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- 解ける魔法の先の真実
※ 微エロ注意 ※
雨の音がする。
ここしばらく、聞いていなかった音だ。
屋根に当たる音。ばらばらと、間断なく降り注ぎ、そこここに出来た水溜りに注ぎ込み、飛沫を上げる音。
ふと顔を上げると、アリスは暗い、夕方の雨の中に立っていた。
天と地を埋め尽くす銀糸によって、繋がれた二つ。
そこに佇む人影を見つけて、アリスの胸が痛んだ。
けぶる雨の幕の先。
立っているのは――――
「アリス」
耳元で声がして、はっとアリスは我に返った。目の前に、噴き上げ、囲いに落ちていく噴水の幕が有る。
ポットの形をしたそこから透明な水が、日の光りを浴びてきらきらと噴き上げ落ちていく。
奇妙な庭に設えられた、奇妙な噴水。
慌てて振り返ると、その奇妙な庭に奇妙な噴水を設置した、奇妙な帽子を被った主がすぐ間近でアリスの瞳を覗き込んでいた。
「ブラッド!」
驚いて思わず後ずさる。と、靴の踵が噴水の縁に触れ、ぐらり、と彼女の身体が傾いだ。
「え?」
「アリス!?」
最初は気だるげに。次に切羽詰まって。
名前を呼ばれ、アリスは頭から噴水に突っ込むが、伸びてきた腕に絡め取られて石造りの硬い底に身体をぶつける事はなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
ぐっしょり濡れて、二人で噴水の底に座りこんでいる。だばだばと噴き上げる水が、二人の上に降り注ぎ、全身ずぶ濡れ。アリスの腰を掴んで引き寄せ、かろうじて庇ったブラッドは、溜息を吐くとアリスを抱き上げて噴水から立ち上がった。
「全く・・・・・妙な場所で考え事をしていると思ったら・・・・・」
秋に水浴びなんて、風邪でも引きたいのかな、お嬢さん。
呆れたようなブラッドの台詞。もう一度謝って、きちんと芝生の上に彼女は立った。遠くのメイドさんが慌てて屋敷に取って返すのを見やり、アリスは髪から雫を零す自分の上司を、気まり悪げに見上げた。
濡れた髪を掻きあげると、その顔立ちがはっきりと判る。
帽子と適当な長さの前髪に隠れて見えなくなる、彼の素顔。
通った鼻梁と、鋭い眼差し。薄い唇。申し分なく整った顔立ちは、どこか若く、精悍だ。
つ、と顎を伝って落ちる雫に目を奪われて、アリスは息を止めた。
(似てない・・・・・)
自分の恋した人は、こんな容姿だっただろうかと、アリスは不意に疑問を感じた。
雨の中、濡れて立っていたアリスの元恋人は、確かにブラッドに似ていた。始めて出会った頃、何の冗談かと思ったのだ。
だが、今、同じように濡れて佇む姿に、アリスは共通点を見つけられない気がしたのだ。
こんなに、意識の全てを持って行かれてしまう様な、立ち姿だっただろうか。
ぱちん、と音がする勢いで、アリスの翡翠の瞳とブラッドの碧の瞳がぶつかった。
「そんなに見詰められると、穴があきそうだよ、お嬢さん」
妖しく口元が笑み、ぎくりとアリスの背が強張る。ゆらり、と立ち位置を変えられて、アリスが後ろに足を退くより早く、ブラッドの指先が彼女の顎に掛った。
距離が詰められて、顎を持ち上げられる。
「何を、考えていたのかな?」
くつり、と笑う男にアリスは奥歯を噛みしめた。
ブラッドには、一応、自分には恋人が「居た」話をした事があった。
何でもないお茶会の席での、たわいもない話だった。
その時に、アリスは余計な事を言わなかったし、ブラッドも余計な事は訊かなかった。
ただ、「元の世界に恋人は居たのか?」と訊かれて「居たわ」とだけ答えたのだ。
それがブラッドとそっくりだった、などと言わなくていい事実だ。
「別に・・・・・」
「・・・・・・・・・・私の顔が何か?」
吐息の掛る位置で覗きこまれ、ブラッドの指先がアリスの額の髪を払う。微かに、翡翠の瞳に動揺が走るのを、聡明すぎる男は見逃さなかった。
「君は時々・・・・・乞う様な眼差しで私の事を見詰めている事があるが・・・・・それは暗に誘われているのだと考えていいのかな?」
額を辿る指先が、輪郭を確かめるように頬を掠め、唇に触れる。
「それとも、別の理由かな?」
ぞっとするほど冷たい色が、ブラッドの瞳に過る。アリスの心臓が跳ねあがる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何と答えるのが正解なのか。そもそも、この男を相手にして、正しい答えなど導き出せるのか。
暫く、濡れたまま見詰め合い、アリスはブラッドの容姿に、動揺しない自分を見つけ出して驚いた。
