Alice In WWW

 そして男は、面倒なだけだろう?と笑うのだった
 ほんのちょっとの気まぐれ。
 そう、自分に向けられる彼の興味と同じ、ちょっとした興味。

 愛していないと言いながら、手を出してくる男を、ほんのちょっと試してみたくなっただけ。

 ただ、それだけだった。




「相変わらず凄いわね・・・・・」
「そうですね〜。ボスは〜おモテになりますから〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・判んない」
 口ではそういうが、アリスの心はどこかで納得していた。現在彼女は、正面玄関に運び込まれているブラッド宛の荷物の前に居た。
 ブラッドに「自分の女だ」と宣言されてからも、彼女は彼女の道理を通す為にメイドとしての仕事を続けている。
 代わりに、ブラッドの部屋担当にさせられているが。
 そういった訳で、必然的に彼女が、彼の元に贈られてくる荷物を引き受けるはめになるのだが、協力関係にある組織や会社、地域からの貢物はともかく、半分を占める「女性からの贈り物」には何とも複雑な気持ちにならざるを得ない。
 きちんと断っている、と彼は言っていた。

 実際、何かの夜会とか、パーティーとかそういう場で、関係のあった女性たちに一々断っていましたよ、と彼の部下達から口々に言われるから、更に複雑な気持ちになる。

(私だったら・・・・・断られたらもう、怖くて渡せないわ・・・・・)
 それでも、そんなブラッドからの「断り」を飛び越えて贈られてくるプレゼントの山にアリスは溜息をついた。
(・・・・・ってことは、私の気持ちなんか敵いっこないって事なのかしら・・・・・)

 ブラッドの為を思って買ったティースプーン。必死に言い訳したし、単なる気まぐれだと自分を言いくるめたが、彼が使ってくれたら嬉しいな、と思っていたのも事実だ。
 受け取ってもらえない、という事実は想定していなかった。

 「迷惑だからやめて欲しい」なんて言われたら、多分・・・・・絶対アリスは落ち込むだろう。そして、二度と渡そうという気持ちにはなれない。

「私って卑怯者よね・・・・・」
「はい?」
 これ〜どうしましょうか〜?
 捨てちゃいましょうか〜?
 にこにこ笑いながら算段していた同僚達は、呟かれたアリスの台詞に目を点にする。
「お嬢様〜?」
「・・・・・うん。とにかくブラッドに届けるわ」
「・・・・・やっぱり届けちゃうんですか〜」
「爆破しましょうよ〜」
「駄目駄目」

 捨てられる事すら想定して贈られてくるモノ。でもやっぱり、受け取って欲しい、見て欲しい、使って欲しいという気持ちに偽りはない気がする。
 マフィアのボスとの男女の付き合い、なんてまるっきりどんなものか判らないし、アリスが考えているような甘ったるい、幼い恋心とは違うのかもしれない。
 相手側にも打算があるのかもしれない。
 かもしれないが、アリスはアリスの物差しでしか世界を測れないのだから、自分の考えに従うまでだ。

