えた。
「旦・・・・・・ムウ・・・・さま・・・・・私、具合が悪くて・・・・・。」
「え?」
と、お飲み物はいかがですか?と笑顔で近づいてきた女性に、彼らの意識がそれたのをきっかけに、マリューは彼から手を放した。
「マリュー?」
逃げるように、彼女はホールの壁に手を付き、人ごみを避けて、厚手のカーテンの後ろに回りこむ。そこから、少しだけ開いた窓を見つけテラスに出た。
中天に月が掛かり、辺りは青い闇に沈んでいる。ちょうど、庭に下りる階段が側にあり、マリューはドレスが汚れるのも気にせず、階にへたり込んだ。
具合が、悪い。
相反する気持ちに、自身が揺れて気分は最悪だった。見たことすら無い世界になら、嫉妬することなんて無い。でも、マリューは見てしまった。自分が何十年かけても、到達することが出来ない世界が、本当にそこにあるのだと。見てしまえば、自分の人生が酷く惨めに見えてくる。
両親に死なれ、家は、父の研究費のための借金返済に全て持っていかれた。結婚を約束した相手は、自分の趣味の為に、マリューを置いて、ある日突然消えてしまった。
誰からも、必要とされていない。だから、皆私を置いていくのだ。
そんな思いも、ただ、自分のお茶が美味しいから、と側に置いてくれたムウに救われた。
この人の為に働ければ、それで充分な気だってしていた。
でも、それは本当に必要とされているわけではなくて。
ムウは、あちらの世界の住人なのだ。なら、あちらに居る方が自然で、自分は、こちらから、三時という特殊な時間にのみ、触れることを許されているというだけなのだ。
(なら・・・・・どうして・・・・・旦那様は私をこちらに?)
だから望んでしまうのだと、マリューは自分の気持ちを相手の所為にした。
認めたら、もう、マリューはムウの側で働くなんて出来ない。
ムウのコトを、どんどん好きになってしまう、自分の恋心を。
認めるわけにはいかない。
苦しくて、気持ちが悪い。この先、そんな想いで働くことなど、到底出来そうになかった。
どうしたらいいか、判らない。
そんな、膝を抱えて俯くマリューの肩に、暖かい手が触れた。振り払うように顔を上げれば、びっくりしたムウが、自分を見詰めていた。
(2005/01/07)
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