初めのころは、ブラッドに「彼」を重ねて見ていたと思う。
でも今は、ブラッドはブラッドにしか見えない。
どこが似ていたのか、何が似ていたのか、何一つ言い表せない。
「アリス」
気付けば、彼女の唇は物騒な男に塞がれ、冷えた身体を抱きこまれている。
「私を前にして考え事とは、余裕だな」
腰に回った手が、するりと背中を撫で、冷たさから得られる戦慄とは別の物が、背筋を駆け抜けた。肩が震える。
「さあ教えてもらおうか?」
誘われているのだとしたら、応えよう。
耳元で囁かれ、じわりと身体の奥から、甘く痺れていく。胸元に置いた手に、縋るように力を込めて、アリスはそっと唇を開いた。
「今、貴方を見詰めてたのは、誘ってるわけじゃないわ」
「・・・・・では?」
「・・・・・・・・・・・・・・・似てないな、って思ったのよ」
「?」
僅かに身体をずらす男に、しがみついたまま、アリスは目を伏せた。
耳の奥でこだまする雨の音。水の音。ばらばらと傘に当たる、乾いた音。
だが、その中に立つ、「彼」の姿は雨の幕の向こうでぼんやりとしか見えない。
振り返る横顔は、霞んでいて、明瞭ではない。
でも、間違ってもブラッドとは似ていないと、アリスにははっきりと読みとれる気がしたのだ。
「前は似てると思ったの。そっくりだと思った。・・・・・でも、ね」
今では全然似ていない。
顔を上げて、その翡翠の瞳が、ブラッドを映す。ふわりと嬉しそうに笑うアリスに、男はしばらく視線を落とした後、ふうっと溜息を零した。
「似ているのだと、そう言うのなら・・・・・お仕置きしてやろうかと思ったが」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「似ていない、というのなら、ま、構わないか」
誰かの姿を重ねられる恋など、ごめんだからなぁ。
吐息交じりに言われた台詞に、アリスは顔が赤くなるのを感じた。
「だ、誰かを重ねたりしてないわよ?」
「・・・・・でも、前は重ねてたんだろう?」
拗ねたような色合いが濃い。不貞腐れたような視線で見下ろされて、アリスは口をつぐんだ。
「・・・・・・・・・・好きになったのは、顔じゃないわ」
「当たり前だ」
顔が良いと言われるのは悪くないが、元恋人に顔が似ているなど、最悪だ。
間髪いれず吐き捨てるブラッドが、心底嫌そうで、アリスは思わず噴き出してしまう。
「・・・・・・・・・・嫌いな顔じゃないわ」
「・・・・・・・・・・過去に重ねてか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・でももう、判らない」
不機嫌そうなブラッドの台詞に、アリスは緩やかに首を振った。
最初はそうだったかもしれない。
ブラッドを見かけると、「似ているな」と思ったのは間違いじゃないし、尚もくすぶる想いを開いて見せられたような気にもなったのも事実だった。
でも、今は違う。
どうして違うのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・・貴方が私に興味を持ったのは、私が余所者だからでしょう?」
微かに目を見張るブラッドに、アリスは自嘲気味に笑う。
「余所者で、珍しいから面白そうで、滞在を許してくれた。貴方、飽きっぽいから、余所者、なんて称号が無くなったり、面白くなくなったら、私の事、切って捨てるつもりなんでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「殺してしまうのも、面白いと思った筈」
「・・・・・・・・・・・・・・・まあ、否定はしないな」
低い声で肯定され、アリスは微かに恐怖で身体が震えるのを感じる。
「・・・・・・・・・・それは今でも続いてる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が怖くて、アリスは彼が何か言うより先に口を開く。
「似たり寄ったりよ。私も・・・・・貴方があの人に似ているから、興味を持ったの」
お互い、最低ね。
くすりと笑うアリスに、ブラッドはふっと目許を緩ませる。冷たいアリスの頬に、両手を添えた。
「だが、君は・・・・・私は元恋人に似ていないと評価した」
では、私に興味は失せたのかな?
碧の瞳に取りこまれる。ふるり、と身体が震えるのは、疑問を口にしているのに、瞳は誤った解答を許していないのがありありと浮かんでいるからだ。
「・・・・・貴方はどうなの?」
ここに来て大分経って、興味は失せた?
