Alice In WWW

 回転の速度はやがて緩やかな螺旋を描く





 ※微エロです※











 この世界には退屈ばかりがひしめいている。

「ブラッドー、この書類なんだけどさー」
「ああ」
 ノックもそこそこに、帽子屋ファミリー2の男が飛び込んでくる。
 丁度屋敷に戻ってきたばかりの彼は、だるそうな表情で男を振り返った。

 真っ先に目に付くのは、茶色の耳。ひょこひょこ動くそれに、相変わらずのウサギ耳だな、なんていうわけのわからない感想を抱きながら、差し出された書類を受け取った。

「・・・・・・・・・・珍しいな」
「何がだ」
 気だるげに、首を斜めに傾げ、どうでもよさげに書類を眺めるファミリーのボスに、エリオットは少し目を見張った。
「最近、女っ気なかったからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ちらと視線を上げれば、腹心の部下が肩をすくめて見せる。
「信じられないくらい、退屈だったからな」
 書類をエリオットに返し、「これではサインできないな」と無情にも言い捨てる。
「ええー?なんでだよ・・・・・」
「自分で考えろ」
 俺、事務仕事苦手なのに、とぶちぶち文句を言いながら、それでもエリオットは敬愛する上司の為に、書類とにらめっこを始めた。
 ネクタイを外し、上着を脱ぐ。帽子も取って、赤いソファに腰をおろすと、ブラッドは背もたれに腕をまわして溜息を吐きながら天井を見上げた。

 長めの前髪が、さらりと零れる。

「で、多少は暇つぶしになったのか?」
 不備のある個所を必死に探しながら、エリオットはブラッドに尋ねる。彼は眉間に皺を寄せて、ふん、と鼻で笑った。
「香りの趣味は悪くなかったな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ブラッドから普段と違う香りがするのは、そう言うわけか、とエリオットは、ようやく記入漏れを見つけてブラッドの机からペンを取り上げる。
「あんたの好みはイマイチわかんねぇ」
 書き込み、これでいいか、と差し出しながら尋ねれば、天井を見上げたままの男は、低く笑う。受け取った書類にざっと目を通し「あとでサインしておくよ」とだるそうに答えた。
「っと、それから例の件、どうすんだ?」
 新興組織の秘密会談。
 潰すのか、潜入して情報を掴むのか。
 どっちにすんだ、と尋ねるエリオットに、「面倒だな」とブラッドは低くぼやいた。

「んじゃ、皆殺しか?」
「処理に手間が掛る。・・・・・泳がせておいても脅威にはならない。誰か潜入させろ」
「りょーかい」

 うっし、じゃあ作戦会議だな、と意気揚々とブラッドの部屋から出ていく男に、部屋の主は疲れたように目を閉じた。

 信じられないくらいの退屈。
(と、いうか・・・・・この世界には退屈ばかりが溢れているな・・・・・)

 結局、何一つ進まぬまま、この世界は回り続けている。
 多少、自分には「役」が有るからと言って何になる。
 この世界はルールに縛られていて、その上で動かなくてはならない。ある程度のルールを作る事を許される「領主」という立場にあるが、それも結局は与えられた力でしかない。

 そして、決定的なのは、その退屈から脱却したとしても、またそれを引き継ぐ者が現れて、世界は回り続ける事だ。

 自分が築いたものは確かにある。ふざけた名前の組織に愛着もある。

 だが、それは自分がいなくなれば、ほぼ意味の無いものとなるだろう。別の同じ人間に引き継がれて終了。

 自分が作ったものは、消えるのみだ。

 どこにも何も残らない、退屈な世界。
 あるのはただ、回ることだけ。

 綺麗だと感じる物を、穢すのも。
 取り繕って澄ましている者を、暴くのも。
 泣いて善がって縋る女のプライドをへし折り、入れてと脚を開かせるのも、跪かせるのも確かに愉快ではあるが、持続しない。

