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 余所者のルールと受難
「あん?」
 庭木の根元に、ぽつんと白クマの縫いぐるみが置かれている。分厚い本を前にして。その格好がちょっとアリスに似ていたから、エリオットは目を止めた。
「これ、ブラッドの縫いぐるみだよな?」
 さくさくさく、と草を踏んで歩み寄り、背の高いエリオットはひょいっとその縫いぐるみを持ち上げた。
「?」
 首の辺りを掴んで持ち上げたのだが、なんだか微かに違和感がある。その違和感がなんだかわからなくて、エリオットは首をかしげてその白クマをじーっと見詰めた。

「んだろなぁ・・・・・なーんか、こー・・・・・」
 こいつを見てると、こう・・・・・ぎゅーっとしてくなるっていうか・・・・・

 きょろきょろとあたりを見渡し、双子の姿が無いのを確認して、エリオットはぎゅーっとその白クマの縫いぐるみを力いっぱい抱きしめて見た。

「!?」

 ふんわりと柔らかく、心地良い。くたり、と身を預けるようなそんな感触もして、エリオットはぎょっとして縫いぐるみを離した。

 どことなく、甘い香りがする。
 胸を一杯にするような、良い香りだ。

「・・・・・・・・・・さっすがブラッドだよな・・・・・」
 普通の縫いぐるみとは一味もふた味も違うぜ・・・・・っ!!!

 どことなく称賛の眼差しで縫いぐるみを眺めながら、エリオットはすり、と白クマの顎に手を寄せた。
 撫でると、温かく、気持ちいい。
 まっふりした毛並みの他に、柔らかく、滑らかな感触が混じるのは何故だろう。

「あ・・・・・やっべ・・・・・撫でまわしたくなる・・・・・」
 すりすり、なでなで、ぐりぐりぐりぐり。

「ああああああ、止められない!なんだ、この新感覚っ!!!」

 最終的には白クマのぬいぐるみに有るのか判らないが、あるとしたら大体この辺だろう、という二の腕辺りをふにふにして、エリオットはうっとりと耳を垂れた。

「なんかこー・・・・・やわっかい感じが堪らない・・・・・」
 腹の辺りも揉もうとして、不意にエリオットは視線を感じて顔を上げた。

「・・・・・・・・・・気持ち悪いね、兄弟」
「・・・・・・・・・・今は秋なのにね、兄弟」
 狂ってるとしか思えないよ。
 春でもないのにさ。

 ひそひそひそひそ、と身を寄せ合って話す双子を前に、エリオットは耳をぴん、と立てて怒りだか羞恥だかわからない視線を投げた。

「お、お前らっ!!!いつからそこにっ!!!」
「ひよこウサギがそのクマのぬいぐるみに頬ずりしてる辺りからだよ」
「マフィアともあろうものが、気っしょく悪いなぁ・・・・・ボスに言いつけようっと」
 もしかしたら、ナンバー2解雇かもね。
 そうだね、そうしたら、僕ら繰り上げで昇格かな?
 やったー!昇給だね、兄弟!
 休みもたくさんもらえるね、兄弟!
 長期有給休暇の申請も可能だよ!

 きゃっきゃきゃっきゃはしゃぐ二人に、「残念だったなっ!」とエリオットが縫いぐるみを二人に突き付けて胸を張った。

「こいつはブラッドの縫いぐるみだ!だから、別にナンバー2の俺がどうこうしようと問題はねぇ!!」
「ボスの縫いぐるみ?」
 それに、双子が興味を惹かれたようだ。

 双子の門番、血濡れのディーとダムは武器一式の他に、お風呂に持ち込む玩具の類もコレクションしている。
 大抵、一回の入浴で儚くなってしまう玩具達だが、形状は目の前にある白クマの縫いぐるみと同じモノもそれなりにあるのだ。

 だが、ブラッドは大人だし、マフィアだし、ボスだしで、そう言ったモノには一切興味が無かった。

 無かったはずなのに。

「ボスも玩具が好きなのかな」
「おもちゃっていうより、縫いぐるみが好きなのかな?」
「それ、何か変わったところでもあるの?」
「ちょっと貸してよ、ひよこウサギ!」

 近寄る双子から護るように、エリオットは白クマの縫いぐるみを高く持ち上げた。

「だーめーだっ!これはブラッドとアリスでおそろいなんだから」
 その台詞はしかし、二人には逆効果だった。

「ええええ!?ずるいよ、ボス!お姉さんとおそろいの縫いぐるみなんて!!」
「そうだよ、そうだよ!僕達みたいな可愛い子供にこそ贈られるべきものだよ!!」
「寄こせよ、ひよこウサギっ!!!」
「貸してくれたっていいじゃないか、馬鹿ウサギ!!」