「それを決めるのはブラッドだわ」
 私が処分するなんて、おかしいだろう。
 向けられた気持ちを、彼がなんとかしなくては。

 きっぱり言い切り、アリスは贈り物の乗ったワゴンを押して、ブラッドの部屋へと運んで行った。


「どうぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・君は、私に嫌がらせをしているのかな?アリス」
 眉間にしわを寄せて、机の上に積まれた贈り物(しかも女性からのモノ限定だ)にうんざりしたように吐きだしたブラッドに、アリスは「受け取ってちょうだい」と告げた。
 いくらか声がつんけんして冷たい気がしたが、気にしない事にする。
「要らない」
 それに対して、にべもなく言い捨てて、ブラッドは横に立つアリスを見上げた。
「全部処分してくれ」
「・・・・・・・・・・ちょっとくらい見てみたら?」
 綺麗なラッピングもリボンも、手紙の美しい字も、彼の興味を惹かない。惹かない限り、開けられることもなく、闇から闇へと屠られていく。
「必要ない」
 更に冷たく言い放たれて、アリスはほうっと溜息をついた。
 必要ないもの、に対して彼はとことん冷淡だ。自分の好きなもの、好きな事を、好きなようにしかしない男らしい。
「私が処分してもよろしんでしょうか?」
 なるべく平たい、感情の無い声で告げると、アリスを見詰めていたブラッドがにたりと笑って彼女の手を取った。
 そのまま柔らかく撫でると、手首に口付ける。
「ここに持って来なくても良い。届くたびに、君が処分してくれて構わないと言わなかったか?」
「・・・・・そんな権限、私には無いって申し上げなかったでしょうか」
 敬語なのも、全ては自分の内を悟られないため。
 そして、必死に押し隠している自分の気持ちを、自分で見ないようにする為でもある。
「この屋敷のルールは私だ、アリス。君に権限を与えることも可能だし、ここに持って来ない、君が処分するように命令を出すこともできる」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、それをしないのは何故だと思う?」
 くすくす笑いながら言うと、ブラッドは掴んでいた彼女の腕を引っ張った。
「っ」
 倒れ込む彼女を膝に抱えて、ブラッドは間近にアリスを見詰める。綺麗な碧の瞳に、動揺するアリスが映っている。
「私は、君が自主的に贈り物を捨てる所が見たいんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪趣味ね」
 思わず睨みつけると、ブラッドは平然と哂った。
「男なんて、そんなものだと思うが?」
 伸ばされた手の、指先がアリスの唇に触れる。そのまま撫でられて、アリスは己の背中が粟立つのを感じた。
 ぞくり、と震える。
 このままこうしていたら、流される。
「判ったわ」
 唇を寄せようとするブラッドの肩を押して、アリスはそっけなく言うと彼から離れた。立ち上がる彼女の腰に、男はまだ腕を絡めている。
「捨ててくるわね」
「ああ、そうしてくれ」

 そのまま離そうとしない男を、「だから、今から捨ててくるからっ!」と無理やり引きはがし、アリスは彼の書類の上に「これでもか」と積み上げた贈り物と手紙を回収して部屋の奥へと移動した。
 そのままソファに腰を下ろす。
「・・・・・アリス?」
「処分するんなら、別に私が見てもいいでしょ」
「!」
 驚いたように目を見張るブラッドから視線を逸らし、アリスはつんと無意識に顎を上げた。
「それとも、見られたら困るような代物だったりするのかしら?」
 ちらと横目で勝ち誇ったように見ると、呆けたように瞬きを繰り返していたブラッドが、心底愉快そうに笑みを浮かべた。
「いいや・・・・・そんなわけないだろう?」
 そのまま楽しそうに肩を震わせて笑うから、アリスは意地になって手近にあった贈り物のリボンを解きだした。




 それからしばらくは、アリスが贈り物の包装紙を解く音と、そんなアリスを楽しそうに眺めるブラッドの、書類に走らせるペンの音だけが、その部屋を占めていた。
 包装紙の山を築きながら、アリスはだんだん気持ちが凹んでいくのを感じていた。
 とてもじゃないが、アリスには買えそうもない純銀製の茶器から、プラチナを織り込んだスカーフ。宝石のあしらわれた調度品に、世にも珍しい青い薔薇の香水・・・・・。
 他にはブラッドの興味を惹こうと、「人魚の涙」やら「竜の髭」など奇怪な物から、熱烈な手紙などが山のようにある。

 あの夜の事が忘れられず、身体が濡れて仕様がない、などと書かれているのを見て、アリスは真っ赤になってそれを放り投げた。

(なんっていう・・・・・)

 貴方の事が忘れられません。愛しています。どうかもう一度お会いしとうございます・・・・・

(ていうか、無理・・・・・)