 直ぐに色あせて、通り過ぎていく。

(詰まらんな・・・・・)
 徐々に苛立ち、ブラッドはくしゃりと前髪を掻きあげて握ると立ち上がる。

 と、不意に窓の外が陰った。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ぞくり、と背筋が震える。この感触を知っている。

 役持ちの誰かが、時間帯を変えた。

 不規則に出鱈目に、この世界の時間帯は変わる。それを強制的に変更できるのは、自分と同じように「役」を持った者だけだ。
 昼の光が、夜の闇に浸食されている。
 普段、引かれっぱなしのカーテンを開け、ブラッドは空を見た。
 誰が何のために時間帯を変えたのか。

 それが気になる。

「何か・・・・・面白い事でも起きるのか?」

 再び、背筋を悪寒が走り、ぐるっと回転するように空が歪んだ。驚くほどの勢いで、夜が終わり、さんさんと日の光が庭に降り注いだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 確かにたまに、ごくごく短い時間帯が有る。自分と同じで、この世界は気まぐれに時を変える。
 だが、今のもまた、作為的なものだろう。

「ふうん・・・・・?」
 顎に手を当てて、ブラッドは斜めに空を見上げた。半分目蓋の降りている緑の眼差しには、ちかりと鋭い銀色の光りが宿っていた。
 何かが起きようとしている。

 変化の無い、退屈だけがひしめく世界。
 何もかもがルールに縛られていて、ルールの中で進行する世界。

 嗤い、男はカーテンから手を離すと赤いソファに歩み寄った。放りだしていた帽子とタイを取り上げて身につける。上着を羽織り、ブラッドは杖を取ると部屋のドアを開けた。

 何かが近づいてくる。
 ゆっくりと、でも確実に。

(少しでも、退屈がまぎれれば、それに越したことはないな)

 にたりと嗤ったブラッドが、屋敷を出て庭を歩くころには、すでに門の前が騒々しかった。








「絶対に貴方の所為よ」
「ま、そうだろうな」
「十中八九、貴方の所為」
「・・・・・否定はしないよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 背後から、アリスの腰を抱いている手が、緩やかに肌を辿って落ちていく。
「もう駄目」
 その手の甲を抓り、シーツを身体に巻いたままのアリスは、振り向きざまに、眉間に皺を刻んでブラッドを睨みつけた。
「・・・・・私は全然足りないんだが、奥さん」
「あんなにしておいて、どの口が言うのよ!」
 更に目を吊り上げるアリスに「私の奥さんは手厳しい」とブラッドは呆れた様な口調で言う。対してアリスは「冗談じゃないわ」と低く吐き捨てた。
「・・・・・・・・・・あんなにしつこくしつこくしつこーく、されたら、どんな女ももう嫌だって言うに決まってるでしょ」
 呻くようなその台詞に、ブラッドはふと真顔になった。それから、彼女の膝の辺りを撫でていた手を持ち上げて、顎に添える。親指が唇を撫でるのに、逸らしていた視線を上げる。
「何」
「いや・・・・・ここまで手を掛けた女は、奥さんが最初で最後だと思ってね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 嬉しい様な、哀しい様な、恐ろしい様な。
 複雑な色が混じり合う翡翠の瞳を覗きこみ、ブラッドは妖しく笑う。
「退屈だったんだよ・・・・・どんな女を抱いても、な」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 複雑な色が混じり合っていたアリスの瞳が、「嫌悪」という感情で占められる。その様子に、ブラッドは喉を鳴らして笑った。

「奥さんのその反応は、非常に正常な反応だな」
「・・・・・・・・・・一応、新婚で初夜だっていうのに、別の女の身体の関係の話をされて、にこにこ笑っていられるほど私は能天気じゃないの」
 もう離して。