「俺はウサギじゃねえええ!!!それに、これはブラッドの大事なものなんだから、お前らみたいな破壊魔に渡せるかっ!!」

 白クマの脚をもって振り回すエリオットも十分に無体だ。
 無体だが、本人はとても一生懸命で、その事に気づいていない。

「貸してよ、馬鹿ウサギ!!!」
「寄こせよ、ひよこウサギっ!!!」
「ひよこでも馬鹿でもウサギでもねえええええ!!!!」

 最終的には、いつものように銃弾と剣戟の応酬になる。その真っただ中で、エリオットに掴まれた白クマは可哀そうに振り回され続け、一度なんか銃弾が命中しかけたのだ。

 泣き喚きそうな、怒りだしそうな白クマを手に、散々喧嘩は続く。


「貸してくれたっていいじゃないかっ!!」
「ひよこウサギだって、さっきキスしようとしてたじゃない!!!」
「黙れ!!!それに、俺はいいんだよ!縫いぐるみを壊したりしないからなっ!!!」

 ちゅ、と白クマの頬にキスをする。

「あああああああ!!!」
 大声を上げるディー。そして、それにエリオットが気を取られた瞬間、ダムがぱっと駆け寄り、エリオットの手から白クマの縫いぐるみをひったくった。
「てめっ!!!」

「うっわ〜〜〜〜、ふっかふかだよ、兄弟!」
 慌てて手を振り上げるエリオットの腕の下をくぐりぬけて、ダムがディーの元に駆け寄る。
「なんか・・・・・良い匂いがする・・・・・」
「ほんとだ・・・・・甘い、良い匂い・・・・・」

 二人が縫いぐるみの両脇から身を寄せて、首筋に顔を埋める。
 そのままふんふんしていると、不意に双子の手が白クマの腹の辺りを撫でた。

「気持ちいね、兄弟」
「本当だね〜兄弟〜」

 年相応(?)なのか知らないが、いくらかエリオットよりはさまになる。

 すりすり、もふもふ、なでなで、むぎゅううう。

「柔らかい感触がたまらないよ、兄弟」
「うんうん・・・・・ずるいよね、ボスばっかりこんないい縫いぐるみを持ったりしてさ」
「しかもお姉さんとおそろいって」
「って、お前らなっ!!!」


 いつまで触ってんだよっ!!!


 双子の手から白クマの縫いぐるみを奪い返そうと、手を伸ばしたエリオットが、白クマの足首、と思われる場所を掴んだ。

「何するんだよ、ひよこウサギ!」
「さっき散々楽しんだでしょ?」
 今度は僕らの番だよ!
「いい加減にしろってんだよ!離せ!!」
「いーやーだーっ!!!」
「僕らに命令するな、馬鹿ウサギっ!!」
「縫いぐるみが嫌がってんでだろ!?」
「そんなことないよ!」
「ないない!!」

 とにかく離せ、嫌だ、止めない、気持ち良い、もっと触っていたい、柔らかくて良い匂いがする!

 散々白クマを弄び(?)ぎゃんぎゃんと喚き散らして、最終的には縫いぐるみを抱きしめようとした刹那。

 唐突にマシンガンの音が鳴り響いた。

「!?」
「!?」
「!?」

 物凄い殺気で、その辺一帯の空気が凍りつく。
 なのに、気温も気圧もどんどんどんどん下がっていく。

「あ・・・・・」

 ぎぎい、と軋んだ音が出そうな様子で、顔面蒼白のエリオットが振り返る。

 秋晴れの空の下、そこだけ低気圧が渦巻いていた。目に見えないが、黒くもが見えるようで、エリオットと双子はぱっと手にしていた縫いぐるみを離した。

 とすん、と草むらに落ちる白クマの縫いぐるみ。

 今にも雷が落ちそうなその、真黒な渦の中心で、マシンガンを構えたブラッドがにっこりとほほ笑んだ。

「私はお前たちをある程度信用していた」
「・・・・・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・いた。

 ・・・・・・・・・・・・・・過去形だ。

「だが・・・・・気が変わった。お前達は私の機嫌と気温と気圧を下げるのがお好みらしい。」
 そのお礼に、間が抜けているお前達の脳天に、目が覚めるように銃弾を喰らわせてやろう。

 にぃぃぃぃぃぃぃっこり。

「あ・・・・・え・・・・・ぶ、ぶら」
「死ね。」

 ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!


