Alice In WWW
- 両手が塞がっていては何もできないではないか、とそう告げて
「余所者って言うだけで寵愛されて、勘違いしてるんじゃないの?ずうずうしい。ブラッドさまの品格が疑われるって、そう考えないのかしら」
唐突に耳に届いた、ふわりと通り過ぎるような、風のような中傷。
どきりとして、アリスは振り返る。
嫌ぁな笑い方をしながら、数名の女性たちがアリスとすれ違い、彼女に背を向けて去っていく。
彼女達が着ているドレスは、今流行りの形だ。
裾が斜めに切れて、代わりにひらひらのギャザーがたっぷりと取られ、歩くたびに揺れている。高く結いあげた髪には、きらきらと日の光りを跳ね返す金色の髪飾り。あれも、最近雑誌で取り上げられていたっけ。
自分と同じか、ちょっと上か。この、時間が狂っている世界で「同世代」と呼ぶことが出来るのかどうか不明だが、とにかくアリスと「同世代」の女性の集団をぼうっと見送り、それらを見てとったアリスは、深く深く溜息を吐いた。
なんてくだらない。
胸の中でそう断じるも、もう帽子屋領から出て他の領土に行く気が失せ、足取りも重くなる。
アリスは確かに余所者だ。
元からこの国で生まれたわけではない。
どこかの変態ストーカーで、どういうわけか国の宰相などと言うトンデモナイポジションにいる、トンデモナイウサギに連れてこられただけだ。
それでも、この世界が気に入って、アリスはアリスなりに、アリスの中で重大な決断を下し、ここに残る事にしたのだ。
見つけた居場所は、帽子屋屋敷というマフィアの本拠地。
我ながらどんな人生の選択だと思うが、ここに居たいと決めたのだから、アリスはここで生活を続けるつもりだった。
そうなってくると、必然的に帽子屋屋敷の面々と仲良くなるわけで、特に、この屋敷の主とは微妙な関係を築いていた。
険悪な物ではもちろん無いし、かといって良好というわけでもない。
・・・・・多分。
世間のみなさんに、自分と帽子屋屋敷の主で、マフィアのボスであるブラッド=デュプレがどんな関係に見られているのかと言えば、あまり良い言葉では表現できない関係に取られているだろう。
マフィアのボスとその愛人。もしくは情婦。
(・・・・・・・・・・・・・・・なんてくだらない)
同じように断じ、ずきずきする頭を抱えて、アリスはふらふらと石畳を突っ切ると近くに有ったベンチに腰を下ろした。
空は柔らかな水色で、日の光が、丁度良く張りだした街路樹の葉影をアリスの上に作り出している。
先ほどすれ違った女性の集団にすっかり当てられてしまい、ざわざわした黒い影のようなものが胸の中を渦巻いている。
彼女達は恐らく、アリスとブラッドの関係を好ましく思っていないのだろう。
クローバーの塔で行われた会合の期間中、アリスはよく、「物騒だから」という理由で、この世界で一番物騒な男に護衛というなの監視をされて、街の中を散策した。
その度に感じるのは、ブラッドに向けられる、ご婦人たちの憧れの眼差し。
うっとりと、絡みつくような、甘く、赤く、溶けそうな視線。
隣を歩くアリスにも感じるくらいの秋波。
そして続く、アリスに向けられる強烈な視線。
羨ましがられるような関係でないことは確かなので、アリスにしてみればうんざりするような視線の数々だった。
そこに来て、今回の中傷。
彼女達にしてみれば、ブラッドの「寵愛」とやらを受けている「ようにみえる」アリスは邪魔な存在なのだろう。
(アホらしい・・・・・)
醒めた眼差しで通りを眺め、アリスは再び重苦しく溜息を吐いた。
あれは「寵愛」などと呼べるようなものではない。
断じてない。
言って見れば単なる「興味」だ。
だからアリスは、彼女達が言うように「勘違い」をしているつもりもないし、ブラッドの「品格を下げている」つもりもない。
ないが、悪しざまに言われると言う事は、そういう風に見えると言う事だろうか。
(・・・・・もしそうだとしたら、問題よね・・・・・)
ブラッドの後ろではなく、隣を歩くことを許されているアリス。
少しでも歩調が遅れれば、彼は気付いて合わせてくれる。
裏社会のトップに立ち、役持ちで、この領土の主である男に、特別扱いをされている。
例えそれが、「アリスの昔の恋人が、自分に似ていることが気に食わない」という理由で構われているのだとしても、世間一般からはそうは見えないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ブラッドと歩くのは悪い気はしない。しないが、しばらくは自重した方がいいだろう、とアリスはうんざりしたように考えた。
それと同時に、ブラッドと距離を取った方が良いかもしれないとも考える。
自分みたいな小娘に構っているマフィアのボス、なんて、彼女達が言うように品格を落とすだけのような気がする。
有体に言えば、アリスはブラッドに似合っていないのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
うんざりする。
くだらない。
アホらしい。
そう思うのに、アリスは根暗で後ろ向きだから、じわりじわりと不安になる。
