Alice In WWW
- 不用意に詰めてしまった距離になんとなく安心して
- いつの間に、彼女の侵入を許してしまったのだろうかとブラッドは寝台に横になりながら苦笑した。
誰にでも愛される存在、「余所者」。
その存在を観察して、殺してしまったらどうなるのだろうか。
興味と愉悦が滲んだそれは、どこか面白そうで、何も変わらず、時計も場所も、季節すら回るのに、取り残される自分達に飽き飽きしていたブラッドにとって、いい暇つぶしに思えた。
だが、結局それは出来なかった。
そして確信したのだ。
ああ、本当に「余所者」は誰からも愛される存在であるのだ、と。
(誰からも、というのは頂けないな・・・・・)
どこか釈然としない気持ちのまま、目を閉じる。
外は昼よりはいくらかマシな夕方。それでも、秋色に染まる彼の領土を、真っ赤にする太陽は好ましくない。
目に痛い色があふれる時間帯は、ブラッドにとって機嫌を低下させるものでしかない。
まあ、確かに絵画的な美しさは嫌いではないが・・・・・。
分厚いカーテンが引かれた自室は、昼夕問わず薄暗い。明かりを消してしまえば闇が辺りを覆っている。
疲れていない、とは言えない身体を、仮眠の為にベッドに沈めて、ブラッドはつらつらとここ数日の出来事を思い返して、そして再び同じ考えにたどり着き溜息を付いた。
そう、彼女の「侵入」に対する考えだ。
いつの間にか、アリス=リデルと呼ばれる余所者はブラッドの傍にいる事が多くなった。
ブラッドの客人として屋敷に招待してから、彼女はあちこちの領土に友人を作り、方々を出歩き、この世界に居場所を作りつつあった。
客人として居るのも嫌だからと、彼女はブラッドに頼んで部下としてメイドとして屋敷で働きだした。
クローバーの国への引越にも、彼女ははじかれる事なく、帽子屋屋敷に居てくれた。
小瓶に溜まる責任感も、逃避を促すドアも、『サーカス』も・・・・・どれもアリスを掴んで離さない。
それでも、アリスは帽子屋屋敷で楽しそうにしているし、部下たちとも仲良くやっているし、何よりも、彼女が傍に居る事にブラッド自身が安堵して、日常となってしまっていた。
興味が薄れたわけではない。
領土争いに、組織の運営、積み重なる仕事をこなしながら、ブラッドの目は絶えずアリスを追っていた。
暇が有れば彼女をお茶会に誘うし、からかって怒らせる事もある。
でも、それももう日常の延長で、彼女がこの地に溶け込めば溶け込むだけ、アリスとの間に距離が出来て行った。
彼女を信頼しているからこそ、できた距離だと思う。
彼女を終始傍に置いておいて、見張っていなくても彼女はちゃんとここに帰ってくる。エリオットのように「ここ以外が気に入って彼女が出て行くのじゃないだろうか」と必死になる事もないし、双子のようにまとわりつかなくても、彼女なら大丈夫だと考えている。
時々不安になって、手を伸ばしては睨まれるが、それでも彼女は拒絶しない。
隣に来いと言えば来るし、悪態の延長のようなやりとりも面白い。
付かず離れずの、上司と部下としての関係。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
だから、彼女がブラッドを起こしに部屋を訪れた時、彼は気付かなかった。
本来なら、誰かが己の領域に侵入してきたら絶対に気付く筈なのに、だ。
彼女との距離感は心地よくて、それを壊す事をお互いにしない。
だから、無防備に寝ていても、彼女は自分の奥底まで踏み込んで来ないと知っていたから、侵入しても気付かなかった。
互いに知られる事も、知る事もないから。
そして、そうやって甘くて曖昧な関係に安堵していたブラッドにとって、その時のアリスの行動はとんでもないものだった。
彼女がわざわざ自分を起こしに来て、カーテンを引きあけて何かを言い淀んだ時、ブラッドは「上司として」彼女に応対しようとした。
何か困っている事があるのだろうか、悩みでもあるのだろうか、と。
