Alice In WWW
- プライスレス
「気を付けてくださいね〜お嬢様〜」
「え?」
くっと袖を引っ張られ、アリスはたたらを踏んだ。会合中のクローバーの塔で、何も決まらない、会合とは名ばかりのぐだぐだの集まりから解放され、議場を出てすぐの事だ。
彼女が滞在している帽子屋屋敷は、帽子屋ファミリーというふざけた名前のマフィアの拠点で、今この瞬間もどこかで色々な「悪い事」が繰り広げられている筈だ。その「悪だくみ」の為の打ち合わせなのか知らないが、議場から出て、ソファがあちこちに置かれているホールにて、帽子屋の面々は固まって色々話をしている。
アリスはというと、帽子屋屋敷に滞在してはいるものの、マフィアとしての活動に手を染めた事も無く、屋敷のメイドとして働いているに過ぎない。
なので、そう言った話には全くと言っていいほど、入りこめないのだ。そうなると必然的に、彼女の居場所がなくなってしまう。
この世界に残ったからには、この世界で生きて生きたい。
だが、こういう物騒な仕事には関われない。
彼らに関わりたいのに関われない・・・・・それが不安だが、マフィアの仕事に口出しすることもできない彼女は、そう言う時、近くにあるソファに腰をおろして、集まって話をするいつももの面々を遠くからぼんやりと見ていたりするのだ。
彼らも彼らで、アリスがそういう「血なまぐさい」事態を好まないのを判っていてくれるから、さりげなく、彼女を気遣ってくれる。
今も、エリオットが部下を呼び寄せて、何やら手早く指示を出すのを横目に、手近なソファに座ろうとしていたのだが、呼びとめた仲の良い同僚に目を瞬いた。
「気を付ける?」
「今回〜この議場に〜因縁のある人が来てるんです〜」
「因縁?」
眉間にしわを寄せる。
「・・・・・って、因縁だらけなんじゃないの?」
思わず突っ込めば、「まあそうなんですけど〜」と横から別のメイドが顔を出した。
彼女達は揃いのスーツを着ている。帽子屋の使用人兼構成員だと一目で判る仕様だ。
会合だと言うのに、スーツでは無くひらひらした夜色のドレスを手渡されたアリスとしては、そういう点でも自分は彼らと違うのだと線引きされている様な気になってしまう。
自分では彼女達の様になれないのは判っている。
判ってはいるが。
「今回に限っては〜お嬢様が気を付けられないと〜」
「え?」
自分のひらひらしたドレスに視線を落とし、やっぱり衣装くらいは皆と同じが良かったな、なんて考えていたアリスは、思いもしなかった台詞に目を見張った。
「どういうこと?」
思わず眉を寄せて尋ねれば「お嬢さまにとって〜因縁のある方なんです〜」と同僚は至極真面目な顔で告げた。
「わ、私?」
この世界に来て、それなりに時間が経つが、誰かに恨まれる様な真似をした覚えはない。
それとも、帽子屋屋敷に滞在している、と言う事がすでに誰かの怨みを買っていると言うのだろうか。
緊張するアリスに、同僚は「ここだけの話なんですが〜」と背を屈めて口を両手で囲った。
内緒話をするような態勢だ。
「ボスと〜関係のあった女性が複数〜今回この塔に在沖してるんです〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
眉間にしわを寄せ、鬼気迫る勢いで告げる同僚相手に、アリスは呆気にとられる。思わず漏れた、白けた相槌に気付かず、同僚はぎゅっと両手を握りしめた。
「お嬢さまの〜ライバルです〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・らいばる?」
どういう意味だ。
らいばる?
らいばるって、あのライバルのことだろうか。
「彼女達は〜ボス相手に〜色々と贈り物を送ったりしてくる連中で〜」
「そうそう〜ボスに返り見られなくても〜構わないと言いつつ〜ボスにモーション掛ける連中を〜叩きつぶす様な〜そんな女共なんです〜」
卑劣極まりないんですよ〜!
二人は口々に告げて、アリスの手をぎゅっと握りしめるから、彼女は更に困惑した。
ボスにモーションを掛ける連中を叩きつぶす。
「いえあの・・・・・言っとくけど、私とブラッドはなんでもな」
「そうときまれば〜作戦会議です〜!!」
「ボスは〜お嬢様だけを大切になさってるんだと〜判らせなくては〜!」
「え?」
アリスを置いてけぼりにして、二人は更に盛り上がるから、彼女は慌てて二人の手を振りほどいた。
「って!わ、私とブラッドはそんなんじゃ」
「またまた〜」
「知ってるんですよ〜」
ね〜、と二人顔を合わせてきゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐのに、彼女は眩暈がした。
確かに。
確かにだ。
確かにアリスは、ブラッドの愛人だか情婦だかよく判らない関係になっている。だが、彼女自身はそれを大っぴらにしたくないのだ。
むしろ隠したい。
当然だ。
なのに、二人は花が咲いたように嬉しそうに笑って、アリスの両腕を取るのだ。
「と、いうわけで〜私達が〜お嬢様をプロデュースです〜」
「ボスが選んだ方は〜他の女共とは違うんだって〜見せつけないと〜」
「み、見せつけなくていい!見せつけなくていいから!!」
ずるずると引きずられ、アリスは塔から連れ出されながら頭を抱えた。
一体何が起きると言うのか。
(面倒な事にならなきゃいいんだけど)
溜息しか零れてこなかった。
ヒールが高い。肩が寒い。頭が重い。
よろけるようにしてフィッティングルームから出てきたアリスに、同僚二人は拍手喝采を送ってくる。
鏡に映ってるのは、物凄い不機嫌面の、普段よりも睫毛が三倍近く長い、派手な髪形のアリスだった。
「ねえ・・・・・」
これ、似合ってる?