 言えない言えないあり得ない、とアリスはソファに座ったまま力なく手を膝の上に置いた。ぐるぐると脳内を色んな想いが駆け巡り、整理が出来ない。

 そんな風に、誰かに想われたことなど、アリスはただの一度もなかった。
 ただ一人、君だけが唯一だと。

(・・・・・・・・・・・・・・・)
 そっと目を上げると、エリオットが持ってきた書類に眼を通すブラッドの姿にぶつかった。

 頬杖をついて、書類を持ち上げている。
 やる気のない様子なのに、真剣に眺める眼差しがどうしようもなくカッコいい。服の趣味は最悪なのに、様になっている。仕事は出来る。隙も無い。仕草も大人で女にも強いし、彼になら支配されたいと思う女性が多いのもうなづける話だ。
(こんなに想ってくれる人がいるのに・・・・・贅沢よね)
 そんな女性たちを振り返りもせずに、ブラッドは贈られてきたモノも想いも捨てて良いという。
 しかも、それをアリスにさせようとする。

(悪趣味・・・・・)
 心から愛している人間に、誠意をみせるのなら判るが、彼はアリスを「愛していない」と言ったのだ。
 愛しても居ない、なのに女だと宣言したアリスに、それをさせるなんて、気が違っているとしか思えない。

 そんな事をして、アリスが勘違いをしたらどうするのだろうか。

(勘違いなんかしないわよ・・・・・私が・・・・・)
 じわり、と目尻に涙がにじむのを感じて、アリスはこんなことしなければよかった、と全力で後悔した。

 私が勝手に好きになってしまっただけ。

(どうしよう・・・・・)
 口から溜息が洩れ、アリスは霞んだ視界のまま贈りモノの山を見詰めた。目元をぬぐえば、恐らく妙に鋭い所のある男に気付かれるだろう。自分でやったことに後悔して泣いている、なんて知られたくない。

 どこまでも自分が愚かに思えるからだ。

 とにかく、これを処分しなくては。

(・・・・・・・・・・・・・・・)
 開けられた贈り物を、ブラッドはまるで気にしない。何が入っていたのかとも、どんな事が手紙に書かれていたのかと、聞いても来ない。ただもくもくと仕事をしている。
 そっと立ち上がり、彼女は一個一個をワゴンに積んでいく。裏口に不用品置き場があるから、そこに置いておけばいい。そのうち誰かが処分するか、目ざとく見つけた双子が拾ってどこぞに売りに行くだろう。

(私もいつか・・・・・)
 こんな風に振り返る事もされなくなるのだろうか。今は、贈り物を受け取ってくれるけれど、いつかは。
「君は優しいな」
「?!」
 自分が贈ったものよりも、遥かに上質なティースプーンをぼうっと眺めていたアリスは、背後からした声に顔を上げる。彼の温かな指先が目元に触れて、どきりとする。
 涙はあらかた散らせたはずだ。だが、手袋を外した彼の手の指は、何かを確かめるように彼女の頬を撫でていく。
「だが、優しい男は全てを中途半端にさせるだけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「受け入れる気が無いのなら、最初から受け入れなければ良い。」

 ずきり、と胸の痛みを伴ってアリスの中に面影が過る。

「優しいだけなのは罪だと思わないか?」
「・・・・・中途半端に受け入れた結果がこれじゃないの?」
 そんな想いに無理やり蓋をして、アリスが半眼でブラッドを睨んだ。
「元より、そういう条件での関係だ」
 踏み込まないし、踏み込ませない。
「勝手に夢中になった方が悪い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ブラッドは言うのだろう。最初に、「君とは遊びだ」と。だから、切り捨てるのにも迷いが無い。飽きれば捨てていく。そういう関係だと明言してつきあう。
 だから、向こうが本気になっても取り合わない。贈られてきたモノも「違反行為」として捨てる事が出来るのだ。

(愛してない、か・・・・・)

 自分に告げたあの一言は、恐らく、彼女達に告げたものと同等のものなのだろう。
 愛してなどいないから、勘違いするなと、そういう意思表示。

(中途半端なのとどっちが悪いんだろ・・・・・)