二人の付かず離れずの距離感が心地よすぎて、ブラッドは彼女を見て安心していたが、所詮、ブラッドは組織のトップだ。トップが末端の・・・・・ただの見習いメイドの仕事の全てを把握しているわけがない。
したいと思っても出来ないのだ。
ブラッドの所に、瑣末な報告は行かない。
それを知っているからこそ、アリスの事は気を付けているつもりだったが、それでも何かあったのだろうか。
ひやり、と胸の奥が冷たくなり、「何か有ったのか?」と剣呑に尋ねた。
それに、アリスは酷く困ったように、何度も何度も深呼吸を繰り返して、終いには勢い込んで「寂しかったの」と言いだした。
(それがどういう事か・・・・・あのお嬢さんは判ってないんだろうな・・・・・)
ごろ、と寝返りを打って、ブラッドは苦笑した。一人で寝るには広いベッド。普段は気にならないのに、何故か無性に誰かが欲しくなる。
目蓋に浮かぶアリスは、普段の彼女と違って、なんだか必死だった。
「寂しかった」「逢いたかった」「すれ違ってばかりで」「一目会いたかった」
(何の殺し文句かと思ったぞ・・・・・)
く、と笑いが漏れる。
上司として、部下の悩みを聞こうかと思っていたのに、彼女の口から零れたのは「なんで構ってくれないの?」という甘すぎる言葉だった。
まるで恋人に「会いに来てくれても良いじゃない」と強請られているような錯覚に陥って、ブラッドは固まった。
固まって、必死に脳内を回転させたのだ。
彼女と自分は付かず離れずの距離が鉄壁だったのではないだろうかと。
そこを護って、お互いにバランスをとっていたのでは無かっただろうか。
それが、何故、彼女の方から均衡をぶち壊そうとしているのだ?
なんの理由も見いだせず、最終的にブラッドは「リップサービス」だと結論付けた。
それが、一番二人の関係にしっくりくる状況だからだ。
何か欲しいものが有るのだろう。
だから、彼女は冗談めいてこんな事を言い出したに決まっている。
・・・・・それに絆されそうな自分には敢えて目を瞑った。
というか、「貴方に逢いたかった」と言われて嫌な気がしないほど・・・・・むしろ思わず手を伸ばして抱き寄せたくなるほど(実際にそうしようとして、慌てすぎた所為で、ベッドから足を踏み外してしまったのだが)には彼女に好意を持っている。
そんなブラッドの唯一の結論の、とんでもないほど上をアリスは行った。
じゃあ、私と出かけない?
嬉しそうに笑う彼女に、ブラッドは「はあ?」と予想外のリアクションを取らざるを得なかった。
意味が飲み込めなくて、唖然とする自分に、アリスは「出かけてよ」と弾んだ声でそう言った。
寂しいから逢いに来た、とリップサービスで告げたのは、実はブラッドと出かけたいからなの。
――――アリスの行動は、ブラッドの思考からいうとこういうことになる。
それはどういう事なのか。
上司と部下で居たかったのではないのか?
距離とバランスを保ったまま、付かず離れずで居たかったのではないのだろうか?
そんな疑問がせめぎ合い、「一体どういうつもりなんだ?」と問い詰めようとして、再び足を踏み外す。
弄ばれているのか。
この関係を突き崩して良いのか。
手を伸ばしても良いのだろうか?
それをして・・・・・この心地よい関係が壊れて、色々面倒な事になった先に、彼女を失う、という一番得たくない結論が出たりしないだろうか・・・・・?
柄にもなく不安になるブラッドは早口に、彼女が何かを決定付けてしまう前に「出かけよう」と承諾した。
暇なときで良い、と笑う彼女に、「暇を持て余している」と応じれば、「まったくもう」というような笑みを向けられてしまった。
その笑みに、ブラッドは凍りつく。
一体彼女の侵入を、自分はどこまで許してしまったのだ?
見透かされたような視線に無性に焦った。
距離とバランス。
それを間違えることなく保っていたつもりだった。
踏み込まず、踏み込ませず。
けれど。
自分は、いつの間にか彼女に踏み込んで、踏み込んだ分だけ彼女もこちらにすり寄っていたのではないだろうか・・・・・?
一気に、自分と彼女の距離が曖昧になる気がした。
一体、自分達は「何」を基準に「距離」を取っていた?