自分がどうこう言われるのは構わないが、本当にブラッドが格下に見られるような事になっていたらどうしようと、そんな思いがちらりと胸をかすめたのだ。
アリスは余所者だから、他の領土・・・・・それこそ、ブラッドの商売敵の人間と親しかったりするのだ。
そんな、ふらふらと敵地に赴く女一人、制御できず放置しているのは、彼の力の無さを露呈している事にならないだろうか。
他の領土には、あまり行かないほうが良いのかもしれない。
今日はクローバーの塔に行こうかと考えていたが、やっぱりしばらくは出歩くのをやめようと決め、アリスはのろのろと立ちあがった。
本当に本当に、面倒で詰まらない。
詰まらないが・・・・・仕方ない。
自分の敬愛するボスが悪く言われるのは、エリオットほどではないが我慢できないのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そう、自分自身に嘘を吐いて、アリスはゆっくりと帽子屋屋敷に向かって歩き出した。
途中、ショーウィンドーに映る自分に、微かに幻滅し、それから、結局「余所者」であることを失くしたら、「その他大勢」にすらなれない自分を思い出し、アリスは三度重苦しく溜息を零した。
「余所者」で無くなった時、アリスははたして、本当に「ここ」に居て良いのだろうかと、いつもいつも考える疑問に蓋をして。
「あ」
「エリオットさまとボス〜」
「ほんとうです〜」
最近、ブラッドとエリオットは忙しい。エリオットはいつものことだが、ブラッドは本当に珍しく目に見えて忙しく仕事をしているのだ。
部屋に戻らないことも少なくないし、今だって屋敷から出て行こうと二人で広い庭を歩いている。
三十時間帯以上会っていない上司を見かけて、使用人さんとメイドさんとで洗濯物を運んでいたアリスは、どきりとした。
距離は結構ある。
二人は何やら深刻な表情で話を続けているし、雰囲気がぴりぴりしている。
近づけない空気を感じて、アリスはきゅっと籠を持つ手を握りしめた。
何となく・・・・・ほんの少しだが・・・・・こちらに気付いてほしい気がする。
ブラッドの声も掌も身近で感じていない。
「もしかして、例の案件〜?」
ぼうっと二人を眺めていたアリスは、ひそっと囁かれたメイドさんの声に我に返った。隣に立つ使用人さんに話しかけているその表情は、割と固い。
「恐らく〜 計画を早めるから〜準備しておけとエリオットさまが〜」
「まあ〜それは〜大変〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何やら良く判らない単語を織り交ぜて、同僚二人は籠を持ったまま庭の奥に歩いて行く。
洗濯物を干すのだ。
後ろに付いて歩きながら、アリスはぎゅっと唇を噛んだ。
確かにこの屋敷で働かせてもらっているが、肝心の部分にアリスは踏み込めていない。
マフィアになるつもりは毛頭ないし、彼らもアリスに物騒な話は極力訊かせたくないらしく、色々と配慮をしてくれる。
だが、こうやって、彼らだけにしか判らない話をされたり、廊下の奥に固まって、何やらぴりぴりした空気で話をしているのを見かけると、どうしても疎外感を感じてしまう。
贅沢な我儘だと、判っているから、アリスは何も言えない。
(私もマフィアになる、て言ったら・・・・・)
話の中に入っていけるのだろうか。
そう考えて、ずきりと胸が痛むのを感じた。ちょっと前に、すれ違いざまに言われた台詞を思い出す。
余所者。
「・・・・・・・・・・この屋敷で」
不意に言葉が口を突いて出、物干しざおの前まで来た同僚二人が振り返った。
「はい〜?」
「なんでしょう〜」
特徴が薄いが、やはりそれなりに個性のある「顔」がちらちらと見える二人に、アリスは「いえ」と口ごもって続けた。
「ほ、ら・・・・・仕事の時とか・・・・・屋敷で一番にブラッドが信頼してるのってエリオットなのかなって・・・・・」
最近、二人とも忙しそうにしてるけど、皆よりもエリオットの方が倍以上忙しそうだし。
なんだか訳のわからない台詞を付けたして言えば、「そうですね〜」とメイドさんが青空を見上げた。
「やっぱり〜エリオットさまが一番でしょうね〜」
「そうですね〜ああ見えて、ボス〜、一番にエリオットさまを頼ってらっしゃいますし〜」
「他にも幹部の方は〜いらっしゃいますけど〜エリオットさまには敵いませんよ〜」
「一番の部下で相棒ですからね〜」
ボスと同等のポジションなんですけど〜エリオットさまがああいう性格だから〜一個下の〜2に居るんです〜
「・・・・・・・・・・エリオットはブラッド命って感じだものね」
「でも〜ボスもエリオットさまになら撃たれても良いってお考えですからね〜」
お二人の信頼関係は絶対ですよ〜
だるだる〜っと話す同僚の台詞に「そうよね」とやや間延びした口調で答えて、アリスは洗濯物を干していく。
例え、お茶会の席のお菓子がオレンジ一色で塗ったっくられようとも、ブラッドはエリオットを排除したいとは思わないのだろう。
彼には絶対の信頼を寄せている。
それは、彼の働きによるものなのかもしれないし、彼と言う人間(ウサギ?)を重要視しているからだろう。
では、アリスは?
