Alice In WWW

一番欲しい高価なもの
「・・・・・ブラッドの好みのタイプってどんなの?」
 調理場でエリオットの為に人参スティックを作成中(調理とはとても呼べないとアリスは思っている)のアリスは、ふと隣でボウルの中身をかき混ぜる仲のいいメイドさんに訊いてみた。

「ボスの好みですか〜?」
「うん・・・・・この間も贈り物が届いていたでしょう?」

 届く手紙の宛名の字は品のいい綺麗なもので、、贈り物の包装紙は上質な薄い紙を何枚も重ねたもの。
 ラッピングのリボンに至っては、アリスが身につけているリボンと同等のシルクだった。

 そんなブラッド宛の贈り物が毎日といっても差しさわりがないほど頻繁に届けられるのだ。

 マフィアのボスと付き合いのある女性が、どういう種族のものなのかとんと検討のつかないアリスが、疑問に思うのも無理はない。
 天井を見上げて考え込んでいたメイドさんは、「そうですね〜」とさして興味もなさそうに答えてくれた。

「この間までお付き合いがあったのは〜たしか〜某企業のご令嬢でしたよ〜?」
「・・・・・へー」
「まあ〜ボスの場合〜利益が絡む付き合いがほとんどで〜そのご令嬢もそんな感じでしたね〜」
「・・・・・融資とか、そういう?」
「マフィアなんて〜表の世界の〜闇を担うようなものですから〜」
 縁の下の力持ちですね〜

 にっこり笑うメイドさんに、「へー」とだけ答えておく。なんとなくそれ以上は知りたくないと思いながら、自分もこの屋敷のメイド見習いなのだから、知らなくては駄目なんだろうかと、考えたりもする。
 だが、今知りたいのは、我らがボスの女性関係だ。

 女性にだらしない・・・・・とまではいかないが、真面目でもない。

(もっとも・・・・・淡白な人だとは思うのよね・・・・・)
 広く浅く、利益の絡む範囲でのお付き合い。
 彼が誰か一人の女性におぼれる姿は想像できない。
(気まぐれで手を出して、気まぐれに捨てるのが似合いすぎるのよね・・・・・)
 想像して、自分の立場も似たようなものだと思い当たり、落ち込む。

 そもそも自分はブラッドに対して手紙やら贈り物やらを熱心に贈るような真似は出来ない。
 そういった意味では、その某企業のご令嬢やら、貴族のご婦人なんかと比べられるような関係ですらないのかもしれなかった。
 そうするメリットがどこにもないからだ。

 では、自分とブラッドの関係は一体なんなんだ?といつも彼に対して抱く疑問が首をもたげてきた。

 だが、これに関しては答えは出そうで出ないので、アリスは脳裏の隅っこに追いやると、「そういう地位とかじゃなくて・・・・人間性とかそういったなのはどんなのかしら?」と話を元に戻した。

「そうですね〜・・・・・秀でた才能がある方が多かったかもしれないですね〜」
「・・・・・・・・・・歌姫とか、女優さんとか?」
「彫刻家の方とか〜音楽家の方もいらっしゃいましたよ〜」
 あと面白かったのは奇術師さんでしょうか〜
「・・・・・・・・・・へー」

 マジックの一つでも出来れば、彼を愉しませることが出来ると言う事だろうか。

 だが、残念ながらアリスにはそう言った才能は無い。
 歌もあまり上手じゃないし、ピアノが少々弾けるだけ。彫刻にいたってはやったことがないし、審美眼のようなものはないに等しかった。

(どんな人種が好みなのよ、あの男は・・・・・)
 げんなりして包丁を握りなおし、アリスは溜息をついた。
 聞けば聞くほど、自分の何が彼の目にとまったのか判らない。

 結局「余所者」という称号と「心臓」という器官だけで弄ばれているのではないかと言う結論になった。

「外見はどうなのかしら?やっぱり美女が好き?」
「総じてそうですね〜。美女っていっても〜タイプは色々でしたよ〜?楚々とした感じの方から〜典型的な悪女風の方も〜」
「・・・・・・・・・・可愛い、系は?」
「そうですね〜・・・・・いないですね〜」
 そういえば〜、とだるそうに答えるメイドさんに、アリスはこっそり溜息をついた。

 やっぱりか、と憮然としながら考える。

 最初にこの世界に来て、帽子屋屋敷でエリオットに会った時、「ブラッドの好みはこんなんじゃないだろ?」というような事を言われた。
 こんなん・・・・・つまり、まあ、そこそこ「可愛い」系のファッションの、ロリータ路線のアリスの事だ。

 ぶっちゃけ好みでもない、色気もない、口を開けば悪態をつくような女の、何がブラッドの琴線に触れたのかますますますます判らない。
 いよいよもって、自分が余所者じゃなくなったら終わりのような気さえしてきていた。