そんな慌てるブラッドをいぶかしみ、結果「疲れている」と結論付けたアリスが、紅茶を取りに出て行こうとするのを呼びとめる。
とにかく、確認したかったのだ。
出かけると言うのも、承知したのも、それは上司としてで・・・・・でいいのだな?と。
告げようとして、ずき、と胸が痛み、ブラッドは自分の感情に困惑する。
上司として、では・・・・・もしかしたら自分は嫌だと思っているのではないか?と。
その途端、色んなバランスが崩れて、ブラッドは今度こそベッドから墜落したのだ。
床に肩から着地して、痛みに顔をしかめ、微かに涙の滲んだ視界に、部屋から出て行くアリスのスカートがふわりと揺れるのが見えた。
それは、手を伸ばして、裾を掴んで引き倒すしか、堕ちた身体を引き上げる事が出来ないのではないだろうかと、思わせるような、軽やかさと鮮やかさだった。
「ブラッドっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目を開けると、誰かが欲しいと思っていた寝台に、半分身を乗り出したアリスが居た。彼女は無防備にブラッドの肩を掴んで揺すっている。
「出かける約束でしょう?私と」
なら起きて。
「・・・・・ああ、お嬢さん・・・・・」
このまま、手首を掴んでベッドに引きずり込んでやろうか、と思うが「まだ」それには程遠い。
そんな事をされると思っていないから、こんな風に彼女は手を伸ばしているのだろう。
「ちゃんと夜に起こしに来たのよ」
上半身を起こして、額に手を当てて目を伏せる。身体は睡眠を欲していたが、この機会を逃すと当分アリスの為に時間を空けられない。
「・・・・・それとも、やっぱり別な日にする?」
ぼうっととりとめもない事を考えていれば、心配そうなアリスの声がした。目を上げると小首を傾げた彼女が、不安そうにブラッドを見詰めていた。
(可愛い・・・・・女だ)
ふっと、ブラッドの胸の奥に火が付く。
お嬢さん、とか部下、とかメイド、とか・・・・・余所者、とか。
隔たりを持たせるような単語で彼女を評していたのに、今は素直に、「女」という単語が出てくる。
甘美で、なのにどこか暗くて、紅くてどろっとしたような、絡みつくような単語。
「ブラッド?」
「いや・・・・・いいよ、出かけよう」
「?」
目を瞬く彼女の髪に手を伸ばし、ブラッドは口づけると上目遣いにアリスを見た。
「お嬢さんからのおねだりだから、な?」
もう、と言うアリスの頬が赤く、嫌悪より羞恥が出ていたから、ブラッドはこっそり微笑むのだった。
三度、彼女が自分を起こしたのは、二度目に彼女と出かけた夜である。
(無防備な寝顔・・・・・)
それとも狸寝入りかしら、とアリスは自分を抱きしめる男をじっと見た。伏せられたまつ毛が以外と長い。通った鼻筋も不揃いな前髪も、こうやって間近でしげしげと見る事は初めてだった。
この人に、よく似た人を知っている筈なのに、今は眺めれば眺めるだけ、ブラッドその人にしか思えない。
絶対に、ブラッドとあの人を間違えない自信がある、とアリスはじんわりと温かくなる胸の内でひそかに思った。
彼に会えなくて、すれ違いの日々が続いて、何となく寂しかった。
ふと視線を感じて顔を上げて、ブラッドと目が合うのが好きだった。
時にそれは、彼の部下で腹心のエリオットに、お茶会をとんでもなくされて、二人で責任をなすりつけ合うような意味を込めたものだったり、双子の門番が大騒ぎするのを止めるでもなく、二人そろって「平和だ」と見詰めている時に重なったり、とか。
目が合うだけで、ぴたりと意思疎通が出来るような事が有る気がして、だからアリスはブラッドと距離が取れていたのだ。
上司と部下、として。
何を考えているか判らない、気まぐれでどうしようもないほど飽き性だと言う事も知ってはいるし、自分には想像できないくらいに酷薄な面も残酷な面も持っている事を知っても居る。
だが、そればかりじゃないと、一緒に居るようになってちょっとずつ知る機会が多くなった。
そうなると、踏み込まなくても彼の事を理解しているような気がして、付かず離れずの距離感が心地よくなってしまっていた。
目に見える所に居てくれる。