先ほど拒んだ解答を、掠れた声で尋ねるアリスに、ブラッドはふふっと笑みを零した。
「こんな最低な女に、飽きが来るわけがないだろう」
ばさり、と頭からタオルをかぶせられ、アリスはひょいっと抱き上げられるのに気付いた。先ほどのメイドさんが、礼をしてにっこり笑うのが、タオルの縁から見えた。
「実に・・・・・マフィアのボスの妻に相応しい」
視界を遮られ、耳元で囁かれた言葉に、心臓が跳ねあがる。
マフィアのボスの、妻、だと?
「ちょっと!?」
「さて、未来の奥さん。女性がこんなに身体を冷やして・・・・・駄目じゃないか」
視界を塞がれたまま、どこかに連れて行かれる。振りほどこうにも、アリスの両手首はなんなくブラッドに押さえ込まれていた。
「ど、どこに行く気よ!」
「君への興味は尽きないが、君からの興味を尽かされては困るのでね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「困った奥さんだ」
「お、奥さんって・・・・・!!!」
ふわり、と視界を覆うタオル。その向こうの明るさが失われるのを見て、アリスは時間帯が夜になった事に気付いた。
この領地の、この男の支配する時間がやってくる。
「早く、温めた方が良い」
笑い交じりに言われた台詞にくらりとする。全身から力の抜けるような感覚を味わいながら、アリスはそっと目を閉じた。連れ込まれる場所は恐らく。
「誰が来るか分からない場所は嫌よ」
不機嫌そうに付け加えれば、楽しそうな声が答えた。
「私がそんなへまをすると思うか?」
だからと言って、通されたのは主の部屋の浴室で。
確かにここなら誰も来やしないが。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
お湯に肩までつかりながら、アリスは上目遣いに男を見上げる。濡れたシャツを適当に脱いで、その辺に放る彼の身体に視線が行く。
きちんと見た事はあまりない。
大抵恥ずかしくてあさっての方向を向いているか、正面切って向かい合う時は、アリスの瞳には涙が滲み、揺れ動く景色しか見えていない事が多い。
バランスの取れた体躯。エリオットのように大柄ではないが、だからと言って、貧相では絶対にない。
「・・・・・顔だけじゃなく、体つきも似ているというのかな?」
唐突に降ってきた、からかう様な声音に、ぼんやりと風呂の縁から彼を見詰めていた自分に気付き、アリスは慌てて目を逸らした。
ぬるめのお湯の中で、かあっと顔に血が上る。
「見ていてくれて構わないよ。代わりに、私も君の体を見せてもらうから」
「・・・・・・・・・・・・・・・散々見てるじゃない」
彼から逃れるように、立派な風呂の端まで移動する。大浴場ほどではないが、バスタブはかなり大きい。金ぴかのライオンの頭の様なものはないが、タイルやら蛇口やら要所要所が豪華で、流石マフィアのボスのお風呂と言ったところだろうか。
「・・・・・そうだな。散々見てはいるが、今日はまだ見ていないからな。どこかになにか、傷でもあったら大変だろう?」
じり、と距離を詰められて、アリスは背中をバスタブの縁に付けながら横に移動して行く。
「怪我なんて、無いわよ」
「それは君が判断する事じゃない」
「・・・・・本人が怪我なんかしてない、ていうんだから尊重しなさいよ」
「怪我、ではない痕があるかもしれないだろう?」
く、と笑うブラッドに、アリスは奥歯を噛みしめて、精々嫌そうな顔をつくった。
「どんな痕?」
「・・・・・・・・・・そうだな・・・・・浮気の証拠となりそうな痕なんかは、有る筈ないだろうが、気になるな」
「有る筈ないんだから、気にしないで」
「有る筈ないのなら、見せてくれても構わないだろう?」
お互いの主張を行き来させながら、距離が次第に詰まって行く。角まで追い詰められて、ブラッドの手がアリスの手首を掴んだ。
ぱしゃん、とお湯が跳ねあがり濡れた前髪の下で、その碧の瞳が光る。アリスは出来るだけブラッドに見えないように身を縮めるが、身を護るものがバスタオル一枚しかないような状況で、到底逃げられるとは思えない。
すっと男の顔が近づき、アリスは首をすくめた。
「見せてくれ」
セクハラまがいの台詞だが、恋人同士になるとどうして身体から力が抜けそうなくらい、甘い響きを持って聞こえるのだろうか。
女と言う生き物は厄介だと、遠い所で分析しながら、アリスはブラッドを睨みつけた。
「力づくなんて、卑怯よ」
「・・・・・・・・・・そんな潤んだ瞳で見上げておいて、何を今更」
「う、うるさい!」
更に距離が縮まり、温かな唇が、アリスの首筋を攫う。甘い声が思わずもれて、アリスはびっくりして目を見張った。
甲高い声が、異様に響く。
固まるアリスに気付き、ゆっくりと首筋に舌を這わせながら、ブラッドが肩をゆすって笑った。
「随分と・・・・・良い響き方じゃないか」
一杯に木霊させたくなるな。
ふっと耳元に吐息を噴きこまれて、「ひゃん」と悲鳴交じりに声が上がり、その響きに更に更に固まるから。
「大人しく、君の身体を洗うくらいで我慢しようかと思ったが、気が変わった」
バスタオルの胸元に、ブラッドの指が引っ掛かり、アリスは慌てて彼の肩を押しかえす。だが、腰をホールドされれば、身動きが取れない。
「や・・・・・やめてよ!の、逆上せて倒れたらどうするのよ!」
「・・・・・ま、その時は夫である私が看病してあげよう」
「お、夫!?」
いつ結婚したのよ、私たち!