足元を飾る赤いヒールは物凄く高い。更に細いモノを履くように薦められて「凶器だから」と断ったが、これはこれで辛い。足首をぐっきりやりそうだ。
さらに、黒いドレスのスリットはハラハラするほど深いし、デコルテはガラ空き。耳から下がるイヤリングは歩く度にしゃらしゃらと音を立てる。
「・・・・・・・・・・似合ってなくない?」
普段のひらひらした服装もあれだったが、今のこのド派手な衣装も自分の様に貧相な体つきには不似合いな気がしてくる。
「そんなことありませんよ〜?」
「よくお似合いです〜」
二人は目をキラキラさせて訴えるが、アリスとしては今直ぐに脱いでしまいたかった。
「・・・・・いくらなんでもやり過ぎよ、これ」
よろけるような足取りで着替えようと元の位置に戻るアリスに、「えええええ」と二人が揃って声を上げた。
「お似合いですのに〜」
「似合ってるのに〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・ブラッドに笑われるわよ」
げんなりして告げ、彼女は勢いよくカーテンを引いた。
その後、とっかえひっかえファッションショーのように衣装を髪形を変えられて、結局シックな感じのドレススーツに収まった。
髪も化粧も控え目。派手さの無いそれに、二人はぶーぶーと文句を垂れたが、聞かない事にする。
似合ってたのに〜、と口々に言われるが、アリスは鏡に映る自分の姿に苦笑した。
確かに、これではマフィアのボスの愛人・・・・・というよりも。
「なんか、秘書みたいね」
思わず零すと、もっとこうしてああして、と色々プランを練っていた二人が顔を見合わせて、同じタイミングでぽん、と両手を打ち合わせた。
「それです〜!」
「それそれ〜!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
嫌な予感がして振り返れば、にたりと人の悪い笑みを浮かべた二人がアリスの両腕をがっしりと掴んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
「なにがよ!!!」
さあさあ、これなら文句も無いでしょう、と引きずられ、ブラッドの部屋まで連れてこられたアリスは、死にたい気分だった。
ノックをして部屋に入るまで、彼女達はアリスを見守るつもりらしく、必然的にノックをしなくてはならなくて。
そうなってくると、「ブラッドが居ない」という可能性に賭けたかったのだ、生憎彼は在中していた。
どうぞ、と声を掛けられ、居ない振りをして立ち去ろうかと思ったが、迷う彼女に構わずドアが開き、主自ら顔を出す。
その瞬間、ぎょっと彼が目を見張ったのは言うまでも無いだろう。
そして、静かに招き入れられて、現在に至っている。
「脱マンネリ化、というところか?」
ソファまで手を引かれ、逃げられない様に腰を抱かれて座り、開口一番にそう告げられて、アリスはげんなりした。
「・・・・・・・・・・違うわよ」
勝手にプロデュースされたのよ。
溜息交じりに告げるアリスは今、黒のフォーマルなドレススーツ姿だった。ワンポイントにフリルがあしらわれたYシャツの襟は大きく開き、上着の腰のラインはくびれて綺麗に見えるように仕立てられている。スカートもギリギリ膝上。黒のストッキングにパンプス姿の彼女は、何故か髪を結い上げてやや斜めに吊りあがった感じの眼鏡を掛けさせられていた。
多少なりとも大人っぽく見える外見。
だが、どう見ても「秘書」もしくは「教師」のコスプレだ。
物珍しそうなブラッドの視線が耐えられず、アリスは力一杯男の胸板を押した。
「・・・・・着替えてくる」
「必要ない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
きっぱりと言い切られ、アリスの背筋が悪寒に震える。そーっと確認するようにブラッドの顔を見上げれば、彼は非常に楽しそうにアリスを見下ろしていた。
「何の、必要が無いって言うの」
「着替えだ」
「・・・・・・・・・・どうしてよ」
「そのままで十分にそそられる」
「そっ・・・・・そそらなくていい!!!」
「ああ、眼鏡と言うのは悪くないなぁ。君のように真面目で固い人間がしていると特に・・・・・」
逃げようともがくが、腰をホールドしている手はびくともしない。片手だと言うのにだ。
「や」
彼の右手が持ち上げり、その指の背ですりっと頬を撫でられる。かあっと耳まで熱くなるのは、この男の所為だ。
この男が、自分の身体に変な熱を覚え込ませたから、期待するように甘受するように身体が反応するのだ。
「特に・・・・・こんな恰好をしているというのに、あられもなく乱れるというのは非常に楽しそうだ」