 それとは逆に、アリスの一途で幼かった想いを、大人な彼は、受け入れる事が優しさだと思ったのだろうか。
 それが、アリスの為になると。

 どちらもアリスを、愛してなどいないのに。

「アリス」
 再び滲んだ涙に気付かれたくなくて、アリスは触れていた彼の手を振り払い、無造作に贈り物をワゴンに積んでいく。その手をブラッドが取った。
 引き寄せる。
「君はどうして蓋をする?」
「え?」
 唐突に、意味の判らない台詞を言われて、アリスがブラッドを見上げた。碧の瞳がすぐそばにあり、どきり、とアリスの胸が鳴った。
「蓋をして見ようとしない。そこにあるものから目を逸らす。だが、それは何の解決にもならないぞ?」
「・・・・・・・・・・」
 ふわりと、ブラッドが微笑み、アリスの顎に指を掛けた。
「自己嫌悪以外に、君は何も感じなかったのか?」

 見透かすような、その瞳が怖い。
 そう、怖い。

 思わず視線を逸らし、「別になにも感じなかったわよ」とアリスは早口に答えた。

 とてもじゃないが言えない。

 ―――口惜しい、なんて。

 贈り物を、手紙を前にして、そこにある「想い」を目の当たりにして、アリスは口惜しいという想いも抱いた。

 私の方がブラッドの事を知っている。どんな人間か、どんなに近くに居るか、彼の興味を一身に引き受けられるのは自分だけだと、心のどこかが叫んでいた。
 だが、アリスはそれを見たくないのだ。
 向き合いたくない。

 向き合った瞬間、多分、何かが壊れる気がするから。

 また過ちを繰り返しそうになる。同じ顔の人に。

「・・・・・そうか?」
 考えに沈んだ一瞬を突いて、ブラッドが身を寄せた。気付けば両腕に囲われて、見下ろす瞳に捕らわれている。
 どきん、と心臓が跳ねた。
「ブラッド・・・・・私、仕事」
 逃れようと身を捩るが、「しなくていい」と彼は言い切った。
「来なさい」
「い、嫌」
「なら、連れて行こう」
「ちょ」

 問答無用で抱えあげられて、アリスは手足をばたつかせるが、降ろされたベッドから逃れるすべはなかった。

「ブラッド・・・・・」
 声が掠れて弱い。伸しかかる男を見上げて、アリスは懇願するように目を細めた。
「止めて」
「無理な相談だな」
 君が優しいのがいけない。

 ちらりと、余裕のない色がブラッドの瞳をよぎり、喉の干上がるアリスは、困惑気味に男の衣服の袖をつかんだ。

「ブラッド・・・・・」
「何が何でも・・・・・」
 続く言葉を切ってブラッドはアリスに口付けた。強引に開かされた口から、傾れ込む熱い舌。息も出来ない口付けは甘く、アリスの握りしめた手の指から力が抜けて行く。
「ん・・・・・」
「君から引き出したい・・・・・」
 目蓋の裏がちかちかする。もっと、と強請りそうになる身体を持て余して、アリスは耳元で囁かれる男の言葉の意味を取り損ねた。
「ブラッド」
「君に言わせたい・・・・・やらせたい・・・・・私は無理なお願いをしているか?」
 喉元に口付けられ、そのまま舌先が顎に触れる。
「んあ」
 震える彼女を閉じ込めて、ブラッドはアリスの耳を噛んだ。
「ひゃ」
「アリス・・・・・素直になれ・・・・・」

