Muw&Murrue

待ち人来りて T




「あれ、ラクス。」
 整備を終えて部屋に戻ってきたキラは、パソコンに向かうラクスに、眼を丸くした。
「艦橋は?」
「今は・・・・・バルトフェルドさんに任せてますわ。」
「何やってるの?」
 細い肩越しに覗き込めば、
「艦内ネットワーク?」
 アークエンジェル、クサナギ、エターナルを繋ぐネット画面が開かれている。
「ええ。ちょっと面白い世界が観れますのよ?」
 趣味の世界ですけど。
 ふ〜ん、と気の無い返事をして、その場を去ろうとしたキラは、そこにある文字に硬直した。
「って、何読んでるんだよ!ラクス!」
「ああ、キラアスの少説ですわ。」
 ぶはぁぁぁぁぁぁっ!
 盛大に吹き出し、キラはがくがくとラクスの肩を揺さぶった。
「キラアスって・・・・僕とアスランが大変なことになってるじゃないかぁっ!」
「他にも色々ありますのよ?キラとムウさんとか、バルトフェルドさんとダコスタさんとか。」
「ややややややめてよ、そんなの読むの!」
 激しく動揺するキラとは対照的に、おっとりとラクスが笑む。
「同じ事をカガリさんにも言われましたわ。」
「だったら尚更ッ!」
「でも今日、カガリさんが新作をアップするって・・・・・。」
 それに、激しく激しくキラが動揺した。
「アップって・・・・・カガリもHP持ってるの?」
 顔面蒼白のキラに、ラクスはさらっと答える。
「ええ。ほら。」
 長いアドレスを、何も見ずに打ち込むラスク。何もそんな所にコーディネイターの力を使わなくても、とキラは思うが、出てきた画面にそんな思いも吹っ飛んだ。
「あ・・・・・あけのさばく・・・・カウンターが五桁突破してるよ・・・・コンテンツは主に少説・・・・。」
 そのカップリングを覗いて、キラの気が遠くなる。
「な・・・・・何やってるんだよ、カガリ・・・・・。」
「最近ではチャンドラさんと、ノイマンさんと、ナタルさんの三角関係物がお気に入りらしいですわよ。」
 どんどん凄い早さで、更新されますの。
 罪の無い、いっそすがすがしい笑顔で宣言されて、キラはがっくりと肩を落とした。知らなくてもいい・・・・そんな世界に足を踏み入れなくたって、生きていける・・・・。
 そんなキラに構わず、嬉しそうにラクスが少説のページを開いた。
「ほらキラ”新しい少説、アップになってますわ!」
「今度の被害者はだれ?」
「マリューさんとムウさんで・・・・・珍しくメルヘンチックみたいですわね。」
 この中では、割かし、まともだ。
「どんなの?」
 青ざめた顔で画面を覗き込むキラは、そのタイトルに少しだけ興味を惹かれた。
「パラレル系・・・・・ふらまりゅ?」



君の為に出来る事       作/炬・由良・明日葉



 自分でも、器用なほうじゃない、とそう思う。でも、不器用とも思わない。ただ、苦手分野があり、得意分野があり、たまたま掃除は苦手分野だったというわけだ。
 そう、自分の中で分析してみたところで、マリュー・ラミアスの失点が帳消しになるわけではない。
 初めて、自分が仕える旦那様の書斎に通され、そこの仕事を言いつかり、思いっきり失敗した、という事実が。
「あのさ・・・・君、名前は?」
 水浸しの床に散らばる、重要書類。それを摘み上げて、バカに優しく言われた言葉。それだけで、充分に恐怖するに値する。
「マ・・・・・マリュー・・・・です。」
「そう。」
 沈黙が痛くて、少しも動けない。そんな真っ青な彼女に、歳若い屋敷の旦那様は、ひれ伏して謝りたくなるような、完璧な笑顔を向けた。
「君はもう、俺の部屋の仕事、しなくていいから。」
 ぐっさりと突き刺さったその言葉は、今でもマリューの胸から抜けてはいない。
「ど・・・・どうしたの?マリュー。」
 ふらつく足取りで、使用人の溜まり場である大部屋に戻ってきたマリューに、先輩の侍女が慌てて駆け寄った。
「いえ・・・・なんでもありません・・・・・。」
 濡れたスカートの裾から、水が床に落ちている。それを見ただけで、先輩は惨事を想像した。
「バケツでもひっくり返した?」
「上に、旦那様の重要書類をぶちまけました・・・・・・。」
 災難だったわね、とは言えない。だって、思いっきり失敗しているのは彼女なのだから。
「そう。もういいわ。着替えて、庭の方をお願い。」
「厩舎ですか?」
「そ〜う。大事な旦那様の馬のお世話、ヨロシクね。」
 告げられて、マリューは安堵の溜息を漏らした。動物の世話は得意分野。そういう仕事なら、一日中だってやっていられる。ただ、こういう事は、大抵下男がやることで、お屋敷付きの侍女がやるのは間違っている。
(どうせなら、性別偽って、庭師とか、家畜係とかを希望すればよかった・・・・・。)
 マリューはそんな素っ頓狂なことを考えながら、スカートを履き替えて表に出た。外はいい香りがする春まっさかり。薄く雲が広がる青空を眺めて、彼女は溜息を付いた。
「私・・・・・頑張るからね。」
 両親を亡くし、一緒に住もうと言ってくれた恋人と、身一つでここまで来た。その彼も、もう、居ない。
 これからは、マリュー一人で生きていかなくてはならないのだ。
 どんなに失敗しても。
 どんなに苦労しても。
 ここをクビになったら、もう行く所が無い。
 綺麗に手入れされた庭を抜け、館の裏に向かう。東に面した丘を正面に見据えるそこに、乗馬用の馬がいる厩舎がある。そこでマリューは、一番可愛がっている、真っ白な馬に駆け寄った。
「キラっ!」