目が合えば、考えている事がちょっとだけ覗ける。
それが、やってきた季節を前に、ちょっとした弾みで掛け違ってしまった。
傍にいる筈の人が居ない。
見渡しても居ない。
忙しく立ち働いているのだから、当然なのだが、それが続くと、アリスはこの一定の距離感が随分あやふやなものだと気付いたのだ。
・・・・・もっとも、気付いたのはもっとずっと後になってからなのだが。
ただ、その時は「寂しい」と感じる理由がなんなのか判らなかった。
同僚に「部下として当然だ」と言われて、なるほどそうか!と寂しいなら会いに行けばいい、と短絡的に結論付けた。
寂しいから一緒にいて、と言いに、彼の元に押し掛けた。
途方もない違和感の理由に気付く事も出来ずに。
(それで、これ・・・・・)
ブラッドの枕に顔を埋めて、ブラッドの上掛けとシーツに包まれて、ブラッドの温もりがすぐそこにあるベッドに沈んでいる。
彼の部屋はしんとして冷たく、音もない。感じるのは、肌を重ねている男の静かな寝息だけ。
彼の温かな腕に包まれて、アリスは重くなる目蓋を閉じた。
おかしい。
おかしい気がする。
こんなのは上司と部下との関係じゃない。
だっておかしいじゃないか。
そう思うのだが、アリスはこの腕から出て行く気にならなかった。心地よくて、このままここに居たいとそう思う。
夏祭りから戻ってきて、「唇が赤い」と口付けられて。吐息も何もかも奪われて、上司として信頼していたのに、なんで手を出されたんだろう、と混乱して泣きたくなった。
それは事実だ。
でも、「らしくない事をさせないでくれ」と懇願するように言われて、真摯な眼差しで見詰められて、アリスは、肩を押す手に抗えなかった。口付けを強請るように目を閉じたのも、間違いのない事実。
彼の手がアリスの輪郭を確かめて、唇が、温度を浚って、アリスは内側からブラッドに焼かれていくような気になった。
酷く優しい彼の行為に、初めてなのに指の先まで溶けて行くのが判った。
精一杯しがみ付くしか出来ない彼女を、十分蕩かせてから、ブラッドは彼女を抱き上げて部屋まで連れてきた。
半分以上着崩れていた彼女の衣類は、ベッドの脇に落ち、アリスは素肌のまま、ブラッドに抱きしめられている。
不思議と嫌悪感はない。それよりも、もっとずっと暖かいものが胸の中に満ちている。
それがなんなのか、判らない。
分厚いカーテンに仕切られていても、急に時間帯が変わるのが判った。夜に眠る、という習慣を取り敢えず続けているアリスは、この出鱈目な世界で、自分なりのリズムを作ろうと心掛けている。そのおかげか知らないが、何となく時間帯が変わるのが判るのだ。
長かった夜が終わり、時間帯は彼がもっとも嫌う昼だ。
起こすべきか。
(・・・・・・・・・・)
確か、ブラッドの次の予定が入っているのは、夕方だったはず。昼間に動くのは億劫で、外出するのは夜か、どうしても無理なら夕方だ。
内輪の会合が有る、と同僚が言っていたのを思い出して、時間を取らせてしまった事を済まなく思う。
でも、嬉しかった。
(駄目な部下かな・・・・・)
自分の為だけに、時間を割いてくれたのが嬉しい。蔑ろにされているわけじゃないと判るから。
彼は組織のトップでボスだ。
そんな彼が、単なる下っ端でメイド見習いでしかない彼女の為に、時間を作ってくれた。
暇だから、と言いながら。
(・・・・・・・・・・ありがと)
そろっと身動きして、アリスは腕を付いて上体を持ち上げると眠っているブラッドの頬に口づけを落とす。
狸寝入りだろうがなんだろうが、構うもんか。
自分にはこれから仕事が有る。ブラッドはこのまま寝かせておいてあげようと、そっとベッドから抜け出そうとして、伸ばされた腕に腰を抱かれた。
「?」
振り返ると、乱れた前髪の下から、碧の眼差しが真っ直ぐにアリスを捕えていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
何となく気恥ずかしくて、上掛けを握りしめて身体に巻く。
「おはよう、お嬢さん」
「・・・・・・・・・・まだ、昼よ?」
掠れて、眠そうなブラッドの声に、「まだ寝ていたら?」と視線を逸らして、柔らかく応じると、男はくすっと笑いをもらした。