(唯一の女性になれっこないわね、これじゃ・・・・・)

 たまに感じる、その他大勢の女、に甘んじている事への反発心。
 唯一になりたい、この男のただ一人の愛される人でありたい、という高度すぎる願い。

 だが、それを叶えるすべがないと、知ってしまった気がして、アリスは更に落ち込んだ。

「ああでも〜」
 一人落ち込むアリスに気付かず、メイドはのんびりと語を繋いだ。
「ボスが〜傍に居るか居ないかで〜機嫌を左右される女性は一人だけなんですよね〜」
「え?」
 顔を上げるのと同時に、使用人の一人が、「ボスが紅茶を所望です〜」と言いながら厨房に入ってきた。
「お嬢様〜お願いします〜」
 これ幸い、と同僚がにっこり笑い、アリスは「わかった」と一つうなづくと銀色のお盆を持ち上げた。





「失礼します〜」
「・・・・・・・・・・その口調は必要ないな、アリス」
 メイドさんのマネをして、だるそうに言いながら中に入ると、ソファに腰を下ろして書類を睨んでいたブラッドが、溜息交じりに告げた。
「紅茶をお持ちしました」
「・・・・・敬語は無しだ」
 茶器をテーブルの上に出していると、不意に手首を掴まれて引っ張られる。
「ちょっと?!」
 そのまますとん、と隣に座らされる。
「・・・・・・・・・給仕に来たんですけど?」
 仕事を奪われ、ふくれっ面でブラッドを睨むと、上機嫌の男が「私はお嬢さんとお茶にしたい」と楽しそうにお湯の温度を測っている。
「持ってくるのを計算してお湯を沸かしたの。丁度いいはずよ?」
「の、ようだな」
 流石はアリスだ。
 てきぱきと自分でお茶を淹れる主人に、アリスは溜息を洩らす。対してブラッドは上機嫌でアリスの前にカップやケーキを並べていた。
「あの・・・・・私、仕事中なんだけど」
「上司の命令が最優先だろう?」
 にっこり笑われ、口調は優しいが、有無を言わせない強さがある。逆らうには必要以上の労力を使いそうだったので、アリスはやれやれと肩を落とした。

 なんでこんな風に良くしてくれるんだろう?

 メイドを捕まえて、自ら茶を振る舞う主人が居るだろうか。
 多分、アリスは優遇されている。
 多分じゃない。絶対だ。
 絶対アリスは優遇されているのだ。それは何故か。

 先ほどのブラッドの女性の好み云々を思い出して、落ち込んでいた気持ちが蘇ってくる。

「どうぞ?」
 目の前に、飴色の紅茶が置かれ、いい香りがする。それでも俯いたアリスがどこかぼんやりしているのに、ブラッドは眉を寄せた。
「お嬢さん?」
「え?」
 ぐい、と肩を掴まれて抱き寄せられる。
「私と紅茶を前にして考えことか?」
 随分とつれないな?

 冷たく哂う彼に、アリスはじっと視線を注いだ。

「?」
 熱い視線・・・・・とはいかないが、アリスはじっとブラッドを見つめる。マフィアのボスが居心地の悪さを覚えるほどに。
「お嬢さん?」
「今日も貴方に贈り物が届いていたわ」
「は?」

 唐突に、アリスはブラッドに切り出した。見つめていて、彼の瞳に映る自分が余りに貧相なのに哀しくなったのだ。

「綺麗な贈り物・・・・・素敵よね」
 ほう、と溜息をもらして、ブラッドから視線を逸らす。じっと己のスカートと膝の辺りを見つめながら、アリスは自分には到底まねできない事だと改めて実感した。

 あんな高価そうなもの、自分の「見習いメイド」としての立場から、贈れるようなものじゃない。

「そうでもない」
 そんなアリスのどこか後ろ向きな羨望を、ブラッドは一蹴してしまった。
「面倒なだけだ」
「どうしてよ」
 それに、ブラッドにきちんとした贈り物一つ贈れない、自分の財力の無さと地位の低さをもやもやと考え込んでいたアリスは、憤慨した。
「素敵じゃない!貴方が受け取るにふさわしいものでしょう?」
「興味がない」
 あっさり言い切り、ブラッドはカップを持ち上げる。
「そりゃ・・・・・貴方の興味を引く内容じゃないかもしれないけど・・・・・そんなの開けてみないと判らないじゃない。」
「開けなくても判るさ」
 ムキになるアリスに対して、ブラッドは淡々と答えた。いくらか機嫌が降下している。
「大したものでもないし、欲しいものでもない」
 ちらとアリスに視線を投げる。その意味を、アリスは綺麗に取り違えた。
「欲しくなくたって、贈られてきたものの価値は判るでしょう!?すっごく凝った包装紙に、シルクのリボン!手紙の字だったびっくりするようなほど綺麗じゃないのよ!」

 それだけ手間とお金を掛けて、貴方に贈ってるのよ!?