ずきんずきん、と胸が痛くなり、アリスはきゅっと唇を噛んだ。
アリスは余所者だ。
余所者と言うのは、本来、彼女とすれ違った女たちが使った風に言われる言葉だろう。
「余所者のくせに」とか「余所者には判らないだろう」とか「余所者が偉そうにするな」とか。
どうしたって否定的だ。
結局は、お客さんでしかないのだ。
永遠に判り合えない傍観者。
そこから抜け出せない。
「ねえ」
「はい〜」
こっそりと、小さな、掠れるような声。でも、何でもない風を装って、アリスは二人に訊いてみた。
「私は・・・・・ブラッドに信頼されていると思う?」
その問いに、メイドさんは目を瞬くと、こてん、と首を横に傾げた。
「信頼・・・・・とはちょっと違う気がしますね〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・そう」
「はい〜」
にこにこ笑って言われて、アリスは先ほどの比じゃないほど胸が痛くなって、訊かなければ良かったと、ただもくもくと仕事を再開した。
庭のティーテーブルに、屋敷の主の姿を見つけ、アリスはくるりと踵を返した。
そのまま早足で庭から離れる。
空には、冷たい光を振りまく星が輝き、月は無い。
新月の夜空の下を、アリスは屋敷に取って返した。
「私を見て逃げ出すとは、いい度胸だな、お嬢さん?」
「っ!?」
慌てて重たい扉を開けて、オレンジ色の光が満ちる玄関ホールに飛び込んだアリスは、カップを傾けて正面階段の手すりに凭れかかるブラッドにぎょっとした。
庭からここまで、最短距離を来た筈なのに、屋敷の主にはそんな「常識的な逃走路」は通用しないらしい。
彼が望めば恐らく、茂みからドアまで直結するのだろう。
「・・・・・・・・・・久しぶりだな、アリス」
かちん、とカップを持っていたソーサーに戻して、ブラッドは無造作に手すりにカップを置く。
不安定ながらもそこにある、白磁のカップを、アリスは見詰めた。
ゆっくりとブラッドが距離を詰め、アリスは反射的に後ずさった。
「やれやれ・・・・・どうやら私は避けられているようだな?」
「そんなつもりはないわ」
目を合わせず、ブラッドのタイの辺りを見詰めながら、アリスは平静を装った。
案外、平静な声が出てほっとする。
「ただ忙しいから」
貴方も、私も。
言葉を口にして、舌に苦味が走る。苦い言葉、なんて本当にあるんだとアリスは遠いところで思った。
「そんな事は無い。私は暇を持て余しているよ」
一歩踏み込み、その度に一歩後ろに下がる。
とん、と背中がドアに当たり、アリスは顎を引いた。
「そう。でも私は忙しいの」
「―――ああ、訊いているよ」
大げさに溜息を吐いて見せ、ブラッドは肩をすくめた。
「エリオットが、最近の君はいっつも走り回って、荷物を抱えて大変そうだと」
ちゃんと休息を取っているのかと心配していた。
眉間にしわを寄せて、不機嫌そうに放たれた台詞に、アリスは唇を噛んだ。
「それで、エリオットに言われたのかしら?上司として、勤務を見直すように進言してくれって」
じわりじわりと胸の内に広がる、ざわざわした黒いもの。それは空を覆い尽くすカラスのようで、羽を打ち震わせるたびに空気がざわめく。
「・・・・・不愉快な事にな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だるそうに腕を組んで、そっぽを向いて告げられた台詞に、アリスは泣きたくなった。
そうだと思った。
ブラッドからアリスを気にして、会いに来る、なんて面倒な事する筈がないのだ。
興味が有る時に、興味本位のまま、アリスの相手をする。
それ以外で、彼がアリスの前に現れることはないのだ。
でも、彼が信頼するエリオットに進言されれば、屋敷の主として気に掛けようと言う気になるくらいには、責任感が有るのかもしれない。
曲がりなりにも組織のトップなのだから。
「お気づかいありがとうございます。でも、私もしたい事をしたいだけするっていう上司の方針に則って、好きに仕事をしてるから大丈夫です」
きっぱりと言い切り、アリスは滲んだ涙を必死に飲み込んだ。
そうだ。
どうにかしてここに居場所を作らなくてはならないのだ。
組織のボスの「寵愛」とやらが無くなる前に。
(元から寵愛されてるわけじゃないけど・・・・・)
飽きれば終わる、単純明快な関係。
そこに、アリスの「厄介な感情」が混じるから、話は複雑になるのだ。
なら、感情が混じらないようにするしかないが、そんなこと、アリスには無理なのだ。
アリスだって女なのだ。
触れる手に、重ねる唇に、浚われる温度に、意味を見出したくなる位には。
そして、それが出来ないのなら、飽きて捨てられるか、近寄らないようにするしかない。
そうなった時に、この屋敷に居られなくならないように、居場所を作っておきたいと思うのは、当然の防衛本能だろう。
さっさとブラッドに背を向けて、その場を立ち去ろうとしたアリスに、ブラッドは舌打ちする。
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
ドアの取っ手に掛けた手が、びくりと震えた。
「確かに好きなようにすればいい。だが、気に入らない」
だん、と音がしてアリスの顔の横に、彼女を挟み込むようにしてブラッドの両手が置かれた。ドアと彼の身体に挟まれ、背を向けているアリスは凍りついた。
ふっと耳元を吐息が掠めた。
「仕事熱心なのは大いに結構だ。だが、なら何故、私を避ける必要がある?」
最初の質問と同じものが降ってきて、アリスはチョコレート色のドアをじっと見詰めたまま、両手を握りしめた。
心臓が跳ねている。
それを何とか抑えたい。
こんなことをされて、平静でいられないなんて、嫌だ。
平静じゃなきゃならないのだ。
振り回されてはいけない。
振り回されるから、駄目なのだ。
「最初にも言ったけど、避けてるつもりはないわ」
「なら何故?お茶会のテーブルを避けたんだ?」
「仕事があるから」