 その瞬間、物凄い絶叫が辺りに響き渡り、後にはブラッドの機嫌が直るまで、『にんじん料理禁止令』を出されたナンバー2と『減給・減俸・無償労働』契約を結ばされた双子のがっくりとうなだれた姿が有るばかりだった。







「バカバカバカバカバカバカ、ブラッドの大馬鹿っっっっっ!!!!!!!」
 悲鳴のような声で、アリスが叫ぶ。

 今までの絶叫の中で、一番の音量だ。

 そんな彼女の肩に触れれば「触らないで!」と振り払われ。
 強引に抱き寄せようとすると、腕に噛みつかれ。
 キスしようとすれば、顔を引っ掻かれる。

「アリスっ!」

 取り付く島もない、というのはこういう事をいうのかと、ブラッドはどこか遠いところで思うが、彼女の狂乱っぷりも原因が判るだけに無理やりねじ伏せる事も出来ない。

「だから、悪かったと言っている!」
 必死に同じ台詞を繰り返せば、アリスは「それで済む問題!?」と同じ台詞を悲鳴交じりに口にした。

「大っ嫌い!!!散々良い事言うくせにっ!!!私の事大事にしてるっていうくせにっ!!!」
 ろくでもないわっ!!!信じられない!!!最低よ!!!!!

 わあわあわあわあ。
 喚く傍から、アリスの目に涙が浮かび、ぼろぼろと零れ落ちるから、ブラッドはどうしていいか判らなくなる。

「だっ・・・・・だから、済まなかった!」
「どこがよ、なにがよ、あんたなんか死んじゃえばいいのよっ!!」
「アリスっ!!!!」

 泣き叫ぶアリスを、どうにかこうにか腕に閉じ込めて、ブラッドは精一杯の愛情をこめて彼女の背中をきつくきつく抱きしめた。

「・・・・・悪かった」
 だから、泣かないでくれ。

 耳元でささやく声は、本当に弱り切っていて、アリスは罵りそうになる唇をぎゅっと噛みしめた。彼女の手が、縋りつくようにブラッドのシャツを握りしめた。

 ひっく、と嗚咽が漏れる。

「怖かったんだから・・・・・」
「ああ」
「あっ・・・・・あんなっ・・・・・風にっ・・・・・触らっ・・・・・」
 しゃくりあげる彼女を、ぎゅっとする。
「助けてって言ったのにっ!ブラッドって、何回も何回も呼んだのにっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・悪かった」
「酷いわ・・・・・信じて・・・・・たのにっ」
 助けてくれるんじゃなかったの!?
「・・・・・・・・・・そうだな」
「なんでもっと早く来てくれなかったのよっ!」
 涙の滲んだ声で言われて、ブラッドは閉口する。

「その・・・・・まさか君がまた、あんな事になるとは思ってなかったんだよ」
「・・・・・・・・・・全部っ貴方が悪いんじゃない」

 二人は喧嘩をした。
 ほんの些細な、はたから見れば痴話喧嘩レベルの喧嘩だ。

 それなのに、アリスはまた、一瞬、ブラッドの愛情を疑った。

 疑った結果が、これだ。


 余所者のアリスに課せられた「ルール」
 ビバルディの魔法は、まだ完全に解けていない。
 だから。


 アリスが、ブラッドの愛情を疑うと・・・・・彼女は白クマの縫いぐるみになってしまう、のだ。

「エリオットも双子も、私は気に入っている。」
 だから、排除することは出来ない。
 そう、酷く憂鬱そうな声でブラッドが零した。
「部下の失態は私の責任だ。アリス、君からの要求を呑もう」
 それで許してはくれないか?

「・・・・・・・・・・・・・・・じ、自分の恋人がっ・・・・・弄ばれてっ・・・・・なんで冷静なのよっ」
 やっぱり、私の事なんかっ

 真っ赤に腫らした目で訴えられて、ブラッドは思わず噛みつくようなキスを落としていた。

 絡まる舌が熱い。

「そんなわけないだろう!?私がどんな気持ちで、振り回されている君を見たと思ってるんだ!?エリオットの手がっ!あんなっ」
 思い出しても腹の立つ!!

 本当に二三発ぶちこんでやればよかった、とブラッドは呻くように漏らした。

「出来れば、アリス・・・・・連中が触ったところを、全部触りたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 潤んだ眼差しが、ブラッドを映す。
 同じように、ブラッドの眼差しも熱を孕んでいた。

「いいな?」
「その前にっ」

 口付けようとするブラッドの唇に、人差し指を押し当てて、アリスは泣きそうに顔をゆがめた。

「ちゃんと言ってっ」

 頬を膨らませる彼女と、した喧嘩を思い出す。

 ふっと目元を緩ませると、ブラッドは酷く甘く、彼女の耳元で囁いた。

「すまなかった、アリス・・・・・・・・・・・・・・愛してるよ」





(2010/01/17)

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