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 死よりも重い制裁を




 アリス、と名前を呼ばれて振り返る。視線の先に居たのは、ふわりと綺麗に笑う、アリスの姉だった。
 大好きな大好きな、アリスの自慢の姉。
 その彼女が、帽子屋屋敷の門に指を掛けて、こちらを見ている。

 どくん、とアリスの心臓が強く打った。
 ぐるぐると眩暈がする。気付けば、全身が、酷い熱に浮かされたようにかたかたと震えていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 喉が干上がって声が出ない。

 アリスの姉は、困ったように笑い、「そこに居るのはアリスなんでしょう?」と鈴を振る様な美しい声音で告げた。
 かしゃん、と鉄の門扉を、彼女の指が揺する。細く白く折れそうなそんな指先では、この門はきっと開かない。
 いや、それ以前に、門番が彼女を通さないだろう。

 通さない。

 通さないどころか。

「っ」
 不審者として殺されてしまう。

 ようやくそう考えて、アリスは、自分の脳が酷く重く、なかなか動かない事に気付いた。
 このままではいけない。
 この世界は物騒で、私もこの屋敷の門の前に、初めて訪れた時に殺されかけた。だったら、姉さんもきっと。

 案の定、思考の回らないアリスを置いてけぼりにするように「あれ?」と幼い声が聞こえてきた。

「お姉さん、こんな所で何をしてるの?」
「お姉さん、もしかして不審者?」
「え?」

 ロリーナがきょとんとし、首をかしげるのが、庭に居るアリスから見えた。

「でも、敵対している組織の人間には見えないよね、兄弟」
「そうだね、兄弟。でも、不審者って不審者らしく見えたら意味ないんじゃないかなぁ」
「ああ、そうれもそうか、兄弟。さっすが頭が良いね」
 不審者なら仕事をしなきゃ。
 そうだよ。お給料減らされちゃう。
「あの・・・・・?」

 目を瞬くロリーナが、何かを言うより先に、二人がぎらぎら輝く二つの斧を振りかざした。

「何やってるんだお前ら!」
 と、どこからかエリオットの怒鳴り声が響き、呆然と日の光りを反射する斧を見詰めていたアリスが我に返った。
 不審者かどうか、ちゃんと確かめろ、と最もなのか違うのか、不可思議な説教を始めるエリオットと、「取り敢えず殺してから考えればいいじゃないか!」と反論する双子の声で自体を把握する。

 危うく、アリスの姉は二人に殺される所だったのだ。
 それにも関わらず、ロリーナは不思議そうに三人を見ていた。おっとりと、いっそ優雅とも思えるような立ち振る舞いで。

 駄目駄目、その人は私の姉さんで。

 そんな台詞を叫びたいのに、アリスの喉から声が出ない。
 気づけば、エリオットがロリーナの額に向けて銃を構えていた。

「でもま、俺、悪い奴なんだ」
 にやり、と笑うエリオットの横顔に、どっとアリスは嫌な汗を掻いた。このままでは、姉さんは。

 慌てて手を伸ばそうとするのに、夢の中で動くように、重い水を纏ったようで身体が動かない。
 乾いた音が響き渡り、鳥たちが一斉に羽ばたいて木々の梢を揺らす。
「何をやってるんだ、エリオット」
 姉さんが撃たれてしまう・・・・・そんな焦りとは裏腹に、のんびりした声がして、アリスは緩やかに、制止の為に上げた腕を硬直させた。
 エリオットの腕を掴んで、銃を上向かせているのはブラッドだ。

 この屋敷の主は、もう少し考えてから銃を撃て、と気だるそうに告げてロリーナに視線をやった。


 並ぶ二人に、アリスの目が見開かれる。
 心臓が、破裂しそうなほど騒ぎだす。
 喉の奥が干上がり、呼吸が乱れてくる。

「君は・・・・・余所者か?」
「余所者?」

 こてん、と不思議そうに首をかしげるロリーナは、アリスがどう贔屓目に見ても可愛らしかった。
 ブラッドの好みに当てはまるかどうかは判らないが、アリスに手を出したくらいだ。
 アリスが認めて、この世で一番可憐で美しいと思う女性に、彼が興味を引かれないわけがない。

 しかも、ロリーナはアリスと同じ余所者なのだ。

 ずくん、と身体の奥が軋んだ。
 苦いものがこみ上げてくる。

 余所者。

 誰からも愛される、余所者。

 ぐらり、と眩暈を覚えてアリスは足を踏ん張ろうとした。ブラッドとロリーナは何か話をしている。エリオットと双子が不思議そうにそんな二人を見詰めていて、ロリーナが思わず笑うと、弾かれたように笑みを浮かべた。

 ああ。

 胸の奥から蝕まれていく。
 これは何と言う感情?