「どこに?どんな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
避けたのは事実だから、それ以上言葉が続かない。
でも、ここでブラッドの良いようにされるのは我慢ならないので、小さく笑ってアリスは後ろを振り返った。
「エリオットにでも訊いたら?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
意表を突かれたような顔を、ブラッドがした。帽子の下、綺麗な碧の瞳が一瞬怯んだように見える。
それから、徐々に徐々に不機嫌なオーラが漂い始め、アリスを見詰める瞳が冷やかになって行く。
「エリオットに会いに行くつもりだったのか?」
「誰もそんな事言ってないわ」
「ではなぜ?エリオットが知っていて、屋敷の主である私が知らないことが有るとでも言いたいのか、君は?」
だんだん声に苛立ちが混じって行く。同じように、アリスの中の、カラスの大群も大声で鳴き始めた。
ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ。
アリスの不安を掻きたてる声で、大きく大きく鳴き喚く。
「そうじゃないけど、そうかもしれないわね。だって、エリオットに言われて追いかけて来たんでしょう?貴方は私が仕事をしてる事を知らなかったじゃない」
「そんな事は言っていない!」
「言ったじゃないの!」
「・・・・・・・・・・・・・・・君から・・・・・仕事を取り上げることなんか、簡単だ」
私が命じれば、君は何もすることが無くなる。
冷やかに言われた台詞に、ぎょっとしたようにアリスが目を見張った。
それは駄目だ。
そんな事されては困る。
「使用人は働く為に居るのよ」
掠れた声で反論すれば、くっと喉を鳴らして男が嗤った。
「私が君を本気でこの屋敷の使用人だと思っていると?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
余所者。
この場に相容れないもの。永遠に理解されない存在。疎外されるもの。
ほら、結局そう言われるのだ。
君は余所者だから、私の屋敷の人間になることは不可能なのだと。
「アリス。私は」
何かを続けようとしたブラッドは、ふと言葉を切って俯いたアリスに不審げに眉を寄せた。
今まで気丈に睨みつけていた翡翠色の瞳が、明るい、金色に近い栗色の髪に隠れてしまっている。
「―――アリス?」
とうとう、我慢しきれなかった涙が、ぽたりと床に落ちた。それは関を切ったようにぼろぼろと落ちて行く。
「・・・・・せ」
掠れた声が、震えるようにして喉から洩れた。
喚く烏が煩い。
「どうせっ」
喉に力を入れれば、意外にも強い言葉がでた。
普段のアリスなら考えられないような失態だが、烏が煩いから、その所為にする。
「どうせ私は余所者よっ!」
きっと顔を上げ赤く染まる目尻から、ぽろぽろと涙を零しながらアリスは、喚く烏の声に負けじと声を張った。
手を伸ばすブラッドのそれを払い、唖然とする彼に背を向ける。逃げるようにドアから夜に転がり出れば、ふわりと温かな空気と、木々や草、花の香りがアリスを包んで、彼女は「泣きながら走りだす」という、普段の彼女からは考えられない暴挙に打って出た。
崩れるように座りこんだのは、帽子屋領の中央広場から少し外れた場所。女性達から中傷を受けて、ぼうっと座りこんでいたベンチに再び腰をおろし、アリスは持っていたハンカチでごしごしと目許を拭った。
新月の夜はまだ続いている。
胸にはまだ、黒いものが渦を巻いていたが、大分落ち着いてきている。
冷静になって行くと、あんな反応を返したのは非常にまずいことだったと、早くもアリスは後悔していた。
あれではただの、駄々をこねる子供と一緒ではないか。
こうなりたい。ああなりたい。
そんな理想にほど遠いと指摘されて、「違うんだ」と喚く子供。
「サイテー」
吐き捨てるように言うと、アリスはハンカチを握りしめた手の甲に視線を落とした。
ブラッドとの関係は、彼女達が言う様な甘いものではない。
アリスが誘惑して、ブラッドの情婦になって、好き勝手甘え放題しているわけではないのだ。
そんな事すら許されない関係。
(好きにならなきゃ良かった・・・・・)
アリスは、己の中で蓋をして閉じ込めていた感情を、今、この瞬間だけ素直に開けてみた。
ふわりと紅茶の葉が香るように、甘くて痛みが伴う香りが立つ。
そう。
ブラッドが好きだから、ちゃんと愛して欲しくて、情婦だの愛人だの言われるのが嫌で、その他大勢の女のひとりではなくて、唯一になりたくて、もがいていたのに、結局「余所者」から離れることは叶わなかった。
余所者であるから、仕方ない。
でも、アリスは「唯一」の存在として、「アリス」として見て欲しかったのだ。
それが無理なら、ブラッドの役に立ちたかった。
屋敷の一員になれれば。
寵愛なんていらない。
私が欲しいのは・・・・・
くすん、と鼻を鳴らした時、「あれ?」と耳慣れた声がして、アリスは顔を上げた。
月をバックに、長い長いウサギ耳がひょこりと動く。オレンジの髪をぼんやりと黄色い光に浮かび上がらせたエリオットが石畳の向こうからこちらを観ていた。
「アリスじゃねぇか」
「・・・・・・・・・・エリオット」
つかつかと大股で近寄った彼は、素早く辺りを見渡した。何かを警戒する、ウサギのお兄さんの様子に、アリスは目を瞬く。
「何やってんだよ。今、この辺危ないんだぜ?」
早口で告げるエリオットはどっかりと彼女の隣に腰を下ろした。
「でも、帽子屋領でしょう?」
「敵対組織の暗殺者が入り込んでるって話なんだよ。ブラッドが言うんだから間違い無い」
ちらちらと辺りを気にしながら、エリオットは低い声で告げた。
この世界では、時間が狂っている。だから、アリスのように夜には家にこもって寝てしまう、という考えの人間は少ない。
いつでもどの時間帯でも、大抵人が歩いているのに、今日は新月の夜の中に人の気配はほとんど無かった。