 部屋に戻るから、とブラッドの腕を更に抓るアリスに、「まあ、待ちなさい」と男は女を抱きこんだ。

「きゃっ」
 短い悲鳴を上げて、アリスが倒れ込む。
「ちょっと」
「・・・・・・・・・・君が付き合った男と言うのは、例の元家庭教師だけだな?」
「え?」
 もがく彼女をシーツに縫いとめて、上から見下ろす。柔らかな布が肌蹴て真白い肌が零れている。
 柔らかな膨らみの、その頂きに唇を寄せて訊けば、アリスは嫌がるように顔を逸らした。
「そ・・・・・うよ」
「・・・・・面白くない」
「どっちがよ」
 もうやめて、とじたばたと足を動かすが、男は器用に押さえ込んでいく。
「んぁ」
 丹念に胸元を愛撫しながら、ブラッドは上目遣いにアリスを見上げた。
「で?」
「んぅ」
 身体から力が抜けるのを確認し、ブラッドは彼女の両手を戒めていた手を解くと、ゆっくりと柔らかな胸に這わせた。
 やわやわと質感を楽しみ、指の腹を埋めながら、男は彼女の唇を塞ぐ。
 口の中を蹂躙する舌先に、しらずに応え、瞳を潤ませる女から、わざと音を立てて唇を離し、熱に溶けた翡翠を覗きこんだ。
「どちらがお好みかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 比べてみろ云々は、散々言われた。
 どちらが良いのか、と。

(明確な答えを・・・・・)
 言った事は無かったかもしれない。

「奥さん?」
 甘く耳元で囁く、トンデモナイ夫。彼女の肌を撫でなる指先は止まらない。
「彼は・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・貴方と違って優しかったわ」

 身体を空け渡した事は無かった。でも、触れる様なキスをした事はあった。
 とっても優しくて、軽かった。

 こんな風に、何もかも奪い尽くすようなそれは知らない。

「なるほど・・・・・奥さんは、そんな退屈な男の方が良いと言うのだな?」
「・・・・・・・・・・良いとは言ってないわ」
 冷たさが混じるブラッドの声。それに気付かず、アリスがぽつりと漏らす。おや、とブラッドが眉を上げた。

 それはどういう意味だろうか。

「好みでは無かった、と?」
「んっ」

 あちこちにキスを落としながら尋ね、細く綺麗な脚を持ち上げる。ゆっくりと舌を這わせれば、身体を震わせたアリスが、溶けた眼差しをブラッドに贈った。

「・・・・・・・・・・・・・・・比べろと言ったのは、貴方よ」
「・・・・・・・・・・比べて、どちらが良かったのかな?」
「・・・・・・・・・・嫌なら、こんな所に居ないわ」

 ふいっと視線を逸らすアリスに、ブラッドは虚を突かれた。まさか、こうも簡単に、彼女からそんな台詞を引き出せるとは思わなかったのだ。
 思わなかっただけに、じわりと、不可解な感情が首をもたげた。

 退屈だけが、この世界を占めていた。
 楽しもうと、面白い事を探し続け、その度にどれもこれも簡単に飽きて放りだした筈なのに。

 彼女だけは退屈しない。

 何故なら、予想もしなかった方向に、ブラッドを振り回すからだ。

 元来、他人に振り回されるのは好きじゃない。だが、彼女になら、振り回されても悪い気がしない。

 そもそも、自分の人生において、あんな風に必死に、一人の女を取り返そうともがく事など、あって良い筈がなかったのだ。

 自然と笑みがこぼれていく。

「何?」
 不機嫌そうに見上げてくる彼女は、しかしその瞳は溶けていて。

「いや・・・・・君は私の花嫁に、本当に相応しい」
「あ」

 身体を重ねても、重ねなくても。
 こんなにも退屈しない存在は、本当に珍しい。

「アリス・・・・・」
「ふっ・・・・・んっ・・・・・あ」

 甘やかな声に、溺れていくのを感じながら、ブラッドはその細い身体をきつくきつく抱きしめた。



 意味の無い日々。ただ回るだけの世界。
 その回転が、緩やかにスパイラルになっていく。

 どこに辿りつくかも判らない、動き出した世界に、ブラッドは笑みを浮かべるのだった。
























 エロが書きたい!と思ったらこんな感じに・・・・・
 いつか、結婚前夜を書きたいのですが、なかなか・・・・・ orz

(2011/03/20)

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