 それは貴方にも言えることだわ。

 唇を噛み、耐えようとするアリスを追い詰めたタイミングで、外の様子が一変する。
 訪れた夜に、アリスはブラッドにしがみついて溺れて行った。





 愛されていると勘違いしそうな、彼の言動。それに振り回されるのは耐えられない。
 何故なら、アリスは彼を愛してしまったから。

 だから、アリスは手探りでブラッドの感情を知ろうとする。彼が・・・・・本当に自分を愛していないのか、賭けをする。
 そして、愛していないと判ったら、潔くブラッドへの気持ちは闇に捨てよう。
 手を出されたら、きっぱり拒絶をしよう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 外見は完璧。中は、綺麗な薔薇がモチーフのコサージュだ。
 ドレスアップした女性の胸元に飾るものだが、ブラッドの帽子になら似合うだろうかと、ちょっとわくわくしながら買ったものだ。
 そう、アリスのお給料で買えるくらいの、でも割と高価なものを選んだつもりだ。真ん中辺りに小さなダイヤモンドが付いているし。
 それを、彼の元に贈られてくるのと同等の、美しくて豪華なラッピングを施して、アリスはそーっと部屋から持ってきた。
 ブラッドの元に運ぶ贈り物のワゴンに、何食わぬ顔でそれを付け加える。

 彼はきっと見向きもしない。恐らく、一緒くたにされて捨てられるのだろう。
 それとも・・・・・?

(・・・・・気付く・・・・・わけないんだけど・・・・・)
 気付いて欲しい、というのがアリスの偽らざる気持ちだった。捨てられることなんか、想定していない。
 ばくばくする心臓を、なるべく悟られないように、普段と変わらない態度でアリスはそのワゴンを押して、主の部屋を訪れた。

「相変わらず・・・・・君はそれを持ってくるんだな」
「中身も確かめずに捨てるのは良くないと思うだけよ」

 告げて、アリスは嫌がらせのように、彼の仕事机に女性からのプレゼントを置いていく。自分のを取り上げる時、指が震えた気がしたが、それも一瞬だったはずだ。
 アリスの贈り物は、大きな箱や袋の中にうずもれる。
 一応カードは付けたつもりだ。ただ、名乗るのは恥ずかしかったので、昔伯父に付けてもらった遊び名を書いておいた。

 まあ、ブラッドは目も留めないで捨てるのが当然だろうから、そんな事をする必要などどこにもなかったのだが、アリスはどこかで期待しているのかもしれなかった。

 このまま、彼を好きでいてもいいんじゃないだろうかと。

「どうぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 積み上げられた贈り物の山を眺め、頬杖をついたブラッドは、一つ取り上げる。それを、一個一個、アリスと同じ動作でワゴンへと戻していく。
「こんなの何の意味もない、無駄な事だ」
 だるそうに告げるブラッドに、しかし、アリスの心臓は爆発しそうだった。自分の贈り物を手に取られて、移動させられるのを、今か今かと待っている。

 手を止めて欲しい。
 こんな流れ作業で移されるものと一緒にしないで欲しい。
 少しでも手を止めて・・・・。

「お嬢さん?」
「っ」
 びくり、とアリスの肩が震えた。途端、酸素が肺に飛び込んできてむせる。

 息を吸うのを忘れていた。

 あんまりにも固唾を飲んでブラッドの仕草を見ていた所為だ。

「大丈夫か?」
 いぶかしむ様なブラッドの声がして、アリスは一通りせき込んだ後、「なんでもない」と掠れた声で答えた。はーはー、と涙目で息を切らすアリスに、ブラッドは怪訝そうに眉を寄せると、最後の一個をワゴンに押し戻す。
「一応全部確認して、要らないという判断を下した。よって、君に捨ててきて欲しいんだが」
 事務的な口調で言われ、顔を上げたアリスは元のようにワゴンに積み上がっている贈り物を凝視した。

 机の上には何もない。

 元通りに戻っている贈りモノ達。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 自分のがどうなったのか、ちゃんと確認できなかったが、今ここで探すわけにもいかず、アリスはぼんやりしたまま頷くと力なくワゴンの取っ手に指先を伸ばした。

 無いのだろうか。
 有るのだろうか。

 有る気がする。

 ちらと主を見れば、彼はまったく興味が無いようで、手元に置いてあった本を引き寄せている。

「今回は開けないのか?」
 そのままワゴンを押しやろうとするアリスに、だるそうな声が尋ね、アリスは「ええまあ」と上の空で答えた。

 とにかく、人目につかない場所まで運んで、自分の贈り物があるのかどうか、確認したい。
(・・・・・・・・・・)
 隙間からでも見えないかと、押しながら背中を屈めて覗いていると、ブラッドが「そういえば」と何かを思い立ったようにアリスに声を掛けた。