恐らく、エリオット達が警戒令を出しているのだろう。
「・・・・・エリオットはブラッドの事、信頼してるのね」
彼の情報だから、と大真面目に信じ込み、領民に注意を促し、ひそやかに行動する彼に、アリスは視線を注いだ。
「そして、ブラッドからも信頼されている」
「?」
エリオットに指示を出せば、彼はきちんと仕事をする。
ブラッドの期待に添う事が出来るのだ。
ひいては、それはブラッドが彼を一番に信用していることにもなる。
目に見える信頼関係。
ぽつりとこぼれたアリスの台詞に、険しい目つきをしていたエリオットが、きょとんと素の顔を見せた。
「何だよ、急に」
「・・・・・・・・・・・・・・・ううん。ただ・・・・・いいなって思っただけ」
「??」
目を見開き、首をかしげるエリオットのマフラーの辺りを掴んで、アリスは泣きそうな顔を見られたくなくて、こつん、と広い胸元に額を押し当てた。
途端エリオットの頬が、ぼっと赤くなった。
「あ、アリス!?」
声が裏返って、慌てるエリオットの様子が分かる。
分かりやすい。
何が起爆スイッチになるのか判らない、トンデモナイ男と一緒に居ると、彼のどうしようもないほど分かりやすい姿に好感を覚える。
そんな所を、人から心情を読まれたくないブラッドが気に入っているのだろう。
だとしたら、ブラッドと性質が近いアリスが、いつまでたっても好かれないのは当然な気がした。
素直になんかなれっこない。
ますますみじめになって行き、どうしてエリオットを好きにならなかったんだろうと唇をかむ。
切ない痛みが、胸を占めて、それでもブラッドに必要とされたく思う自分が口惜しい。
「アリス・・・・・」
おずおずと大きな掌が、アリスの後頭部を撫でて、彼女はくしゃりと顔をゆがめた。ぎゅっとエリオットのマフラーを握りしめる。
「羨ましすぎるわ・・・・・あなた」
「な・・・・・なんで?」
「ずるいのよ」
「ええ!?」
ずるい。
ずるいわ・・・・・。
アリスが欲しいものを、エリオットは持っている。
エリオットは、ブラッドにとって唯一なのだ。
唯一の、相棒。
他に彼の代わりはいないだろう。
時計が機能を停止すれば、同じ役の人間が現れる。
代えがきくというのだろうが、アリスにはそうは思えない。
ブラッドにとってエリオットは唯一で、エリオットにとってブラッドは唯一だ。
エリオットは、自分の時計をブラッドが破壊してくれることを望んでいる。
ブラッドのただ一人の相棒として死ねる事を望んでいる。
それは、アリスが望むものと近いだろう。
「ずるい・・・・・」
「あ、アリス?」
酷く困惑し、しがみ付くアリスの顔を覗き込もうとするエリオットは、何かに気付いてぎょっとしたように顔を上げた。
「・・・・・・・・・・何をやっているんだ、エリオット?」
「ぶ・・・・・ブラッド!?」
ぱ、とアリスから手が離れ、引き離そうと男の手がアリスの肩に触れた。
「あ、アリス!ブラッドが来たぞ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ずるい。
ずるいわ。
しがみ付き、嫌がるように首を振る。心底困ったエリオットの、懇願するような声が響いた。
「な、なあ・・・・・離してくんねぇ?ボスの女と二人っきりってだけでヤバイのに、こんなん・・・・・俺、ぜってーブラッドに殺されるからっ!な、頼むってっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
嫌だ。
ふるふると首を振るアリスに、エリオットは冷や汗を掻いて行く。
「あ・・・・・の、な、ブラッド」
「私はお前に暗殺者が紛れ込んでいるらしいから、排除して来いと命令した筈だが?」
氷点下を記録する声が、エリオットの身体を痺れさせる。
「それが・・・・・お嬢さんと・・・・・何を、していたんだ?」
ぱしり、と持っていたステッキを掌に叩きつけ、碧の瞳が、冬の空のように凍った。
「ち、違うんだって!アリス!!頼むから離してくれって!!俺、仕事が」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
それでも、駄々をこねるように首を振るアリスに、つかつかとブラッドが近寄ると、引きはがすように彼女を捕えて抱きあげた。
「ちょ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
拭った筈の涙が、頬に痕を残している。奥歯を噛みしめる彼女を、荷物よろしく肩に担ぎあげて、ブラッドはとっとと屋敷に向かって歩き出す。
その間際、ふと振り返り、暴れる彼女を抑えて、ブラッドがエリオットを見た。
「もし」
「え?」
「もし・・・・・アリスに手を出していたら」
ぶんぶんぶんぶん、とエリオットが凄い勢いで横に首を振る。
「お前でも容赦しないからな」
がくがくがくがく、とエリオットが凄い勢いで縦に首を振った。
「とっとと紛れ込んだ羽虫を殺せ」
冷たい眼差しで告げて、ブラッドはアリスを抱えたまま歩きだした。
抵抗し疲れて、ぐったりするアリスを自室のベッドに下ろして押し倒し、ブラッドは不機嫌全開で彼女を見下ろした。
「他の男の前で泣くな」
開口一番に言われ、再びこみ上げた涙を隠すように、アリスはブラッドを見上げた。
「どうでも良いでしょう、そんな事」
「良くない」
断言されて、アリスの頭に血が上る。
「私がどこで泣こうが貴方に関係ないわ」
「本当にそう思っているのか!?」
強い口調でそう言われて、アリスはびくりと肩をすくませた。怒気の混じった眼差しがアリスを捕えている。
「君はっ・・・・・」
かたかたと震える彼女の身体に気付き、ブラッドはうんざりしたような溜息を零した。その様子が、アリスの胸に刺さった。
「どうしてそう、面倒なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・面倒なら、捨て置けばいいじゃない」
面倒事は嫌いでしょう?