 どす黒いそれが、アリスをじわりじわりと犯していく。

 この感情を、アリスは知っている。
 ずっと前に一度、経験した。
 それは、日のあたる廊下の奥で。
 きらきらと零れる噴水の水が美しかった公園で。
 秋の落ち葉が舞う庭先で。

 本を手にした青年と、美しく笑うアリスの姉。息を止めて見詰める時に、アリスを浸して行った感情。

「別にそう思う事がわるいことじゃあない」
 不意に、耳元で囁かれて、アリスははっとして隣を見た。アリスの隣には、にっこりと笑うジョーカーが居る。
 彼はぽん、とアリスの肩に、後ろから両手を置くとすっと背を屈めて耳元に囁いた。
「誰だって思うさ。誰だって、ね。誰だって願うし、誰だってそうしてやりたいと強く思う」
 当然だよ。
「君の大事なものを、根こそぎ奪おうとするんだからさ」

 ジョーカーの指先が、アリスの目尻に浮かんだ涙をぬぐい、それで、アリスは自分が泣きそうなのを思い出した。

「叫んでいいんだよ?アリス。君にはその権利が有る」
「権利?」
「そうさ。当然の権利だよ。一言言えばいいんだ」
 そうすれば、君はもっともっと幸せになれる。
「・・・・・・・・・・・・・・・幸せに?」
「そうだよ。きっと、君が大好きな帽子屋も、君がそう言ってくれるのを喜んでくれるはずだよ」
 なんたって、彼は悪党だからね。
「君が望めば実行してくれるかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ブラッドがふわりと笑う。
 ロリーナに向けて。
 あんな優しそうな笑みを、アリスに向けてくれた事が有っただろうか。見た事が有っただろうか。
 エリオットも双子も、なんだか嬉しそうだ。

 どうして?
 私にはあんな顔、してくれた事なんかなかった気がする。

 ブラッドの手が、そっとロリーナの肩に触れて、彼女が長いその睫毛を伏せる。肩から移動した指先が髪に触れる。

 嫌だ。

 浮かんだ語の強さに、眩暈がする。

「あ〜あ・・・・・帽子屋も罪な男だよね。ま、悪党だから仕方ない。女性を食い物にするなんて、男の風上にも置けないけど、似合うよね?マフィアのトップには」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「君はまた、傷つくんだよ。でも、方法が一つだけある」
 ねえ知ってる?この苛々を解消する方法。

 ジョーカーの腕が腰に絡まり、アリスを後ろから抱きしめる。唇が耳を掠め、軽く口付けられた気がして、アリスはくらりと目が回るのを感じた。

「嫌だよね?嫌いだよね?こんなの二度と見たくないし、二度と経験したくないだろう?」
「・・・・・・・・・・ええ、そうね」
 アリスの唇が言葉を紡ぐ。酷く遠い所で乾いた声が出た。
「じゃあ、こうしよう」
 すっと、ジョーカーがアリスの手に拳銃を押しつけた。ひやりと冷たく、ずしりと重い。現実的な冷徹さに、はっとアリスが目を見張った。
「簡単だよ、アリス。二人の影が重なったら、それを放てばいい。別に狙いを定める必要はないよ。二人を撃たなくても良い。ただ、引き金を引けばいいんだ。嫌いだと叫んで。消えてしまえばいいと呪って」
 そうすれば、きっと君をさいなむ物は、全部消えてしまうから。
「大丈夫だよ、アリス。あれはただの残像で、君を苦しめるだけのものだ。だから、君が呪おうが嫌おうが一向に構わない。誰も咎めもしないし、帽子屋だって喜んでくれるさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう・・・・・かしら」
「そうだよ」
 耳元でささやく声が促す。ほら、アリス、とぎゅっとアリスの手を包んで、しっかりと拳銃を握らせる。
「何も怖くないよ?」
 さあ。

 撃ってしまえばいい。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「君は望んだんだろう?誰もが思ってる。君の姉さんが色んな男を虜にするから、みんなみんな妬んでいる」
 君だけじゃない。君の妹も、友人も、付き合いのあった皆が、神に愛されているとしか思えない君の姉さんを妬んで、こう思ってたよ。


 しんでしまえばいいって。


「・・・・・・・・・・・・・・・」
「皆が思ってるんだ。皆、皆、全員が。だから、アリス。君が気に病む必要はないんだよ?」
 さあさあ、撃ってご覧?
 きっととってもいい気持ちになるよ?

