Alice In WWW

その後は雪の帳の向こうで
 しんしんと落ちてくる雪が、二人の上にふわりふわりと積っていく。肌を包む冷気はりんとして冷たく、吐く息は凍って落ちていく。外気温が低いせいで、足元の雪は踏むと片栗粉のような感触で、ブーツの底から冷たさが立ち上ってくる。
 踏み固められ、リンクのようになっているそこを、ゆっくり歩くアリスは、己と絡んだ男の腕と、握られた手の感触にどぎまぎしていた。

 今度は自分の領土の教会に連れていいってあげよう。

 そう言ったブラッドの台詞が、脳内をぐるぐるしていて、アリスは深読みするべきなのか違うのか、くすぐったい気持ちで考えていた。

 愛人。
 内縁の妻。
 遊びなんかじゃない存在。

(恋人・・・・・とはいかなかったけど・・・・・)
 クリスマスのイベント真っ最中のクローバーの塔の領土は、楽しげに歩くカップルが多いように見える。
 腕を組んで、幸せそうに歩いていく。
 その姿と、自分たちの姿を重ねて見て、アリスは冷たいはずの頬が、紅くなるのを感じた。自分よりも背の高い男を、ちらと見上げれば、整った顔立ちのブラッドがまっすぐ前を見つめる横顔にぶつかった。

(っ・・・・・)

 たったそれだけ。
 目があったわけでも、言葉を交わしたわけでもない。ただ、己の重ねた手の温かさと腕から伝わるぬくもりが、離れがたいほどまじりあっている相手が、ブラッドだ、というだけで心拍数が上昇するのを感じた。

 曖昧で、はっきりしない。
 ということは。

(恋人じゃない・・・・・とはいいきれない・・・・・)

「アリス?」
 考え事をしていた所為で、一瞬雪に足を取られる。慌てたブラッドが腕に力を込めて、彼女の体制を立て直してやった。
「大丈夫か?」
「ええ・・・・・ごめんなさい」
 繋がれた手はまだほどけない。

(寒くてよかった・・・・・)
 耳まで赤くなっている理由を別のものとすり替えられる。ふと、視線を感じてアリスは顔を上げた。
 覗きこむ、碧の瞳が直ぐそこにあって、更にアリスの心拍が上がった。
「寒いか?」
「え?」
 繋いでいない方の手が伸びて、そっとアリスの頬に触れた。ひいやりとした、彼の手袋に思わず身震いする。
 温度差に、だろうか。
 それとも、ブラッドの必要以上に優しい仕草に、だろうか。

 そんな彼女の微かな震えを、寒さと勘違いしたのか、男はふむ、と顎に指を当てて考え込むと「少し寄り道をしていくか?」と柔らかな眼差しで提案した。

「あ、あの・・・・・」
 どこかに入るか?と周囲を見渡す男に、アリスは咄嗟に声を上げた。
「だったら・・・・・」
「?」




 店が軒を並べるアーケード街。そこの装飾は、この点でばらばらな世界に相応しく、クリスマスとバレンタインの装飾でごった返していた。
 どちらかが片付けられて、どちらかが残っているわけではない。
 どちらもそこに存在し、サンタのオーナメントの横で、バレンタインのチョコが綺麗なラッピングを施されて売られている。
 店先を覗くアリスの後ろでブラッドが苦笑した。
「何か欲しいものでもあるのかな?」
「・・・・・・・・・・そうね」

 せっかく冬のイベントに参加しているのだ。
 しかも。

(・・・・・・・・・・・・・・・)
 ちらと顔を上げれば、物珍しそうにアーケードのそこここに置かれている巨大なツリーを見上げるブラッドにぶつかった。

 恋人がいた。
 昔々のような気がするが、この世界に来た当初は、まだ癒えない傷だった。あれから、どれくらい経ったのか判らないが、今ではその思いでも姿もぼんやりとかすんでしまっている気がした。

 家庭教師の先生。
 姉が好きだとそう言った彼。
 ブラッドによく似ていた気がするのに、今ではどこがどう似ていたのか、まるで判らない。

 そんな彼とは短い間しか付き合いがなかった。

 バレンタインもクリスマスも、過ごした事はなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・ねえ、これなんか、どう?」
「うん?」
 ツリーにぶら下がった、丸い、銀色の球体を指ではじいていたブラッドはアリスが手に取った物に目を瞬いた。

 透明なガラスのツリー。瓶のように中が空洞のそれには、虹色のセロファンで包まれたチョコレートが詰まっている。 
 街灯の明かりでゆらゆらと色を変えるそれは、ブラッドに見せてもらったオーロラのようだった。