反抗的に見上げるアリスに、ブラッドは「本当に面倒だ」と嫌そうに吐き捨てた。
「だから・・・・・構わないでよ」
面倒なら、無視すればいいじゃない。手を出さなければ良いじゃない。
「他の女の人と一緒で、面倒になったら切って捨てれば良いでしょう!?」
貴方、それくらい簡単じゃない。
「・・・・・出来ないから、面倒だと言っているんだ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない」
「嘘よ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
歪んだアリスの顔を見下ろして、ブラッドは言おうとした言葉を飲み込んだ。それから、じっと彼女の顔を覗き込む。
「もしかして君は」
「・・・・・・・・・・何よ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
視線を外し、男は顎に手を当てるとふむ、と何かを考え込む。その様子に、アリスは唇を噛んだ。
「君は・・・・・エリオットに嫉妬しているのか?」
「!?」
目を見開くアリスの様子をじっと見詰めた後、ふっとブラッドが笑った。
嫌みのない、嬉しそうな笑みだ。
「ああ・・・・・そういう事か」
「なっ」
何がそういう事なのか。
だが、エリオットを羨ましいと思っていた事は事実なので、言い当てられて動揺し、上手く思考が回らない。
口をぱくぱくさせるアリスに、ブラッドは思わず噴き出す。
笑われているのだと気付き、アリスの頭に再び血が上った。
「ち、違うわよ!馬鹿じゃないの!?」
声を荒げるが、ブラッドはただにやにや笑うだけだ。かあっと頬が熱くなる。
「まったく・・・・・」
そっと手が伸びて、彼の指先がアリスの目尻を撫でる。じわりと、温かく、彼の手袋が濡れた。
「とんでもないヤキモチ焼きだな、私の女は」
ブラッドの目元が柔らかい。どきん、とアリスの心臓が跳ね、彼女はそっぽを向いた。
「誰が貴方の女よ」
「君だよ?アリス」
「嘘ばっかり」
「どうして?」
くすくす笑いながら、ブラッドは唇を寄せてくる。涙を掬うように目許にキスされて、アリスは嫌がるようにブラッドの肩を押した。
「興味ない癖に、止めて」
「興味のないものには触れない」
「ならっ」
きっと男を睨みあげて、アリスは吐き捨てた。
「愛しても居ないのに、触らないで」
ぎゅっと目を閉じて言われた台詞に、微かにブラッドが目を見張る。それから、沈黙が落ちた。
何もしかけてこず、でも上から退く気配がしないので、そろそろとアリスは目を開けた。
「っ」
視界に映るのは、心底うれしそうに笑う、ブラッドの姿。溶けてしまいそうな甘い笑顔。
それが、まっすぐにアリスに向けられていて、彼女の心臓が苦しいほど強く鳴った。
「・・・・・・・・・・愛して欲しい?」
「!!!!」
しまった、とアリスは慌てる。暴れるようにして、ブラッドの身体の下から逃れようとするが、ブラッドは彼女の両手首を掴んで、あっさりとシーツに縫いとめてしまった。
「アリス?」
「違うわっ!違うわよっ!!!あ・・・・・愛しても居ないのに、あ、んな風に触れるのはおかしいってそう」
「だから、ちゃんと愛して欲しいと?」
「っ!!!!!」
耳まで赤くなっているのが判る。
こんな甘えたような台詞のつもりで言ったのではない。
この男を詰りたくて言っただけなのに。
なのに、なんでこんな事になっているのだろうか。
「アリス?」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
せめてもの抵抗とばかりに、枕に顔を埋める。ふかふかのそれからは、ブラッドの香りがして、余計にくらくらする羽目に陥ったが、彼に見詰められているよりは全然マシだ。
ふっと吐息が耳に掛り、ぞくりと身体が震える。
「君が、エリオットにしがみついて泣いているのを見て、私は奴を殺したいほど頭にきた」
低い声が、耳元で囁く。
「私も、エリオットに嫉妬した」
君と同じだというわけだ。
何が楽しいのか、嬉々として告げるブラッドに、アリスは耳を塞ぎたく思う。だが、両手は拘束されているし、目を観てしまえば、きっと動けなくなる。
「同じじゃないわ」
くぐもった声がする。横向きに顔を埋めている所為で、覗いているアリスの首に、湿った唇の感触が落ちてくる。
ざわっと身体の奥が震えた。
ちうちうと繰り返される、甘ったるくくすぐったいキス。
かぷ、と耳を食まれて、アリスの背筋が震えた。
知らず、抵抗するようにアリスの手首に力が籠るが、押さえつける手はびくともしない。
耳の縁にキスをしながら、男は器用に囁いた。
「私は君を、この屋敷の使用人だなんて思っていない」
「っ」
どきん、と心臓が跳ねる。唇が喉を伝い、手首を抑えていた手が、つ、と肌を下って行く。腕を撫でられ、片手で器用に胸元のボタンを外される。
白い膨らみの間に顔を埋め、男は口の端を引き上げた。
「君は私の部下じゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「本当は、仕事なんかさせたくない。だが、君が望むから好きなようにさせているだけだ」
「私はっ・・・・・貴方の玩具じゃ・・・・・」
「君は、私の女だよ」
「んっ」
きつく肌を吸われ、痛みと共に胸元に赤い花が咲く。エプロンのリボンをするっと解かれ、アリスは微かに枕から顔を上げた。途端、掌が、枕と頬の間に差し込まれ無理やり顔を押さえられて口付けられる。
「ぅんっ」
唐突なそれに、口を閉ざすのが間に合わず、溶けるようなキスを繰り返された。