「ちょっと待ってよ!」
「あら、いかがいたしました?」
 順調に読み進めていたキラが、憤慨してラクスを振り返った。
「何で僕の名前が馬なのさッ!」
「さぁ・・・・カガリさんに問い合わせてみないことには何とも・・・・・。」
「全く!僕をバカにしてるよね!」
「あら、でもマリューさんに可愛がられてるのは事実ではありませんの?
 その声色に含まれる、微妙なニュアンスに、キラはぎくりと身体を強張らせた。
「と、とにかく!後でカガリにメール出さなきゃ!僕は馬役なんていやだしね。」



 嬉しそうにキラが鳴く。



「・・・・・・やっぱり今すぐ速攻でメール出すよ。」
「何だか嫌な文章ですものね。」
 しばしの休憩。ラクスと二人で会話をしているうちに、あれからだいぶ時間が経った。
「そろそろ見てみましょう?直ってる頃ですわ。」
「そのままだったら、僕、殴りこみに行くかも。」
 アドレスを打ち込み、例の少説を開く。



 嬉しそうにストライクが鳴いた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「まぁ、随分悩まれたようですわね。」
 白馬がストライク・・・・・・。
「まぁ・・・・別にいいけど・・・・。」
 とりあえず、フリーダムじゃなくて良かった。



「いい子にしてた?今、餌をあげますからね?」
 嬉しそうに鳴く馬に、マリューは心の底からの笑顔を見せた。昔から、動物の世話は大好きだった。自身も、犬を飼っていた経験がある。
 飼葉桶に干草を盛り、食べている隙に部屋の中を掃除する。汚れた藁をどけて水を流し、新しく、キレイな藁を敷いてあげる。ふと、ストライクが振り返って、甘えるように鳴いた。
「そう?嬉しいの?・・・・・・旦那様の一番になれるように、ブラシ、かけてあげますからね。」
「あれ、またマードックさんの代わりですか?」
 入り口付近から声を掛けられて、マリューはそちらを振り返った。栗色の髪に、女の子のような様相。でも実は格闘技が強く、その戦闘の師匠である唯一絶対の姉に逆らえない、庭師のキラが、柔和な笑顔でマリューを見ていた。



「うわぁ・・・・・なんだか悪意を感じますわね、キラ。」
「っていうより、楽しんでるカガリの姿が眼に浮かぶよ・・・・。」



「キラくん。」
「こんにちは、マリューさん。ストライク。・・・・ったく、現金なんですよ、コイツ。女の人には愛想がいいのに、僕みたいなのには・・・・。」
 ふん、と鼻で笑う馬に、キラは肩をすくめた。
「これなんですから。」
「あらあら、妬いてるのかしら?」
「・・・・・・動物、好きなんですか?」
 馬の鼻筋を撫でるマリューに、キラが目を細めて聞いた。
「ええ。・・・・みんな優しい眼をしてるでしょ?だから、好き。ところで、キラくんはどうしたの?」
 言われて、彼は本来の目的を思い出した。
「そうそう。ラクスがお茶に来てくれって。」
 そろそろ休憩時間ですよね?
 それに、マリューがああ、と頷いた。
「ええ・・・・・でも、お邪魔していいの?ラクスさん、もうすぐ・・・・・。」
「あと少しですけど、まだまだ予定日までは遠いですよ。」