 ほうら。君の愛しい人が、大嫌いな人にキスをしようとしている。

 指先が凍る。
 アリスの見ている前で、ブラッドの手がロリーナの顎に掛り、彼女がうっとりとブラッドを見上げるのが判った。そのまま、抱き寄せられて、目を閉じるロリーナに、ブラッドの影が重なる。


 やめて。


 悲鳴のような声が胸の内で大きく膨らみ、アリスは手にした拳銃の引き金に強く、力を込めた。



 乾いた音が響き、アリスは衝撃でへたり込む。その彼女の腰を抱いていた男が、引きつるような笑い声を上げながら、アリスの横に倒れ込んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 ふつり、と世界が闇に閉ざされ、やがて灯がともる。
 そこは、昼の帽子屋屋敷ではなく、冷たい石畳がどこまでも続く監獄だった。
「っ」
 息を飲むアリスは横から聞こえた冷え冷えした声に、振り返った。
「このまま、欠片も残さないほど、ぶち抜いてやろうか」
「君は本当に・・・・・直球すぎて・・・・・困るよ」
 捻くれているかと思えば、こんな真似・・・・・読めなくて困るなぁ。

 斜めに顔を上げ、口から大量の血を吐きだし、みるみる顔色の青ざめるジョーカーがそれでも、その瞳に愉快そうな色を刻んで笑っている。
 拳銃を握りしめたまま、呆けたようにそれを眺めていたアリスは、ぐいっと肩を引き寄せられ、それからふわりと抱きあげられるのを感じて首をめぐらせた。

 恐ろしいほど冷たい横顔だそこに有る。零度よりも尚低い、温度の無い眼差しが、くっくっく、と楽しそうに笑うジョーカーに向けられていた。

「余計な事をしないでもらおうか、ジョーカー」
「・・・・・俺だって、アリスで遊びたい・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・アリスと、だろう」
「あれ・・・・・そうだっけ?」
 倒れ伏すジョーカーの顎を蹴りあげて、ブラッドはくるりと彼に背を向けた。

 そのやりとりをぼうっと見ていたアリスは、自分を抱き上げるブラッドに再び視線をやる。
 ぼろっと彼女の目尻から涙がこぼれた。

 そっとブラッドがアリスに伏せり、溢れて止まらないアリスの目尻に舌を這わせる。
 ゆっくり歩を進めると、不意に世界がぐるんと回転し、アリスは景色の歪みについて行けずに目を瞑る。

 次の間に、そっと降ろされたのは、柔らかな感触の場所。
 とさ、と押し倒されて、アリスは緩やかに目を上げた。


 落ちついた内装の、彼女が良く知る部屋がそこに広がっていた。

「ブラッド・・・・・」
 ようやく、アリスの喉から言葉が漏れた。
 それと同時に、先ほどまで感じていた真黒な感情が溢れて止まらなくなった。
「ブラッド・・・・・ブラッド・・・・・」
 くしゃり、と顔を歪めてぼろぼろと涙を零すアリスを、男は何も言わずに抱きしめる。見る見るうちに、ブラッドのシャツに、温かな染みが広がっていく。
 縋りつき、アリスは声を上げて泣いた。

 怖かった。
 いや、今でも怖い。

 アリスの中にある、制御できない暗い気持ち。
 嫉妬。妬み。僻み。それからそれから・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・君は失恋したと言ったな」
 声を震わせ、肩を震わせ、全身を震わせて泣くアリスを抱きしめながら、ブラッドはあやすように髪を梳いて声をかける。
「自分の好きだった人が、自分の姉を好きになって」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 涙が止まらない。どうしてあんな事になったのか、判らない。
「君のお姉さんとやらは、君の中では絶対の存在で、だから、負けてもしょうがないと思ったんだろう?」
 口付けが落ちてくる。
 額に目尻に、頬に首に。

 唇に。

「負けを認めて・・・・・物判りの良い振りをした」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「大人な自分を演じて見せた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・馬鹿な女だな」

 苦く笑いながら言われ、アリスはようやく目を見張るとブラッドを見上げた。男は、愛しい者を見詰めるように、柔らかな瞳でアリスを見詰めていた。
 大切だと、触れる指先から伝わってくる。