舌先が、アリスのそれを追いかけて、嬲る。
握りしめていた手から力が抜け、気付けば離れて行く唇を寂しく目で追っていた。
「君は、私の唯一人の女だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぼうっと見上げる彼女の髪を梳き、ブラッドの掠れて甘い声が耳を打つ。
その台詞に、はっと彼女が息を呑んだ。「嘘」と、否定しようとする唇を、ちゅっと軽く塞ぐ。
「女では不満か?では、恋人だ」
「っ」
赤い顔が、ますます赤くなる。
何を言っているのだろう。
そういうのは面倒だと・・・・・愛していないと、言わなかっただろうか。
否定は、繰り返される口付の前に塞がれる。
ぽろ、とアリスの目から涙がこぼれ、口惜しくてたまらない。
こんなことで誤魔化されて、振り回されて、どうしようもない自分が腹立たしい。
柔らかく、指先で涙を拭われて、やや深く口付けた男が、額を合わせたまま、アリスを覗き込んだ。
「まだ不満か?」
「・・・・・・・・・・誤魔化さないで」
「誤魔化してなどいないよ?」
「だって・・・・・私を愛してるわけじゃないんでしょう?」
なのに、なんでこんな優しくするのよ。
歪んだ顔で答えるアリスに、数度瞬きして、それからブラッドはするっと彼女の頬を撫でた。
「愛してるよ」
「・・・・・・・・・・」
「好きだ」
「ご、誤魔化されないわよ」
「君は使用人じゃないし、部下じゃない。アリス、君は私の隣に居るべき人間だ」
妻として。
囁かれた台詞に、びっくりして、アリスは目を見張った。
「――――は?」
間抜けた声が出るが、酷く楽しそうにブラッドは笑うだけだ。
「愛してる」
「な」
「君だけが・・・・・私を狂わせる」
どうしようもないほど、悪い女だ、君は。
そう言って、ブラッドの手がアリスの胸元のふくらみを包み込んだ。
「や」
ふにゅ、と柔らかさを確かめるように指が押し込まれ、肌を撫でた。
ぞくりと感触に肌が震え、アリスがぎゅっと目を閉じた。
そんなに胸が有る方じゃない。
胸元で戯れる手と、唇。全身を確かめるように、手が滑って行き、スカートの裾から割り込んでくる。膝の後ろをくすぐられ、びくりと彼女の身体が跳ねた。
「駄目よっ」
「何故?」
熱い指先が肌を撫でて行き、太ももの内側に掌を置かれる。冷たい肌に、じんわりと彼の熱が溶けるようで思考が鈍って行く。
「だって・・・・・」
瞑った瞼の裏に、着飾った女性たちの姿が過った。
それから、ショーウィンドーに映った、自分の姿。
比べて見て、溜息が出る。
「だって・・・・・」
「だって?」
舌先が、アリスの胸元の先端に触れた。ふあ、と彼女の口から声が漏れる。
「何?」
口に含んだまま見上げられ、上がる吐息に混ぜて、アリスは泣きそうな顔で吐き捨てた。
「似合わないから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「私は貴方に相応しくないわ」
弱々しい声が告げ、アリスは目を閉じて肩を震わせている。
まじまじと、ベッドに沈む、着乱れた彼女を見下ろし、ゆっくりとブラッドは笑みを敷く。
何をとんでもなく可愛い事を言い出すのだ、この女は。
「まったく・・・・・」
「!?」
力一杯抱きしめられて、アリスは目を見張った。ちうちうとあちこちにキスをされる。
「ちょ」
「あんまり私を煽るな。加減が出来ない」
「え!?」
「このまま・・・・・閉じ込めてしまいたくなるだろう?」
そのまま、噛みつくようにキスをされて、アリスは必死に答えるように舌を絡めて行った。
※※※※
それから、大分色んな格好で求められて、気付けばくたくたでベッドに沈んでいる。
もう嫌だ出来ない止めて
そんな否定の言葉と、甘ったるい声が室内に満ちて、気付けば意識を飛ばしていて。
ゆっくりと目を開け、霞んだ視界に誰も居ないのにアリスは手を伸ばした。
広いベッドの上を、彼女の細くて白い手が彷徨う。どこまで行っても冷たいシーツの感触ばかりで、じわりじわりと胸の裡を不安が焼いて行く。
愛しているって言ったのに。
叶えられないのなら、どうしてそんな嘘を言うの。
それとも、抱くだけ抱いて、飽きてしまったと言うのだろうか。
無いとは言えない自分が悲しくて、アリスはこみ上げてくる涙を飲み込むことに失敗した。
部屋には誰も居ない。
がらんとした空気。
「・・・・・・・・・・馬鹿」
それは誰にあてた言葉なのか。ブラッドなのか、自分なのか。
膝を抱えて丸まっていると、不意にドアの開く音がして、アリスはちらりと視線をやった。ベッドが軋み、アリスを散々翻弄した手が、さらっと彼女の髪を撫で頬に触れた。
「何だ?起きた早々泣いてるのか?」
苦笑し、睨みつけるアリスに唇を寄せる。
「どこ行ってたのよ」
「・・・・・居なくて、不安になったか?」
「!」
意地悪をされたのだろうか、とアリスは枕を振りあげる。笑いながらそれを受け止め、ブラッドはアリスを抱きしめた。
ふわっと甘い薔薇の香りと紅茶の香りがする。それから、微かに硝煙の匂い。
どきんと心臓が跳ね、アリスは腕の中で微かに身じろぎした。
「仕事?」
「何度キスしても、声を掛けても起きなかったからね」
目が覚める前に終わらせてやろうと思ったんだが、少し遅かったか。
くすくす笑うブラッドに、アリスは胸を侵していた黒いものが緩やかに解けていくのを感じた。
それと同時に、まったく別の不安が首をもたげてくる。
「昨日の件?」
「ああ。」
暗殺者の件を思い出し、アリスは自分を抱きしめる男の上着を握りしめた。
「怪我してない?」
「確かめてみるか?」