声を荒げて逃げようとするが、熱く濡れた唇を塞がれればお湯に沈みそうなほど、身体が重くなっていく。
「んあ」
キスの音も卑猥で、漏れる声も艶やか過ぎて、アリスの頭がくらくらしてくる。止めて欲しくて見上げても、全ては逆効果。
「全然・・・・・っ・・・・・似てないわ・・・・・っ」
ついばむ様な口付けから、やがて深く舌が交わり、鎖骨に吸いつく男の髪をくしゃりと乱しながら、アリスはとぎれとぎれに呟く。
「・・・・・こんな事を、されたのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
胸元のバスタオルの袷目に歯を立てた状態で、ブラッドが目を上げる。ぐ、と力を込めれば、バスタオルはお湯の中にすっかり沈んでしまうだろう。
「アリス?」
片手で腰を抱え、空いた片手で頬を撫でる。ふっと、バスタオルの締め付けが緩み、ブラッドが口で咥えたままバスタオルをゆるゆると解いて行く。
「されてない事くらい・・・・・知ってるでしょ」
この男に奪われたのだ。
恋人でもなんでもなかったのに。
ただの上司と部下だったのに。
大概流されやすい性格だとは思うが、ここまでだとは思わなかった。
けれど、望まない行為だったかと言えば、そうではなくて。
「・・・・・最後まで行かなくたって、君に触れることは可能だろう」
キスは、されてたようだしなぁ。
くつくつ笑い、舌先が肌を這う。丸みを帯びた柔らかな胸に手が伸びる。
「・・・・・こんなキス、知らなかったわよ」
笑いながら口付けて、口内を舌が犯していく。合わさる舌先が気持ちよく、くらりと目が回った。
「全然違う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「やり方も?」
「知らない」
膨らみを押しつぶされ、指先が先端を掠めていく。漏れた甘い声が高く響く。
「知らないのなら、比べられようも無いな」
「・・・・・比べる必要なんかない・・・・・似てないもの」
「男と言うのはね、アリス」
ちゅ、と胸元にキスをして、赤い華を咲かせ、鎖骨を通り、喉を滑り、顎にキスを落とす。
背中を手が撫でて行き、ぞくりと肌が粟立った。
「愛しい女の初めての男になりたいものなんだよ?」
「・・・・・・・・・・」
「似てる似てないは別として・・・・・どこからどこまでが、初めてなんだ?」
笑いながら言われて、アリスは頬を赤くしたまま、ブラッドを睨みつけた。
「さあ?知らないわ」
嘘。
本当は全部初めてだ。
キスだって、軽く触れ合わせるだけが精一杯だった。
手を繋いで歩く事も、抱きしめられることも、同じ寝台に横になっている事も、全部全部、ブラッドが初めてだ。
「嫌でも言わせたくなるな」
「ちょっ」
赤くなって俯くアリスが面白くなくて、ブラッドは強引に彼女を抱き上げるとバスタブの縁に座らせた。
「なっ!?」
「少なくとも・・・・・こんな場所で、こんなに気持ち良い声を上げた事はないだろう?」
まずはそこから貰おうか。
「ばっ・・・・・や、やめっ・・・・・」
あっ・・・・・んぅ・・・・・んあっ
甘ったるい声が、いつも以上に大きく、一杯に響き、アリスは身体の血が逆流するのを感じた。
「や、ヤダっ!ブラッドっ」
「・・・・・そんな可愛い拒絶など・・・・・嗜虐心を煽るだけだぞ?」
「ちょ」
「それに、私はマフィアなんでね。そんな風に抵抗されると、余計に無理やり犯したくなる」
ああ、声を我慢するのも逆効果だぞ?ただただそそられるだけだ。
「ヤダっ・・・・・やっ・・・・・あっああっ」
ふるふると首を振るアリスを好き勝手に抱く。
高みまで追いつめて、ぐったりする彼女を腕に抱き、ブラッドは呼吸の乱れたアリスの耳元に唇を寄せた。
「君の昔の男は、本当にイカレテいるな」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
「こんなに可愛い女を手放すなんて、ね」
口付けは死ぬほど甘ったるく、逆上せた身体にはどこまでも毒だった。
「全然似てない!」
「・・・・・では前の男の方が良かったか?」
ベッドの上にひっくりかえるアリスの額には、氷嚢が置かれている。隣に寝そべり、部屋にあった書類で彼女を仰いでやりながら、ブラッドは意地悪く尋ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
力なく見上げるアリスに、男は喉を鳴らして笑う。
「なるほどね」
「何も言ってないわよ」