「・・・・・・・・・・それでも欲しくないものは欲しくないし、欲しいものじゃないものを受け取るのは面倒だ」
 信じられない、とアリスはブラッドから、音が出そうな勢いで視線を逸らした。

 馬鹿にしている。
 アリスにだって判っている。高価なプレゼントがいいかと言えば、そうじゃないことくらい。
 でも、それすら贈れない・・・・・贈ろうと思っても追いつかない身分にある自分が酷くみじめになる。
 彼女達が贈るものを見向きもしない男に、一体何を贈ればいいというのだろうか。

(って、私は別にブラッドに贈り物がしたいんじゃなくて・・・・・)
 じゃあ、なんだというのだと、はたと気づく。

 なんでこんなにムキになっているのだろうか。

「私は、君の欲しいものが気になるよ」
 不意に間近で声がして、アリスはびっくりして顔を上げた。耳元で囁いた男が、微かに笑みを浮かべてアリスを見下ろしている。
 唇が触れそうな位置だ。
「君は、私が贈ったものを何一つ身につけてくれない」
「高価すぎるのよ!!」
 それに、アリスは低い声で応じた。

 高価なプレゼントを贈れない自分に、まるで不似合いな、どう考えても高価なドレスと宝石の類。
 明らかに自分に似合わないとわかるそれを、アリスはどうしても受け取ることが出来ないでいた。

「欲しいものじゃないわ」
「だろ?」
 高価なものが欲しいものとは限らない。

 ひらり、と手を振って言われて、アリスは閉口した。

「それは・・・・・違うわ。貴方に贈られてくる物は、どれも貴方に釣り合ったものだと言ってるの。高価なものが貴方には似合うじゃない。」
 私には似合わないわ。

 そもそも、立ち位置が違うのだと、アリスは言う。

「私はメイド見習いなのよ?」
 そして、貴方は帽子屋ファミリーのトップじゃない。

 この世界の権力者の一人だ。

 言ってみて、改めて自分とブラッドの間にある隔たりのようなものを感じてしまう。唇をかむアリスを見下ろし、「そうか」とだけ答えると、ブラッドはアリスの頬に指を伸ばした。
 手袋越しに触れる指先。
「なら、メイド見習いの君に相応しいものを贈ればいいのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・メイド見習いに贈り物をする主人なんて聞いたことないわ」
 半眼で答えると、ブラッドは「でも私は君に、贈り物がしたい」と言い切る。
「だが、君は何を贈っても受け取ってくれそうにない。だから、知りたいんだよ、お嬢さん。君は何なら受け取ってくれるのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 何なら?

「私も知りたいわ」
 俯き、自分の頬を撫でるブラッドの掌に酔いそうになりながら、アリスはかすれた声で言った。
「なんで私なんかに贈り物をしたいと思うのか」
 愛してもいないくせに。

 こぼれそうになる言葉を噛みしめて、挑戦的に見上げる。
 睨まれて、ブラッドはちょっと目を見張るとやれやれと、溜息をついた。

「どうしたら君は、その心臓を私にくれるのかね」
「貴方が欲しいものはそれなの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうだな。私は君が欲しい、アリス」
 すっと男は目を細め、アリスに唇を寄せた。

「っ」
 一度、掠めるように触れた唇は、そのあと、何度も何度もアリスの柔らかさを堪能し、やがて深くなる。
 甘く、舌が絡む。
「んっ」
 目じりを赤くする彼女を腕に掻き抱いて、ブラッドは溜息をこぼした。

「他の女からの贈り物はいらない。」
 君が、君の全てをくれるのなら、それが欲しいよ、お嬢さん?
 首筋に顔を埋めて囁かれ、アリスはブラッドの上着を握りしめながら、唇を噛んだ。
「私は・・・・・一番高価なものが欲しいわ」
「なんだ?」


 ブラッドの時計。


 ぎゅっと唇を噛んだまま、アリスは抱きしめるブラッドを見上げた。
「―――帽子屋ファミリーのボスは、安くないんでしょう?」
 視線を逸らし気味に言われた台詞に、ブラッドは虚を突かれ、目じりの染まったアリスの様子に徐々に笑みを浮かべる。
「ああそうだな・・・・・これ以上ないほどに高価だ」
 喉で哂いながら、男は女の首筋に唇を寄せる。
「欲しいか?」
 甘い声でささやかれて、アリスは目を閉じた。


 欲しい。


「いらない」
「そういうな。いくらでもくれてやるぞ?」
 笑いながら告げるブラッドは、アリスをゆっくり抱き上げた。
「なんなら、今からでも」
「高価すぎて身に余るわ」

 答えながら、アリスは甘くなっていく空気に目を閉じた。


 やっぱり、自分では安すぎてブラッドに贈るには釣り合わないと思いながら。
















(2009/11/10)

designed by SPICA