からかう様な口調に、ようやくほっとした。
それでも、ブラッドの仕事の事を思えば、安心も出来ない。
こんな風に目が覚めて傍に居なくて、それっきり帰って来ないなんてことが、絶対にないとは言い切れないのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「全く君は、何故そこで泣きそうになるんだ?」
呆れたようなブラッドの声がして、起きて欲しくない出来事を考え込んで胸を痛めるアリスにキスの雨を降らせていく。
「だって・・・・・」
何もできない。
自分にはブラッドを護る力もなければ、この屋敷で満足に働くこともできない。
それでも、ここに居られるのは彼が居るからで。
「やれやれ。私の妻は心配性だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
妻じゃない、という台詞は甘やかな口付けに溶け、間近で覗き込む瞳が、熱っぽくアリスを映した。
とくん、と心臓が跳ねる。
「私が居なくなったら、君は悲しんでくれそうだな」
酷く穏やかに言われた台詞に、かっとなる。
「当たり前でしょう!?」
思わず声を荒げれば、楽しそうにブラッドが笑った。
「いつまでも・・・・・君は悲しんでくれそうだ」
「・・・・・・・・・・」
「君が余所者で良かったよ」
そっと放たれた小声の台詞。それに、アリスはどきりとした。
心臓が、鳴る。
「君は私の傍に居れば良い」
緩やかに、髪を撫でて言われた台詞に、アリスはそっと目を伏せた。
「・・・・・飽きるまで?」
「飽きることはないよ」
あっさりと断言し、反論しようとするアリスの唇を再び奪う。
「君だけが、私を慰めて・・・・・私を支配できる。君だけが欲しいんだよ、アリス」
エリオットになら、背中から撃たれても構わない。けどね?
「その時は君も一緒だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
目を見開くアリスに、ブラッドは酷く柔らかく笑って見せた。
「君が死ぬと言うのなら私も死のう。ただし、私が死ぬ時、君も一緒だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・それって、おかしいわ」
狂ってない?
困惑するアリスの台詞に、ブラッドはにやりと笑った。
「帽子屋だからな」
街を歩いていると、向こうから女性の集団がやってくる。
気安い仲間どうしなのか、友達なのか、彼女達は楽しそうに話している。
その彼女達とアリスは、すれ違った。
ブラッド=デュプレの隣に居ながら。
さざ波のように、何か言葉がアリスに向けられるがそれは意味をなさない。
ぐいっと男に抱き寄せられたからかもしれないが。
「貴方と歩くとロクな事にならないわ」
ちらちらと突き刺さる視線に、うんざりして言えば、「そうか?」と男はにやりと笑った。
「昼だと言うのに私は凄く気分が良いよ」
「あっそ」
いつぞやのベンチの前まで来て、アリスはそこに座っていた自分を思い出す。
あの時と今の自分。何が違うのかと言えば。
「疲れたのか?奥さん」
そっと頬に触れる男の、左手の薬指に指輪が有る。
アリスの手の同じ位置にも、同じものが。
「そうね、疲れたわ」
さっさとベンチに腰をおろして、アリスは膝の上で握りしめた手の甲を見詰めた。指輪が鈍く、日の光りを跳ね返して輝いている。
余所者。
しばらくぼうっとしていると、いつの間にかブラッドが居ない。
我に返って、人の神経を逆なでしているとしか思えない、おちょくった帽子を探せば、近くの店から出てくるのが見えた。
手に、紙のカップを二つ、持っている。
蓋の付いたそれは、コーヒーが入っているものに見えたが、中身は紅茶だった。
「ねえ」
「ん?」
隣に腰を下ろすブラッドに、アリスは尋ねてみた。
「やっぱり、私は今も余所者?」
真剣に覗き込む、翡翠の瞳に、ブラッドはすっと目を細めると笑って見せた。
「いや。君は今では立派なマフィアのボスの妻だよ?」
くすくす笑う男に、アリスはほっと息を吐くと、ふにゃっと笑った顔を見られたくなくて、彼の胸に額を押し付けた。
「・・・・・アリス、抱きつくなら後にしてくれないか?」
唇がほんのり滲んだ彼女の涙を見つけて、掬いあげる。
そうして、縋りつく新妻に、ブラッドはにっこりとほほ笑んだ。
というわけで、30万打&GWリクエスト企画作品でございます><
ぽぷーんさまからのリクエストで
【 すごく自虐的になってブラッドからの愛を疑ってやまないアリスに、あまーくあまーく可愛がるブラッドネタが見てみたいです!!
で、いっぱいいっぱいになったアリスの可愛さに余裕の無くなったブラッドさんも見てみたかったり・・・。R指定ものでも喜びます(笑)】
を頂いたので!
張りきったら物っ凄い長くなってしまいました orz
え・・・・・ナニコレ・・・・・ orz
R指定ものとして書き始めたのは良いのですが、指定部分までが死ぬほど長かったので・・・・・その余りの長さに微妙に裏物にしてはいけない気がしまして、ここには表面を載せておきます(笑)
裏面は、裏面で分けてしまいました(汗)気になる方は、ここのSSのどこかに何かが違和感満載であるはずなので(笑)クリックでお願いします><
そんなわけで、物凄い長くてスイマセン(汗)読むの大変な気がするのですが・・・・・萌だけは詰め込んでみましたので!!
そこだけは・・・・・汲んでいただけるとありがたいですTT
(2010/05/17)
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