「言ってるさ。・・・・・私の方がいいだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何その自信。どこから来るのよ。
そう思っても、正面切ってアリスは言えない。真実は、ブラッドの言うとおりだからだ。
「私・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「先生のどこが好きだったのかしら・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
のろのろと、重たい腕を持ち上げて掌を見詰める。
好きだったと思う。書き物をしている時の横顔とか。勉強を教えてくれる時の真剣なまなざしだとか。ちょっと困ったように笑う所だとか。優しくて、人を大切にしてて、誰にでもわけ隔てなく親切で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
じわり、と涙が滲み、仰ぐ手を止めたブラッドが、目尻に舌を這わせる。そのままくすぐったいキスを繰り返し、火照った頬に、ひやりとした彼の掌が触れた。
「誠実でいい人だった、んだろう?」
ゆっくりと撫でてくれる指先が、気持ち良い。
「君好みの男、という所じゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・だったら私」
そのブラッドの手首を掴んで、アリスはそっと触れる指先に口付けた。
「嫌がる女をあんな場所で無理やり犯す男の屋敷になんか、滞在しないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
微かにその、碧の瞳を見開くブラッドに、アリスはふっと情けなく笑う。
「・・・・・・・・・・先生に全然似てない貴方に・・・・・触れられて嫌じゃない時点で、きっと・・・・・貴方みたいなトンデモナイ男が好みなのよ」
・・・・・私って、だらしない女のかしら。
やるせないように言われて、ブラッドが嫌な顔をする。
「酷い言われようだな。・・・・・私は貞淑な女性が好みだよ」
「絶対違うでしょう」
間髪いれずに言えば、驚いたようなブラッドと目が合う。
しばらく視線が交わり、ふっとブラッドが笑みを零す。
「そうだな・・・・・確かに、そうだ。・・・・・だが、君みたいな頑固できかなくて、冷めた女が嫌いじゃないから、きっと君みたいな女が好みなんだろうな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・酷いわよ」
「君が先に言ったんだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
二人同時に吹き出し、火照ったままのアリスの身体を、ブラッドが両腕で囲い込む。いくらか温度の低い、ブラッドの唇が、彼女の身体のそこここに触れていく。
きっかけからして、二人とも最低で。
上司部下だったのに、有る瞬間から流されて。
きちんと愛を告げ有った事も無いのに、こんな事を許せるほど近くなっている。
「ねえ」
「ん?」
愛している、なんて言わなくても良いのかもしれない。
不安になる必要も。
この人はいつだってちゃんと、見せてくれる。欲しい物は欲しいと、言ってしまう人だから。
だから、たまには自分も、欲しい物を提示して見せよう。
「私・・・・・ね?・・・・・新しい・・・・・ドレスが欲しいわ」
「君から強請られるなんて、珍しいな。良いぞ?どんなのが良い?」
「・・・・・・・・・・・・・・・真っ白で、レースが一杯ついてるやつ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
頬を赤くして、でも挑戦的に見上げるアリスに、目を瞬いたあと、ブラッドは珍しく声を上げて笑った。
「いいだろう。特別豪華で・・・・・とびっきり綺麗な・・・・・一度しか着る事を許さない物を、君に買ってあげよう」
その代り、隣は私だぞ?
目を細めるブラッドに、アリスは嬉しそうに笑った。
「それ以外に、何も望まないわ」
ジョーカーでは無かった、「元彼がブラッドに似ている」話の捏造です(笑)
似てるから確かめろ→全然似てない→そいつの方がいいのか!ていうハトアリ・クロアリの流れと逆を意識してみましたとさ(笑)(2010/10/07)
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