「・・・・・・・・・・一人で寝るのは物足りない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「付き合ってくれ」
「ちょ」
ぐっと引き寄せられて、再び温もりの中に戻される。向き合うように抱き直されて、肩にブラッドの額を感じて、アリスは顔が赤くなるのを感じた。
「ねえ」
「ん〜?」
そのまま、イタヅラを始めそうな唇にどきどきしながら、アリスはそっとブラッドの胸に手を付いた。
「やっぱり、おかしくない?」
「何がだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何が、だろう。
今でも上司と部下だと言えるのだろうか。
「おかしなことなどないさ」
俯いて考え込むアリスに、ブラッドは小さく笑うと、彼女の頬に手を伸ばした。すり、と親指が頬を撫でる。
「私はしたいことをしただけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・したいように?」
「ああそうだ」
そのまま、額に口付けられる。きゅっと彼の胸元の手を握りしめれば、背に回ったブラッドの掌が、そこを撫で、目を伏せる彼女の目蓋に口付けが降ってくる。
耳元、首筋、目尻・・・・・。
「君は?」
髪の毛を一房持ち上げて、そこに口付けながら、ブラッドが柔らかな眼差しでアリスを見た。
「ん・・・・・」
「嫌だった・・・・・か?」
これがからかう様なものだったり、揶揄するようなものだったら、アリスは頑として嫌だと言い張っただろう。
だが、そろっと伺うように言われては、素直にならざるを得ない。
目元が真っ赤なのはとにかく、指先まで朱が走っている気がする。彼の胸元に額を押し当て、腕を伸ばして彼に抱きついて、アリスはこそっと告げた。
「嫌じゃなかった」
小さく震えた彼女の身体に、ブラッドは満足する。
そのまま、腰にまわした腕に力を込めてぎゅっと抱きしめ、それからもう一度彼女をベッドに沈めた。
「・・・・・・・・・・」
困ったように見上げる彼女の視線は、うろうろと辺りをさまよってから、ブラッドに落ち着く。酷く恥ずかしそうに俯く彼女が、可愛くて仕方ない。
耳元でそう言えば、アリスが「もうっ」と声を荒げた。
「・・・・・・・・・・ねえ」
「何だ?」
「・・・・・・・・・・触れたくて・・・・・触れたの?」
掠れた声で尋ねるアリスに、ブラッドは「そうだ」と短く答える。
「君が、会いたくて会いに来てくれたのと、同じだよ?」
だから、何もおかしいことはないだろう?
微笑むブラッドに、アリスは微かに目を見開くと、おかしそうに笑った。
「そうね・・・・・そうかもしれないわ」
ようやく落ちてきた口付け。深く、舌が絡まるそれに、アリスは目を閉じた。
「ブラッド・・・・・仕事・・・・・」
「しなくていい」
「でも・・・・・屋敷が・・・・・柿まみれに」
「構わないよ」
「構ってよ」
それが私の仕事なのに。
んっ、と甘い声を漏らして、いたるところに落ちて行く口付けの合間に抗議する。
ブラッドはくすりと身体を震わせて笑う。
「なら・・・・・その仕事をエリオットと双子に振ろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「当然の報いだろう?」
くすくす笑うブラッドに、「まあそうね」とアリスは吹き出して答えた。
目が合う。
ブラッドの瞳に、自分が映っている。
自分だけ、が。
考えている事が判った気がして、息が上がった。
「アリス・・・・・」
甘い声が名前を呼んで、彼女は細い指先で彼の肩に掴まると眼を閉じた。
「アリス」
胸に落ちた口付けに、ずくん、と身体が熱くなり、肌に鮮やかな華が咲く。
緩やかに、身体を拓かされるのを感じて、アリスは細くて甘い吐息を漏らした。
庭に舞い散る落ち葉を、箒で綺麗に掃いていく。
石畳に配置された綺麗な模様。それを追いかけながら、アリスはどんどんどんどん掃いていった。
彼女が通った道の脇には、大量の落ち葉。後で焼き芋でもしようかと、ふと後ろを振り返ってから、アリスは空を眺めた。
茜色が辺りを染めている。