「君は大バカ者だ」
「・・・・・っ」
 ひっくとしゃくりあげるアリスに、ブラッドはもう一度口付ける。
「そこは、恋人を引っ叩いて、大声で罵る場面なのに、何故君は身を引くんだ」
「だって・・・・・」
「罵って良かったんだよ、アリス」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 あやすように、柔らかな口付けを繰り返し、ブラッドは彼女の髪を掬いあげて口付ける。

「嫉妬に狂ってしまえばよかったのに」
「それこそ馬鹿な女だわ」
「嫌いじゃないよ?そういう女は」
「・・・・・・・・・・・・・・・嘘ばっかり」
 鬱陶しいって思うくせに。

「そうだな」

 くっと喉の奥で笑い、ブラッドはやや深く、アリスに口付けた。ぽろっと、涙がこぼれる。

「君にそんな風に狂ってもらえるのなら、私は嬉しいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ジョーカーは趣味が悪い。君を気に入ってるから、仕方ないとは言え・・・・・ああでも、私と君の姉さんを撃ち殺そうとした君は、非常に魅力的だったよ」
「馬鹿じゃないの」
 掠れた声が出て、アリスの目から、再び温かな涙がこぼれる。
「愛しているの反対は憎んでいる、ではない」
 使い古された言い回しだが、な。
「・・・・・・・・・・・・・・・何なの?」

 ぼんやりとブラッドを見上げるアリスに、男は「どんな時間も、無意味無作為に過ごせば何の意味も持たない」と静かに切り出した。

「意識されない時間など、意味がない。判るか?アリス。愛している時間も、憎んでいる時間も、意味が有る。だからそれ以外。一番無意味なのは、無関心な時間だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「愛しているの反対は無関心だ」

 ふっと、ブラッドがいつもは見せないような、何とも言えない顔で笑った。
 どんな感情も当てはまらない、笑顔。

 強いているなら、寂しい、が近い表情だった。

「私たちに意味はない。どんな時間も、人の上には平等に流れていく。平等で、きめられた速度で、きめられた場所をぐるぐると」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「意味なんかないんだよ?・・・・・けど」

 私たち時間に、君は意味を見出してくれた。君がいるから、意味がある。本当は意味など何もない、流れていくだけのそれを、君が引きとめて、その心臓で刻んでくれた。

「君の嫉妬を、厭わないわけがないだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブラッド」
「愛してるよ、アリス。君が余所に目を向けるのなら、その向けた対象も、そして心を奪われた君も、殺してしまうほどに」

 先ほどの感情が蘇る。

 大切だと思っていた人間を、殺したいほど憎んだ瞬間。
 何もかも奪わないでと、叫び出しそうだった瞬間。

 姉さんなんか、大っ嫌いだと、喚きたくなった瞬間。

 かたかたと震えるアリスを抱きしめて、あやすように背中を撫でながら、ブラッドは彼女の額に口付けた。

「大丈夫だよ。それは普通の感情だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・普通じゃない人に言われたくないわ」
「おや?・・・・・なら、一般論だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「嫉妬に狂った女の本なら、そこの本棚にも有るぞ?」
 ああ、そう言えば、そんな女の見本が身内にもいたな。意見を聞いてみるか?
 歌うように言うブラッドに、アリスは目を閉じた。

 一気に身体から力が抜ける。

「いいえ・・・・・」
 貴方が裏切らないでくれれば、それでいいわ。
 ぎゅっと、背中に腕をまわして抱きつくアリスに、ブラッドはくすりと笑みを浮かべた。

「帽子屋ファミリーの血の掟を知ってるか?」
 裏切り者には死よりも重い制裁を。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「裏切ったりしない」

 抱きしめてくれる腕を感じながら、アリスはもっと触れてほしいと強請るように、自分からキスをした。

 この人はどんなアリスも、受け止めてくれる気がすると、ぼんやり思いながら。



















 ロリーナさんがWWWに来たらどうなるのか?ていう、ブラッド←アリス嫉妬話を書こうと思ったら、こんなありさまに・・・・・ orz

 そして、いつかはやりたい!と誰の需要もないのにやってみました、ホワイトさん×ロリーナ(・・・・・)


 ばりばりエロです。R18です。そして、えー・・・・・なんっていうんだろう・・・・・微妙に鬼畜が入っているような・・・・・(まあ、ホワイトさんですからね・・・・・そうなるよなぁ)
 すんごい需要のない自己満足な上に、エロだけのものですが、内容が甘エロじゃないので隔離しておきます(笑)

 クイズに答えてジョカロリ(えええええ!?)を見てみよう!企画ってことで・・・・・(すいません、低需要なので・・・・・)
コチラ から下までスクロールしてどうぞ〜

(2010/09/06)

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