「君は欲しいものはないのか?」
「え?」
 思わず振り返ると、椅子を半分回転させた男が、脚を組んでこちらを見ている。ひじ掛けに肘を突いて、斜めにこちらを見るブラッドから、アリスは思わず視線を逸らした。

 一々格好をつけないでほしい、と不安と興味で騒いでいた心臓が、更に早く鳴るのに息をのむ。多分、目元が紅い気がするが、アリスは気付かない振りをした。

「別にないけど・・・・・」
「そうか?」
 何かあるのなら買ってやるぞ?
 にっこりと、上機嫌に笑う男に、アリスは不気味なものを感じる。
「結構よ。貴方からの贈り物になると、私はお返しが出来そうにないもの」

 物凄く高価な物を贈られても、身に余ってしまう。それに、今は何かが欲しいとは思っていない。

「そうなのか?」
「ええ」
「・・・・・・・・・・・・・・・それは困ったな」
「え?」
 唇に手を当てて、ブラッドはふむ、と考え込む。
 何か困るような事があるだろうか。

 きょとんとするアリスを余所に、椅子から立ち上がった男が、アリスの金に近い、栗色の髪に手を伸ばした。

「っ!?」
 そのまま持ち上げて、口付けられる。肌に触れたわけでもないのに、アリスは自分の身体が震えるのを感じた。
「今、私は君に凄く贈り物がしたい気分なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・嫌がらせ?」

 思わずアリスは、自分が持ってきた、他の女性からの贈り物に目をやった。要らないものを押し付けに来る彼女に苛立ち、嫌がらせをするつもりなのだろうか、と思ったのだ。
 それに、ブラッドは喉の奥で嗤う。

「まさか」
 君が意地悪く他の女性の贈り物を持ってきて、開けろだの誠意をみせろだの言うのよりも、よっぽど純粋な気持ちからだよ。

「・・・・・・・・・・やっぱり、怒ってるんじゃない」
 肩をすくめるブラッドに、アリスは小声で言うと、ちらりとワゴンに目をやる。仕返しで贈り物を贈ろうとするなんて、トンデモナイ。
 やっぱり、この男は何かが狂っている。

 何が贈られてくるのか。高価すぎる物を辞退するのも気が引けるのだ。何より、持ってきたメイドや使用人達が悲壮な顔をするのが忘れられない。
 受け取れないからと突き返すと、エリオットなんか、泣きそうな顔をするから始末におえないのだ。
 何となく警戒するアリスに、しかしブラッドは「そういう意図じゃないよ、お嬢さん」と楽しそうに笑う。

「純粋な気持ちだと言っただろう?」
「だから・・・・・純粋に嫌がらせなんでしょう?」
「やれやれ・・・・・私はただ、君の気持ちに応えようと思っただけなんだがな?」
「―――え?」

 ばくん、と心臓が跳ねた。

「可愛い事をする。私を試そうとしたのかな?アリス」
「え・・・・・」
 そのまま真正面から抱きしめられて、アリスは硬直した。耳元で、底意地の悪い男が笑っている。酷く酷く、愉しそうに。
「私は純粋に、お返しがしたいだけだよ、お嬢さん」
 きゅ、と胸が痛み、彼女は眩暈を覚えた。
「な・・・・・んで・・・・・」
「気付かないと思ったのか?」
「・・・・・・・・・・思った」
「酷いな」

 くすくす笑うひそやかな吐息が、耳に触れて、アリスは自分の体温があり得ないほど上がるのを感じた。くらくらする。

「私の所に送られてくるモノや手紙は、あらかじめ数が知らされている」
「そうなの?」
「ああ。だから、一つ多い事に気付いた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 一個一個手にとって戻す作業の中で、ブラッドは見なれない名前を見つけたのだ。

