Alice In WWW

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 計画は完璧。
 この先の路地を曲がり、その先にある倉庫に、この荷を届けるだけ。
 それだけで、自分の仕事は終わるのだ。

 てきぱきと指示を飛ばし、連れてきている、信頼のおける仲間を動かし、取引の場へと台車を動かす。

 箱の中身は「違法」の産物。
 ただし、この国にきちんとした「法」があるのかどうなのかは疑問だ。

 首切りが趣味の女王が統治する国。
 全ての仕事から逃げる、吐血する夢魔が治める国。

 そのどちらにも、一応「法」などと呼べるものがあるにはあるが、自分たちがそれを遵守する必要などこれっぽっちもない。

 何故なら自分たちは「無法者」だからだ。

「急げ」
 それでも見咎められれば面倒だから。
 低い声で指示を出して、次から次へと「違法」の商品を運びこむ。後はここで、取引相手が来るのを待てばいい。

 それだけだったの、だが。


「お前達、そこで何をやっている!」
「!!」
 どこから情報がばれたのだろうか。「制服」姿の人物が数名、ばらばらと路地から飛び出してくる。

 命など惜しくない。
 だが、そこにある「商品」を台無しにすれば死よりも重い制裁が待っている筈だ。

 こうなる事は「万が一」として予想済みだ。

 箱は中身に似合わず大きい。
 二重底になっているのだ。普通に蓋をあけただけなら、ただ、なんてことはない商品が詰まっているだけなのが見えるだろう。

 重要なものは、箱の底に厳重に隠されている。

 慌てず騒がず、全員を集める。

「これは・・・・・スイマセン、この倉庫にこの荷を運びこむ様に頼まれまして」
「なんだ、お前たちは?」
「失礼しました」
 丁寧にお辞儀をして、作業服のポケットから名刺を取り出す。書かれているのは有名な運送業者の名前。

「あの・・・・・なにかあるのでしょうか?」
 一通り「制服」は名刺を確認した後、ちらりと全員を見渡す。仲間である彼らの不機嫌そうな顔は「仕事」を邪魔された所為。ただ頼まれて運んできただけなのだと。
 自分たちはあくまで「合法」的な存在だと主張する。

「そうなんですよ」
 名刺を返し、「制服」はふうっと溜息を零した。身にまとっていた尖って冷たい雰囲気は身を潜めている。

 いけるかもしれない。

 確かにそう思った。

「この辺りで、こちらにとって不都合な取引が有ると聞いたものですから」
「マフィアの取引ですか?」
 不安そうな顔を作って、ちらりと周囲を見渡すような仕草をして見せる。

 自分はただの一般人だと、分かってもらうために。

「ええ、そうなんです」
 肩を落として告げる「制服」が不意に手を振り上げた。

「我々ファミリーをこけにしているとしか思えない、取引だと思いませんか?」
「・・・・・え?」


 にっと「制服」の口の端が持ち上がり、ごくん、と唾を飲み込んで喉が上下するや否や、乾いた銃声がその倉庫街に雨のように降り注いだ。






「と、このような事件があって、それがマスコミに大々的に取り上げられてね。指示を出した有名なマフィアは悪名高いものとなってしまった」
「・・・・・・・・・・」
「これがいわゆる、この世界での『ブラッディ・バレンタイン』の話だよ、お嬢さん」
「・・・・・・・・・・一応聞くけど、指示したのは貴方なのかしら?」
「さあ?」
 くすりと笑うその微笑みは、冷たく凍りついている。楽しそうに笑う顔。だがその碧の瞳にはどんな感情も滲んでいないような気がした。

 溜息を吐き、アリスは視線を落とした。

 何故か彼女はブラッドの部屋の、彼のベッドの上に押し倒されている。
 ジョーカーが来て、四季が出来て。
 自分の滞在先である帽子屋領は「秋」なのだが、季節があるのだから、季節に則ったイベント事も経験しても良いかもしれない、とこうして二月のイベントを取り入れて見たのだ。

 我儘で尊大で、自分勝手で退屈が嫌いな、恋人なんだか愛人なんだが不明な男に、アリスは一応バレンタインらしく「チョコレート」を用意してみた。
 もちろん、その他自分がお世話になっている人たちにも漏れなく。

 バレンタイン、なんてイベントを恋人と過ごした事の無いアリスは、それなりに心の底で、ほんのちょっと楽しみにして、ブラッドの分だけ、自分で手作りで用意をし、それなりに上手に作ったつもりだ。
 そして、自分の性格上、他の人間に手渡しで渡した後、最後に彼の元に持って行くつもりだった。
 なのに、キッチンで全ての用意をして、さあ後は配りに出掛けるだけ、という所でこの屋敷の主に拉致されてしまったのだ。