結局ブラッドと一緒に昼を過ごしてしまった。思い返して頬が赤くなるが、嫌な気にはならない。
今だって、部下を率いてだるそうにしているのかと想像すると、笑みがこぼれてくるくらいだ。
そして、居ない事にまた、寂しさを感じる。
ブラッドに長い間会えないと寂しいわよね?と尋ねた使用人もメイドも、当たり前のように「はい〜」と答えてくれた。
けれど、その先・・・・・寂しさを感じてからの先は、アリスだけのものだったようだ。
寂しいの、と手を伸ばせば、彼はちゃんと掴んでくれて、引き寄せてくれた。
(・・・・・・・・・・・・・・・)
他のメイドにはあんなことはしない。
それだけは断言できる。
だから、アリスだけ。
アリスに、だけ。
耳まで赤くなるが、夕陽の所為にして、アリスは落ち葉を一か所に集めて行く。時折吹く風が冷たく、むき出しの腕を撫でて行く。
ショールでも買おうかな、と綺麗な赤と緑のグラデーションを描く夕空を見上げた。木の葉が、黄金色の光を受けてきらきらちかちか瞬いて空を流れて行った。
帰ってくるのは何時だったろうか。
次の時間帯?それともその次?ああ、アリスと出かけた所為で、またしばらく仕事が続くんだったっけ。
夕方になったから起きて、とブラッドを揺り動かして、億劫そうに身体を起こしたブラッドが、そんなようなことをぶつぶつ言っていた。
面倒とだるい、の合間に。
行くのを取り辞めようか、とアリスの白い肌に指を這わせて言うから、それを押しのけて、「私は逃げも隠れもしないわよ」と半眼で言ってやると、ブラッドはそれはそれは判り易く動揺してベッドからまたしても足を踏み外していた。
なるべく早く終わらせて戻ってくるから、待っていてくれ、と散々言われた先ほどの時間を思い出して、アリスは首まで赤くなる。
本当に今が夕方でよかった。
それでなければアリスは熱でもあるのではないかと、同僚に心配を掛けてしまっただろう。
「上司と部下・・・・・でいいのかしら・・・・・」
普通に屋敷の仕事をしているし、出掛ける時に何も言われなかった。昼間の仕事をすっぽかした件は、エリオットと双子にやらせろ、とあっさりブラッドが言って、そのまま放置されている。
だから、アリスは今の時間帯に与えられている持ち場を清掃しているのだが。
なんだか、複雑な関係になってしまった気がする、とアリスは箒を持ったまま溜息を付いた。
そこで、ふと彼女は違和感を覚える。
今までの二人の距離とバランスは、お世辞にも「判りやすい」とは言えない。
どちらかと言うと、複雑だったかもしれない。
進んだのか、戻ったのか、停滞しているのか・・・・・。
それでも、判っている事もちゃんとある。
彼が居なくて、寂しい。
これだけははっきり言える。
「早く帰ってきて・・・・・」
小さな声で呟き、アリスは周囲をきょろきょろと見渡して、誰も居ない事を確認すると、左の胸を抑えた。
寂しくてつきん、と痛むそこ。
この世界の誰とも違う、ハートがある場所。
そこに残された痕がじわりと身体を熱くする。
「―――馬鹿・・・・・」
俯くアリスの、金に近い栗色の髪を、秋の風が浚って行く。
その髪の毛に、指を絡めて艶っぽく笑う男が、早くここに来てくれればいいとひっそり思いながら、アリスは箒の柄をきゅっと握りしめた。
一周年記念リクエスト企画作品第四弾!ということで!
彩希さまからのリクエスト
「ジョーカーでアリスがブラットを起こす所のイベントがすごく好きなのでv
そのイベントの甘いお話でリクエストお願いします♪」
ということでしたので・・・・・えと、イベント4のブラッド視点とその後・・・・・という感じになってます><
こ、こんな感じですが、甘々目指して頑張りました!(笑)
ジョーカーの押し倒しイベント(笑)はアリスが怒ってないのが凄い!ということで、初っ端からラブラブな感じにしたら、なんとなく初回な感じがしなく(あああああ)
と、こんな感じですが、楽しんでいただけましたら幸いですv
彩希さま、ありがとうございましたvvv
(2010/03/08)
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