甘い低音に囁かれ、笑いを含んだ吐息が耳朶を掠める。
「絶対嫌よ!そんな・・・・・バカみたいなの!!」
「おや?私のスーツに眼鏡姿に何時になく熱くなって、可愛い反応をくれたのは誰だったかな?」
「っ!!!!!!」
どかあああああ、と顔に血が上り、アリスはくらんくらんと眩暈を感じた。
確かに・・・・・確かにあれは・・・・・どきどきしたけど。
「や・・・・・やだっ!やめてっ」
「そんな可愛い拒絶は、男の嗜虐心を煽るだけだぞ?」
「じゃあ、どうすれっていうのよ!」
「大人しくして居なさい。・・・・・直ぐ済むから」
「悪人っぽい台詞を言わないで!!!!」
じたばたともがく彼女の両手を押さえ込み、物凄く楽しそうに、でも悪そうに笑う男が彼女の細い首筋に歯を立てる。
「んあっ」
「私は悪人だよ、お嬢さん。だがそうだな・・・・・直ぐ終わらせるのは勿体ないか」
噛んだ痕に舌を這わせ、震えるアリスの胸元に手を忍ばせる。ボタン一つ一つを外すのも面倒だと、彼はそれを勢いよく引っ張った。
「っ!!!!」
普段、あまり乱暴に扱われないだけに、背筋が強張る。そんな彼女ににやにや笑いながら、ブラッドは口付けを徐々に下へと下げて行った。
「ああ、こんな清楚なブラウスの下に、こんなに派手な下着を着てるなんて・・・・・君は随分と私を煽りたいらしい。」
「そ・・・・・それも・・・・・勝手に」
「だが君は着ない、という選択も出来ただろう?」
彼の手が、肌を愛しむように滑って行く。
せめて普通通りにして欲しい。
半分脱げ掛けのスーツ姿、だなんて何の冗談だ。
脱マンネリ化なんてふざけている。
胸の中でそう叫ぶが、ブラッドはアリスの衣服を中途半端に乱すだけで、全部を脱がせようとしない。
当然眼鏡を取ることも無い。
「た、助け」
「ああ、いいぞ、アリス。逃げられるものなら逃げればいい。助けを呼ぶなら呼びなさい」
その一つ一つ全部、潰してあげよう。
やっぱりコイツ、碌でもない上司だ。
「男と言うのは視覚情報にとかく惑わされやすい・・・・・君がこんな恰好をしていて楽しまない方がおかしいだろう?」
全部脱がせるなんて、勿体ない。
「どういう理屈よ、馬鹿あああああ!!!」
這う様に、逃れるように伸ばされた、アリスの細い手首。それを掴んで引き寄せ、楽しそうなブラッドは彼女のあちこちに触れて、好き勝手に乱していく。
半分だけ脱げ掛けたブラウス。ずりあげられただけの下着。無理やり開かされた脚には、破れてしまったストッキング。酷い有様で最後まで付き合わされ、力なくぐったりとシーツに横たわっていれば、それもまた誘っているのかと喰われる始末。
結局アリスは散々付き合わされ、ぐったりと寝台に横たわり、今更ながらの労る様なキスに「もう二度と絶対コスプレなんかしない」と固く誓うのだった。
が。
「何が脱マンネリ化よ!!!私はもうこういうのは嫌なのっ!!!!!」
アリスの悲鳴が帽子屋屋敷にこだまする。
廊下を引きずられ、主の部屋に連れ込まれようとしている彼女は、現在メイドの格好をしていた。
「私も新たな自分を新発見だよ」
加えて、ブラッドは至極上機嫌だった。
「そんな新発見いらないわよ!!!」
「どうしてあの時気付かなかったんだか・・・・・君にこういう格好をさせると楽しいと、な」
「あの時は貴方が勝手に先生の格好を」
「ほう・・・・・やはり君は元家庭教師のほうが」
「そういう話じゃないでしょうーっ!!!!」
不機嫌そうに睨まれるメイド服のアリス。
ただし、そのメイド服はハートの城のモノだったりする。
はたから見れば、敵対する城のメイドを誘拐し、酷い目に合わせようとしているマフィアのボスだ。
だが、間違ってはいけない。
ここでいうハートの城のメイドはアリスで、相手は彼女の恋人だ。
「ボス〜楽しそうですね〜」
「ええ〜ああいうのが出来るのが、お嬢さまの強みですよね〜」
ね〜。
顔を見合わせて、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ同僚二人こそ、ブラッドに言われてハートの城のメイド服を調達してきた人物だ。
「今度は何にしましょうか〜」
「そうですね〜・・・・・ハートの女王の格好なんかどうでしょう〜?」
「一段と支配欲がそそられますね〜」
引きずり込まれた先の扉が、重々しい音を立てて閉まる。
まだまだアリスの受難は続きそうである。
アホなネタですいませんっっっ(スライディング土下座)
ビバさまの格好をしたアリスって逆に萎えるかな?とか思ったけど、ボスはアリスならなんでもOKみたいな所があるかもしれない(笑)
(2011/04/07)
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