 甘い香りが屋敷中に漂って、そこここの使用人やらメイドやらが「バレンタインなんですって〜」と楽しそうに話して歩けば、いくら昼はだるくて退屈だからと寝てばかりいる屋敷の主にも、アリスが何をしようとしているか等、直ぐに判るわけで。

 彼女を組み敷いている男は、アリスの視線の先を辿り、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「君がその愛情を配る相手は私だけで良い」
 彼女が見ているのは、配ろうと思って持っていた他の人へのチョコレート。
「・・・・・・・・・・そこまで私、博愛主義じゃないわよ」
 再び視線をブラッドに戻して、アリスは嘆息した。義理チョコにまでそんな風に言われるなんて、自分はどんな悪い女だというのだ。
「・・・・・なら尚更だ。配り歩く必要がどこにある」
 ぎり、と押さえ込まれた手首を握る手に、力が籠る。眉をしかめ、「貴方にはちゃんと、手作りで用意したわよ」と彼女は細い声で囁いた。
「ラッピングだって・・・・・他とは違うわよ?」
「その気持ちは嬉しいよ、感謝する」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 秋なのに雪がふるかもしれない。いや、秋なのに猛暑が訪れるかもしれない。

 壮絶に似合わない台詞を聞いた、と青ざめるアリスはブラッドが心の底から怒っているのだと考える。
 どうしよう。
 ブラッドが怒ると色々面倒なのだ。エリオットとかが。

 目を丸くして押し黙るアリスに、恐怖を目一杯たたえた瞳で見上げられて、ブラッドは苦い苦い顔をした。

「言っていて気持ちが悪くなった」
「よかった、正常なのね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とにかく、私にだけ特別なものを用意すると言うのは、当然だ。君は私のものなのだから」
「・・・・・モノじゃないわよ」
 頬を膨らませるアリスに、ブラッドは「では女だ」とさらりと付け加え、片手をアリスから外した。

 枕元に落ちているのは、アリスが用意したブラッドの為のもの。それを取り上げて、綺麗に結ばれたリボンの先端を口に咥える。

「っ」
 するっと解かれ、器用に包装を解いて行くブラッドの仕草が、目のやり場に困るくらいに艶やかで、アリスは口を開いた。

「それ・・・・・あげたんだから、いいじゃない」
「良くない」
「何がよ?」
 アリスを脚で押さえつけたまま、上に居る男は彼女から手を離し、箱を開けた。中には綺麗に形作られた「ハート」。
「この形状は正直、好きじゃないが」
「バレンタインと言えばそれじゃない」
「・・・・・これが君の心臓ならどれだけ良かったか」
「止めてよ」

 嘆息し、甘ったるいそれを口に咥えた男が、アリスに顔を寄せた。

「ちょ」
「君から貰った『ハート』を壊すには忍びないからな。そっち端を咥えなさい」
「っ」
 閉じた唇に押さえつけられる、アリスの作った『ハート』。唇を開いて、それを受け入れればちょっとずつちょっとずつチョコレートが溶けていく。
「・・・・・いふまふぇ・・・・・ふぉんなふぉとふるのよ?」
「無くなるまで、かな?」
 アリスに咥えさせたまま、唇を離し、ブラッドは笑ってその赤い舌先で、『ハート』を舐める。

 ああもう。

 かあ、と体中の熱が高まり、咥えたままのアリスの唇が震える。ベッドが汚れる、とか甘ったるい、とか、ふやける、とか色々考えるが、徐々に距離を詰めてくるブラッドの艶やかなまなざしや、体温、吐息に思考が定まらない。

 もうちょっと大きく作ればよかった、と掌に収まるくらいのサイズのそれが、溶けて互いの中に落ちていくのをぼんやりと見ながら、甘く彩られた唇と舌が触れるまで、拷問の様な時を過ごす。


 ようやく、彼からキスが落ちてきた時、アリスはチョコレートで胸やけと言うよりは、喰らい尽くすようなキスに胸やけを起こしそうになった。

「ふっ・・・・・」
「で、だ、お嬢さん」
 何度も何度も、飽きるほど繰り返される口付の合間に、ブラッドはゆっくりとアリスに問いかける。彼の指先が髪に触れ、頬に触れ、愛しそうに辿っていく。
「私は悪名高いマフィアでね」
「?」
「先人が起こした『ブラッディ・バレンタイン』に少なからず興味が有る」
「・・・・・・・・・・」
 ブラッドじゃないんだ、それやったの。
 心の裡でそんな事を考えながら、アリスはキスを繰り返す男をぼんやりと見上げた。
「君がもし、我々・・・・・いや、私を裏切って、他の連中に君の『ハート』を配りに行ったとしよう」
「だから・・・・・これ・・・・・は・・・・・義理・・・・・」
「ここの世界の住人が、『義理』だのなんだのを重視すると思うか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 思えない。
 全員が全員、人の話を聞かないのだから。