 丁度、アリスが息を吸うのを忘れた辺りだ。

「君の様子がおかしいし・・・・・それに」
 すっと、どこからか取りだされたカードには、「レイシーより愛をこめて」と書かれている。
「・・・・・・・・・・余りにも可愛いから、笑いが止まらないのを隠すのに必死になったよ」
 笑われて、アリスは唇を噛んだ。多分、耳まで赤いに違いない。
「それがどうして私からだって言えるのよっ」
 精一杯、虚勢を張って反論すれば、「アナグラムだ」と男はいとも平然と答えた。

「Lacie・・・・・並べ替えると、Alice だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さて、お嬢さん。こんなに可愛い事をされては、帽子屋ファミリーのボスといえども、気が変になりそうだよ」
「!?」
 ちょっとまって、というアリスの台詞は、甘やかに触れてくる指先や、目蓋や頬、額に落とされてくる口付けの前に意味をなさない。
「ブラッドっ・・・・・」
「何が欲しい?服か?靴か?宝石か?」
 なんでも買ってやるぞ?
 溶けそうなくらい、甘く低い声で囁かれて、アリスの腰は崩れる寸前だ。
「い、いらな」
「遠慮するな。君になら、破産させられても文句は言えない」
「どこの悪女よ、私はっ」

 押しやろうとするが、その手に力が入っていないのはブラッドにはばれているだろう。

「さあ、何が欲しい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 まっすぐに見詰めてくるブラッドの瞳に捕らわれて、アリスはぎゅっと己の手を握りしめた。

(・・・・・気付いてくれた・・・・・)

 じわり、と胸の中に温かいものが広がる。

(気付いてくれた・・・・・)

「アリス・・・・・」

 ちゅ、と軽い音を立てて口付けられる。思わず、もっと、と強請るように彼のジャケットを握りしめてしまうから、抑えきれない笑みを浮かべたブラッドが、彼女の顎から、するりと後頭部に手をまわした。
 請うような口付けが、だんだん深く、長くなっていく。

 甘い甘い、溶けそうな時間が流れて行く。

「何も要らない・・・・・」
 掠れた声が、キスの合間に囁き、アリスの首元のリボンを解いていたブラッドは、微かに目を見張った。その眼差しに、自分だけが映っている事に安堵して、アリスはそっと目を閉じて、彼に身をゆだねた。
「要らないわ・・・・・」
 すり寄るアリスを抱きしめて、ブラッドは自分が耳まで赤くなるのを感じた。幸い、アリスには見られていない。

「やれやれ・・・・・」
 呟き、ブラッドは彼女を抱き上げた。頬を寄せて、囁く。
「こんな高価すぎる贈り物をもらってしまっては、この私でもなかなか返せそうもないじゃないか」
「・・・・・簡単よ」

 嬉しい、嬉しい。
 こんなに嬉しいなんて・・・・・どうしよう。

 溶けそうな意識の端で、アリスは身体に響く男の声に寄りかかりながら、小さく笑んだ。

「私が欲しいのは・・・・・」








「さて。君からとんでもなくいいものを頂いてしまったからな。私からも何か返さないといけないな」
 にっこり笑うマフィアのボスに、アリスは眩暈がした。
 早まったかもしれない、と心のどこかが告げるが、それ以上にくすぐったくて心地よいものが心臓の辺りを満たしている。
「おいで」
 伸ばされた手を、アリスはためらいがちに取った。夜空を縫い合わせたような紺色のドレスと手袋。むき出しの肩には砂糖菓子のように繊細に出来たショールが巻かれ、彼女の髪は綺麗にまとめあげられている。
 胸元には、薔薇のコサージュ。

「・・・・・・・・・・」
 ブラッドに贈った物と、同等の物を付けて、彼女は緊張した面持ちで歩を進めた。

 普段は使われない、巨大すぎる屋敷のホール。そこには招待された帽子屋ファミリーの幹部やら構成員やらで賑わっていた。
 何がなんだかわからないうちに、ドレスアップさせられて、「お返しだ」と言われて連れてこられたのはこんな会場で、アリスは眩暈がした。

 欲しいものは、貴方からの言葉だ、と強請ったのに、その場で彼はそれをくれなかった。
 代わりにこんな場所に連れて来られている。

(み・・・・・見られてる見られてる・・・・・)

