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 舞踏会、と聞いて思い浮かべる物はなんですか?という質問が有ったとしよう。
 アリスは普通に「社交の場で、ダンスを踊って教養や気品なんかを見せつける格好の、優雅で煌びやかな場」と答えるだろうが、この男は多分違う。


「一概にフラワリー・オレンジ・ペコーとはいうが、これは茶葉の数あるグレードの一つでしかない。このフラワリー・オレンジ・ペコーにもさまざまな等級が組まれていてね。その中でもゴールデンティップスやシルバーティップスが多く含まれていればいるだけ、紅茶の等級は上がるのだよ、お嬢さん」
「・・・・・へー」
「今度の舞踏会で出される紅茶はその中でも、ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーの上の最上級、ファイネスト・ティッピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーが振る舞われると言うじゃないか」
「・・・・・そうなの・・・・・」
「ダージリンの中でも最上級と謳われる、セカンドフラッシュの茶葉で淹れられたものは紅茶のシャンパンと呼ばれ、このセカンドのFTGFOPはファーストの金色とはまた違う、鮮やかなオレンジ色で」
「貴方、オレンジ色の物は見るのも嫌じゃなかったかしら?」
「馬鹿を言うな!!FTGFOPの、しかも1の紅茶のオレンジを、見るもおぞましオレンジ色と一緒にするな!」
「・・・・・・・・・・どうでもいいけど」
 セカンドフラッシュのものにはマスカットフレーバーの物もあり、と続けるブラッドを制して、アリスは「それ、貴方くらいの権力が有ればいくらでも手に入るんじゃないの?」と続ける。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 今まで、なんとかという紅茶のグレードに飛び立っていたブラッドの視線が、アリスに落ちた。彼は忌々しげに眉を寄せた。
「もともと、ダージリンが生産される茶園が、標高2000メートルの山岳地帯でね。私の有する領土には山岳地帯は含まれていない」
「あ・・・・・」
 ハートの城のある地形を思い出し、アリスはぽん、と両手を打った。
「・・・・・・・・・・標高2000メートルもあるように見えないんだけど・・・・・」
「城の有するあの辺一帯には、山岳地域も入っている」
 私の領土は主に平野ばかりでねぇ、とブラッドは更に遠い目をした。
「だから、あの山を常々落としたいと思っているのだが・・・・・何分、女王も紅茶好きだし」
 あの辺りの護りを固められると、平地のこちらからは攻めにくくて、必然的に流通ルートや拠点を襲うことになるのだがと今度は茶葉のルートについて話し出す。
 半分その台詞を聞き流しながら、「ようするに」とアリスは言葉を挟んだ。
「なかなか手に入らない、希少な茶葉を得る絶好のチャンス、ていうわけね」
「そういうことだ」
 でなければ、舞踏会なんていう面倒な行事に参加するものか。
 あっさり告げるブラッドに、そういう奴よね、と心の中で付け加え、「楽しみね」と締めくくり、アリスは口を閉ざした。

 行きたいか、と言われれば正直行きたくない。
 ブラッドのような熱狂的な紅茶好きでも無いし、ダンスは嗜み程度にしかやっていない。街で開かれる舞踏会に数回参加したくらいで、いきなり城の舞踏会に参加するなんて無理だ、というのがアリスの感想だ。
 街の舞踏会でもそれなりに格式張っていたというのに、城となるともっと凄いだろう。
(まあ、礼儀作法もなにもあったもんじゃないような輩も参加するんだから、それほど敷居は高くないのかもね)
 再び、紅茶の世界に羽ばたくブラッドを残しアリスはゆっくりと立ち上がった。
 彼が紅茶の世界に旅立つ回数が増えた分だけ、アリスが暇つぶしに付き合う回数も減っている。
 減っているだけで、無くならないのもまた、呆れる要因だが、純粋に紅茶の為だけに舞踏会に行こうという、面倒は嫌いな男に彼女はほんの少しだけ唇を噛んだ。

 アリスが、城の舞踏会に行きたいと言ったら、彼は一緒に行ってくれるだろうか。

(って、何紅茶と張り合ってるのよ・・・・・)

 考えてから、アリスは一人赤くなる。紅茶の為になら動いてくれるが、アリスの為に何かをしてくれるとは到底思えない。思えないのに、そんな所を比較して、更に落ち込む自分が情けなくなる。
 そして、相手は紅茶なのだ。
(馬鹿馬鹿しい)
 決めつけて、アリスはテーブルからスコーンを大量に包むとさっさと歩きだした。普段なら、茶菓子だけ持ち帰るような真似は許されないのに(紅茶ありきの茶菓子、だ)彼は自分が淹れたファーストフラッシュのダージリンの金色を眺めてうっとりしている。
 背を向けて歩きだすアリスが、ろくすっぽ退席の挨拶もしていないというのに、だ。
(・・・・・紅茶なんて)
 なくなればいいのに、なんて呟きそうになる自分にげんなりしながら、アリスは山ほど抱えたスコーンを一個取り上げて行儀悪く噛みついた。さっくりした外側と、ふんわりした内側に癒される。
(紅茶より茶菓子よね・・・・・)
 舞踏会には美味しいものが沢山出てくるんだ、しかもただで、とウキウキしながらしゃべっていた双子を思い出し、アリスはダンスよりも紅茶よりも食べ物目当てに行こうかな、と一人妙な決意をするのだった。



(2012/09/03)

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