 押し黙るアリスに、チョコレート味のキスを繰り返しながら、ブラッドはすうっと冷たく笑った。

「余所者の君から貰ったチョコレート。その真相がどうあれ、事実はそこにしかない」
「・・・・・・・・・・・・・・・勘違いされるって言うの?」
「勘違いなど生ぬるい。真実になると言ってるんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 否定できないくらいには、アリスはこの世界に馴染んでいた。

 彼からの口付けが深く、重く、甘くなる。

「んぅ」
 苦しい。

 ぎゅっと手を握りしめるアリスを堪能し、唇を触れあわせたまま、ブラッドはひっそりと零した。

「別に渡しに行くなと言ってはいない。だが・・・・・もしかしたら、ハートの城の兵士が役持ちに反乱を起こすかもしれないし、遊園地の従業員が、突然マシンガンを乱射するかもしれない。塔の連中がやる気の無い夢魔の食事にトンデモナイモノを致死量、混ぜるかもしれないなぁ」
 ぞっとするほど冷たい声音。

 血の雨を降らせる事など簡単だと、嗤うマフィアはアリスに甘く甘く説く。

 そんな物騒すぎる台詞に、馴染んでしまっていいのだろうかと、アリスは溜息を吐いた。
 持ち上げた腕を、ブラッドの首に絡める。項を撫で、黒髪に指を絡めるアリスの細い指に、ブラッドがその碧の瞳を鋭く細めた。

「お願いだから、止めて頂戴」
「随分と素直だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 勝ち誇ったように、楽しそうに笑うブラッドに、アリスは眉間にしわを寄せた後、ふと思いついたとばかりに、くすりと笑みを浮かべた。

 本当に、まったく、どうしようもない男だ。
 どうしようもなく、我儘。
 だったら。

「分かったわ、ブラッド。降参。私の負けで良いわ」
「?」
 ぐいっと彼の肩を押し、アリスは不敵に笑って見せた。マフィアのボスの女、という敬称はだてではない。
 アリスだって、この食えない男と随分長い事過ごしているのだ。

 分かって欲しくない、と互いに思っているにも関わらず、距離が詰まり、いつの間にかお互いの深い所に侵入を許してしまっているほどに。

 いぶかしむブラッドを見上げて、アリスはなるべく妖艶に見えるように、彼に絡めていた指先をすっと、男の頬に押し当てた。

「私の愛情、全部受け取って頂戴」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 この部屋の、ベッドの脇に、アリスが配ろうと考えたチョコレートが、綺麗に包装されて袋に詰められ、置いてある。

 三袋くらい。

 当然だ。
 お世話になっている役持ちの皆のほかに、この屋敷の使用人さんやメイドさんの分も含まれているのだ。

「全部、欲しいんでしょう?他でもない、帽子屋ファミリーのボスのお願いだもの。断るなんて権利、私には無いわよね?」
 その台詞に、ひきん、とブラッドが固まった。
 珍しい。
 こんなブラッドなど早々拝めない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっとまて、お嬢さん」
 ゆっくりと口を開く彼に、アリスはうっとりと囁いた。
「全部貴方に上げる。だから」


 一個でも捨てたり、他にあげたりしたら、私の愛情を拒否したと判断するから、そのつもりで。


 にいぃぃぃぃぃぃっっっこり。


 自分のベッドの中で、組み敷かれて笑う女に、ブラッドは初めて眩暈がした。

「・・・・・・・・・・・・・・・お嬢さん、私はあまり甘いものは」
「あら、要らないの?私の愛情」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 とてつもなく長い沈黙が、その場に落ちた。





 時と場合によっては、意地を張るものではないと口に放り込むチョコレートが溶けるたびに、うんざりしながら思う。
 だが、ここでプライドを捨てるわけにもいかないのが、ブラッドの悲しい性質で。

「次はこれね。コーヒー味」
 がさがさと包装紙を解いたアリスが、にこにこ笑いながら箱を手渡す。
「ちょっ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌ならいいの。ナイトメアに上げるから」
「っっっっ!!!!」


 食べ続けるブラッドは知らない。

 この後に、巨大なにんじん味のチョコレートが待っている事を。


 帽子屋ファミリーの血のバレンタインまで、あと数刻。



















 フラマリュのバレンタインネタと同じようなオチに(笑)
 たまにはこんなのが良かろうかと。というか、バレンタインとマフィアと言えば、「血の」でしょう(笑)

 のっとCEで(笑)


(2011/02/14)

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