 当然だ。
 彼らが敬愛してやまない組織のトップが、女性をエスコートして歩いているのだ。
 身の置き所が判らず、アリスは何が起こるのかと身構えた。

「さて、アリス」
「え?」
 彼らの前まで連れて来られ、全ての視線が自分に注がれているのに気付き、彼女は固まった。ブラッドの手の温かさと握りしめる強さだけが、アリスをここに繋ぎとめていた。
 でなければ、ふわふわと意識が漂い出してしまいそうだ。
 実際、雲を踏んでるようなおかしな浮遊感が身体を襲っているのだ。

「あ・・・・・あの?」
 しっかりと肩を掴まれて、彼の方を向かされる。周囲を見渡し、ブラッドの視線に酷く困惑した表情を返すと、男はにたりと笑ってその場に跪いた。

「!?」
 取られていた手を、持ち上げられる。
「ちょ」
「アリス・・・・・」

 落とされた口付けに、手の甲に全身の血が集中するのを感じた。見れば、ホールに居る全員が跪いているから、アリスは軽くパニックになった。

「あ、あの!?」
「ここにある、私の組織の全てを君に捧げよう」
「!?!?!?!?」

 どっと冷や汗を掻き、アリスは口をパクパクさせた。その様子に、にやりとブラッドが笑った。

「ここにいる、全員の前で言うぞ」
「い、いい!!!要らないっ!!!!要らないっ!!!!!」

 思わず悲鳴のような声で言うが、面白い事が好きな男は、立ち上がって部下の目の前でアリスの腰を浚った。

「愛してるよ、アリス」



 心臓が止まるかと思うほどの衝撃ののち、目の前で口付けが落ちてくる。
 何度も何度も何度も何度も、角度を変えて、舌を浚って、口内を蹂躙して・・・・・。


「し、し・・・・・」
 しんじられない、と呂律の回らない口で告げた時には、全員から惜しみない祝福の眼差しが注がれていた。

 アリスにしてみれば、生温かい眼差し、ともいうのだろうか。

「可愛い君への、最大のお返しだ」
 見惚れるような笑顔を見せて、おモテになる帽子屋ファミリーのボスはアリスを抱き上げた。



 ほんのちょっとの気まぐれ。
 そう、自分に向けられる彼の興味と同じ、ちょっとした興味。

 愛していないと言いながら、手を出してくる男を、ほんのちょっと試してみたくなっただけ。

 ただ、それだけだった。


 なのに、その代償は大きく、トンデモナイ。
 用意周到な男は、アリスを捕まえて、引きずり込んで、囲い込む。
 それなのに、追い込まれたアリスはあり得ないほど幸せで、自分の全てを呪いたくなった。


「満足か?」

 あいしているといってほしい。

「本当に貴方って・・・・・」

 ブラッドはアリスに甘い。とんでもなく甘い。甘やかして砂糖付けにして、どろどろにしてしまう。

「――――気まぐれね」
 困惑と照れと、色々なものを隠して、真っ赤になった彼女は、唐突にこんな事を行った男に対して、皮肉を込めて言い放った。

 それに、ブラッドは可笑しそうに笑った。


「私は気まぐれで、愛なんて囁かないよ」























 そんなわけで、1万打記念リクエスト企画です><

『クリスマスデート又は本日更新されたR18のような甘いブラアリのお話でお願いします。
 出来ましたら、お持ち帰りOKにしていただけると嬉しいです。』

 ということだったので、このような感じになりました><
 あ、甘いか・・・・・な?(糖度高めは目指しました!)

 そして、リクエストしてくださった「なつきさま」限定でお持ち帰りOKですので、どうぞコピペして持って帰っちゃってください><
 といいますか・・・・・こ、こんなのでよろしいのでしょうか(汗)


 えー・・・・・た、楽しんでいただけましたら幸いですv

 ちなみにアナグラムは作者のキャロル氏が考えたものです><

(2010/01/12)

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