「それが欲しいのか?」
 近づく距離。アリスが持ち上げるそれを後ろから覗きこむブラッド。ふわりと彼から薔薇の香りがして、アリスはどぎまぎした。
「なんか・・・・・ごちゃまぜで、この季節みたいじゃない?」
「バレンタインとクリスマス、か?」
「ええ」
 くすり、と笑ってアリスは「これにする」と短く答えた。
「買ってやろうか?」
 大した金額のものじゃない。子供がちょっと背伸びしてようやく買えるようなものだ。
「いいの」
 それに首を振って、アリスは透明な袋にそれを入れて、可愛くリボンで口を閉じてもらうと、入口で待っていたブラッドの元に駆け寄った。

「はい」
「?」
「クリスマスとバレンタイン」
「・・・・・・・・・・」

 呆けたように、己を見かえすブラッドに、たった今買ったばかりのそれを渡して、アリスは身をひるがえした。
 たったこれだけなのに、どうして顔が熱いんだろう。

(な・・・・・慣れないことをするからよね・・・・・)
 でも、イベントごとにでも便乗しなければ、きっと永遠とアリスがブラッドに贈り物をする機会はないだろう。
 それでなくても、彼はモテるのだ。
 貢物・贈り物が切れたことはないし、女にだらしないとは言わないが、たまに出かけて帰ってこない彼を知っていたりもする。

 アリスとそういう関係になってからは、まったくないが。

 そんな男に、自分から何かを贈る場合、イベントに便乗しこんな子供じみたもので隠さないと勝敗が決してしまう気がしていた。
 何を買っても、高価で上品な物を贈れてしまう美しい女性にきっと負けてしまう。
 それなら、バレンタインとクリスマスに便乗して、チョコレートで誤魔化してしまえばいい。

 それでも、アリスは頬が紅くなって落ち着かない気分になるのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・アリス」
「ん〜?」
 彼に背中を向けて、どんどん歩いていこうとする彼女の手を、ブラッドが掴んだ。
 振り返るのと同時に、引き寄せられる。
「ちょ」
 ぽふ、と抱きしめられて、アリスはその腕の強さに、鼓動が騒ぐのを感じた。
「これは・・・・・どういうことかな?」
「ん・・・・・」
 耳元でささやかれて、アリスは言葉に詰まる。そっと顔を上げると、柔らかな視線が自分に落ちていた。

 楽しがるでもなく、からかうでもなく、心底アリスが大事だと言わんばかりの眼差し。
 かあっと耳まで赤くなったまま、アリスはぎこちなく視線を逸らすと唇を尖らせた。

「どういうって・・・・・」
 だから、クリスマスとバレンタインの贈り物。
「つまり・・・・・」
「なんだっていいでしょ?」
 慌ててそういうと、ちょっと目を見張った男が、「ああそうだな」と楽しそうにつぶやいた。
「どちらも同じ意味だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「バレンタインの贈り物も、クリスマスの贈り物も」
 どちらも同じ意味と考えて、構わないだろう?

 低い声が耳元で甘く囁く。

「そ、そんな大層なものじゃ」
「物の価値など関係ない」
 君からもらったという事実が大事なんだよ、アリス。

 そっと頬に触れる手。愛しそうに撫でられて、アリスは目を閉じた。

「クリスマス・・・・・か」
「うん?」
「ヤドリギの下ではキスをしていいんだったな?」
「!?」

 はっと目を開けると、ブラッドの顔が間近にある。彼が可笑しそうに上に顎をしゃくって見せ、アリスは両腕の囲われたまま、自分の頭上をみた。

「あ」
 こぼれた吐息は、白く凝る前に吸い込まれる。

 冷たい口づけ。

 だが、それもやがて二人の体温に温かくなり、気づけば深く深く、お互いを求めている。

「ん」

 甘ったるい声がこぼれる。ぼうっとなったころに解放されて、アリスはふらつく足で彼にしがみついた。

「これは、クリスマスの分」
「え?」
「次はバレンタインだが・・・・・」
 さて、こっちはどうしたものかな、お嬢さん?

 ぐ、と腰を抱かれて、熱っぽい眼差しで見つめられる。アリスもまた、同等の色合いの瞳をしているだろう。

「・・・・・・・・・・」
「チョコレートと愛の告白は一緒かな?」

 どうだろう。

 上司に部下が親愛を込めて贈るものだってありだろう。
 ありだけど。

(違うわ・・・・・)
 だって、私は・・・・・

「どうしようか?」
 お嬢さん?

 誘われるまま、つられて歩きだす。
 秋に帰るのだろうか。
 それとも、クローバーの塔付近には、会合があったときから知っているが、宿やホテルがたくさんあるから・・・・・。

(恋人同士みたい・・・・・)

 身を寄せて、どちらでもいいな、なんて思っている自分が相当、この男に毒されているなと、アリスはぼんやりかすんだ思考の果てに考える。

 ただ、繋いだ体温が溶けてしまえばいいとそう願って。

















バレンタインはペーターから(笑)ホテル云々はエリオットから拝借(笑)

(2009/11/23)

designed by SPICA