 ぶはぁぁぁぁぁっ。
「あら、キラ、いかがいたしました?こちらのお茶、お口に合いません?」
「な・・・・・こ・・・・・ラク・・・・・。」
 眼を白黒させるキラに、ラクスが爽やかな笑みを浮かべた。
「カガリさんにお願いいたしましたの。わたくしを出す場合はどれもこれも妊婦にしてください、って。」
 にこにこにこにこ。
 天真爛漫。天衣無縫。純粋無垢・・・・・真っ白な笑顔に、キラは涙ぐんだ。
「そう・・・・・。」
 相手が僕だって事は、別にどうでもいいんですか?



 幸せそうな、二人。それが、羨ましくもあり、妬ましくもある。でも。
「そうね。お邪魔するわ。」
 にっこり笑って、マリューは了承した。
「それじゃ、待ってるんで。」
 手を振り、キラ達が借りて住んでいる、この厩舎正面の、丘のふもとの家に向かって走っていく。
 行ってしまうキラに、マリューは溜息を付いた。あんな生活が、あったはずなのに・・・・・。
 そんな、寂しく落ち込む気持ちを奮い立たせて、マリューは道具を水洗いし、部屋に戻った。
「あの、私、キラさんの所に行ってきますから。」
 途中、大部屋に顔を出して、マリューはしまったと顔をしかめた。
「失敗したくせに、ちゃんとお休みはお取りになるのね。」
 そこには、五人の旦那様付きの侍女がたむろしていた。自分たち、屋敷付きの者は、この館全体の雑用を主に行うが、旦那様付きの者は、彼の身の回り一切を取り仕切っている。
 今はまだ結婚をされていない旦那様のために、本来なら妻がやるべきことまでも、任されている彼女たちは、実は、良家のお嬢様たちだったりする。未来のこの館の、奥様のポジションを目指し、こうして気に入られようと努力しているのだ。
 そんな彼女たちの嫌味を、マリューは笑ってかわした。
「すいません。」
 とりあえず謝り、その場から逃れようとする彼女に、黒髪の侍女が、待って、と声を掛けた。振り返る彼女に、ぽん、と手紙を渡した。
「午後一番の郵便ですの。でも、忙しくて旦那様に渡し忘れてしまって。なにやら火急の用でみたいですわ。でも、わたくし、今手がはなせない仕事がありますの。お暇でしょう?マリューさん。悪いのですが、代わりに旦那様にお渡ししてくださいません?」
「午後・・・・・一番!?」
 そのセリフに、マリューは凍り付いた。時刻はもう直ぐ四時だ。夕方の郵便の時刻に、本来昼に渡すものを持っていくなんて、怒られるのは眼に見えている。
「です・・・・が・・・・・。」
 詰まるマリューに、
「ね、お願いですわ?どうしても手がはなせませんの。」
 くすくすと、後ろの方から忍び笑いが漏れてくる。
 手がはなせない用など、彼女のようなお嬢様たちに与えられるわけがないのだ。
 だが、彼女は眼で、断る事は許さない、と訴えている。
「・・・・・・・・・・。」
「まさか、断られるおつもり?」
 ふと見渡せば、差すような視線が自分に集中していた。
 クビになるわけには、いかない。このご時世、家もお金も無い女が暮らすには、あとは落ちていくしか道はないのだ。
 でも、ここで断っても、後で旦那様に何か言われたらおしまいだ。
 マリューは唇を噛んで、その手紙を受け取った。
「では・・・・・代わりにお持ちします。」
 失敗して、二度と来るなと言われてしまった。
 それはつい先程だ。
 重い足取りで、旦那様のいる書斎を目指す。
(クビ・・・・・かな。これを受け取ったのが自分じゃなくて、彼女たちだって言って、彼女たちが怒られでもしたら、間違いなく、私の悪口を旦那様に言われる・・・・・そうなれば、どのみちクビよね・・・・。)
 大きく、黒光りするその漆黒の扉の前で、マリューは深く深くため息を付いた。
 これが、最後の仕事かもしれない・・・・・。
 彼女はノッカーを掴んで、ゆっくりと三回ほどノックした。






(2005/01/07)

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